べに
2025-03-21 16:12:03
4922文字
Public とどばく
 

TDBK-02

どうやらかっちゃんに一目惚れしちゃった轟くんと、ぐいぐい来られて絆されてしまうちょろい勝己のお話。不定期連載風で、今回も全年齢ですがえっちする予定は入っています。

・個性とかはない世界で轟爆が普通の大学生やってます。
・ほんのちょっぴり程度、かっちゃんに彼女がいた話題が出る。
・次回、焦凍王子出陣編(予定)

「本当にあの、ちょっとだけでもダメですか?」
「いやだから、人と待ち合わせてるんで……
 これで三組目になる謎の勧誘を困惑しながら断っていると、ポケットの中でスマホが短く震えた。通知はLINEで、爆豪から『もう着く』という端的なメッセージが届いている。顔を上げた先に、ちょうど改札から出ようとしている姿が見え、焦凍は助け舟の登場に心の底からほっとした。「連れが来たみたいなんで」と伝えると、二人連れの女性は残念そうにしながらも、ようやく焦凍から離れて行ってくれた。なんかわからねぇけど、すげぇしつこくて大変だった。
 ファサードの柱のそばに立っている焦凍に気づいた爆豪は、耳に差していたイヤホンを外しながら、なぜか呆れたような顔をして近づいてきた。だぼっとしたフーディーにジーンズという、キャンパスを歩けば三分で十人は見かけそうなありふれた身なりなのに、まるで主役のスポットライトでも浴びているかのように、人だかりの中でも目立っている。華があるというのだろうか。肌の白さやこっくりと薄い色の金髪もそうだが、怠惰を一切感じさせない均整のとれた体にちいさな顔がちょこんと載っていて、スタイルいいな、と感心してしまう。
「 爆豪、わざわざこっち出て来てもらってありがとな」
「逆ナンホイホイ」
「ホイ……なんだ?」
 顔を見るなり呪文みたいなことを言ってきた爆豪は、「なんもねぇわ」とそっけなく言い、器用にコードをまとめる。ワイヤレス使ってそうなのに、となんとなく意外だった。
「ちょっと早いけど店行くか? どっか見てぇとこあるなら寄ってからでもいいけど」
「いらねー。腹減ってるし店でいい」
「じゃあ行こう」
「こっちだ」と手で行き先を示すと、ちゃんと後をついてきてくれる。吹きつけるビル風に身を縮こませきゅっと目をつむる様子が、むずかる猫みたいでかわいかった。手繋ぎてぇな、というのが本音だったが、さすがにそれはまだ早いだろうと手袋の下がむずむずする。
 爆豪の方はなんとも思っていないだろうけど、焦凍にとって今日は、好きな人と初めて一緒に出かける記念すべき日なのだ。


 
 爆豪とは、一ヶ月前合コンで知り合った。合コンのごの字も知らない焦凍にとってはそれが人生初となる参加で、大学の友人である八百万から、「“人が足りない”と知人がお困りですの。轟さん、お力添えいただけないでしょうか」と頼まれてのことだった。それって何すりゃいいんだ? という疑問が顔に出ていたのだろう。八百万は「わたくしも詳しいことは存じ上げませんが」と前置きし、〈見知らぬ間柄の複数人で食事や会話を楽しみ、もしさらに親交を深めたいと思う参加者がいたら連絡先の交換などをする。意気投合すればそのまま別の店へ移動するケースもあるらしい〉と説明してくれた。別の店ってわざわざ何のために? と新たな疑問も生まれたが、彼女自身も詳しくないと言っているので、ここで追及しても仕方がない。初対面の人間の中に放り込まれて会話が弾むほど人付き合いが得意でない焦凍は返事に窮したが、顔を出す程度でも構わないし、店も焦凍の好みを融通するとのことだったので「……蕎麦が食いてぇな」と呟いたら、それがそのまま出席の意向となってしまった。まいったな、と思いはしたが、これも人助けかと考えを転換し当日店へ出向くと、そこにいたのが爆豪勝己だった。
 正直、一目惚れだった。
 実際は男女の出会いの場だったという齟齬もありはしたが、そういう意味でなら、性別はさておき焦凍はあの場の誰よりも正確に目的を果たしたと思う。出会ってしまったのだ、爆豪に。厳酷な家庭で育ち、これまで父親の指針から外れることなく生きてきた焦凍にとって、他人を好きになるという経験は縁のないものだったが、爆豪を一目見た時の衝撃は「これが恋ってやつか」と自覚するのに十分だった。理屈じゃねぇんだな、とわかってしまった。
 親交を深めたい相手として爆豪とLINE交換を果たすことに成功した焦凍は、それからお近づきになるべくかなり頑張った。最初のうちはメッセージを既読スルーされることもあったけれど、どうにか距離を縮めたくて「メシ行かねぇか?」と誘い続けるうち、根負けしてくれたのか突然「いーよ。いつ」と返事があったのだ。それが今日というわけである。



「これから行くとこ、俺も初めてなんだ。店に窯があってピザが美味いらしい」
「ふーん」
「え……もしかしてピザ苦手か?」
「べつに。普通だわ」
「そうか」
 反応が薄かったので焦ったが、苦手ではないようでほっとする。『ご夫婦で切り盛りされていて、こぢんまりしているけれど料理が美味しく、雰囲気もいい』というレビューを見てよさそうだなと思ったのだが、考えてみれば爆豪の好みを考慮するべきだったなと反省する。初デートに蕎麦は一般的になんか違げぇんだろうな、ということに気を取られすぎていた。難しいな、デート。
 ゆるやかな坂をのぼって十分ほど歩き、ようやく目的の店が見えてきた。けれどなんだか異様にひっそりとしていて、焦凍はにわかに不安になる。サイトで見た写真では、もっとこうフラッグだのメニューボードのイーゼルだの、営業中だとわかる目印が店の前にあったはずだが、今のところそれらは一切見当たらない。さらに近づくと木製のドアに何やら貼り紙がしてあるのが見え、焦凍は爆豪に「ちょっとここで待っててくれ」と言い残し、思わずそれに駆け寄った。
 もしやそうではないかと半ば予感した通り、それは臨時休業のお知らせだった。ものすごく急いでいたんだろうなという字で〈息子誕生!妻と子に会って来ます!〉と書いてあり、「それは本当におめでとうございます」と祝福するほかなかった。
「ンだよ、休みなんか」
 いつの間にかそばまでやって来た爆豪が、焦凍の横から貼り紙を覗き込んだ。肩が触れていて思いのほか近いし、なんだかいい匂いもするしでどきどきしてしまう。おまけに首筋のラインが色っぽくて思わず目を逸らす。
「そうみたいだ。わりぃ、予約してれば連絡とかあったかもしんねぇな」
「事情が事情だししゃーねぇだろ。それよかてめェ他にどっか店の当てあんのか」
「当て……
 ここでスマートに代替案を出せればまだ格好もついただろうが、残念ながらこんなハプニングは想定しておらず、焦凍は素直に首を振るしかなかった。まだデート開始から三十分も経っていないのに、反省ポイントばかりどんどん増えて、ちょっと自分が情けなくなる。
「んじゃあさ」
 しかしそんな焦凍に気を悪くした様子もなく、爆豪が言う。
「ちょい戻ったとこに知ってる中華屋があんだけど。行くか?」
 さらりと提案されて、焦凍は爆豪に惚れ直した。手落ちを責めないばかりかフォローまでしてくれるなんて、どこまでかっこいいんだお前。好きだ。本当はちょっと、「店が閉まってるなら帰る」とか言われるのでは、と思っていたので、爆豪に焦凍との時間を続行しようとする意思があって嬉しい。
「頼りになるな、爆豪は……
「たまたまだわ。つかてめー中華とか食えんのかよ。味覚じじいだろ」
「じじい……?」
 一瞬なんのことかと思ったら、「あん時もおかわりしてたし、LINEのアイコンとかどんだけだよ」と言われて、思わず胸がきゅうっとなった。蕎麦のことを言ってんだな。全然興味なさそうだったのにそんなん覚えてるとか、爆豪もちょっとくらいは関心持ってくれてたのかなって喜んじまうだろ。
「蕎麦は美味いぞ? けど中華も好きだ」
「あっそ」
 爆豪が先に歩き出す。言葉はつれないのに、錯覚か?と思うくらいささやかに表情が緩んだのを見て、焦凍の胸はまたひとつきゅんと高鳴った。



 
「お前それ胃に穴が開くんじゃねぇか?」
 テーブルに運ばれてきた麻婆豆腐を見て、焦凍は思わずのけぞった。火山で採れたばかりの新鮮な溶岩ですと言われても「でしょうね」と言ってしまいそうな程赤い見た目をしている。あまりにも辛そうで、見ているだけで目が痛くなってきた。
 爆豪が連れてきてくれた店は、激辛が売りの町中華だった。メニューの大半に唐辛子マークがついていて、その中でも一番人気なのがこの四川麻婆豆腐なのだという。爆豪は大の辛いもの好きで、これを目当てにときどきやって来るらしい。思いがけず好きなものを知ることができたのはよかったが、ちょっとこれは一緒に食べられる気がしないな、と思った。この刺激物に比べれば、たしかに蕎麦はだいぶ地味に映るだろう。焦凍がかろうじて注文できたのは青椒肉絲で、緑がある分オアシス的な安らぎすら感じる。
 焦凍の心配をよそに、爆豪はなんの躊躇もなくレンゲを口に運んでいく。合コンの時も思ったけど、爆豪って食べ方きれいだよな。思いきりのいい食べ方なのにがっついてねぇし、美味そうにもぐもぐしてる頬がすべすべ白くて、意外とまつ毛が長──
「オイ、見てねぇでさっさと食え。冷めんぞ」
「あ……わりぃ」
 気づけば食べ方というより、爆豪自身を凝視してしまっていた。初めて見た時からきれいな奴だということはわかっていたけど、まるっきり他人ではない距離で見る爆豪はまつ毛の生え方まで整っていて、こわいほどの迫力に惹き込まれてしまう。まだ見ていたいような気もするが、爆豪の言うことも尤もなので、焦凍はいそいそと箸を手に取った。

「爆豪ってその……彼女とかいんのか?」
 あらかた食べ終え、紙ナプキンで口元を拭っている爆豪に、気になっていたことを質問してみる。付き合っている相手がいるなら合コンにも来ていないだろうとは思ったが、こんなにかっこいい男がフリーでいるのも、わざわざ自分から出向いてまで出会いを求めているというのもちょっと信じられない。いたらいたでそれは困るのだが。焦凍は、おそらく自分と同じで人助け参加だったのでは、と踏んでいる。
 爆豪は残った水を呷りながら「あー? 今はいねぇ」と答えてくれた。いないのか、彼女。よかった、という思いと、お前らの目って節穴なのか? という思いが同時に起こる。どうなってんだ世の中の女性は。爆豪だぞ? そんなんなら俺が貰うからな。
「好きな奴とかもか?」
「何だこの会話。そういうてめェはどうなんだよ」
「俺は……、すげぇ気になってる奴がいる」
 それも目の前に。激辛麻婆豆腐を完食してうっすら頬を赤くしてるお前だ、とはまだ言えない。うっすら目元が汗ばんでいて、新陳代謝もいいんだな、と妙なところで感心していると、爆豪が「ハァ〜?」と睨みつけてきた。
「俺とメシなんか食ってる場合か。今すぐ告って来い」
「今すぐはちょっと急だな。心の準備ができてねぇ」
「そのツラ以外に何を準備すんだよ。てめーなら目が合っただけで向こうが勝手に頷くわ」
 それ本当か?と思い、さっそく〈好きだ〉と念じながら赤い目を見つめてみるが、爆豪は「ア?」と首を傾げるだけで全然頷いてくれない。なんだ嘘じゃねぇか。かわいいから許すけど。そういえば爆豪はたびたび焦凍の顔に言及してくるけれど、悪い意味には聞こえないから、彼なりに一応褒めてくれているのだろうか。
「もしかして俺の顔って結構いいもんなのか?」
「ハ、嫌味かそりゃ」
「いや、気になる相手に有用なのかなと思って……
「てめーでダメならこの世に使える顔なんざあるわけねぇだろ」
 そう言うと、爆豪は伝票を持ってさっさと席を立ってしまった。焦凍も急いで後を追う。
 ありがとう爆豪。思ったより熱烈に断言されてびっくりしたけど、これからはガンガン使っていくな。でも顔使うって具体的にどうすりゃいいんだろうな。姉さんが昔読んでた少女漫画みたいに、壁に追い詰めたりして至近距離で話せばいいのか? 爆豪ってすばしっこそうだよな。ほかにも参考になるシチュエーションが載っているかもしれないし、後学のために何冊か借りてみよう。ともかく、これで本格的にアプローチできる。焦凍は心の中で「がんばるぞ」と呟いた。