紫輝
2025-03-22 10:18:42
6049文字
Public リとヌと御仔の話
 

家族になった日

リとヌと御仔と御仔のお誕生日の話。御仔のお誕生日、氷と水が交わる季節だったら素敵だな…ってずっと考えていたのでこの時期に出せてよかったです。みんなから御仔宛のプレゼントの話とかもぼんやり考えてはいたんですが雰囲気と和睦できませんでした。

 やさしい蒼い光に満たされた場所で、あたたかい水の中を揺蕩っていた。こぽ、こぽ、とどこからか生まれた泡が昇っていっては弾けて消える。泡達の唄に交じって、遠くの方から声が聞こえてきた。
 声はふたつあった。心地よくて深い声と。気持ちよくて穏やかな声。どちらもやわらかくて、あたたかくて、やさしくて、大好きな声だった。
『おはよう。今日のご機嫌はどうかな』
『今日は良い天気だ。陽射しが心地良い。おまえにも伝わっているだろうか』
 声は代わる代わる響いて、響いた後は決まってあたたかい何かがじわりと空間を包む。まだ体験したことはないけれども、それは『撫でられる』という感覚なのだと何故か識っていた。
 早く会いたい、楽しみだ、出ておいで――大好きな声達の呼びかけに答えたい。会いたい。撫でて欲しい。そう思った瞬間、ぱりん、と音がして、蒼い光に白が混じる。混じった白い光は徐々にその強さを増して、蒼い光を包み込むように溢れた。
「ああやっと会えたな。私たちの愛しい仔」
「会えるのを楽しみにしてたんだ。初めまして、俺たちの王子様」
 近くで響く大好きな声。向けられた笑顔と、あの場所と同じひかりを宿した二対の瞳。
 持ち主に触れたくて二人に向かって両手を伸ばし、それぞれの指を、しっかりと、握って、
……あれ……?」
 レヴィは呟く。はて。自分はとてもとても大切なものを捕まえたと思ったのだけれども、と。
 何を捕まえたのだったか。考えながら思わずきゅうと握った両手があたたかい何かに包まれている事に気づいてぱちりと瞬きを一つ。にぎにぎと力を込めてみれば、両隣からくすくすと笑い声が降った。
とうさま?」
「おはよう、レヴィ」
「パパ」
「おはよう。何かを捕まえる夢でも見てたのかい?」
 首を順々に巡らせてかけた声に、両手をそれぞれ握ってくれていた両親から朝の挨拶と額へのキスが返る。それをくふんと笑って受け入れてからレヴィは首を傾げた。今日はお仕事の日のはずなのにいつもとちがう、と。
 いつものお仕事の日であれば、レヴィが目を覚ましたとき少なくともパパはベッドにいない。朝ご飯の支度をしてくれているからだ。レヴィを起こしてくれるのはとうさまで、時々とうさまが一緒にベッドにいるときはパパが起こしに来てくれる。だから二人ともがここにいるのは不思議なことのはずだ(とてもとても嬉しいけれども)。レヴィは二人がずっと一緒にいてくれる毎週のお休みの日を楽しみにしていて、何回眠ればその日が来るのかをちゃんと数えている。お休みの日がもうちょっと先なのは間違いない。じゃあどうしてだろう?
「おしごとは?」
 二人に聞いてみると、顔を見合わせた両親は同時に笑った。パンケーキの上のはちみつのように、とろりとやさしく。
「今日はお休みにしたのだ」
「俺もお休みだ。今日はパパととうさまにとってすごく大事な日だからな」
「だいじなひ? だいじなひってなんのひ?」
 お仕事の日はお休みの日に変わることがあるらしい。その喜ばしい情報よりも『二人にとって大事な日』がなんなのか、が気になってぱちぱちと瞬くレヴィに、二人は言った。
「今日は私たちが初めておまえに会った日なのだよ」
「そう。おまえが俺たちのところに来てくれた日だ」
 誕生日おめでとう、レヴィ。
 大好きな声が同時にお祝いをくれるのに、レヴィはアイオライトをくるりと丸くした。
「ぼく、おたんじょうび」
「ああ、そうだ」
「ぼくのおたんじょうび、パパととうさまのだいじなひ?」
「そうさ。ものすごーく大事な日だ」
 仕事なんてしてる場合じゃない、と片目をつむるパパと、その通りだ、と微笑むとうさまに、胸がムズムズとした。これが『嬉しい』のムズムズだと、レヴィは知っている。そっかあ、と繋いだ両手に力を込めてくすぐったい気持ちのままに笑みくずれるレヴィに、二人も嬉しそうに笑ってくれた。
「今日はおまえの好きなことをしよう」
「すきなこと」
「なんでもいいぞ。レヴィはいつもお利口さんだからな。今日はなんだって叶えるぞ」
「ほあ……
 何をして遊ぼうか。お出かけもいいし、こうやってみんなでベッドの上にいたって構わない――二人が穏やかに語る魅力的な言葉の数々はレヴィの動きを止めてしまった。パパととうさまとやりたいことが、レヴィには沢山ありすぎたので。うんうん唸っているレヴィを、二人は待ってくれている。レヴィが結論を出す前に、お腹に棲む虫がきゅるると声を上げた。
「まずは朝ご飯にするか。時間はたくさんあるから、ゆっくり考えたらいい。今日はとうさまがパンケーキを焼いてくれるぞ」
「しゅわしゅわのやつ?」
「今日はしゅわしゅわスフレパンケーキの気分なのだな。ではそうしよう」
「パパのおちゃは?」
「勿論あるとも。いつも通りミルクティーにしような」
 大変だ。嬉しすぎてどうにかなってしまうかもしれない。いつも優しい両親が今日はとびきり優しい。頭を撫でてくれてから放されてしまった両手(ちょっぴり残念だった)でムズムズとする胸を押さえてレヴィはふふと笑う。それからパパの言葉を思い出して、両腕を伸ばしてみた。
「とうさま、だっこ」
ああ。おいで」
「その調子だ。たくさんわがまま言ってくれよ?」
 パンケーキのようにふわりと笑ったとうさまはすぐにレヴィを抱き上げてくれて、楽しそうに肩を揺らしたパパがくしゃくしゃと頭を撫でてくれるのにムズムズにそわそわが加わった。どうやら本当に、今日はなんだって叶えてもらえる日みたいだ、と。



 とうさまのしゅわしゅわパンケーキとパパのミルクティーをとうさまの膝の上で頂いて(フォークはちゃんと自分で握った。パパやとうさまは「あーん」はしなくていいのかと笑っていたけれど、そうしてしまったら修理中のマシナリーのように一日動けなくなってしまいそうだったので)、ごちそうさまと手を合わせ。
 次は何をしようかと首を傾げる二人にレヴィは次の『わがまま』を口に出す。
「あのね、ピクニックいきたい。おそとでパパのおにぎりたべるの」
 お船に乗ってみんなに会いに行く――そう続けたレヴィに、「素敵な考えだ」「今日は天気も最高だからな」と二人が笑ってうなずいてくれてから、一時間足らず。
 レヴィはその顔を大輪の笑みで飾りながらターミナルへ向かって歩いていた。両手は二人それぞれとしっかり繋いで、時々ぴょんと飛び跳ねる。レヴィの足が宙に浮いたタイミングで二人が腕を上げてくれるので、まるで空中を泳いでいるようだ。とても楽しい。『おたんじょうび』すごい。明日になってもお願いしたらやってもらえるだろうか?
「これは帰りはおんぶコースかな」
「いつも通りということだな」
 ふすふすと鼻を鳴らしながらご機嫌で足を進めるレヴィの、ふよふよと泳ぐ蒼い触角を見下ろしながらくすくす笑う両親の声は、いよいよターミナルへ突入しようとするレヴィの耳には入らなかった。
「えるはねちゃん!」
 クレメンタイン線乗り場で元気に名前を呼べば、メリュジーヌはミトンのような手をふりふりと振って答えてくれる。
「おはようございます、坊っちゃま! ヌヴィレット様と公爵様も。今日はおでかけですか?」
「うん! おそとでパパのおにぎりたべるの」
 僕お誕生日だから特別なの、と笑うレヴィに、エルファネはクールな彼女にしては珍しくにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「お誕生日なんですね! おめでとうございます。今日が坊っちゃまにとって素敵な一日になりますように!」
「んふふ、ありがとぉ」
 お祝いしてもらった。おめでとうは何回聞いても嬉しいものなんだな、と表情を緩ませるレヴィに優しい眼差しを注いだエルファネが出発時刻を告げて、巡水船はゆっくりと動き出した。
 クレメンタイン線を航行する船の上、周囲の安全とレヴィが風景に夢中になっているのを確認したエルファネがそろりと二人へ顔を寄せる。
「御仔様の御誕生日、おめでとうございます。私たちからも贈り物を用意させていただいたんです。坊っちゃま、喜んでくださるといいんですけど
「ありがとう、エルファネ。君たちが贈ってくれるものだ。この仔は絶対に喜ぶとも」
 ヌヴィレットの言葉に嬉しそうに笑ったエルファネは、それからふふっと肩を揺らす。
「最初は一人一個用意しようとしてたんです。けどシグウィン先輩が、「それじゃあおうちのお部屋がウチたちの贈り物で埋まってしまってヌヴィレットさんと公爵が困っちゃうわ」って助言してくれて。みんなで一つになりました」
「それはそれでこの仔も喜んだろうがさすが看護師長は先見の明があるな」
「なんのおはなししてるの? ぼくもいれて!」
 後で礼を言っておこう、とリオセスリが肩を揺らしたのに気づいたレヴィは声を上げた。鳥の見送りをしていた間に、パパととうさまとメリュジーヌのおねえちゃんが内緒話をしていたらしい。ずるい。
「エルファネさんに美味しいお菓子のお店を内緒で教えてもらってたんだ。今度行こうな」
 内緒話の中身はどうやら美味しいお菓子屋さんの情報だったらしい。今度とはいつだろうか。明日かな? それとも明日の明日だろうか?
「お菓子を一番美味しく食べられる日をパパが選んでくれるはずだ。私と待っていよう」
 楽しみだな、と微笑んだとうさまが頭を撫でてくれるのにうんとうなずいたところで、巡水船はポート・マルコットへ到着した。楽しんできてくださいと手を振って送ってくれるエルファネに別れを告げて、船に乗る前にしていたように二人と手を繋いで目指したのは港から少し離れた水場だ。豊かな森の中に大小様々な泉が点在するそこはアビサルヴィシャップ達の縄張りだった。姿形は違うけれども、彼らと自分が『同じ一族』なのだとレヴィは知っている。
「こんにちは!」
 穏やかな陽光の元、散歩をしたり日向ぼっこをしたり、水浴びをしていたりするヴィシャップ達に挨拶して手を振ると、ヴィシャップ達はうるると鳴いて答えてくれる。
「皆息災のようで何よりだ。私たちのことは気にせぬで構わない」
「また縄張りの隅っこを少しだけ貸してくれ」
 とうさまとパパのかけた声に、立派な尻尾がゆらりと揺れた。みんなも二人のことが大好きなのだ。同じように二人が大好きな自分が、みんなを見てそう感じるのだから間違いない。
「さて、レヴィ。おにぎりはどこで食べたい?」
 二人がみんなに好かれているのはとっても誇らしい。くふんと笑っているとパパに首を傾げられて、レヴィはううんと唸った。
 ふかふかの草の上。太陽の光が雨のように降る木陰。まるでテーブルと椅子のようになっている岩。どこで食べてもパパのおにぎりは美味しい。それは確実だ。悩んで悩んで、今日は木陰にすることにした。そこからだと緑の山々やたくさんの花がよく見えることに気づいたので。
「あそこがいい!」
「ふむ。適度な日陰も、寄りかかれる木もある。良い場所だな」
「さすがレヴィだ。それじゃ、まずはお弁当だな」
 二人がくれた満点を抱きしめて、レヴィは揚々と木の下へ向かう。尖った石や生き物の棲み家がないことを確認して、三人でばさりとレジャーシートを広げた。


「まえよりおはなたくさんだね!」
 パパのおにぎりととうさまのスープで美味しく楽しいお弁当を終えて、草の上を駆け回って、ヴィシャップ達みんなと泉で泳いで戻ってきたレヴィは、とうさまの膝の上でその顔を見上げていた。ぺしょりと濡れていたレヴィの身体から水分を取り去ってくれたとうさまが、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
「そうだな。もう直ぐ春が来るからな」
 揺れる花々と煌めく水面を眩しげに見つめたとうさまは、まるでベッドの上で絵本を読んでくれる時のような声で言う。
「春は氷が解けて水となり、大地を潤して命をぶ、一年で最も命が輝く時期だ。この美しい季節におまえが私たちのところに来てくれて、とても嬉しく思う。おかげでとうさまは春が大好きになった」
 とうさまのお話は時々難しい。けれどこの『おはなし』は、このまま覚えておきたいと思った。お腹に添えられたとうさまの手をきゅうと握って、大好きな声を心の奥の宝箱に大切にしまう。横から伸びてきた大きな手がとうさまのしたように頭を撫でてくれて、同じくらい大好きな声が穏やかに響いた。
「春は一年で一番植物も動物も元気な時期だ。レヴィも負けないくらい、元気にすくすく育ってくれたら俺たちは嬉しいよ」
そっかぁ」
 えいとその手をつかまえて、パパの『おはなし』も宝箱にしまって。
 温かい手にすりすりと懐いていて、ふと。
 とてもとても素敵なことに気がついた。
「ぼくのおたんじょうび、こおりとお水がいちばんなかよしなときなんだねぇ」
 パパととうさまと一緒だね、と、二人の手を抱きしめて笑うと、宝石の瞳を瞬いた両親はくすぐったそうに笑ってくれた。



「ぼくねぇ、たまごにいるときのゆめ、みてたの」
 ぬくぬくのベッドの中、朝起きた時のように両手を二人にしっかりと繋いでもらいながら、レヴィはとろとろと言葉を紡ぐ。特別なごはんでお腹はいっぱいで、お誕生日のプレゼントで胸もいっぱいで、たくさんたくさん嬉しくて。
 今にも眠ってしまいそうだけれど、『おたんじょうび』が終わってしまうのが勿体無くて、レヴィは降りてこようとする目蓋と戦いながら一生懸命おしゃべりしていた。
「あおくって、きれいで、あったかくてね、とうさまとパパがいっぱいおはなししてくれて、あと、なでなでしてくれたでしょ。うれしかったの」
 『その時』のことを思い出して――これが本当にあったことなのかレヴィにはわからないけれど――くふんと笑い、二人の手をきゅうと握る。
「ぼく、とうさまとパパのこになれていっぱいうれしいの。だからね、ずっといっしょにいてね」
 やくそく、と、ちゃんと言えたかどうかレヴィにはちょっぴり自信がなかったけれど、両手がほわりとあったかくなって、二人がおでこにキスをくれたから、きっとちゃんと聞こえたのだろう。よかった。
「勿論。約束だ」
「私たちも、おまえが私たちの仔になってくれてとても嬉しい。また一年、おまえが元気に過ごせますように」
「一緒にたくさん思い出を作ろうな」
 おやすみ、と、ふたつの優しい声が降って。
 とうとう降りた目蓋と共に、レヴィの『おたんじょうび』は幕を閉じた。
「ヌヴィレットさん」
「なんだろうか」
「泣くなよ」
「君こそ」
子どもって凄いなぁ
「ああ本当に」
 ちいさな手に唇を寄せた両親が額を重ねて頬にあたたかな雨を降らせたことは、夢の世界に旅立ったレヴィには内緒にされた話だ。