べに
2025-03-21 16:14:09
7103文字
Public とどばく
 

TDBK-03

どうやらかっちゃんに一目惚れしちゃった轟くんと、ぐいぐい来られて絆されてしまうちょろい勝己のお話。不定期連載風で、今回も全年齢ですが次回くらいでえっちします。

・個性とかはない世界で轟爆が普通の大学生やってます。
・作中に出てくる施設等は現実と似ていても架空のものです。

 轟が何を考えているのかマジでわからない。
 夜、自室でレポートをまとめていた勝己は、受信したばかりのメッセージを開き思わず目頭を揉んだ。トーク画面の吹き出しには『今度水族館行かねぇか?』と書かれていて、それ自体一緒にどうかという意味なのはわかる。問題は送り先を間違えているのでは、ということだった。
 知り合った当初、どうせしばらくしたらフェードアウトするだろうと思われた轟は、予想に反してしつこいくらい勝己に絡んできた。特に『メシ行かねぇか?』という誘いは毎週のように届き、大学やバイトが忙しかったこともあってスルーし続けていたが、あまりにめげないものだから一度くらいなら、とOKした。奴はその際、なぜか勝己相手に恋話という最高に人選ミスな話題を振ってきて、〈すげぇ気になってる奴がいる〉と言ったのだ。ということはつまり、これはそいつに送ろうとした誤送の可能性が高い。
 勝己が『相手間違えてんぞ』と送ろうとしたその時、リンクを貼り付けた二通目が送られてきた。水族館のサイトURLに、『ここシャチがいるらしい。爆豪好きそうだ』と添えてある。紛れもない勝己宛てだった。
 いい加減にしろや、と勝己は思った。メシにしろ水族館にしろ、俺を誘う暇があんならそいつを誘え。メシくらいならまだわかる。でも水族館は完全に違うだろ。いったいこいつは何を考えているんだ。
……
 一頻りキレて、なんとなくサイトを開いてみる。轟は初めて知ったかのような口ぶりだったが、このあたりでシャチがいる水族館といえばここだけなので、特に新鮮な驚きはない。なんなら行ったことあるし。ただここは海沿いという立地で、電車で行くとなるとちょっとした遠出になってしまう。車があるならまだしも、付き合う前の女と行くなら、移動時間の手持ち無沙汰を紛らわせるような場数を踏んだ気遣いが要るんじゃないかと思った。高速バスもあるにはあるが、かかる時間はさほど変わらないし、顔面を拝んで過ごすにしても約二時間はさすがに長い。あいつトーク力ないしな。轟にそんなものまで搭載されてしまったら、それはもうナンバーワンホストでしかない。
 そこで勝己はふと思った。もしかしてこいつ、俺で予行演習するつもりなんじゃねぇのか。あり得る。というかもうそうに違いない。なんせ轟は箱入り坊ちゃんなので、これまでデートらしいデートをしたことがないまま好きな奴ができて、いま途方に暮れているのだろう。最近では合コンに関して根本的な勘違いがあったばかりだし、ぶっつけ本番で経験不足による恥をかくのは避けたいという心理なのかもしれない。そうすると、勝己を執拗なまでに誘い続けていたのは下見とかそういうことが目的だったんだろうか。なんかおもしろくねぇなそれ。
 とはいえ、あの連絡頻度で他の人間にも同じことを並行してやっていたとは思えない。協力要請を分散しないということは、他に頼れる友人もいないということだ。この先ずっと指南役を引き受けてやる義理はないが、取っ掛かりだけ面倒を見てやればあとは本人たちでどうとでもなっていくだろう。そのくらいなら手を貸してやらなくもない。めんどくさいことには変わりないが。
 勝己はそう結論づけてカレンダーアプリを確認すると、空いている日をいくつかピックアップして轟に返信した。





 待ち合わせ場所の南口に着くと、そこには女に逆ナンされまくっている轟というデジャヴが繰り広げられていた。律儀に「すみません」「大丈夫です」とか言っているから、どうせ勧誘か何かだと勘違いしているのがわかる。だとしても無視すりゃいいのに、これだからおぼっちゃんは。見かねた勝己は、そこへずんずん近づいて群がる女を押しのけると、轟の腕を引っ張り寄せた。
「いつまでやってんだ。行くぞ」
「お、爆豪おはよう。いつの間に来てたんだ」
「うるせぇ」
 のんきに挨拶してくる轟を引きずるようにして、速度を落とさずそのままバスターミナルの待合スペースへ移動する。バスでの移動は「乗りっぱなしで楽だから」という理由で勝己が希望した。誰もついて来ていないことを確かめ、轟をベンチに座らせる。今日の轟は水族館デートにふさわしく、動きやすさ重視の装いだった。プレッピーからカジュアルまで、何でもいけますってか。どっちも百点だわクソ。
「てめェ今まであんなんでよく無事に生きてきたな」
「? おかげさまで……?」
 こてんと首を傾げられて、こいつ何言われてるか全然わかってねぇなと思った。あの調子で実際に勧誘なんかされた日には、あっという間にやばい内容の契約とかにサインしてしまってそうな危なっかしさだ。
「今までどうしてたんだよ。ずっとああやって行く先々で囲まれてたんか」
 ようやく勝己の言っていることに思い至った轟は、「ああ、あれか。今まで移動はうちのハイヤーだったから。最近なんだ、電車移動するようになったの」と富豪発言をかましてきた。なるほど、これまではずっとドアからドアの生活だったというわけか。めちゃくちゃさらっと言ったけど、うちのハイヤーてとんでもねぇなこいつ。どういう経緯で庶民の移動スタイルに転向したのかは知らないが、今後も本命の女と出かけたりするんだろうし、最低限教えておいてやった方がいいだろう。
「ああいうのはシカトしろ。自分の男が言い寄られながらヘラヘラしてっと気ィ悪いだろ」
 途端に轟が「えっ!?」とバカみたいな大声を出して、驚いた勝己の肩がびくりと跳ねた。自分でもボリュームをミスったのか「うわ、びっくりした」と目を丸くしている。
「ンだよ。急にデケェ声出すなや」
「わ、悪い」
 やけにあたふたしていて意味がわからない。何なんだいったい。よほど動揺したのか、轟は赤い顔でふらふらしながら「ちょっとコンビニ行ってくるな」とその場を離れて行ってしまった。そういえば勝己も朝ごはんがまだだったので、バスの中で食べられるものを調達しなくてはならない。早起きしたから車中は寝るだろうし、昼は向こうで何かしら食べるだろうから軽めでいい。


「シャチのショー、一回目は多分間に合わねぇな。二回目でいいか」
「イルカにタッチやってみたくねぇか? あ、これ要予約だ」
「ペリカンまで居んのか。見てくれ爆豪、鳥が散歩してる」
 バスが出発してしばらくすると、現地が近づくにつれ気分が上がったのか、轟は遠足の幼稚園児かってくらいハイになっていて、もはや寝るどころの話ではなかった。スマホであちこちページを開いてはいちいち勝己に報告してくる。どうでもいいから寝かせてくれ。「ペンギンに餌やれるとかやべぇな」と興奮している横顔を見ながら、そういうのは家でやってこい、と思ったが、こいつの場合このはしゃぎっぷりはもしかするとアレかもしれない。
……水族館行ったことねぇの」
 轟は一瞬ぽかんとして「よくわかったな」と言った。マジか。そんなことあんのかよ。行くだろ普通。それこそ遠足とかで。この歳になるまでお抱え運転手付きの車でしか出かけたことがなくて水族館も初めてとか、ちょっと勝己には轟の暮らしぶりが想像できない。ガワはデケェけど、人生経験値はマジで幼稚園児と変わらないんじゃないか、と思ってしまう。昔の貴族は自分の子供に一定基準のマナーが身につくまで同じテーブルで食事しないとか何かで読んだし、それと同じ感じで、休みの日に親と出かけるなんてなかったのかもしれない。勝己だったら「ふざけんな連れてけ!」と言えることでも、轟の家ではそうじゃなかったのだろう。着いてもないのにこれだけうきうきしているんだから、きっとずっと行ってみたい気持ちがあったに違いないのに。ささやかなわがままも言えず、子供ならたいてい一度くらいは経験していることをじっと我慢していたんだろうと思うと、勝己はなんだか無性に目の前の男を甘やかしてやりたくなった。
「シャチはマストだろ。イルカは触れねぇかもだけどショーは観れるし。あとどこ回りてぇんだよ、ペンギンか?」
 肘掛けから乗り出すようにして画面を一緒に覗き込む勝己に、轟が狼狽える。
「え、全部行ってくれんのか?」
「たりめぇだわ。今日という日を存分に楽しめや」
「ありがとう、やさしいな爆豪」
 水族館を一緒に見て回るなんて、そこまで感謝される程のことではない。けれど轟が本当に嬉しそうにまっすぐ目を見て笑うから、勝己はうっかりときめいてしまった。いやキュンじゃねぇんだわ、俺の心臓。どうせ代役だし、とおもしろくない気持ちになって、おもしろくないって何でだ、と自問する。この笑顔が自分を素通りして別の誰かに向けられるのが気に入らない、とかではないはずだ。断じて。


 パークに入るや否や、轟は遅れてきた幼年期を取り戻すみたいな勢いで水族館を楽しんだ。勝己はちょっと、元気に遊び回る子供を見守る親の心境だ。見るものすべてに「すげぇ」と言って目を輝かせるから、てめェの親は一生この顔知らないままで後悔しねぇんかよ、と思う。イルカショーに感動して握りこぶし作ってるのを見た時は、他人の俺ですら来てよかったな、と思ったのに。今日はペンギンの餌やりやってないと言われてしょんぼりしてたら、何とかしてやりてぇと思うだろ。俺は代わりにアザラシの餌やりでこいつの笑顔を死守したぞ、と会ったこともない轟の親に勝ち誇る。このくらい連れて来てやれや、マジで。
 館内施設を半分ほどめぐり、ちょっと一旦外で休憩しようということになって、奇跡的に空いていたパラソル席に腰を落ち着ける。三月半ばだが春はどこへ行ったんだという気温の高さで、日向にいると汗ばむくらいだった。椅子に荷物を置きながら「あちぃな」と髪をかきあげる轟はたったそれだけのことでも絵になりすぎていて、さっそくフードスペースの注目を浴びている。
「飲み物買ってくる。爆豪なにがいい?」
「あーじゃあ普通の茶。それか水」
「わかった。すぐ戻るな」
 轟は爽やかに微笑むと自販機へ足を向けた。本人にそのつもりはないかもしれないが、いわゆる王子様を地で行ってやがる。そういえば俺の顔っていけてんのかなみたいなこと言ってたし、本命とのデートに備えて表情管理から入ってるんだろうか。人目が集まりまくるからあんまりこういう所で安売りするなと言ってやりたい。つかちょいちょい思っていたが、本命って言い方、俺がそれ以外の何かみたいでクソすぎるな。
「おにーさん一人? ここ空いてる?」
「今日暑いねー。なんか奢ろうか?」
 風強ぇなと思いながら水平線を眺めていると、どこからともなく沸いたモブ野郎が陽気に話しかけてきた。さっきまで轟という顔面国宝が隣にいたせいで作画がひときわ雑魚に見えるそいつらは、上から下まで勝己を眺めまわしてはニヤついていて、目ン玉潰されてぇんかと言いたくなるのをなんとか堪える。
「ねぇ無視とかひどくない? こっち向いてよ」
「おにーさん美人だけどすっげぇ気ィ強そうだね〜。泣かせてみたいな〜」
 俺はてめェをしばきたいけどな。無視を決め込んでもなかなか立ち去ろうとしないばかりか、つけ上がる男たちにいい加減キレそうになったその時、後ろから回された腕に肩を抱き込まれて勝己の体がのけぞった。
「俺の連れに何か用ですか」
「っ、轟?」
 上目で頭上を窺うと、振り幅デカすぎだろってくらい見たことないツラで轟がモブを睨みつけていた。しかも肩を掴んでくる手には結構な力が入っていて、正直わりと痛い。
「え、怖。そんな怒んなくてもさ」
「ちょっと声かけただけじゃん。じゃあまたね、おにーさん」
 整った顔面のマジギレという迫力に気圧されたのか、モブ野郎はチャラい笑顔を貼り付けたままそそくさと消えていった。マジでカスすぎる。眼力に撃退効果でもあるみたいにその後ろ姿を目で追っていた轟は、モブ野郎が見えなくなるとようやく離れ───たりはせず、そのまま勝己の頬に両手を添えて、心配そうに顔を覗き込んできた。
「遅くなって悪い。大丈夫か、爆豪」
……ア?」
 いやこれ何の距離感だよ。轟の美術品みたいなツラが目の前にある。色違いの虹彩が模様まではっきり見えそうなくらい近くて、こんなんもうほぼキスだろ。
「は!?」
「お」
 一瞬おかしな思考が横切って、それを振り払うかのように、勝己は轟の手をばりっと引き剥がした。何だ今のは。轟の行動もだけど、いま自分は何を考えた? 頬にかっと熱が集まったのを感じて、慌てて腕で覆い隠す。真っ赤になっているのが見なくてもわかってなんとか誤魔化そうとするが、轟はやけにしつこく様子を気にしてきて、頼むから放っておいてほしかった。
「どうした、あいつらに何かされたのか?」
「されてたまるか」
「よかった。お茶買ってきたけど飲めそうか?」
……のむ」
 若干顔を背けたままで手を差し出すと、少しだけキャップを緩めて渡される。気遣うように「ゆっくりな」とか言っているし、一人でいたら知らない男に声をかけられてビビってると思われてるのかもしれない。お嬢ちゃんか俺は。その思いやりは素晴らしいと思うけど、全然違げぇ。俺は今、キスの距離でてめーのツラ見て、ねぇわと思わなかった自分にビビってんだよ。

 
 なぜかわからないけど轟がめちゃくちゃ静かになってしまった。
 あのあと何とか平静を取り戻し、シャチのショーが始まるまで残りを回ろうということになったのだが、前半キラキラの「すげぇ」を連発していた轟はどの水槽を見ても表情がどんよりしていて、心ここに在らずっぽくなってしまったのだ。今もクラゲが漂うのを見つめながらぼーっとしていて、うす暗い展示室の中でそうやっていると、ライティングされた彫刻みたいに見えてくる。
「具合でも悪いんかよ」
 ひそめた音量で声をかけると、目を覚ましたようにはっとする。
「あ、いや違うんだ。悪い、ちょっと考え事してたよな」
「いや知らねぇけど……
 本人の言う通り具合が悪いわけではなさそうだが、ぼんやりしていた自覚はあるようだ。無理して作ったような笑顔を浮かべては、数秒もするとまた沈み込んでしまう。どうすればいいんだこれ。実のところ勝己もまださっきの狼狽が尾を引いていて、なんとなく普段通りに頭が働かない。どこかで気分転換でもした方がいいのだろうか、と思うけど、休憩から十分も経たずに昼食というのもちょっと違うし、もうすぐショーの客入れだって始まる。つーかこれはそれどころなんか? とぐるぐる考えていると、「爆豪」と轟の硬い声がした。
「え?」
「もし嫌だったら全然断ってくれて構わねぇんだが」
「おー」
「俺と手繋いでくれねぇか?」
……は?」
 ものすごいシリアスな顔で切り出してくるものだから何事だと構えたら、随分いたいけなことを言うので拍子抜けしてしまった。でもそれは勝己に対して言うことだろうか。予行演習の一環なのかもしれないが、そこまでする必要あるか? それに轟は知る由もないが、ちょっと今は意識してしまってる奴との身体的接触は避けたい。なので勝己は言った。
「繋ぐわけねぇだろ」
「そう、だよな。さっきからちょっと落ち着かねぇっていうか。爆豪がまたああいう目に遭ったらと思うと嫌で……変なこと言って悪い」
 なぜこいつがそこまで気に病むのか理解に苦しむが、どうやら轟は先ほどの出来事を引きずっているらしかった。あんなのはよくあることだし、別件のインパクトが強すぎたせいもあって勝己自身すでにどうでもよくなっているが、あれだけ楽しそうだった表情がこうも曇ってしまうと、胸がつんと苦しくなる。いいんかこれ。手なんか繋いだらもう絶対始まんぞ、ラブ的なやつが。
「ン」
 迷ったすえに手を出すと、轟はぱちりとひとつ瞬きをしてから「いいのか?」と顔を綻ばせた。ほら見ろ、繋ぐ前から始まっちまったじゃねぇか。しかもこれ加速がすげぇタイプのやつだ。嬉しそうな顔見ただけでキュン通り越してギュンだし、最初から好きだったんじゃないかと思うほどバクバクしてきた。一回落ち着いた方がいい。
「ただし外に出たらやんねー」
「わかった!」
 言うなり轟は、勝己のとは互い違いになるようにして指を絡ませてきた。いやいや繋ぐってこれかよ。世間ではこれを恋人繋ぎっつーんだわ!
「オイ待て、普通のにしろ」
「え、これじゃダメなのか?」
「ダメっつーかこれは──」
「でもこれ、すげぇしっかり繋げてる気がしねぇか?」
……
 そりゃあな、と思った。だって恋人繋ぎだ。握手タイプに比べたらより絡まってる感があるだろう。こいつ自分の顔面の使いどころ確実に上達してやがんな。頷いてくれると信じて疑わない目で見つめられて、勝己は仕方なく「わーったよ」と降参した。
 それで奴の中の何かが解決したのか、轟はまたご機嫌に戻って「クラゲのこのひもって絡まったりしねぇのかな?」とか言っている。ダチかどうかも微妙な関係の男と水族館で手を繋いでるとか、どんな状況だよって感じではあるけれど、轟が喜ぶならまぁどうでもいいかと思ってしまえるんだからしょうがなかった。ときどき気まぐれにきゅっと力を込めてみると、「ん?」と笑って握り返してくるのがやばい。彼氏かよ。俺ァもうこんなんでどきどきするくらいには好きになってんぞ。てめェ本当、責任取れよなクソイケ王子。