saeko
2025-03-21 19:58:26
7039文字
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無題3(未完続)

長いかなと思ったので、一旦ここまでアップを。
書いたらすぐにアップしているので、全文手直しして支部に載せます。

■ ■ ■



 新しいアカウントの知名度を上げるために日々インターノットを巡回し依頼を引き受けてはいるが、最近はその頻度が落ちていた。
 そろそろ大きな案件も含め再開しなければと店の営業後に妹と情報の海に潜っていると、リンがトントンと画面を指す。
「ちょっと、お兄ちゃん。これ気にならない?」
 黒いボンプの写真と工場の外観写真がアップされ、至急とタイトルがつけられたボンプの捜索願いは、まだ書き込みがされてから数時間も経っていなかった。
「でも、至急ってわりにはタイトルと写真のみ。うーん……、よっぽど慌ててたのかな」
 急を要する依頼の場合、逸る気持ちからなのか、投稿にミスがあるのを見かけることがある。けれどすぐに訂正や詳細が追記されるのが常套の流れだ。
「最近、ずっとあそこに行ってるから、工場に反応しちゃってるのかも」
 これも一種の職業病なのかと、リンが小さな溜息をつく。
「まあ、似たようなところは沢山あるからね」
「情報がこれだけじゃ、受けたくても受けられないしなぁ」
 リンと同じ意見がいくつか書き込まれている。場所が特定されないのでは、すぐに動きようがない。そもそも至急の依頼に対しては情報量が圧倒的に少なすぎる。
(確かに、どこの工場なのか把握し辛い写真だな。このボンプもよく見かけるタイプだけど……
 ボンプの写真を注視すると、胸元に丸い銀色があることにに気づく。
「これは?」
 黒いボンプの胸にピンバッチを見つけ、もしかしてと、貼り付けられているボンプの写真をアップにする。フェアリーに工場とボンプの画像処理を頼めば、すぐに解像度が上げられ、鮮明な画像がモニターに映し出される。
……これは、本当に急ぎの依頼だな。すぐにでも引き受けさせてもらうよ」
 アキラはリンと場所を交代し椅子へ座ると、手早く返事を依頼主へメッセージを送る。急を要するというのもあり、ノックノックを立ち上げると、昔なじみのアカウントをタップし手早く用件を打ち込んだ。
『プロキシ自ら情報屋を率先して仲介に使うなんて、あんたらぐらいだ。まあ、上級なお得意様は大事にする主義なんで、引き受けるけどな』
 すぐに返信が返って来るあたり、さすがは羊飼いだ。彼の言動はともかく能力と情報網に関しては一目を置いている。依頼主との接触は彼に任せ、アキラは引き続きスマートフォンを操作する。早朝に教会から送られてきた最新データをもう一度確認し、小さく息を落とした。
「話が見えないんだけど。ちゃんと説明してよ、お兄ちゃん」
「もちろん。fairy、今から書類を転送するからモニターに映してくれ。あと、このボンプの写真の胸元のピンバッジも拡大して見えやすくしてくれないか」
『承知しました』
 指示通りFairyがすぐに対応する。
 書類にある画像は少し画角が違うものの、重厚なクレーンや鉄骨素材、資源素材が類似している。そして、青いコンテナに書かれた白字のファクトリーロゴが書類の写真と完全に一致していた。
「昨日の夜から急激にエーテル濃度が上昇し始めたって協会から連絡があったんだ。特にエーテル反応がこの場所周辺に集中し始めてる」 
「え、それって、かなりやばいんじゃ……
 共生ホロウの最後の一つは調査の結果、境界線にあたることが判明した。このまま育てば親になってしまうため、早急にエーテリアスを殲滅しなければならない。
 依頼の場所に探しているボンプがいるとすれば、見つけ出さないと無秩序な空間を彷徨うことになってしまう。
「そんな急にだったら、誰がイアスを向こうに連れて行ってくれるの?」
「今回のホロウは雅さん達が担当する筈だから、悠真じゃないかな」
「なるほど」
 アキラへの伝達は主に彼が担っていたので、今回も彼が来るのだと思っていた矢先、スマートフォンにノックノックの通知が届いた。
 相手を確認し返事を返す。
「違ったみたいだ。リン。イアスを起こしたら、裏口を開けてくれないかい」
 了解と、リンがすぐにスタッフルームを出て行く。やがて、ドアの向こうが少しだけ騒がしくなり、開けられるのと同時に、明るい声と優美な声がアキラの背中に投げかけられた。
「やっほー、プロキシ」
「ご無沙汰しています」
「お兄ちゃん、連れてきたよ」
『ンナンナー(アキラ、ボク起きた)』
 対ホロウ特別行動部第六課の二人――月城柳と蒼角へ、椅子を回し向き直る。緊急時にホロウ内の対応できる組織は限定されている上、雅と悠真が現場に向かったのであれば、必然的に柳たちがサポートに徹することになるのは予想の範囲内だ。
「急を要するので、ホロウに関しての詳細は後ほど説明させていただきます。よろしいでしょうか」 
「もちろん。リン、イアスを柳さんたちに」
「了解。イアス、戻ってきたらいっぱいぎゅってハグしてあげるからね」
『ンナナー(嬉しい。ボク、がんばる)』
「じゃあ、わたしもぎゅってするっ。あ、ナギねぇもしてくれるよ」
『ンナンナナ(ありがとう。ちょっと照れるけど嬉しい)』
 六課が出動するということは、対エーテリアスの脅威レベルが上がったというのを意味している。アキラが思っている以上に、現状は厄介なのかもしれない。
「課長と浅羽隊員はすでに現地へ向かっています。状況に関しては、彼を通して直接見て頂けますでしょうか」
「分かった。それで構わないよ」
「あ、そうだ、プロキシ」
「ん? なんだい?」
「これが終わったらお菓子ちょうだいね。ハルマサに頑張ったご褒美あげてるんでしょ。プロキシと会ったとき、いっつも嬉しそうにしてるんだもん。わたしも美味しい飴食べたいっ」
「ああ、あれは貴方からでしたか。デスクワーク中、いつになく真面目に書類と向き合っていたのですが、そういう理由があったのですね」
「そういう理由って、いったい……
「お兄ちゃんから貰った飴、効果抜群じゃん。妹としては、羨ましくなっちゃうなぁ」
「リンまで……。えっと、そうだな。飴はちょっと難しけど、皆には違うお菓子を用意しておくよ」
 話を元に戻すために軽く咳払いをする。
「とにかく、急を要するんだろ。柳さん、蒼角。イアスを頼むよ」
「ええ。お任せ下さい」
「まかせてーっ」
 蒼角がイアスを抱きかかえ、パタパタと出ていく。軽く会釈をした柳にアキラは声を掛けた。
「柳さん。頼みがあるんだけど、いいかな」
「なんでしょう」
「こちらが受けた依頼で申し訳ないけど、あのホロウにいるボンプの救出に協力して欲しいんだ」
 彼女が少しだけ目を細め微笑む。
「構いません。こちらもご無理を言って今回協力を頼んでいる立場です。その依頼、六課が全面的にご協力致します」
「ありがとう。助かるよ」
 では、と。今度こそ柳が店を後にする。彼女の足音が消えるのを確認し、アキラは椅子に深く座り直した。微かに軋む椅子に身体を預けながら、少しだけ目を閉じた。じわりと目蓋の奥が重くなり、流石に疲労感を誤魔化しきれなくなってきたのを自覚する。
 軽く息をつき、依頼をもう一度頭の中で反芻させた。
 捜索とガイド。どちらにもリソースを割かなくてはならない。リスク回避も含め、無闇に動くことはなるべく避けたかった。
……でも、どうしてあのボンプが工場にいることを、依頼主は知っていたんだろう)
 急激なホロウの活性化は一般に公表はされていない。ニュースで流れている程度の知識であれば、〈N.E.P.S.〉と〈H.A.N.D.〉が協力体制で調査中ということだけだ。
(そもそもセキュリティに不具合があるといっても、ボンプがあそこに迷い込むのは可能なんだろうか)
 もう一度確認するために背凭れから少し身を離す。モニターへ映している画像を注視しながら、教会から送られてきたエーテル濃度の資料や、フェアリーに頼んで出して貰った治安局とH.A.N.Dの警備映像など、いくつかの情報を照らし合わせながら詮索する。
 普段ならともかく、ホロウが同じ場所に集中して発生している今、二つの組織が警戒態勢を取っている中で入り込むのは容易ではないだろう。 
(ピンバッチには、あの工場のファクトリーロゴ……
 単純に考えれば、会社や工場関係者の中にボンプの主人がいるはずだ。
「Fairy、このボンプがどこに所属しているか調べられるかい?」 
 不自然さや違和感なくボンプがあの場所に入り動けるというのは、警戒を持たれずに行動できる者の可能性が高い。
 認知はされているけれど、意識はされていない。違和感があれば警戒心を持たれるが、見慣れているのであれば、何も疑問や警戒心は持たれないだろう。
 やがて推測はフェアリーの回答により確信へと変化する。 
……でも、今回に限って捜索願いを出すんだろう)
 腑に落ちない点を繋げようとしても、まだパズルのピースが揃ってはいない。
「お兄ちゃん、そろそろイアスが目的地到着するよ」
「分かった」
 柳とノックノックで連絡を取っていたリンに声をかけられ、一旦疑問から目を逸らした。目の前にある自分の使命を全うすることも大事だと、キーボードに指を走らせた。トグルスイッチをオンに切り替え、静かに目を閉じる。あとは意識を知能水晶体へ集中し、感覚同期をさせるだけだ。
「じゃあ、いくよ」
 サポート役のリンがいつものようにスイッチを押す。同時に感覚神経が活性化され、瞳の奥がほんの僅かに痺れる。システムが起動し感覚が同期されるのにタイムラグはない。数度瞬きし、目を開けたアキラの視界に広がっているのはモニターではなく、イアスが見ている現状だった。
 やぁ、相棒、と。状況にそぐわないゆるりとした声が頭上から降ってくる。
 視線を動かすと、彼のトレードマークでもある黄色い鉢巻が視界の中で揺れる。
「なんでこんなに活性化してるのか、アキラくんは状況が分かっているみたいだね」
『ああ。閉鎖された工場での窃盗と、エーテルの違法採掘。まとめてそれに手を出したホロウレイダーが原因だな。今回、ホロウが多発したことで工場内のセキュリティに問題が発生したことを嗅ぎつけたらしい』
「いやー、冷静な返しをありがとう。さすがプロキシだね。状況は大体分かったけど、嬉しくない……すっごく嬉しくないっ!」
「それに関しては、僕も完全に同意するよ」
 エーテリアスは個体により、耐性もあれば弱点も有している。最後に残ったホロウ内の敵の殲滅を担うのは相手の弱点に特化した能力を持つ星見雅と浅羽悠真だった。
 空間の裂け目の広がりが深くなり、エーテル濃度も増えているいま、緊急性が上がったとはいえ慎重に進めなければいけない。敵が増えているのが容易に想像がつく中で、人員や時間の消耗戦にならないよう迅速な対応が求められているのならば、対ホロウ六課を動かすのがやはり最適化ともいえる。
 協会の護衛も兼ねているため柳と蒼角は引き続き待機し、エーテリアス討伐には雅と悠真が一任されていた。
 アキラの役目は、エーテリアスがいる場所へ確実にエージェントを導くことだ。ホロウ内には幾つかの裂け目があり、移動するうちに方向感覚が麻痺してしまう事もある。 
「では、行こうか」
「課長、これって残業手当つくんです? ていうか、僕さっきまでデスクワークしてたから、ずっと働いてる気がするんですけど、気のせいじゃないですよね?」
「浅羽隊員。少し語弊がありますね。ちなみに、ここ数日、貴方がソファーを占領していた時間と外出時間の合計を教えてあげることも出来ますが」
「いや〜、やだなぁ、副課長。別にサボってるわけじゃないんですよ。ほら、部屋には僕を待ってる可愛い子がいるし。それに、寝ないと効率だって悪くなるでしょ。僕にとっては、どっちも必要な時間なんですから」
「では、その時間をこれからも得るために、速やかな行動をお願いしますね」
「うむ。柳の言うとおりだ。私も修行の時間は沢山必要だからな」
「わたしは、お菓子をいーっぱい食べる時間が欲しいなぁ」
「ええ、これが終わったらたくさん食べましょうね」
「なんですか、その優しさに溢れた笑顔。僕のときと蒼角ちゃんのときの対応まったく違いません? ……まあ、いいですけど」
 それじゃ、まあ、大事な時間を守るためにもさっさと片付けますか、と。
 悠真が仕切り直したのと同時に四人の瞳に鋭い光が宿り、六課の纏う雰囲気が一変したのがイアスを通し伝わってくる。
 柳と蒼角はホロウ外にいる調査員や協会を援護するために留まり、雅と悠真が任務を遂行する。
 二人の後を歩きホロウ内へ足を踏み入れ工場内をぐるりと見回せば、結晶化したエーテルがすぐに確認できた。
『やっぱり、進行が早いみたいだな』
 以前、送られてきた映像や画像よりもエーテルが壁や床の一部を突き破っている状況は、協会からの報告を裏付けるには充分で、時間があまりないことが一目瞭然だった。
「アキラくんは、なるべく安全なところに隠れてて」
『分かった』
 ジリっと空間が歪に揺らぐ。
 エーテリアス――ティルヴィング、エンジンビホルダーなど、プロキシとしてホロウに入った時に遭遇する怪物が一気に現れる。ざっと数えても十数対はいる中に、デュラハンやタラスクミキサーも紛れていた。
 生物や自立機械がエーテルに侵食され異化したものは襲うことを本能に植え付けられているのか、二人を標的と見なし、敵意を剥き出しにしてくる。
 頭部がエーテル結晶となり吸い込まれそうな漆黒の部分が剥き出しになっているのを眺め、エーテリアスの中に手が甲殻類のようなハサミになっている敵が多いことに気づく。
(今回は寄主形態が多い。雅さんと悠真なら大丈夫だろうけど。消耗戦になるとまずいな……
 前に消滅した四つのホロウよりも、エーテリアスの数が増えている気がする。
 あーあ、こんなに沢山……と、悠真がため息をつく。いったいいつ帰れるのかと、もはや諦め混じりの声とは正反対に、雅が抜刀し相手へ迷いなく切先を向ける。
「受けて立つ」
 工場内には幾つもの部品や原材料、資材などを保管する倉庫が併用されている場所があり、今回ホロウが発生しているのは工場でも比較的規模の大きい場所だ。空間に比例するようにエーテリアスの数は多く、二人を囲むように現れた敵に対し、雅と悠真が背中合わせの体勢になっていく。
「悠真、無理をするな」
「分かってますって、課長。出来ることならそうしたいんですけどね。ほら、僕、弱いんで……ッ」
 腰の鞘から太刀を二本一気に引き抜き、悠真が目を軽く細め口角を上げる。彼が操る特有の武器は刀にもなる可変式のコンパウンドボウだ。
 弓を分離し、双曲刀として扱うそれを構え、悠真が一気にダッシュし敵との間合いを瞬時に詰める。右手の刀で相手の懐を掻っ切るように打ち込み、異形の体勢を崩す。左の刀で首元を狙いそのまま降ろせば硬質な音と共に空間に僅かな歪が生み出され、エーテリアスがデジタルの虹彩に包まれ瞬時に霧散された。
「数で勝負とか、好きじゃないんだけどなぁ。ちょっと……、いや、かなーり趣味悪いんじゃない?」
 体制を低くし、敵の間をすり抜けながら連続で斬り込み全てを無に帰す。
(すごいな、やっぱり)
 データで作られたアバターで再現する能力には限界があるのだと、イアスの瞳を通し悠真の戦闘を見ながら、本物の彼の戦闘に目が奪われた。
 再び歪みが発生し、エーテリアスの影が再び幾つも浮かび上がり実体化する。
「はぁ……、接近戦は苦手なんだよなぁ」
 現れた敵を双刀で大きくノックバックし、間合いを取りながら悠真が息をついた。
「でも、今日に全部終わらせたら、これからは定時で帰れるんだよねぇ」
 苦手と言ってる場合じゃないかと、微かに乱れた息をグッと抑え悠真が唇に薄い笑みを引く。
 グリップのついた双曲刀の頭部分を繋ぎ弓状へ変化させる。接近と遠距離。合体機構により、どちらにも対応できる武器を操りながら、悠真が敵に蒼い閃光を瞬かせた矢を射つ。
 ノックバックした際に、身を隠したアキラの近くで悠真の足が踏み留まり、エーテリアスからイアスを守るように背を向けた。
 幾分柔らかい声で、彼がアキラに声を掛ける。
「ごめんね。もう少しだけそこに隠れてて」
『もちろんだ。君たちの足手纏いになるわけにはいかないからね』
 機械盤の嵌め込まれたデスクの奥に潜り、身を潜める。
「まだいけるか?」
 蒼陽炎を纏った刀が視界に入り、雅もまた敵を一掃したのだとすぐに理解した。
「ええ、もちろん、いけますよ」
「珍しいな。さっきの悠真とは違うぞ」
……あー、まあ、ですよね。らしくなって思ってますよ、ほんと」
 でも、と。グリップを強く握る悠真の手が目に入る。
「これが終われば、絶対に休みが取れるんだったら、頑張っちゃうでしょ。労働者の当然の権利は守られないといけないですしね」
 それに、戦う時に決めてることがあるから無茶はしない主義なんですと、悠真が続けた。
「そうか」
 雅の刀を包んでいる蒼い炎がゆらりと揺れる。
「では、いくぞ」
 雅の声と共に悠真が敵へと一歩踏み出した。