らく@創作企画TRPG
2017-05-30 23:29:28
1825文字
Public
 

【学戦】 月雪 朧 【中等部初期】

まだ救護班になる前の話 ※流血表現と戦闘描写あります

 家族が多い。俺が軍にあがれば、妹や弟たちは免除される。
 父を失って悲しみに暮れる家族を置いて、だから俺はそれでも学兵になった。


 呆然と仰ぐ顔に、生温かい雨が降り注ぐ。
……隊長?」
 見張りに出ると言って立ち上がった隊長が、目の前であっけなく殺された。
「あ、あああぁぁ!!」
 迸る叫び声は、無意識だった。
 あんなにも優しくて頼りになる隊長の死が、こんなにも唐突であっけないものであっていいのか。
 気付けば、傍らに転がっていた拳銃を拾い上げ、構えていた。
 恐怖と怒りで視界は痛いほど明滅している。
 俺の拳銃を握る手はみっともないほど震えていて、照準すら定まっていなかったけれど、それでも引き金を引けば人を殺せる距離にあった。
 俺はこの手で、名前も知らない、酷く怯え追い込まれている白い制服の学生を殺すことが出来る。
 敵の陣地で隊長を殺して生き残ったその学生を、殺すことが出来る。
 心臓があり得ない早さで波打っている。
 スローモーションのように目の前の白軍の学生が、俺より早く引き金に手を掛けるのが見えた。
 俺の指は馬鹿みたいに震えて動かない。
 隊長を殺した仇が目の前にいるのに。今まさに俺は殺されそうなのに。
 小規模な暴発音が弾けた。
 俺のものではなかった。
 白の学生のものでもなかった。
「第五救護班! 緊急による特例により、戦闘許可! 救援に馳せ参じた!」
 ぞろりと救護班の一員が見えた瞬間、俺は拳銃を手にしたまま崩れるようにへたり込んだ。
「大丈夫か! 月雪!」
 呼ばれた名にびくりと肩を跳ねさせた。
 肩に置かれた手を、覗き込まれた顔を、ぼんやりと順に追っていく。
 見知った先輩だった。入学してすぐの戦闘訓練で助けて貰ったことのある先輩だ。
『俺たちは殺すためじゃなくて、助けるためにあるんだと、そう思いたい』
 先輩の拳銃を持つ手は震えていなかった。一度目ではないのだと悟る。
 だけど。
 涙とともに湧き上がる感情は馬鹿みたいに胸を締め付けた。
 先輩は救護班で、俺は今、違うのに。
  震える手で引き金が引かれることのなかった泥まみれの拳銃を握り締めた。
 どうして、俺は、なんにも。
 幾百もの命が奪われる戦場で、涙に濡れる吐息が言葉にならない嘆きを告げた。


***

俺を助けた手も、白の学生を殺した手も同じであるなら、この世に罪の在り処なんてない。

***


「すみません」
 何に対して謝っているのか、わかっていなかったと思う。
 俺も先輩も、戦場で起こったことの謝罪ほど意味がないことくらい知っていた。
「すみません」
 それでも謝罪を重ねる俺に、どう言葉を返したらいいか先輩は考えあぐねているようだった。
「すみません」
 酷く滲んだ声とともに、ぽたぽたと冷たい雫が落ちていった。
 すみません。
 先輩は、こんなどうしようもない状態の俺を突き放すことなく、ただそばにいてくれる。
 わずかな逡巡を感じさせる吐息が落ちた。
「お前が」
 まるで言ってはならないことを、それでも言わずにはおれないように、躊躇いがちに告げる。
「お前が、引き金を引けなくてよかったと、俺は思うよ」
 その声には安堵が混じっていた。
……っ!」
 目の奥が痛い。痛い。
 ひゅっと息を吸い込む音が耳元で響いた。
 肺が潰れてしまいそうだ。
 脱力して放り出したままだった自身の手を、血が滲むほど強く握り締める。
……違う!! 先輩、俺は……!」
 喉が引き攣る。
 俺はとんだ甘ったれだ。
 目の前で隊長を殺されて憎かったはずなのに、引けなかった。
 どう考えてもあのとき、引き金を引くのは俺の役目だった。
 俺は、誰よりも引き金を引ける立場にあった。
 憎かったのに。
 考える間もなく飛び出して、銃を掴んで、それでも。
 俺は引き金を引けなかった、
 けれど、あの白の学生は死んだ。嬉しさなんてひとつも湧かなかった。
「すみません……っ!」
 それでも、嘘じゃない。
 嘘じゃないんだ。この溢れる涙は、決して。
 学兵に志願して、戦場にいるのに、それでも。
 引き金を引けなくてよかったと、縋る安堵に胸をなでおろす様な今でも。
 ただ悔いることしか出来ない愚かさに打ちのめされる、そんな自分本位な感情も。
 すべて渦巻いて巻きこんで、悲しみとなってとめどなく涙があふれた。





※こちらのテキストは妄言でもあり、フィクションでもあり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。