奈(からなし)
2025-03-22 21:37:05
3826文字
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夏は夜というらしい


小学6年曽良と大学生芭蕉の夏祭りの話。
(将来曽芭になるであろう関係性の二人)
書きたいところだけ書きなぐったもの。気まぐれに増えたり減ったりする予定

「暑い……

曽良は頬を滑り降ちる汗が不快で、自然と舌打ちが出そうになった。今日は七月二十八日、夏休みに入り数日経った頃。学校主体で行われる夏祭りの日だ。通う学校で行われる夏祭りに際し、子ども会毎に神輿を担ぎ校庭まで運ぶという習わしがある。今はそのために、ここにいるのだ。でなけりゃ、家で宿題をしているというのに。法被姿でアパートの砂利駐車上に立ち尽くしていた。子ども会ごとに法被は違う。曽良の住む地域の子ども会は白地に青襟の法被で、地区名がデカデカと貼られている。プライバシーもへったくれもない、今の時代にそぐわないなと思いつつ口に出したことは無い。法被に合わせて、と用意された黒いレギンスも太陽光を集め余計に暑い事この上ない。まだ誰も来ない上、袖が暑っ苦しく邪魔なので、予備の腰紐でたすき掛けをする。記憶の底にへばりついた「慣れ」で、いとも簡単に出来上がった。
次第にがやがやと声が近づいてくる。下級生が公民館に預けていた神輿を担いでやってきた。

ジャン負けで班長になったばかりに子ども会の班長になってしまった曽良は、事ある毎に仕切りを頼まれる。レクリエーション会諸々、興味が無いものであるから正直毎度の如く面倒くさいと思っている。神輿作りに関しては曽良はほぼ土台作りの役割だったため最後の方は不参加だったが、こう完成形見ると『いかにも』なのである。何がいかにもなのかは伏せるが、こう、やはり人気キャラクターにしたがる性はいつの時代も皆健在なのだな、と。

「お疲れ様」
「やっほー曽良くん!気合入ってるね」
「いや、暑いから……

同じ子ども会の子に次々に声をかけられるも、別にこのたすきに気合いだとかやる気だとかの意味は一切無い。暑いから、ただそれだけなのである。

「でもカッコイイよ」
「じゃあ貴方もたすき掛けするといいですよ」
「ど、どうやるの?」
……とりあえず紐の端をこのまま持っておいてください」

そのまま法被の裾を後ろにかけるように紐をかけ、持ってもらった端と結び合わせて終わり。少しは動きやすいでしょう、と声をかければ同級生は下を向いてしまった。

「いいなー! 曽良くんオレのもやって!」
「はい。じゃあこっちに来て」
「ハイハイみんな揃ったかな?点呼とるよー」

親の代表が子ども達の点呼をとっている間、僕は結局下級生にもせがまれてたすきをかけ続けた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

わっしょいわっしょい、と抑揚のない掛け声を続けながら曽良はようやく学校のグラウンドに当着した。予想していたよりも早めに着いたようで、十八班ある子ども会のうち既にグラウンドに到着しているのは三班。曽良の子ども会は四番目の到着だったようだ。班長(不本意)であるため、僕は仕方なくテントに向かい到着の報告を済ませる。どうせならずっと日陰のここに居たいのに。
わーっしょい、わーっしょい、と掛け声が聞こえる中、どこか冷めた気持ちでいる。こんなことやって何になる訳でもないだろう。十八班揃うまで、僕はここで座っているしかない。片膝を立てた状態で座り始めて既に十分は経っている。

ああ、まだかな。グラウンドから少し高い位置には道路がある。あまりの暇さに何気なく視線を向ければ、その柵に手を付き、グラウンドを眺める芭蕉さんを見つけた。どうしてここにいるんですか、と今すぐにでも声をかけたかった。不思議なことに、芭蕉さんを眺めていると他のことが少しどうでも良くなる気がした。

「今日は暑い中​───────」

全子ども会が集まり、締めの校長の話は右から左に滑っていく。この話をしている暇があるなら早く解散させて欲しいものだ。今日は暑すぎて蟻すら土の中から出てこないというのに。拍手の音に曽良の意識が思考から帰る。皆一様に立ち上がりぞろぞろと歩き出しているところを見るに、話も終わり解散になったようだ。倣って立ち上がれば、汗で張り付いた太腿とふくらはぎが気持ち悪い。でも早くしなければあの人は帰るだろう。グラウンドを突っ切るように駆けて、地下道から上がり道路に出る。今にも帰ろうとする、目当ての後ろ姿が見えた。

「芭蕉さん何故ここにいるんです。不審者ですか」
「うわっ!? そ、曽良君!」

本人は肩を揺らして振り向いた。手を離したせいで彼の革の鞄がコンクリートに落ちる。
仕方がない、いつもこの人は。
落ちた鞄を拾って突き出せば、「ごめんごめん」と受け取り、ついでとばかりに僕の頭を撫でようとするので、叩き落とした。

「今日はたまたま大学に用事がね。帰り道通ったら賑やかだからつい寄ってみたんだよ」

僕の頭から足先までじぃっと見ると、芭蕉さんは首を傾げて唸った。

「そうしてると年相応に見えるんだけどなあ」
「喧嘩売ってます?」

腕でたえず流れる汗を拭うと、芭蕉さんは「ちょっと待って」と通学に使っている手持ちのレザーバッグを引っ掻き回し、まだ使っていないパリッとしたハンカチを僕に差し出した。……このハンカチ、芭蕉さんの趣味では無い。誰から貰ったんだろうか。

「すごい汗じゃないか、ほら、拭きなよ。なんか飲み物でも買ってあげるよ」
「じゃあかき氷がいいです」
「クソッ飲み物か微妙なラインを……!」

屋台はグラウンドにある。戻るのに強く手を引けば、芭蕉さんは「もう」と笑った。子ども扱いばかりして。それが無性に腹立つのを知らないんだろう、この人は。



「かき氷、焼きそばと来たんで次はりんご飴食べたいです」
「びっくりするほど集るねキミは!?」

体育館脇の段差に並んで座り、焼きそばを啜る合間にそういえば、芭蕉さんはそう声を上げた。割り箸をくわえながら古臭いがま口(彼曰くコインケース)を開けてうんうんと唸っている様を見て、口の端が持ち上がりそうになるのを抑える。来月の彼のバイトの日数が否応にも増えそうだ、と。

「いいよ、買ってやるよ! 大人を舐めるなよっ」
「じゃあ屋台全部回りましょう」
「ぜ ん ぶ !?」

ヒィィやっぱ勘弁して、と情けない声をあげて手を合わせる姿に「嫌です」と答えた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「あっ、嘘っ!?」

会場をフラフラと歩いているうち、急に声を上げた芭蕉さんがとある屋台に駆けていった。ラムネを飲んでいたのに、全く騒々しい。見上げれば『射的』の文字に、何かめぼしいものを見つけたなあの爺は、と重い足を向ける。

「曽良くんあれ、見てよ!マーフィーくんがこんなところに!」

マーフィーくんとは芭蕉さんが好んでいるキャラクターである。世間での評価は下火だが、芭蕉さんのような一部のコアなファンがいるのだと彼自身に力説されたことを覚えている。くったりと座り込んだマスコットは今にも滑り落ちそうなほど自立性がない。

「くっそこから助けてあげるからね!待っててマーフィーくんッ」
「貴方、的当て苦手でしょうに」
「うるさいよ!」

誰かの親御であろう屋台の男に「お願いします」と百円を渡した芭蕉さんの手には、おもちゃの銃と弾三発。しゅわしゅわのラムネを飲みながら眺めていれば、なんとまあ酷い有様だ。弾は全て景品の隙間を通り抜けている。

「もう一回!」
「も、もう一回!」
「も………うーん……もう一回ッ」

やめておけばいいものを、と思う。
ラムネを飲みながら悔しがるみっともない芭蕉さんを見るのは楽しいが、そろそろ炭酸も抜けてきたし、既に射的ごときに野口一枚分の金額は消えたであろう。野口一枚は彼の四食分の食費に相当すると、僕は知っている。

「もうやめたらどうですか」
「ここまで来て後には引けないだろ!」

悔しさなのか暑さなのか、焼けた肌を赤らめた芭蕉さんは未だ俄然やる気だ。そろそろ止めないと、まだ食べたいものがあるのに奢って貰えなくなりそうだった。

「貸してください。僕がやります」
「曽良くんが? へーんだ、どうせ私と同じで当たりっこないよ」

しかたない、と出来の悪い下の存在に情けをかける気持ちでいたのに。かちん、と来た。こんなへっぽこなんぞに僕が負けるわけが無い。何でも僕が上。そうでなきゃいけない。
ぐったりとしたマスコットに狙いを定める。たかだかお前ごとき。
ぱこん、と小気味良い音の後にブチッという嫌な音が響く。同時に「凄い!」と言いかけたであろう芭蕉さんの声が止まった。

「ま!まままマーフィーくんの首が!!」
「これで満足でしょう」
「良かないよ!首がもげてるんだよ首が!!」
「取ったことに変わりはないじゃないですか」
「瀕死のマーフィーくんに手放しで喜べるわけないだろ!?」

困り顔の男から手渡された、首がもげたマスコットを鷲掴みにして芭蕉さんに差し出せば、「可哀想に、帰ったら治してあげるからね」とさめざめと泣きながら抱きしめている。気に食わない。

「僕に何か言うことあるでしょう」
「え?」
「僕に何か言うことあるでしょう、と言ったんです。僕が? それを? 取ったんですが?」
「あ、あぁ! ありがとう曽良くん」
「いいですよ」

背中を向ければ、後ろから「私のお金だけど……」と聞き捨てならない声が聞こえたので戻って臀を蹴飛ばした。そのままだったら貴方、いつまでも取れずに飯なし生活をしていたでしょうね。感謝しなさい、と。