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おひつじ
2022-05-29 13:01:42
9056文字
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【創作】うちよそ
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【端話/八雲 サウンドテレグラムの回顧録】
本編ではない端話
「CQ、CQ、応答せよ こちらは
……
」
アマチュア無線が趣味としては閑古鳥が鳴き始めた時代、そしてまだそれが趣味的なものと許容される、平和だった時代。
「テレパシーってなんだろう」から行き着いたひとつの解答が、アマチュア無線だった。そうと決まると俺と夏屋敷は、夏休み中文字通り額を突き合わせ、必死で無線のコールサインやルールなど、どうにかアマチュア無線を扱う人が一通り触れるべき知識に独学で触れ、一般的な無線機の扱い方を何とか会得した。本当は資格を取らなければならないが、そのチャレンジは親の了解も必要そうだったので辞めにした。自室に見慣れない本が積み上がっていても、夏休みの自由研究だと言ってカモフラージュした。
振り返ると小学校低学年の子供にはいささか、いやかなり難しい内容も多く、(そもそも読めない漢字だって多い)ちんぷんかんぷんの単元もあったが、のちにこの経験が思わぬ形で糧になる。
◼︎◼︎は僕らがウンウン言ってる横で、「ちょっと前まで瞬間移動とか、自動宿題完成機、とか言ってた君達には、ちょっとばかり早いんじゃないの」「法律、破っちゃわない?」なんて、余計なことは一切言わず、頼んでもいないのになぜだか「作った事ないなあ」「これで合ってるかなあ」「う〜ん。腕が鳴るなあ」なんてのんびりと首を傾げながら、ハンダコテをちまちまと動かし小型の無線機を作りはじめていた。
アマチュア無線というのは、勝手なイメージから秘密基地に至極相性の良さそうな、わくわくさせられるものだ、とばかり夢を膨らませていた。無線機に向かって独特なコールサインで呼びかけ、時折訳の分からない専門的な言葉が飛び交うそれは、テレビで見かけた時なんとも未来的で誰にも邪魔されない、秘匿された世界だとばかり思っていたのだ。
ところが、勉強するうち基本的に素人が使って良い周波数は、いわばパブリックな場所という事実を知った。それはつまり、俺たち以外にたまたま同時に同じ周波数にてやりとりをキャッチし、その会話をずっと聴いている人たちが存在しうるということだった。そしてこれを完全に防いだり、除外することは困難ということだった。誰もが聞けて、自由に出入りできてしまう、オープンスペース。それがアマチュア無線なのだ。
トントン・ツーで構成されるモールス信号も、当初は暗号や秘密の会話っぽくて憧れたが、あれはあくまでも共通言語なので当然ながら無線界隈のユーザーらは皆知っている。
テレパシーのような秘密の会話を、当事者除く他者に知られずに完遂させたい俺にとってそれらは大きな誤算で、先に仕組みや使い方なんかをある程度勉強した後にこの事実にぶち当たったこともあり、当初至極がっかりした。
結局、直接メールや電話をした方が早いんじゃないか?という話にもなるが、俺は「俺たちだけの」「専用の方法」で通じ合うことを渇望していた。いつでもどこでも使えて便利かもしれない代わりに『家族と共用アドレスのメール』や『横で家族や使用人が聞いてるかもしれない電話』では目的が叶わないのだ。違うのだ。小学校低学年の子供のプライバシーとは、確立させるのがずいぶん難しいものなのだ。
そんな理由で俺が他の手段へ頑として引き下がらないのを、夏屋敷も◼︎◼︎も呆れもせずによくもまぁ付き合ってくれたものだな、と思う。
夏休みも終わりの頃。
持ち込んだ最後の宿題を片付けている夏屋敷の隣で、俺も読書感想文がまだだなぁ、と思いながら没頭したはずのアマチュア無線の書籍をあちこちにぶちまけ大の字で寝転がっていた。知れば知るほど理想の使い方ができなさそうな無線に対し、ついに煮詰まってしまったのだ。そんな俺の隣で楽しそうに◼︎◼︎は小型無線機の試作を繰り返していた。
「なぁ
……
◼︎◼︎。まだそれ作ってんの?」
「うん。存外、面白い」
「同じようなの何回も
……
よく飽きないな」
「同じように見えるかも知れないが、決して同じものを作っていないぞ」
「へえ
……
どんな風に?」
「前よりどんどん小さくなっているのだ」
◼︎◼︎は、ふふんと胸を張っている。
確かに、1番初めに作ったものは子犬くらいのサイズだった。今は4作目、大人の手のひらからちょっとはみ出るくらいのサイズにまで進化している。
「その補聴器だって、最初はお前の頭より大きかった。それじゃとても実用に向かないから、何回も試作を繰り返していった。あらゆる物の小型化は技術と叡智の賜物なのだ」
「
……
もういいよ、そんなの作ったって。意味ないかも」
半ばやけっぱちになってしまい思わず心無い言葉が飛び出す。
「意味ない?」
鼻歌混じりの◼︎◼︎はルーペから目を逸らさず、言葉だけをこちらに向ける。
「『意味ない』なんてことは、この世に、存在しないと思うなぁ。我々が勝手にそう、決めてるだけで」
それは、ゆっくり、ゆっくりとまるで俺を通してその向こう側にいる自分自身に噛んで含めるように言い聞かせているようだった。まるで古くから知られているはずなのに、当たり前すぎてあまり皆が気にしない法則であるかのように。
「
……
ま、それは置いといて。那月、既存のものばっかり寄せ集めても、新しい発見はできないぞ」
「一通りのことは考えたよ〜
…
たくさん考えて、たくさん話し合ったし。なぁ?呉」
夏屋敷は鼻の下に鉛筆を挟んだまま、何とも言えない表情で頷く。そのひょうきんな顔に、思わずクスッと笑ってしまった。
「領域から出ることも、或いは
…
学んだ知識や常識を一度否定することも、たまには必要さ」
「えうー
…
」
滅多にヒントめいたことを言わない◼︎◼︎が、珍しくそれっぽいことを言っているのを俺はうんともううんともつかない返事をしながら、ぼんやりと意味を反芻してみる。一生懸命勉強したことを、一度否定するなんて、一生懸命になればなるほど困難なことだった。会話をじっと聞いていた夏屋敷がおもむろに口を開く。
「
……
じゃあ、自分達専用の暗号を作ったらいいんじゃない?」
それは俺も何度も考えたが、初手で諦めていた。
「ダメだ、勉強しただろ
……
アマチュア無線で暗号を使って会話することは、禁止されている
……
」
「だから、だからさ〜。なっちゃん。暗号だってわからなきゃ、いいんじゃない?」
通り過ぎていた議論に、カチッと何かの歯車がはまる音が聞こえた気がして、思わず俺は身を起こす。
「えっ、それって
…
どういう
…
?」
「僕らにしかわからないものなんだけど、僕ら以外の人が聞いた時にこりゃ暗号だなって思わせられなければいいんでしょ?」
「そうか」
横から◼︎◼︎がぽん、と柏手を打つ。
「『意味がないけど、意味のあること』
…
か」
2人はうんうん、と目配せを送り合っている。俺だけわかっていなくて、焦り始めた。
「も、もう少しだけわかりやすく
…
まだちょっとわかんない」
えーっと、うーんと、と考えながら夏屋敷は言葉を続ける。
「この前さ、
……
結構久しぶりに動物園に連れてってもらったんだけど」
「うん」
「孔雀のさ、羽が開くのは、綺麗じゃん」
「うん」
「綺麗だな〜って、みてたの。そしたら、『孔雀の雄の羽はどうして綺麗なのでしょう』て説明が書いてあって。雌にキュウアイする時に羽を広げて踊ってみせたりするんだってさ。あの綺麗なのは、雄だったんだねえ。雌もさぞかし綺麗なのかなって思ったら、茶色っぽくて結構地味だった」
「へえ
…
」
「んでね、僕らは、綺麗な羽広げて踊ってる孔雀見ても、綺麗だなぁくらいにしか思わないけど、孔雀達にとっては、大事なことなんだよね。どんな風に羽を広げて、どんな感じで踊るのか。それで雄は自分の魅力を伝えて、雌はそれを受け取っている」
「それが、『孔雀たちだけの会話』」
「そう」
「孔雀の羽みたいに、ぱっと見別の意味で通り過ぎれるものならいい
…
と、呉は言いたいんだよな」
◼︎◼︎はまるで子供のように、瞳をキラキラと輝かせている。
「お
…
おお!そ、そうか
…
!なるほど〜
……
呉、アッタマいいな〜?!」
「えへへ
…
それほどでも
…
」
照れて頭をかいているのを、◼︎◼︎は微笑みながら黙って眺めていた。
夏屋敷はいつも、ルールの枠から意図的に、ちょっとだけ離れて観察する視点を持っていた。ルールを額面通りに守ることと、ルールの枠からその目的や意図を逆算して解釈することは大きく異なるが、こういう柔軟な発想は1人では中々できない。そしてそれは、大人になればなるほど、いろんなことを知れば知るほど、出来なくなる、とも思う。
そんなわけで、今度は「暗号っぽく無い」暗号作りに夢中になった。
暗号はいくつか候補があったが、電波に乗せる時点で音であることは必須条件だった。加えて、聴き取りやすくて間違いにくいもの、それでいて無関係な人が聴いても訳がわからないものであればあるほどいい。しかし露骨な暗号では即座に暗号とバレてしまってダメだ。
案外この道のりが難しく、時折全然違うことに首を突っ込んだりして脱線しつつ、いっこうに暗号が完成しないまま夏休みは終わった。
学校が始まってしばらくしたある日。
音楽の授業中、習ったばかりの音符や休符を眺め、五線譜に無理やりピアノから聴き取った音を書きつけながら、心の中では違うことばかり考えていた。
(うーん。モールス信号ってシンプルだけど真似するにしてもちょっと長いし、皆知ってる上に、めんどくせんだよな。ツートントン以外の暗号ってなんだろう。数字?なんか暗号ってすぐわかっちゃいそうだよな
……
あと口に出すと聞き取りにくいし
…
)
「なっちゃん!今のハナシ聞いてた?ピアノだよ、ピアノ!」
「呉、なっちゃんて呼ぶな。あと、音楽室だもんピアノくらいあるだろ」
「じゃなくて!僕らも音楽室の楽器、放課後なら自由に使って良いんだってさ!僕、少しだけどピアノ弾けるんだ〜」
「えっ、ほんとう?」
「うん。僕、一度聞いた音、真似っこするの得意なんだ〜」
「えっすげえな?!後で聞かせてよ」
「夏屋敷!八雲!おしゃべりはやめなさい」
ヒステリックな音楽教師からの注意が飛び、俺たち2人は肩をすくめる。
「じゃ、後でね」
小声で夏屋敷はそう告げると、肩越しににっこり微笑んでみせた。
授業が終わり、早速音楽室に向かうと、聴き覚えのある旋律を誰かが弾いている。君が代だろうか。最近、町内放送の時報で毎朝流れるので、すぐにわかった。
ピアノの音の主は夏屋敷だった。
「よっ」
「やぁ」
片手を小さく上げて応じた後、彼の演奏は続く。
君が代は日々に溶け込むBGMのはずだったが、今この瞬間、少し遠くで子供たちの笑い声やざわめきがこだまし、陽が傾きだした音楽室で聴くそれは、なんだか場違いなようでいて、とても親しみのあるものへと印象を変えた。
陽気でも陰気でもないが、淡々と厳かで心がしんと静まり返る、そんな曲だなと感じる。街頭で聴いてもなんとも思わないし、入学式の時もよくわからず上級生が歌うのを聞いては「ふーん」程度の印象だったけれど、夏屋敷の演奏だから意味を成すのだろうか。音って不思議だ、聞き流す沢山の音も、発する人や受ける人によっては特別に聴こえるんだな。
レ、ド、レ、ミ、ソ、ミ、レ
…
小さく呟きながら、片手指で一音ずつ押していた夏屋敷の右手の横から、いつのまにかスッと左手も登場し、一音ではなく滑らかに和音を織りなしてゆく。単純シンプルに見える音の構成は、巧みに入れ替わり立ち替わり、短音と和音が交差する。
「わ!両手、使えるの」
「ん」
弾き終えて続けてもう一度。2回めは2人で合唱するも、歌詞は難しくてよくわからないので曖昧あやふや、おまけに夏屋敷はピアノは弾けるくせに絶妙に音を外すので俺もつられてしまう。共に神妙な表情で歌い上げたのち、互いの顔を見てしまい、思わず吹き出してしまった。あはは、とどちらからもなく笑う声が音楽室に響き渡る。
夏屋敷はそのまま、簡単な童謡を2、3曲弾いてみせてくれた。わかるところは両手で、わからないところは右手のメロディーだけで。
「音って、重なると同じ音でも違った雰囲気を感じるんだな」
「そう。ドレミファソラシドと、この黒鍵だけで、何十も何百も和音のパターンが生まれるんだ。きっと、無限大」
「すげえ」
「「あっ」」
2人して同時に声を上げる。息急き切って、目を輝かせて夏屋敷が言う。
「じ、じゃあさ、じゃあさ、音を組み合わせたら」
「「暗号になる!!」」
そうだ、そうだよ!きっとそうだ、音の組み合わせが無限大なら、50音なんてお茶の子さいさいじゃないか。しかもよく知らない人がたまたま通りかかって聴いても、或いは家族などに聴かれても、意味を為さない和音、或いはよくわからない曲であるかのように聴こえるかもしれない。それはとっても孔雀達の会話的で、俺たちは2人して誰も見ていない事をいいことに小躍りした。
2人してピアニカやリコーダー片手に試行錯誤した結果、聴き分けやすく、なるだけバリエーションのある50パターンとアルファベット数字分の「音」を作って表を完成させたある日のこと、◼︎◼︎がついに完成させた小型無線機(これでもまだ試作機だと彼は主張していた)をそれぞれが自宅に持ち帰り、いよいよ『実験』してみることになったのだった。
帰宅後、約束の時間まで平静を装って過ごすも、無事うまくお互いの信号が聞き取れてうまくコミュニケーションできるのか、心配は尽きない。俺は自宅で、和音が出る楽器として亡き祖父が愛用していたアコーディオンを引っ張り出してあった。
約束の21時になる。夕飯と風呂を終え、自室に引き上げると緊張した面持ちで◼︎◼︎の作った小型無線機を起動し、机の隅っこに置く。急に誰かが来てもわからないように、その手前にラジカセを置いて隠した。手汗が止まらず、何度か拭きつつアコーディオンを抱えて椅子に座る。交わす言葉はおおまかに決めてあった。
震える手でスイッチを入れ、決めてあった周波数にゆっくりとダイヤルを合わせてゆく。ピーーー、ガガガ、キィーーン
…
と音が響き、しばらくノイズがザザザザ、ザザザザと入り込むが、やがて安定してプツ、プツと小さな音がたまに入る程度になってきた。
挨拶の初めは俺からと決めてあったので、アコーディオンをそっと奏でる。
「オウトウセヨ コチラハ ヤクモ ナツキ」
和音や単音で奏でるそれは、時折不協和音が混じる不思議な曲そのものだった。
2回繰り返して弾き、少し待つ。
すると、電波の向こう側から、アーコスティックギターの爽やかな音色が飛び込んできた。
「コンバンハ コチラハ ナツヤシキ クレ キョウノ テンキハ ハレ ノチ クモリ」
事前に散々ピアニカやらリコーダーやらピアノやらで聴き分ける練習をしていた成果か、ギターの音もすんなり聞き取れて俺はガッツポーズを取る。きっとこの電波の向こうの夏屋敷もそうだろう。
「ナツヤシキ オウトウ アリガトウ ◼︎◼︎ オウトウセヨ」
続けて2回繰り返し弾き、応答を待つ。
すると、暫し間を置いて、キーボードのピアノの音が聴こえてきた。
「コンバンハ コチラハ ◼︎◼︎ イマノ ツキハ シンゲツ キョウノ ユウハン ハ オムライス」
◼︎◼︎、オムライス食べたんだ、と思わず声をあげて笑ってしまう。実験は大成功だった。
他愛もない話を交互に演奏し、5分ほどで通信を切断した。心の中は達成感で満ち溢れていた。
翌朝、嬉々としながら学校に向かおうとして玄関先で靴を履こうとしていたら、兄に呼び止められる。
「那月、お前昨日部屋でアコーディオン弾いてた?」
「へ?あ、ウン」
一瞬身構える。聴かれていたのだろうか。
「なんか妙ちくりんな音階だったな、お前が作ったの?」
「作ったっていうか
…
えーと、その
…
ちょっと弾いてみただけ、というか
…
」
答えを言い淀んでいたが、内心はあれが意味の為さない音に聴こえたのだとすると、見事に俺の狙い通りなわけで、心の中でガッツポーズをする。
「コード知らんの?わかると面白いよ。今度教えてやるよ」
「あ、ありがと」
音楽の世界にも暗号めいた、コードというものがあるのか。兄とは折り合いが悪いわけではなかったが、7歳も離れていることもあり話題が中々見つけられずにいた。今思うと向こうは思春期ということもあり幼い弟なんて一々相手にしていられなかったのかもしれない。食卓で科学ネタばかり話していた俺に辟易して口数少なく振る舞っていたのかもしれない。
不思議と兄と会話する機会が増えたのはこの時がきっかけだったから、よく覚えている。そして、彼が時たま背中に背負っていた大きな黒いものがエレキギターだったことも、自宅では家族に遠慮してそれをアンプを繋いで演奏しないで居たことも、随分後になって知る。
暑すぎた夏も、まるで無かったことのように、喉元過ぎるとあっという間に忘れてしまう。無線を使う過程における産みの苦しみも試行錯誤のもどかしさも瞬時に忘れ去った俺は、心地よく吹き抜ける秋の風を感じながら、昨夜の実験成功に加え、兄と話せた事も嬉しくて一刻も早く夏屋敷や◼︎◼︎と話がしたくて、学校へ駆け出して行ったのだった。
※※※※
それから4年半が経過した。規則正しく巡っていた季節は、いつしか夏がだらだらと延長するような様相になり、大人達は益々暗い顔になり、ニュースでは嘘のように明るい話しか流れなくなった。でも、街の立ち入り禁止区域は確実に広がり、海の方はドローンやAIの遠隔兵器に目をつけられて誤射されるリスクもあるのであまり見ないように、と度々キツく言われるようになって久しい。
呑気に無線を子供同士で興味本位で触っていい時代ではなくなってしまった今、あらゆる通信手段が傍受されるか検閲を通らされていた。非常時下の無線は、とにかく傍受との戦いだった。
科学者である◼︎◼︎と、親が政府に拘束され、軍用兵器関連の開発に従事させられている中、一般人ともつかない微妙な立場の俺とのやり取りなんてのは公認のもの以外御法度とされていた。何の因果か、幼いあの日苦心して会得した無線機の扱い方やルール、編み出した暗号表が本当の意味で役立つ日が来てしまったのだ。
4年半前のあの日、新月の夜21時に連絡を取り合う実験に成功してから、暗黙の了解で、もしも話したい事があれば新月の夜に約束の周波数で待機することがお決まりになっていたが、それも監視の目を掻い潜るのに必死で不定期なものになっていた。
「
……
」
無線の向こうで、◼︎◼︎はおそらく困惑していた。
奏でるアコーディオンの音から俺だと気付いてからは◼︎◼︎も慎重にパイプオルガンの音を奏でていた。どうやら場所を転々としているらしい、楽器はキーボードのこともあれば、シンセサイザーの事もあった。
俺たちの間で取り決めたオリジナルの音階暗号で◼︎◼︎の応答が途切れ途切れ、返ってくる。時に和音、時に短音で、遠慮がちに。それらは、まるで陰鬱な不協和音が奏でる不穏な音楽のメロディーのようだった。
急いで五線譜に書き取りながら、一文字、一文字変換していく。
「
……
オマエナラ モウ ジブンデ ナオセル ダロ?」
最後のクエスチョンが見える前から彼の言いたいことは分かり切っていた。そうさ、その通りだと思う。
昨日、兄に赤紙が届いた。
兄は既に2年前から空軍の志願兵となり不在だったが、正式に徴兵されてしまうのだろう。父母に届けず隔離されて暮らす俺に届けて、それで知らせたつもりなのだろうか。俺がこの事実をどうやって両親に伝えろと?
正しい大人の振る舞いがわからず、補聴器の調子の悪さも相まって、◼︎◼︎に話したかった肝心のことは伝えられず、組もうとした音が彷徨って意味を為さなくなる。
俺が科学を憎まずに済むように。
俺が科学を信じ続けて居られるように。
科学を正しく説き、正しく扱う◼︎◼︎の手で直される ことに意味があるんだ。彼の手によって、歪んだ世界の音を、聴こえない音をしっかりと聴き取るんだ。そうして、正しい世界の音を聴いていたいんだ。だから◼︎◼︎に補聴器の修理を頼んだ。
今も補聴器が少し異音を出し、◼︎◼︎の奏でる音階が聴き取りづらい。兄が教えてくれたコードを思い出して胸が苦しい。俺は仮に片耳になったとして、この音たちのことをうまく覚えていられるのだろうか。
俺は手元のアコーディオンでどうにか応答する。
「◼︎◼︎ノガ ウマク キコエル オネガイ」
「
……
リョウカイ」
宛先は学校で良い、上手く資料にまぎれ込ませて送れ、と指示され、通信を終えた。
勉強して色んなことが出来るようになっても、兄の年齢に近づいても、AI兵器やドローンがメインの戦場の今、兄がどうして誰にも相談なく空軍に志願して行ったのかわからない。夏屋敷がどうして学校に来られなくなったのかもわからない。◼︎◼︎とも夏屋敷とも他愛ない話は無線機で出来たが、不定期ともなると話題もどこまで立ち入って良いのかわからない。俺が学校へ行かせてもらえず、外の世界とあまり関わりを持たせてもらえないことも。なにもかも、わからない。繋がっていても、話したいことの1ミリも話せた気持ちになんかならない。
俺は孤独と絶望の中で、どうにかして正気を保つために科学に没頭するしかなかったのだ。
〈サウンドテレグラムの回顧録/了〉
・年数は少し修正必要かも?
無線触り出したのが那月らが7歳くらい、兄14歳くらいの頃。この2年後、戦争が始まってしまった感じ
・後半部分は那月11〜12歳位の時。戦争が始まって2年少し経過して、戦時中って感じ(まだ終わりがあまり見えてない頃)の時系列です。
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