溶けかけ。
2025-03-22 19:34:37
862文字
Public ほぼ日刊
 

五百年ぶりの「はじめまして」

記憶喪失になったフリーナとヌヴィレットのお話。

「はじめまして、キミがシグウィンの言ってた『ヌヴィレット』かい?」
 そう言って、フリーナは笑った。頭に巻かれた包帯が痛々しい。
……こちらこそ……フリーナ……殿……
 辛うじて、「フリーナ」と呼ぶことは避けられた。今のフリーナはフリーナであってフリーナではないのだから。
……話には聞いていたけど、随分と物腰が柔らかいんだね。最高審判官、なんて言うからもっと厳格で怖い人を想像していたよ」
……幻滅させてしまっただろうか?」
「ううん。その逆さ。キミってば、少しも怖くないんだから。……ああ、その、勘違いしないでくれよ? 親しみやすい、って言いたかったんだ」
 おずおずとヌヴィレットを見上げるフリーナにヌヴィレットはくすりと笑った。
……ふっ。ああ、分かっている……。いやなに、あまりにも不安そうな顔をしているのだと思ってね」
 フリーナは「そ、そんな顔してたかな……?」と言いながら自身の頬にぺたぺたと手を当てる。
「さて……そろそろ行こうか、フリーナ、殿。今日は立ち話をするために顔を合わせているのではないのだから……
 ヌヴィレットの言葉にフリーナも少し緊張した面持ちで頷いた。
「そうだね。その……ごめん。僕のせいでキミに迷惑を──」
「それは違う」
 言葉を遮られたフリーナが驚いたように瞳を瞬かせた。ヌヴィレットが気まずそうに咳払いをする。
……すまない。迷惑だと思っていないと伝えたかったのだ。そもそも、記憶喪失の君の世話役を買って出たのは私なのだから、君が負担に感じることはない。私は仕事が忙しく、不在なことも多いので自宅だと思って過ごすといい……
 ヌヴィレットの朝焼けにも似た瞳が忙しく左右に動く。どうやら、彼は彼なりにフリーナを気遣っているらしい。ならば、フリーナがすることは──
……うん……ありがとう」
 礼を言い、無意識に持ち上げかけていた左手を下ろす。駄目だよ、フリーナ。とフリーナは自身を牽制する。彼は僕であり僕でない僕の大切な人で、今の僕の恋人ではないのだから。