夜明 奈央
2025-03-22 11:20:08
2513文字
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綾仙 終わりじゃない

綾が仙に告白して振られるところから始まる
2025年3月9日初出

 立花先輩の卒業式の日。
 ずっと好きだった先輩に想いを伝えた。先輩の返事は「気持ちは嬉しいが、お前のことをそんな風に見たことはない」だった。
 予想通りだったから、振られて悲しい気持ちよりも立花先輩に申し訳なさそうな顔をさせたことの後悔の方が大きかった。
 ただの後輩としか思われていないことは知っていた。後輩としてなら、卒業後も可愛がってくれるだろう。けれどその権利を放り出してでも、数多いる立花先輩の後輩と同列に扱われるのが嫌だった。何でもいいから、他の後輩とは違うと思われたかった。どうせ卒業すれば、ほとんど会うこともないのだから。

◇ ◇ ◇

 進級して、5年生になった。学年が上がったくらいで何が変わるとも思っていなかったが、5年生ともなればそれまでの進級とは違っていた。校外実習は格段に増え、委員長代理として先生や後輩から頼りにされる日々。趣味の穴掘りに費やせる時間も今までよりぐんと少なくなった。
 忙しい方が、余計なことを思い出さなくて済むからありがたい。学園内はどこでも立花先輩との思い出に溢れているから、気を抜くとすぐにあれこれと思い出していまう。
 今生の別れというわけではないけれど、きっともう会うことはないだろう。だって、どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 実習を終え、日課の穴掘りをしようと学園内を歩いていると、正面から立花先輩が歩いてきた。もう日も暮れかけているから、最初は別人を見間違えたのかと思ったが、見間違いではなかった。
 あの日以来、立花先輩に会うのは初めてだ。会えて嬉しい気持ちよりも、居心地の悪さが際立つ。もう会わないと思っていたから、どう接していいのかもわからない。立花先輩は優しいから「気持ち悪い」とか「迷惑だ」なんてことは言わなかったが、内心どう思っているのかは定かでない。気づかなかった振りをして逃げてしまおうかと思ったが、立花先輩の方から声を掛けられた。
「久しぶりだな、喜八郎」
「おやまあ、立花先輩じゃないですか。どうされたんですか?」
「ちょっと学園長先生に用事があってな。もう用は終わったんだが、せっかくだからお前の顔を見てから帰ろうと思って探していたんだ。元気にしていたか?」
「はい。先輩もお元気そうで何よりです」
 わざわざ探してくれたということは、嫌がられてはいないようだ。ひとまず胸を撫で下ろしたが、やはりそわそわと落ち着かない。ただの後輩の顔をして抱きついたり頭を撫でてもらったりしていた僕に下心があったことは、聡い立花先輩にはきっと気づかれてしまったことだろう。
 せめて誰か他の人がいればいいと思うのに、こんな時ばかり誰も通らない。
「5年生からは実習も増えて忙しくなっただろう。同級生とは仲良くやっているか?」
「ぼちぼちですね」
「なんだそれは」
 いつもの調子で返事をすると、立花先輩は呆れたように笑った。
 それからいくらかやり取りを続けるが、そわそわと落ち着かない気持ちになっているのは僕だけのようだった。立花先輩は今まで通り。それに安心していたのは最初だけで、だんだん悔しい気持ちが湧き上がってくる。
「もしかして僕が好きだって言ったこと、忘れてます?」
 あまりにも以前と変わらない様子に、つい意地の悪いことを言ってしまった。立花先輩は今までの笑顔をひくりと引き攣らせる。
「いや、そんなつもりはないが……
「じゃあなかったことにしようとしてます?」
 黙りこくって視線を逸らすところを見ると、きっと図星だったのだろう。結局、立花先輩にとって僕はいつまでもただの可愛い後輩というわけだ。わかっていたことではあるが、改めて現実を突きつけられると落ち込んでしまう。
 お情けで付き合ってほしいわけではないけれど、振ったなら振ったなりにこちらが諦められるように配慮してほしいものだ。こんな風に特別扱いされ続けていては、いつまでもバカな期待をしてしまう。
「いくら僕でもそれは傷つくんですけどぉ」
 持っていた踏子ちゃんの持ち手に顎を載せ、つーんとわざとらしく拗ねた態度を取る。すると先輩は「そんなことはないぞ」と慌てて否定し始めた。
 ちらりと視線で続きを促すと、言いづらそうに咳払いする。
「現に今だって、以前みたいに頭を撫でるのは無粋かと思って遠慮している」
 困らせてやろうとは思っていたが、想像とは全く違う言葉が飛び出してきて、ぽかんと口を開けてしまった。立花先輩の顔を見つめると、普段は色白の顔に血の色が通っているように見える。これはきっと、夕陽の所為だけではない。
……照れてます?」
 言いながら、自分の顔にも熱が集まり始めているのに気づいてしまう。
「可愛がってた後輩に好きだと言われて何も思わない程の朴念仁なつもりはないが」
 心臓が一際大きく跳ねた。どうしようもない衝動に駆られて、立花先輩に抱きつく。1拍遅れて踏子ちゃんがガラガラと跳ねる音が聞こえて、無意識に放り投げてしまったことに気づいた。けれど今はそれどころではないので、心の中で謝るだけにする。
「おい、調子に乗るな」
「乗らずにはいられません!」
 興奮に任せて先輩の胸にぐりぐりと顔を押し付けると、先輩が僕の着物の背中を引っ張る。けれどそう簡単に離れるつもりはない。
「わかったから一旦離れろ」
「嫌でーす! あと頭は撫でてほしいです!」
 先輩の身体に回した腕に一層力を込める。先輩はしばらくすると諦めたようで、僕の着物を引っ張るのをやめた。忍頭巾の上から僕の頭に手を置いて、ぐいぐいと頭が左右に振られそうな勢いで撫でてくる。立花先輩には幾度となく頭を撫でられてきたが、こんなに乱暴に撫でられるのは初めてだ。ヤケクソか照れ隠しかはわからないが、少なくとも“今までと同じ”ではないらしい。これはたぶん、脈アリって奴ではないのだろうか。
「おい、そろそろ離れろ」
「いーやーでーすー」
 あまりにも嬉しくて、つい顔がにやけてしまう。こんな顔、とてもじゃないが先輩に見せられない。だからこれが治まるまでは、離してあげることはできない。


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