マエバ・セイボスキー
2025-03-22 22:01:34
1598文字
Public パーバソ
 

さがし、もとめた、恋の夢、

春コミの無配。
既刊『高く、広く、晴れた日に、』 の髭のはなし。

 裏切られたような気持ち。
 おそらくソレが一番近い感情。エドワード・ティーチはギネスをすすりながら、面白くもないフットボールの試合を眺めた。
今季は、序盤で盛大にブックメーカーに儲けさせてしまった。それから見る気がしない。どのみち、ここからティーチの懐が潤う方法はないのだ。
 液晶の前で一喜一憂する汗臭い背中から目を離し、無意味にスマホを取り出した。
映しだされるのは、宙を舞い敵に挑む愛らしいヒロインの姿。推しているアニメのキャラクターだ。今、ティーチの心を慰めるのは彼女だけだった。
「シケたツラするんじゃないよ」
 どん、と目の前にジョッキがたたき付けられる。
「落ち込むなら余所でやんな」
「ババア……
「ほら、約束の酒」
 出て行けといいながら、酒を出してくる。ティーチは黴たパンでも囓ったような顔で、その杯を受け取った。
「まあでも今日は助かったよ、雨のなか悪かったね」
「お、おお」
 どんなに態度と口が悪くても、義理は果たす。そういうところが、この古びた酒屋を繁盛させる秘訣なのだろう。
ティーチ自身、文句を言いながらもう何年も通っていた。ここに来る客は、そういう者ばかりだ。
「で、どうしたのさ」
「あ?」
「賭けに大負けしたみたいな顔してるよ」
「あー……
「今日のことかい?」
 この店主が、甲斐甲斐しく相談にのることなど普段はない。
先ほどのように発破をかけることはあっても、優しく声をかけるような女ではなかった。
けれど、人の生死が関わっているせいか、それともそれほど酷い顔をしていたのか、珍しいこともある。
「なんでもねえよ」
「へえ」
 店主は、暫くじっとティーチをみつめてから、そうかいと肩を竦めて行ってしまった。
 つい先ほど、この店主に言われ知人の様子を見に行った。恋人と死に別れ引きこもっている男だ。
 その男のことを、ティーチは『同類』だと思っていた。いまどきはそういうのをアロマンティックとかいうらしい。
厳密には違うのかも知れない。恋が出来たら良いのに、と願ってはいる。
けれども、それが一体どんな気持ちで、どんなものなのか、さっぱりわからないでいるのだ。
昔は求めた。今では半ば諦めている。女も男も試した。女の身体は好きだ。セックスも。けれど、それだけだった。
……
 いけ好かない、気障ったらしい男。
誰もが振り返りうっとりするような美形、腹の内側を見せないうさんくさい笑顔、優しさなんて見せかけで、同じように自分が一番可愛いタイプなんだと思っていた。
 親近感に似たようなものを覚えていたのは確かだ。
 けれど。
 黒く泡だった酒を啜る。
 煌めく宝石のようだった瞳は濁り、溌剌とした頬は痩け、あの着道楽が嘘のような皺の寄ったシャツを着て、まるで別人だった。
 恋が、あの男をそうした。
 同情とか、そんなものはない。アレと仲が良いと思われがちだが、お互い利用しているに過ぎない。
趣味が同じで、都合が良いときだけつるんでいる。もしあの男が死んだところで、チケットの共闘が出来なくなって困るな、くらいにしか思わないだろう。
 だから、裏切られたわけではない。勝手に思い込んでいただけだ。それに、信じていたわけでもない。
 結局の所、ティーチは自分以外のことなど信用していないのだから。
 恋とはどんなものかしら。
 よく言ったものだ。全くわからない。痛む胸、ときめく心、火照る頬、さっぱりだ。
「けっずりいの」
 うらやましい。
 ティーチがただ一つ、どうにか手にしたいと足掻いて得られなかったものをあの男は手にしている。
 裏切りだ、抜け駆けだ、ずるい、そんな子供の癇癪のような感情がぶちぶちと燻る。
「おかわりー!」
 空のジョッキをたたき付けて叫ぶ。
 はいよーと聞こえる声を遠くに、エドワード・ティーチは硬い肉を囓った。