望月 鏡翠
2025-03-22 22:20:50
894文字
Public 日課
 

#1666 「売り物」「通款」「クマツヅラ」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺


 麦の穂に似た草はチラチラと紫色の花をつけている。男はそれを一つ一つ積み集めては腰につけた竹籠に入れて行った。途中、男をじっと見つめる人の気配には気づいていたが、素知らぬふりをして草を積み続けていた。
 山から降り街道に出ると、道が広くなる手前で、茶屋に立ち寄った。これから峠を越える旅人がこの場所で休むのである。
 この季節になると、仕事の終わりに立ち寄るのが常となっていて、店主とは既に顔馴染みである。茶を飲みながら山の様子や、最近の街の様子について情報を交換する。
 いつもの通り世間話をしていると、茶屋に居合わせた客が声をかけてきた。
「あんた、薬草を集めているのかい?」
「ああ、街まで売りにいくといい金になるんだ」
「たまぁに俺も分けてもらうよ。関節が痛いときなんかにね」
 茶を差し出しながら、店主が口を挟む。
「今の時期、山では何が取れるんだい」
「そうさなぁ、色々あるが。今日とってきたのはクマツヅラだな」
「へえ、綺麗な花に見えるんだけどな」
 よほど興味をひいたらしく、客は竹籠を物珍しそうに覗き見て、少し分けてくれないかと言い出した。
 無論、男は一度は断った。大切な売り物である。売り先と競合するとは思っていないが、今日売りに行くはずの量が少なくなったら、この薬を頼りにしてくれている人が困るではないか。
 男はそんな言葉で一度は断ったが、最終的には勢いに押し切られて幾つかのクマツヅラを男に売った。
 居合わせた客は、竹籠の中に手を入れて一掴みの薬草を分けてもらう。そのときに文を籠の中に落としていった。そしてクマツヅラと一緒に細く折り込まれた紙を手のひらの中に隠して掴んでいく。
 それは当人たち以外の誰からも見えなかった。
 受け取った代金は相場より少し多い。
 実は男の仕事は、実は薬草を売ることではない。本当に売っているのは情報である。男は他の国に通款しているのである。何も知らない茶屋は情報の受け渡し場所として機能している。もちろん、薬草も本当に売っている。
 ここで持ち出すべき情報を手に入れたあと、仲間は峠を越えて国外に出ていくのである。