おひつじ
2022-04-24 18:04:00
5206文字
Public 【創作】小説
 

ツキニムラクモ ハナニカゼ

黒軍内でのモブから見た東雲参謀の一幕

リクエストありがとうございました〜!

「なぁ、知ってるか?神戸部隊長率いる部隊。実質は東雲参謀による統率だって、もっぱらの噂だぜ」
 昼食時。食堂でトレイを俺の目の前にカタンと音を大袈裟に立てて置くや否やひそひそと小声で囁く同期は、眉を大袈裟にひそめて見せた。春先に入学・入軍したばかりで日も浅く、新米下級兵士でもある俺たちは、この学業と軍事的な機能を併せ持った組織の全容を到底、把握しきれていなかった。
 同期の館野は、細面の狐のような細い目をした顔つきが特徴的だった。俺達はどこの部隊に配属されるのかもわからない中で授業を受け、身体能力のテストを受け、ひととおりの武器の操作を習熟しながら合間合間で各部隊の紹介を受ける。配属は志願制、希望がなければ、或いは競争率が高ければ、夏頃までに順次適宜振り分けられるシステムだった。   
 どの部隊にも所属していない今、私語厳禁の授業と演習が続く中、忖度なく好奇心から雑多な噂を聞きつけてはまことしやかに語り合う、この昼休憩の時間が俺達のかろうじての憩いの時間だった。
「神戸部隊って、あの……通称’’カミカゼ’‘部隊?」
「そう」
 神戸部隊長のフルネームが神戸風太ゆえに、カミカゼ。しかし、冗談抜きで神戸部隊が参戦する作戦の成功確率は極めて高く、黒軍随一を誇っていた。  
 新入生の俺達にでも早速噂が流れ込む程度には、上級生らの会話や、掲出される紙面から見てとれるようにその功績が讃えられていたのだ。
「ふーん、どんな部隊なんだろ。部隊紹介、いつかな」
「無いって。公募での入隊枠は無いらしいぜ」
「えっ」
 館野は、細い目をさらに細めて、意味ありげに含みを持たせて言う。
「軍内でも、全容や詳細を知る人は限られてるらしい」
「ふーん、そうなのか……。で、東雲参謀ってのは?何、どういう人?」
「何でも、神戸部隊長が訳あって今前線を退いてるらしく、権限の多くを引き継いでるらしいぜ」
 訳あり部隊長とその参謀か。公表事項以外の詮索や無粋な憶測は無意味だと軍則に記されていたが、(暗唱出来るまで覚えさせられるのだ)含みを持たせる言い方に、つい質問をしてしまう。
「副隊長じゃなく、参謀が?」
「そう……なんせ、カミカゼ部隊の作戦成功率は東雲参謀が主権握り出してから、との事らしいぜ」
「へえ〜お前、よく知ってんな」
「ヘヘッ、俺の情報筋を甘く見てもらっちゃ困る」
 入軍してまだ3週目なのに、一体どこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか。
「館野、諜報部なんか良いんじゃないの?」
「そお?横内君が言ってくれるなら目指しちゃおっかな」
 雑なお世辞と半分茶化した言葉なのに、彼は満更でもなさそうな顔をして豚肉の生姜焼きを齧っている。
 ふと、食堂内のガヤガヤとしたざわめきが一瞬ぴたりと止み、異様な雰囲気に包まれる。きょろきょろと見回すと、食堂の出入り口付近に2人の軍服の男と、もう2人ほど頭部に異様な被り物を付けた軍服の人間らが連れ立っており、視線を集めていた。軍の施設内でもわざわざ顔を隠すのは、諜報部だろうか?
何だあれ……
「そうそう。噂をすれば何とやら、だ」
 被り物をしていない2人のうち、一人は小柄で眼光の鋭い白金の髪色をした男で、それに付き従うかのように寄り添うもう一人は目尻に紅を引いた高身長で黒髪の男だった。彼らだけを見ると一見何の変哲もないが、その後ろに居る被り物の2人が異様な佇まいのため、否が応でも目を引く。被り物は何らかの生き物のか、或いは架空かも知れない生物の頭骨を模したもので、顔のほとんどが覆い隠されでいたが、下顎部分は外されて人の口元のみかろうじて露わになっていた。



あれが?」
「そう、あれがカミカゼ部隊」
「うへぇ、なんかすげえな。世界観?インパクト?パンチ効いてるっていうか
 彼らが食事をカウンターから受け取ったのち、どの席につくのか、見守っている緊張感のせいだろうか。小声でヒソヒソと話をしているのも、ほとんど僕らだけのようだ。周りの空気が、心なしか冷たく重苦しく感じる。
 館野に言われなければ、ちょっと変わった諜報部かな、くらいにしか思わなかっただろう。俺は手元のざるうどんを啜りながら、彼らの動向に釘付けになっていた。
館野は続ける。
「あの部隊に属している下級隊員らは、基本的に顔を出さないんだ。だから、どんな奴らなのか、正体がわからず仕舞いらしい」
「何もかも徹底してる、って感じだな。演出?それとも身内すら、信用してませんよって感じ?」
「さぁどんな事情かはわからんけど、隊員らも名前じゃ無くて数字で呼ばれてるらしいってこの前他の同期から聞いたし。謎が多い故に最近はカミカゼよりももっぱら『幽霊部隊』とも呼ばれてるらしいぜ」
「ふーんユーレイ……
 顔も名前も隠された幽霊たち。或いは、神風を起こすとされるもの。戦績随一を誇るのに、闇が深すぎやしないか。
……あっ、あのっ」
 館野の隣で食事をしていた、大きな丸メガネをかけ太いおさげを丸めて頭にグルグル巻きつけた上級生と思しき女性の先輩から声をかけられる。
「あ、あんまり、神戸部隊の話、し、しないほうがいいと、思います
「「えっ」」
 俺たち2人は、不意に先輩から話しかけられた驚きと共に、先輩の緊張した表情に思わず心臓がギュッと掴まれた気がして、顔を見合わせる。
「な、なんでですか」
……ぐ、軍の規定に、あるでしょっ」
先輩の声は微かに震えていた。

 軍内規八項二条:公表事項以外ノ詮索ヤ無粋ナ憶測ハ情報戦ニ加担或イハ戦況混乱ノ原因ニ成ル為、此レヲ進ンデスルベカラズ

 ハッと息を呑み、咄嗟に頭の中を先週暗唱していた規定が駆け巡る。
女性の先輩は口をギュッと結び、心配そうな瞳をこちらに向けている。そうだ、ここは教育施設の顔も持ちつつも、仮にも軍なのだ。

「後輩の指導か?花房」
 気配に全く気づかなかったが、俺たちの背後から冷たく威圧感のある声が響き、背筋がぞく、と凍る。
「ひ、ひゃいっ!?!」
 花房と呼ばれた丸メガネの先輩は驚きのあまり声を上げ、手に持っていたコップを思わず取り落としてスカートにビシャっとこぼしてしまった。
振り返ると俺の真後ろに、先ほど見かけた白金髪の小柄な男が立っていた。傍には高身長の黒髪の男。二人とも、柔和に微笑みを浮かべていたが、瞳は全く笑っておらず、感じのいい類のものでは無さそうだな、と瞬時に察知する。
「し、東雲参謀!」
「花房さん、スカート、濡れちゃいますよ」
 存外優しい口調で恭しく黒髪の男が、クッションのように割って入るかのごとくそっとハンカチを差し出す。男の懐から出てくるとは思えない、綺麗な中華模様の花刺繍が施され、見るからに高級そうな素材だった。花房先輩は震える手でそれを受け取り、ありがとうございます、すいません、ありがとうございます、と小声で繰り返しながら濡れた場所を拭いている。
その様子に目もくれず、俺と館野をじっと眺めながら、東雲参謀と言われたその人はこう言った。
「随分と我々に興味を持ってくれているみたいじゃあ、ないか。新入生諸君」
「はっ……!」
俺と館野は、すかさず控えめにサッと無言で敬礼を返す。咄嗟に気の利いたひとことが見つからないのだ。ただ、突然の高圧的な態度にも関わらずなぜか許容せざるを得ない、彼のえもいわれぬ品格と雰囲気、そして日本人離れした顔立ちの美しさに思わず息をするのを忘れ、視線を奪われてしまったのだった。
「館野だったな。ヒトマルマルヒトゴ年三月二十七日生、中央圏の市街地生まれ。歳が近い妹が居る。父は遠征中、母は看護師。貴様は剣技で基準クリアしているが今は槍と弓術で訓練中だな。入隊前試験は……言わないでおこうか?」
語られるにつれ館野がどんどん青ざめてゆくのを見るに、おそらく全て言い当てられているのだろう。
「お前は横内。ヒトマルマルヒトヨ年八月十五日生まれだな。フン、旧終戦記念日か、縁起の悪い」
俺はグッと唇を噛んで下を俯く。
「出身は……言わないでおこうか」
 赤く光る眼光が意地悪く笑っている。まだまだ西側の出身地にうっすらと忌避が残る旧帝軍だけあり、周りがこの会話に耳をそば立てている事も気配で痛いほど嗅ぎ取れてしまう。
「入隊試験の結果は上位15位に入っている。大したことはないが、まずまずだな」
「まずまずだなんて、そんな事ないでしょ参謀。凄いじゃないですか?今年の新入生の人数からいったら、逸材でしょうよ」
横から黒髪の男がにこにこと微笑みかけてきて話の腰を折る。花房先輩はそっと食事を終えたトレイを持って引き下がろうとしていた。
「花房、まだ話の途中だが?」
「は、はいっ」
「後輩の指導、感謝する。軍規の遵守は風紀維持や任務遂行の上で鉄則だ」
「ふ、ふぁ
怯え切っていた花房先輩が、少しホッとした顔を見せる。
「今度からは」
次の瞬間、相手が思わず油断したところへぐい、と互いの鼻先が触れそうな勢いで顔を近づけ彼女の顔を覗き込むと、ニヤと笑ってこう言った。
「平和ボケした新入生共が二度と無駄口が叩けないくらいの厳しい指導を、宜しくな」
「ひっ」
 花房先輩はトレイを落としかけそうになりながら頭をぺこっと下げ、ものすごい勢いで去っていった。
周りの静けさが徐々に元の喧騒に戻りつつある。雰囲気を取りなすように、黒髪の男が手を揉みながらにこにこと語りかけてくる。
「いや〜、申し訳ありませんねぇ、楽しい昼食時間をお邪魔しちゃいまして」
「蓮」
 はちす、と呼ばれた男は表情を変えないまま、「ハイ、失礼シマシタ、下がります」と敬礼し身を一歩引く。
「神戸部隊長は、先だっての作戦で頚椎と後頭部を負傷し、意識不明になっている」
俺たちは俯いたまま、敬礼を続けるしかなかった。
「俺のミスだ」
「えっ、東雲参謀、それは違いますよ、そんなこ」
「蓮」
 再度咎められ、蓮先輩はすごすごと引き下がり口を閉ざす。
俺が主権を握っている、とか、俺の統率で、とか、そういうのは結果や見かけ上の話だ。どういう経緯で、どういう内容で、どういう本質で、どんな情報でこういう噂になっていくか、俺は知るよしも無いが、これだけは言っておく」
 ごくり、2人して息を呑む。この話をしていた時、まだこの人達は食堂に居なかったはずだが、一体なぜそれを
「参謀とは、濁流のような玉石混合の情報の山から常に必要な情報を洗い出し、日々目まぐるしく更新されゆくその中身を見極め、作戦の要とする本質を見つけ出す作業だ。表舞台に立つような事ではないし、部隊長との両立は不可能だ」
「で、では今一体どうやって部隊の
好奇心に駆られ空気を読めずに質問をする館野の足を思いっきり踏んでやる。
「イッテェェ……!」
小さく声にならない呻きを上げる彼を横目に、チラ、とこちらに目をやると東雲参謀は口を怪しく歪めて笑ってみせた。
「頭が切れる奴は俺は好きだよ、横内」
「こ、光栄です、し……東雲参謀」
俺としてはあまり関わりたくない気持ちが先立ったが、曖昧な笑顔と敬礼で姿勢を正す。
「公表していない以上、貴様らが知る権利は無い。以上だ」
 東雲参謀は身を翻すと角の席の方へ向かいだし、蓮先輩は俺らに短く敬礼をするとさっとそれを追って行った。物々しい頭部の被り物をつけた2人は先に席を取っていたようだった。
 俺はしばらく、放心状態だったが、ふと我に返って館野を見やると目を輝かせていた。
「くぅー、怖い!怖いけどかっこよかったなぁ〜!」
「は?バカか?若干貶められていたんだぞ?それに花房先輩のあの怯えよう……
「だってさだってさ?入隊してまだひと月経過してない俺らの顔と名前と個人情報をあんなに覚えてんの、ヤバくね?花房先輩とかも多分普段話したこと、無さそうだしよ?」
 だからこそ花房先輩は怯えていたのだと思うのだが。自分はよく知らない相手に、あそこまで自分を把握されているかもしれない、という謎の恐怖感。会話も全て聴かれていたと思うしか
「俺、決めた!東雲参謀のとこ入隊するわ!絶対凄そうだもんな!」
「バッカお前、今のでむしろ印象は最悪だったと思うぞ?そんなんでよく
「横内クン、気に入られてたんじゃん!そこにあやかろうと思って」
 やれやれ、この筋金入りのバカをしばらく押さえつけておかなきゃ、巻き添えを食らってしまいそうだ。

 それにしても……不思議な魅力があることだけは確かだ。辛辣で冷たそうなのに、俺のミスだ、とも。
 俄然、興味を持ってしまったことは、否めなかった。


〈ツキニムラクモハナニカゼ/了〉