おひつじ
2022-02-06 21:54:26
42157文字
Public 【R18】【創作】うちよそ
 

恋と媚薬


注・本作は大いなる願望だけが込められた盛大な二次創作である
※過激な性表現が出てきます。R18
リバ有。苦手な方はブラウザバックください。

尚今作の前身となる作品→
海と偽薬
https://privatter.net/p/8210975

登場人物
猪熊 羊(いのくま よう)白軍下級傭兵軍部所属 3年 
石本 理央(いしもと りお)先輩白軍上級傭兵軍部所属 3年


元々は上級傭兵軍部(19〜21歳)からの出撃だったが、戦況長引くにつれ人員が不足し、元々は訓練生の位置付けだった下級生(16〜18歳)も出撃することがデフォになりつつある学戦の世界線設定

※※※※※※※※

『戦意を喪失させるための媚薬開発(案)』

 企画書の1ページ目を見て、僕は再び頭を抱え込んだ。愚かな……かの世界大戦も終局では疲れ切って策も出尽くし、とっぴなアイデアが頻出したという。それらが戦局に対し有利に働いたのかと尋ねられると、今の情勢を見れば火を見るより明らかなのだが。

 最も、媚薬と謳いつつ成分・性質が隣り合う部分でゆけば、好戦的に仕向けたり攻撃性を高める意図もあったりするだろうから、この戦況において全く無関係だろうと切り捨てていいかというとそういう訳でもない。
 とはいえ、大義名分的には「相手に(劣?愛?)情を抱かせ戦意を喪失させる」とあるわけで、雇われ研究者としては成果として何らかの形に残さなければならない。

「よっ!まだ作業中?」
 机に突っ伏して頭を掻きむしっている所に、久しぶりにひょっこりと石本先輩が顔を出した。僕はあーともうーともつかない返事をしながらコーヒーを淹れなおす。
「なんか妙な企画案が上がってんな、って話題になってたんだけど、ついに下級まで広げて打診が始まったそうで、名前を出しておいた」
「僕がなんでも屋さんだと思わないでくださいよ……
「割と器用な印象だから」
「得意分野と同じくらい、不得意分野はありますって」
「不得意分野なの?」
……得意そうに、見えます?」
 おもむろに視線を上げた先輩は、きょとんとした顔で僕を見つめていたが、やがてぷっと吹き出しつつケラケラと笑いだした。
「まだ恋とか愛とか、惚れた腫れただの、うら若き兵士の俺たちにわかるかってんだ、なぁ?せいぜい、男のなけなしの情けない自信を補う程度の世界でしか、あるまいに」
………そこなんですよ」
 僕はため息をつきながら、先輩の前に煎茶の入った湯呑みを置く。
「身体の話をすれば簡単ですが、吊り橋効果がナントヤラで、その体感があたかも相手に好意があるのでは?と心に錯覚をもたらすわけで」
「そこまで深く考えて練られた案じゃないと思うよ」
 自軍の何処かから飛び出した企画にもかかわらず、半ば切り捨てている発言にほっとする。まぁ、本気にするなって、とでも先輩は言いたいのだろう、笑いながらあんみつの缶を楽しげに缶切りで開けている。
「羊は、考えすぎなんだよ。テスト問題で言ったら、出題者の意図を読みすぎる」
「使い手よりも使われた側の事を考えるのは、職業病ですから……
 気持ちの浮わつきが薬の仕業だと知ったら、どんな気分になるのだろう。感情すらも化合物が引き起こす錯覚の情報だとして、それは敵味方関係なくにんげんとしての、心を翻弄する事案になるわけで。
「まぁ、羊のそういうところ、ことごとく戦争とは相性が悪いなぁ〜と思うけど、俺は聞いていてほっとするよ」
 フォローになってるのかどうなのかわからないコメントをもらい、僕は一旦考えるのをやめてソファに座る先輩の隣にパイプ椅子を置く。
「どうせ案段階ですし、進みませんよね?」
……だと思うぜ」
 僕は先輩のこともなげなリアクションに安堵しつつ、この事案は忘れ去る事にした。

 ……翌週の部隊長会議でこの件が可決されるまでは。

 個別の部隊からの持ち出し企画については、各部隊からその賛否について投票で決まる。石本先輩も懐疑的だったし、どうせ否決になるだろ、と半ば別の考え事をしながら上級らの審議結果の開票を待つ。ところが、過半数ギリギリで賛成票が多く、あっさりと可決されてしまった。
 呆然とする僕の前で、「エー、各部隊長どのの、ご理解に感謝する。エー、つきましてはァー、本格的に媚薬開発を開始したく、改めましてェ」と上級ラボ長が手汗を拭き拭き、眼鏡を神経質に光らせながら声高に宣言している。
 狼狽しながらはす向かいの奥側の席にいる石本先輩に目線を送ると、石本先輩もぽかんと口を開けつつこちらに肩をすくめて見せる。同じく予想外の展開に困惑しているようだった。
……エー、猪熊下級隊長どの?……猪熊どの?」
「っうわっ、……あっ、はい」
 思いっきり名前を呼ばれていた事に気づき、慌てふためきながら情けない返事をする。
「よろしいですね?」
「はい、え?一体なにを?え?」
「話聞いてました?協力依頼、ですよ。下級の協力支援なら猪熊隊長が適任、と石本上級隊長どのが推薦されておりましたからな!」
「え……
 石本先輩はしまった……という面持ちで額を片手で抑えている。迂闊に言ったものが本当になってしまったので、引くに引けない状況だ。
「この前の件もありますからね、しっかりその『お知恵』とやらを拝借させて頂かねば」
 他の部隊長らも揃う中で、もったいぶって鼻先にずり落ちた眼鏡をかけ直すと、さも『この前の件』の落とし前をつける(つまりこき使ってやるからなという意味)かのように勝ち誇ったような顔をされ、僕は動揺して生返事で誤魔化すしかなかった。

「どうするんです?!なんかめちゃくそ面倒そうな案件ですよね??上級ラボ長、前の件絶対根に持ってますよね??」
 会議室を出て足早に歩く僕の横を部下の天堂アラタが小走りに並走しつつ声を荒げている。前の件とは、数ヶ月前、黒軍の毒ガス兵器の解毒薬合成に携わっていた際、くだんの毒ガスをあろうことか自軍でも活用しようと上級ラボ長が提案してきたので、石本先輩と協力して阻止した事を指す。それ以来、上級ラボ長は何かと敵対心を剥き出しにしているのだった。はた迷惑な話である。
……どうもこうもない、『原則として上級部隊の協力要請について下級部隊は応じなければならない』と軍内規定にある」
「いやそれにしてもですよ……
 言われつつ部下の差し出した分厚い資料に呻き声をあげる。僕にとってほぼ眼中にない話だったので、初案段階で見切りをつけてからは話の大半を聞き逃していたこともあり、初見に近かったのだ。
「これ俺が見てる範囲ではめちゃくちゃ工数かかるしロクでもねえしで」「量産化を頼まれてるものの、そもそもどうやって投与させるんすか、ガス状?」「仲間内でうっかり飲んでしまった時は解毒しなきゃですよね?でも相変わらず、そのケアはなんっもないんスよあいつら?!?」
 徐々にヒートアップしてくる部下のぼやきを横目にラボに戻ると、早速上級ラボの使いらが何人か立っており、大きな箱を僕と部下にそれぞれ無言で押しつけ、帰って行った。
 やれやれ、とため息をつきつつ箱を開けると、三十本ほどの小瓶がずらりと並んでいた。同梱物にファイリングされた成分表があり、隙間に差し込まれていたのだろう、ひらひらと一枚の紙が舞い落ちた。拾い上げ目を走らせると「改良前のサンプルにつき、量産化にあたり、強度や効果を比較して欲しい。全て服用してそれぞれ体感や時間経過を記録するように」と記載されている。
「うげっ……つまりモルモットになれと……?」
「き、協力ってこれかよ……!」
 絶句する僕と頭を抱える部下の周囲に、何事かと心配した他の部下らがぞろぞろと集まってきたが、話し合ってみても結局、手分けして飲んだところでリスクもあるだろうから、という事になり、大半の部下達は通常の作業に戻らせることになった。
 流れでいそいそと持ち場に戻ろうとするアラタの襟首を掴んで引き戻す。
「え、俺は残るの?!?」
「アラタ……すまん……最小限の人員でやるにしても、僕一人では流石に……
「ええー!?」
「いやこれ全部僕が処理できると思う?」
「仕方ないとはいえ……はぁ〜〜」
 半ば(て言うか絶対)嫌がらせと思われる内容だが、軍の規定上余程の事情が無くては異論申し立てを認められず、大人しく協力した方が良さそうだ、と腹を括るしかない。
「くそー!こんなもんちゃっちゃと終わらせましょう!どうせ大した効果なんかない、媚薬なんてまやかしなんだから」
「あっバカ待て」
 やけっぱちになった部下は、手元の小瓶を一本取り出すと躊躇うことなくぐび、と飲み干した。
「とりあえず1本……!」
「だ、大丈夫かよ、お前……
「ぜんっぜん大したことないですね、なんならジュースみたいだから軽く2〜3本いけそッスわ」
「やめとけ、とりあえずは静かに様子を見よう……
 静止しつつ慌てて成分表を確認し、予測される反応を想定しようと頭を働かせる。部下はしばらく自分の脈拍を取ったり顔の火照りや発汗が無いかを鏡で確認していたが、気になる様子はなさそうだ。
 そこへ、コンコンとドアをノックする音が響き渡る。
「羊?……居る?」
 おずおずと申し訳なさそうに顔を出したのは、石本先輩だった。珍しくあんみつは持たず、しおらしい様子だ。
「すまん……俺がちょっと軽はずみな助言をしてしまっていたせいで……
「いや、僕もまさかこうなるとは思ってなかったし、先輩のせいじゃ……
……あれ、天堂くん、どうしたの」
「?!」
 振り返ると、さっきまで何ともなかった部下が苦しそうに息を荒げ、頬を紅潮させて額や首筋からだらだらと汗を流している。
「あ、いえちょっと走ってきたし暑くなっちゃったのかな、ハハハ
 笑って誤魔化しながらも、息が短く上がってだんだん立っていられなくなり、がくんと膝をついて座り込む。
「おい、大丈夫か……
「具合悪そうだな、手を貸そう」
石本先輩が助け起こそうと近寄ると、力なく首を振る。
「だ、め……来ないでください」
「?」
 声がか細くて聞こえなかったのか、僕の静止も間に合わず石本先輩が伸ばした手を引き掴んでものすごい力で引き寄せる。
「おおっとっと、」
 さすがは先輩、咄嗟の事でも動揺せず器用にバランスを取り、転ばずにグッと足を踏みしめて中腰になりそばにひざまずく。
「先輩、今ちょっと……そいつから離れたほうが」
「どうした?様子が」
 次の瞬間、部下は有無を言わさず石本先輩の肩を掴んで引き寄せ、問答無用で抱きしめるとその唇を唇で塞ぐ。
「んわっ、……っぐ、や、やめろ!!!」
 唐突な口付けに驚いた先輩は咄嗟に部下をソファに突き飛ばすと、慌てて唇をぬぐった。
「大丈夫ですか?!怪我……無いですか?」
 慌てて両者の間に割って入り、ソファに部下を押さえつけながら先輩に声をかける。
 部下は、獣のように唸り声をあげ、人の声ともなんともつかない言葉を発しながらもがいて抵抗しようとする。服の上からでもわかるくらい、下半身も大きく反応していたので、慌てて予備の白衣をかけて隠してやると、首筋をしたたかに噛みつかれる。
 これはまずいと焦っていると、手を貸そうと参戦してきた先輩に向かってまた襲い掛かろうとするので、咄嗟に軽い鎮静剤を打ち保管庫に閉じ込め鍵を閉めた。
 ぜえぜえと息をつきながら、振り返ると先輩はまだ呆然と立ち尽くしたままだった。いつもは整えられた所々おかっぱ気味の髪が少し乱れたのも直そうともせず、珍しくひどく動揺している様子だ。
 心配になり、改めて声をかける。
……大丈夫、ではないですね。驚かせてすみません……たまたま、媚薬のサンプルを飲んでいた所だったので」
「羊も、飲んだの?」
「いえ、僕はまだ……
 ああそう、良かった、と先輩は安堵した表情になり、ほう、と息をつく。
……お見苦しいところを」
「いや……天堂くんでも、あんな様子になっちゃうんだな」
 言いながら、先輩は唇をこわごわ、触っている。
……もしかして、ファーストキスだった、とか?」
「コラ、センパイを馬鹿にするなよ」
 なんでもない素振りで否定しながらも、中々動揺が消えない先輩は、気まずさを感じたのだろう。そっとお茶を置いたが、あまり口をつけずしばらくぼんやりした後、言葉少なに二言三言何か残して、そそくさとその場を去ってしまった。


「スミマセンでした……っ!」
 数十分後、深々と頭を下げるアラタを前に、僕は噛まれた首筋をさすりながら、やれやれ、と息をつく。
「いや、先輩もお前も怪我なかったから良かったけどさ……一体何が起こってたの?お前の身体で」
「飲んでしばらくの間、何ともなかったんです。だから大丈夫そうだって思ってて。ところが石本先輩が来た途端、緊張がなぜか興奮に変わっちゃって抑えきれなくなってきて」
「僕には無反応だったもんな」
「俺、男に興味ないし隊長にも何の気も起こらなかったので、大丈夫だろうと思ってたんですけど」
……石本先輩には興味、あったの?」
 尋ねながら、どこかで心がざわつく自分が居る。
「うーん……正直、この前の作戦で一緒に行動しただけで、猪熊隊長ほどは石本隊長のことよく知らないし。たまたまじゃ、ないっすかね?」
「『たまたま』じゃあ、困るんよ」
 僕らにはこの厄介な媚薬が、誰に、どのくらいの量、どういうタイミングで、どんな効果を発現し、何をもたらすかを調べて確認する仕事がある。
 とりあえず部下は休んでもらうことにして部屋に戻らせ、一人でサンプルの山を前に思案する。
 こいつは参った……厄介なことになりそうだ。

 部下と手分けして服用テストするつもりだったが、彼はどうやら過反応しすぎて攻撃的、暴力的になってしまう傾向があるようだった。最初に飲んだサンプルは特にその傾向が強かったので、次に別系統のサンプルを飲んでもらったのだが、それでも腑抜けになるというよりはいささか攻撃的になるだけだったりで、相手に惚れるとか、心が揺さぶられるとか、そういう様子は観察できなかった。相手も、他の部下ら男女問わず対峙させてみたが特段相手による変化はなかった。そういうわけで仕方なく、僕が全て一人で確認する事になった。

 初めの数日間は、自分ではなく主に小動物に投与してその行動を観察するなどして調査した。

 石本先輩に部下が唐突に口付けてしまった一件後、部下の方からも改めて先輩に謝罪はしたようで、先輩も「気にしなくていいのに」とあっけらからんと笑って許してくれていたようだ。しかし、実際生々しい感覚があったのだろうか。先輩はしばらくラボには来なかった。それがいい。今は、その方が。

 次のフェーズでは、その中で一番適切な効果が出そうなサンプルを元に、適量を探りつつどのような効果が出るのか、また過量になるとどうなるのかを確認する必要があった。日中は人と一緒に話したり作業することもあるし、会議に駆り出されることもあるので、服用テストはもっぱら皆が寝静まった夜にすることにした。

 そこで、ラボ奥の個室の隅っこでビデオカメラを回し、呼吸や心拍数、脳波などはモニターに繋いで記録しておくことにした。でもこれでは、相手(対象)に好意を抱くとか、欲情するとか、まるでわからない。仕方ないので全く興味のなかったアイドルのプロモーションビデオを部下から借りてプロジェクターに映写し、誰を好きになるのかな、とじっと観察することにした。我ながら、とてつもなく情けなくてアホらしい。

 1本目。少しだけ心臓が早く脈打つ感覚になるが、数十分もするとその効果は消え、画面越しに笑う似たような顔のアイドル達の見分けすらつかないまま観察は終わった。
 2本目。1本目とほとんど体感は変わらず。いつもより部屋が暑く感じて、白衣を脱ぎ捨てる。
 3本目。息が上がってきて少し苦しい。下半身に少し熱っぽさを感じ出すが、まだ服の上からわかる、とかそういう変化は無い。画面のアイドル達の見分けは未だにつかない。
 ぼうっとしながら4本目、5本目を飲んでしまっていた。プロジェクターに大きく映る、浜辺で踊る水着姿のアイドル達。健康的に揺れる太ももにかかる波飛沫を、虚無の心境で眺めているが、身体があちこち火照りだしたこと以外は特に支障が出そうな事はない。
繋いだモニターを確認する。心拍数も発汗も、ちょっと激しめに運動した時と同じくらいの様子ではあるが、気になるほどの変動ではないし、脳波も特段影響は無さそうだった。
 6本目。このプロモーションビデオも三十周目をゆうに超えている気がする。女の子の顔よりももはや歌詞を覚えそうで辛い。恋はSunshine、波打ち際のパラソル。君の心を意地悪に焦がすあの子から、優しく守るパラソルになりたい。恋はサンオイル。火傷にならないように、かっこよく肌を焦がすの。
 ……いい加減そろそろ一人くらい気になる子が出てきたって良くないか?画面越しだからダメなのか?

 波打ち際で健康的に跳ねる太腿にも、ダンスで弾む水着の形越しにうかがう柔らかそうな谷間にも、さほど食指は動かず僕は考えを改め始める。「……これってもしかして、僕自身に欠陥があるのか?」不安になりつつ、ふと端末を開くと先輩からメールが入っていた。「石本(り)理央(お)先輩」、登録してある名前はもはや見慣れており、書かれてある中身も大して目新しいことでもなく、明日会議のあと久しぶりにそっちの食堂に行くけど一緒にどう?といった他愛の無いことだったが、どくん、と心臓が熱く跳ね動く感覚に陥る。
 いけない、流石に一晩にこんなに媚薬を飲むんじゃなかった……と思い直し、とりあえず簡易ベッドに横になり脱ぎ捨てた白衣を毛布代わりに被る。実は前夜ほぼ寝ずに実験用のラットの動きを観察していたせいもあり、忘れ去っていた猛烈な疲労と睡魔に襲われ、メールのレスもままならぬまま、程なくして眠りに落ちた。


 コンコン……コンコン、
 どのくらい時間が経ったのだろうか。扉をノックする音が聞こえる。えっと、ここはどこだっけ。
 目をうっすらと開け、消し忘れた壁面プロジェクターの入力信号が停止状態を示す、青い画面を視界の端で捉え、自室ではなくラボ奥の部屋に居たことを思い出す。脳波や心電図のモニターは消えて漆黒の画面が無機質に立ち並び、今何時だったっけ、と時計を探す。
 コンコン……コンコン、
 再び遠慮がちにノックの音が響き渡り、ああそうだ、来客か、それにしてもこんな時間にこんな場所へ?という疑問を感じつつも僕は不用心にドアを開錠する。
「っあい、どぞ……
 寝ぼけ眼で応じると思わぬ来客に眠気が吹き飛んだ。
「い、石本……先輩……??」
「よ。久しぶりな」
 いつもと変わらない様子でスタスタと中に入ると、部屋の中あちこちを見渡す。
「こんな部屋が奥にあったんだな」
「どうして、ここが……
「ラボの入り口、空いてたぜ」
 危ないだろ?知らせに来たのさ、と言いつつ、僕の下半身に目を奪われている。
「??」
 怪訝に思い、視線を落とすと信じられないくらいに勢いづいた下半身が、力強く屹立していて面食らう。
「うわっ……すいませ、ちょっ……と、テスト中だったもので」
「テスト?」
「ちょっとその」
 媚薬の被験者になってます、と先輩に言うにはなぜか憚られて言い淀んでいると、先輩はそっと目の前の簡易ベッドに腰掛ける。そうして僕の手を引き、隣に座らせる。
「気にすんなよ。疲れてんだろ」
……
 恥ずかしい所を目の当たりにされ、気遣いに消えてなくなりたくなる思いとは裏腹に、下半身の昂りは止まらない。
 言葉がうまく紡げずに居ると、ふわっと先輩の前髪が僕の額や瞼をかすめ、唇の先が触れ合った。それはまるで、一瞬の出来事だった。
……!?!」
「何、お前もファーストキスだったの?」
「いえ……一応ファーストでは、無くて……っていうかそんなコト、今どうでも良く、っふ……!」
 反論の前に、もう一度唇が重なり合う。
「なんだよ、ファーストじゃないのかよ」
「ちょっ……せん、ぱ……!」
 今度はその重なりが深く、舌先が互いにちろ、と触れ合い、徐々に侵食を始めてゆく。理性の箍《たが》が外れる音が遠くで聞こえた気がして、意識と一緒に眠り込んでいた媚薬の、あの交感神経系を走らせる感覚が今更何十倍にもなって覚醒し、どっと体の各所に押し寄せる感覚に襲われる。脳波や心拍のモニタが数値の急な変動を示す警告音を発し出すも、先輩は僕のこめかみや手首に付けてあったセンサーをいとも容易くぷちぷちと引き剥がしてしまった。
 抵抗したいのに、口蓋をこじ開けられると意に反して舌先は貪欲に僕の舌脇をまさぐるかのように入り込む。なし崩し的にそれらを受け止め、舌先で同じように愛撫の応酬を繰り返す。
っふぁ、だ、め……止まら、なく……
「ここも大変なことになってんよ」
 息継ぎしつつ語る声は冷静なのに、ふと顔を見やると石本先輩もその頬を紅潮させていた。唇は絶えず僕の唇や首筋を行きつ戻りつして這いながら、片手がそろそろと僕の下半身へ伸びてゆく。
「先輩……な、なにを」
 僕の動揺をよそに、喋らせまいと先輩は唇で唇を再び塞ぐ。隙間から息が小さく零れ落ちる。柔らかい唇は薄く、それでいて確かな熱と共に仄かに甘い黒蜜の香りがして、僕は自分の舌の味が苦いニコチンの味一辺倒なことを申し訳なく思う。ズボンの上から柔らかく悪戯に撫でられ、次第に揉みしだかれ始めると、理性と緊張で押さえ込んでいた其処が情けなく肥大し僕の意思と無関係に存在感を自己主張しはじめる。
……なんでこんなことになってんのか知らねえけど、苦しいんだろ?見りゃ、わかるよ」
「っう、こんなとこ、見られたくなかった……
 先《ま》ず先輩と僕は男同士、その前にそもそも「そういう」目で見たことなんてあっただろうか?
 否、部下に嫌疑を投げかけた時、一瞬だが心がざわついた。アレは一体なんだったのか?
 ちらつく動揺と戸惑いを精一杯振り払いながら、言葉を絞り出す。
「寝不足?それとも……処理不足?」
「ちが……これは、く、クスリの……所為」
「そうなの?じゃあ、これは何?」
 先輩の掌に踊らされ僕の腰は刺激を求め、悪戯に擦り付けようと緩やかに上下に波打ってしまっていた。それを口の端でニヤッと笑いながら意地悪く指し示しつつ、先輩は自ら軍服のマントを脱ぎジャケットも脱ぐ。
「脱げよ」
……いやいや、なんで」
「楽にしてやるから」
「ご、ご冗談を」
「口の割りに無抵抗じゃん」
 交わす間に瞬く間に上裸になった先輩は、僕の胸のあたりをとん、と軽く突いて簡易ベッドに押し倒すと、白衣をより分け、ベルトを探り出してバックルを外し、ジッパーをジジジジジと音を立てて引き下ろす。下がり切った下着の隙間から待ちきれんばかりにむっくりと飛び出す竿を素早く指先で捕らえられてしまい、情けない声が思わず漏れる。
「っひゃっ……待っ……恥ず、かし」
 慌てて手を伸ばし隠そうと先輩を押し退けようとするも、予想外の力で押し返されて両手を押さえつけられてしまった。
「見てない、……見なければ、いいんだろ」
 僕が動揺している事が面白いのか、悪戯っぽく笑ってみせた後、それをすっぽりと口に含んでしまう。
「!?!」
 女の子におっかなびっくり、触れられたことはあっても、口に入れる勇気までは無かった子だ、それ以来こんなことはとんとご無沙汰で、ほんの数ヶ月前に一度眠れないほどの昂りに苛まれて眺めたアダルトビデオくらいでしか目にした事のない光景が、目の前に広がっている。
「そんなコトして、だ、大丈夫ですか……?」
 答えず、先輩は目線だけをゆっくり僕に向けて応じると、口腔内で半勃ちだったモノを順調に育ててゆく。徐々に収まりきらなくなり根元が露わになるのを無理して呑み込もうとしてえづきそうになっているのを、心配よりも征服感に支配されてゆく己の思考回路には参った。先輩は視線を落とし、歯を立てぬようぎこちなくも舌先を動かし続ける。時々口の端から漏らす息の熱に唆《そそ》られ、よく見知ったはずの人が全く見慣れぬ行為をしでかす背徳感に次第に呑み込まれ、僕はそれらと羞恥で状況の処理が追いつかず、両手を額に当てて膨らむ下半身の快楽に身を委ね始める。
 何かを尋ねたくても、何を尋ねたらいいのかもうわからなくなっていた。
……っにが……
「スイマセ、そろそろ、限界」 
 先走り汁がじわじわ漏れ溢れだしているのだろう、先輩が形の整った眉を歪める。
「まだイかれちゃ、困るんだよ」
「いやもう、無理ですって……
「これもどうにかしてもらわないと、」
 言いながら先輩自身もいつの間にかズボンを少し下げていた。先輩の下着の中も大きく膨らんでいたが、それを触るのではなく後ろの穴を自らの指でひっそりと凌辱しているようだった。
「どうにかって、どうする……
「とりあえず、ぐっちょぐちょになった中でバンバン生で出して欲しい、かな」
 てろてろに光を放つ自分の中指を、くちゅ、と音を立てながら舐めてみせる。想像を超えた卑猥さに、側頭部を思い切りフライパンで殴られたような衝撃を得ながらも、ここまで来て一抹の違和感に気づく。
「待て……
「?」
「先輩は……俺の知ってる先輩は、そんな事、言わない……言わない……!!」
 言いながら、だんだん怖くなってきて夢中で先輩を引き剥がしその顔をよく見ようとした所、何かを察したのか先輩は服を引っ掴むや否や、素早く部屋を飛び出して行ったのだった。
 そして部屋を静寂が包み、僕は行き場のない欲情を抱えたまま、唐突な幕切れに呆然と立ち尽くすしか無かった。


 どのくらい時間が経過したのだろうか、端末が起床時刻を知らせるアラームをけたたましく鳴り響かせ、それまで簡易ベッドの端っこにぼんやりと座り込んでいた僕はふと、我にかえる。
 さっきまで先輩としていた事のあれこれが、頭にこびりついて離れないまま、夢うつつで朝を迎えてしまったようだ。
 慌てて服を着ようとしたが、そもそも白衣もシャツもズボンもベルトも乱れてはおらず、きちんと身につけたままだった。おかしいな?ついさっきまで僕は先輩にズボンを暴かれ、股間を口に含まれていたはずなのだが……?改めて確認すると、射精した形跡や感覚はなく、媚薬の効果がまだ残っているのか、静かに熱を籠らせたままだった。
 慌てて部屋の中の形跡をあちこち確認するが、外部から人が入った形跡はない。慌てて立ち上がろうとしてこめかみや手首に貼り付けてあったケーブルに引き戻されてバランスを崩しかける。先程先輩に引き剥がされたはずだが、確認すると身体から一本も外れてはいなかった。こわごわ録画状態のままだったカメラを寝落ちる前まで巻き戻し、早送りしてみるが、この部屋は僕が入室した時から今まで誰も出入りする様子は映っていなかった。
 ここまで確認して、昨夜のあれは夢だったとようやく気づく。やたらリアルすぎて、夢と現実の境目が無さすぎたことが恐ろしくもあった。
 シャワーを浴びて身支度をしていると、部下から着信が入る。
「あ、隊長。お疲れ様っす。もう少ししたら部隊長会議ですけど、出ます?あと、そのあと話が」
 咄嗟に、ゆうべの先輩からのメールに返事をしていなかったことを思い出す。「出るよ」と手短に返事しつつ先輩のメールにもレスをした。

 部隊長会議後、遠目に食堂でメニューを選んでいる先輩を見つける。声をかけようとして、ゆうべの卑猥な夢のことを思い出してしまい、股間がもぞり、蠢《うごめ》く感覚に陥る。頭をブンブンと振り、邪念を振り払っていると、こちらに気づいた先輩がおーい、と手を振る。
「新メニュー。濃厚卵オムハヤシだってさ」
「てっきり和食派かと」
「急いでる時はな。でも時間ある時は洋食も選ぶことあるよ」
うどん、蕎麦類は半分茹でてあり、仕上げにサッと温め直して提供されるので5分と待たない。濃厚卵オムハヤシは、卵を半熟状態でふんわりと包む作業が入るので多少待ち時間が発生する。
僕もオムハヤシにするとなんだか便乗したかのように思われそうだな、と謎の遠慮をし、大して好きでもないトマトナポリタンスパゲティをオーダーする。
「お、ナポリタン。意外とお子ちゃま?」
「いや、初めてオーダーしたかも」
「羊こそ麺類か丼ものイメージだったわ」
「それ、完全にカップ麺の影響」
「それだ」
話しながらトレイに紙ナプキン、スプーンフォーク、水が入ったコップを順番に置いてゆき、流れ作業的に出てきたメニューを受け取ると窓際の周囲に人が居ない席につく。
「さっきの会議の話だけどさ
席に着くや否や、先程の部隊長会議の話題。この人は以前一度大きな作戦で行動を共にして以来、時たま飄々と僕のラボにサボりにか息抜きかで来るようでいて、半分は軍内の話題も多い。不合理で理不尽な態度を取る相手に対しては人を食ったような態度を取ることもあるが、時たま自分の作戦がこれでいいのか、不安になる時もあるようだった。僕は先輩ほどの経験は無いのでそこまで大した助言はできず、妙案がばんばん思いつくわけでもないので、大半は黙って聞き相槌をしながら作業をしている。それでも端々で感じることはふざけたり茶化したりしてカモフラージュしているが、きっと根本は真面目な人であろう、ということだ。もう少し入隊時期が違えば、石本部隊の隊員に志願してもよかったな、そんな機会もないまま自分も部隊長になってしまったなぁ……と、柄にもなくこんなタイミングでぼんやり想いを馳せる。
……聞いてる?羊」
僕はその時、石本先輩の口元へ運ばれゆくトロトロの卵の黄身に光を奪われていた。
「なに?オムライスがよかった?」
食う?と言わんばかりにカジュアルにスプーンに乗ったオムライスをこちらに向けてくるのを、丁重に断る。
あらそう、と再びもぐもぐと口に運ばれる卵の黄身。
「でさ。こういう時、どっちがいいと思う?」
「っは……っ、え?」
「あれ、また聞いてなかったの?」
「いえ、……つい、ちょっと考え事を」
程よく絡んだチキンライスがあの舌先と口腔内でめちゃくちゃに愛撫されている、と思考があらぬ方向に突然走り出し、慌ててぶんぶんと頭を振る。
「もう……俺の次の作戦、傑作なのに」
「すいません……もう一度、良いですか?」
嫌な顔一つせず、もう一度オホン、と咳払いをして「よーく聞けよ?」と勿体ぶりながら生き生きとした表情でスプーンを指揮棒のように小さく振って見せる。
小隊Aと小隊Bは時間差で出発し、先行のA隊の人数は極限まで減らす。A隊は退避ルートの確保がメインなので、応戦はしない。B隊はA隊の護衛を兼ねるが、A隊より人数は多く応戦もする。A隊は危険を察知したらすぐに離脱させ、折を見て後続のB隊から随時補充人員を調達する……
「ところがなぁ。ここで一つ問題があるってわけよ。A隊とB隊両方の任務をこなせる兵士ってのが思いのほか少なくてさぁ……
淀みなく話しながら、スプーンで端っこから均等に同じサイズだけ、器用にオムライスと卵を1:1の割合で掬(すく)い上げては口に運ぶ。時折口の端に赤いケチャップがつき、それを中指で拭うと舌先でちろ、と舐めとる様子が昨夜の夢とオーバーラップしてしまい、下半身がどくん、不意に大きく脈打つ。くそ……まだ媚薬の効果が切れてはいなかったのか……!僕は食事どころではなくなってしまった。
……す、すいません、ちょっと」
「?」
「すいません……!き、急に腹痛くて!トイレに」
「あ、おい!」
会釈をしつつガタ、と慌ててトレイを持って席を立つ。食べかけのナポリタンはまだ3割ほど残っていたが「ごちそうさま」と慌ただしく返却口に押し込み、食堂を足早に後にする。
食堂出口で僕を探していたのか、部下と出くわす。
「うわっ、あ!隊長!探してたんですよ!この前の、媚薬のテストの件……
「すまん……今それどころじゃないんだ、また後でな」
今の自分の窮状を知られたくない一心で、顔もまともに見れず詫びながら身をかがめ走り去る。
息を切らしながら普段はあまり戻らない自室に駆け込み、トイレの鍵を下ろすと同時に身体の昂(たかぶ)りもようやく落ち着いてきた。
やれやれ……厄介なことになったぞ……。これでは、性的欲望から来る反応なのか、それとも相手への好意から来る反応なのか、まるで見分けがつかないぞ……
媚薬を飲んだ後に迂闊にラボにいる時に誰かが来たら……それこそ先輩が来たりしようものなら……
あの淫夢が本当のことになってしまっては、困るのだ。いや、一体何を期待しているのか僕は。
支離滅裂になってきた思考を止めるため、煙草を吸いにベランダに出た。


****

「石本先輩〜!いるんでしょ?」
「いるのはわかってるんですよーっ、ねえってば、ねえねえ!」
午前2時を少し回った真夜中も真夜中、こんな時間に陽気な声と共にコンコン、コンコンとノック音が幾度となく響き渡る。
「こんな時間に一体何なんだよ寝てたのに、」
ぼやきながら、居留守なり寝たふりを貫こうか一瞬迷ったものの、騒ぎ続けられても隣室の部下や他の部隊長に迷惑かもなと思いあぐねてドアの向こうを確認しに行く。
しかしどうしてこんな陽気なのか、声の相手は猪熊羊だった。
……え?」
「あっ先輩!早く!開けてくださいよう、もう俺、我慢の限界で」
ガチャ、とドアを開けると首根っこを掴んで問答無用で室内へ引きずり込む。
「静かにしろ……!一体どうしたんだよ?こんな時間に……
急に引っ張られてバランスを崩した彼は玄関先で俺の身体に半ば折り重なるようにしなだれかかり、そのまま腰砕けにひざまづく。助けおこすと身体はへにゃへにゃと力が入っていない。よく見ると彼の頬は赤く、息が上がり、呂律があまり回っていないようだ。
……お前、酔っ払ってるのか?」
「酔っ払ってなんか、いませんよぉ!」
元気よく返事をするが、そのボリュームの大きさも声のトーンも明らかに平常時とは異質そのもので、人格が変わってしまったのかと焦ってしまう。
「いや明らかおかしいし。変なクスリでも飲んでんじゃないのか?」
「失礼な!俺がいくら、毒薬の専門家だからって!ヤク中みたいな!なんでもかんでも飲んでるわけじゃ、ないですよぉ!人聞き悪いな〜ほんっとに」
そうは言ってもキャラ違いにも程がある。一人称俺の猪熊なんて、真剣な話し合いの中で一度激昂して発されたのを見て以来だ。今回はまさしく泥酔、という単語がぴったり当てはまるくらい、様子がいつもとは異なっている。
「待て待て……落ち着け、とりあえず部屋へ」
助け起こし部屋の奥へ連れて行こうとしたら、その場で押し倒される。お前、さっきまで脱力しとったやないかい。
「ったた、こら!お前あんまり調子に乗ると……
「調子に乗ると?どーなんのぉ?」
いくら親しい間柄でも限度というものもある。こんな深夜に泥酔して部屋に来るだけでも大概だが、組み敷くとはいかがなものか。いささか頭にきて、体術にはそこそこ自信もある俺は素早く身体を捻って形勢逆転に持ち込もうとするも、意外と思いのほか力が強い。
「石本センパイ、顔が良いだけじゃなくって、いつもいい筋肉してんな〜って。俺ずーっと思ってたんですよねえ。俺なんかぺらぺらで。見てくださいよお」
言いながら白衣の前をはだけてネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを開いていく。病的に白くて不健康そうな肌が、不自然に所々紅く染まり始めていた。
「ヒンソーでしょお?どーやったら先輩みたく強くてかっこよくなれますぅ?」
言いながら、ベルトを緩め、ボクサーパンツもずらしてパンパンに膨らんだ己のペニスをも突き出してくる。えっ何?どういうこと??
…………お前……それ、どうしたの」
急展開すぎて思わずしどろもどろに尋ねてしまった。
「どーもこーも。助けてくださいよお、もうさっきから疼(うず)いちゃって、溢れて溢れて止まんなくて」
悩ましげに白衣とワイシャツを肩までずり下げながら、曝け出された逸物は、貧相な裸体とは対照的に隆々と屹立し上を向き、先端の割れ目からはいやらしく透明な液体を静かにたたえ、弾みでたらたらと竿を伝って流れ落ちる。
不本意ながら、それを見せつけられるうちに己の股間が唐突に熱く滾(たぎ)りだす感覚に襲われる。待て待て、相手は親しい後輩といえど、野郎だぞ?そいつの血気盛んなものを見せつけられて、なぜこの俺が欲情しているのだろうか。
いささか混乱に陥りながらも、深呼吸をする。とりあえず、こいつを抑えないと。
意に反して、猪熊はあれよあれよという間に俺のベルトを外しズボンを下げボクサーパンツの前開き部分から俺のペニスを取り出し、己のペニスをそこにスリスリと擦(す)り付け始めた。身体の線は細いのに、下半身は立派に男で、そのギャップにいささか面食らい、思考の端っこがビリビリと、麻酔を打たれたかのように麻痺していく。こんなの普通じゃない、一刻もはやく取り押さえて事情を説明させないと、と思う理性の自分と、全く明後日の方向からこの男とどうにかなってみたい、というあらぬ邪心が身をもたげ始め、露骨にそれが自分の逸物の反応として出始める。
「先輩〜って、やっぱ、未経験?」
「未経験って、なにを」
「ナニもかも」
「そんな男となんかしたことねえし」
「わ、意外!じゃ、女子とは?」
……別に」
「無いってこと?も、もったいな〜!めっちゃモテそうなのに」
「お前さっきからずっと失礼やぞ」
「そう?俺は、喜んでるけどね」
「何を」
「なにもかも」
言いながら、猪熊の竿に擦り付けられ続けて勃ち上がった俺のペニスの強度をちょんちょんとつついて確かめる。既に俺のペニスは猪熊の精液と自分のそれとでべとべとになって収拾がつかないことになっていた。猪熊はそれを満足そうに眺めつつ、口の端で咥えたコンドームの端っこをピリリと破ると素早く装着してきた。あまりにも手慣れた様子だった。根元まで薄ピンクのコンドームが引き下ろされ、てらてらとした潤滑剤が表面で光を放っている。猪熊は少しの間それを見つめていたが、何を思ったのか突然自分のズボンを脱ぎ捨て、俺の上にまたがり、ボクサーパンツをずらすと己の後ろを先端にあてがう。
「ま、待てよ何を……
「いただきまぁーす」
「や、やめ……
ずぶずぶずぶ。俺のいきりたったままの逸物が猪熊の肛門に容赦なく侵入していく。
「ちょ、今なに、を」
「見たらわかるよね?先輩。俺ら、今、セックスしてんの」
昂揚し蕩(とろ)けきった顔で、「ん。きもちいい」と小さく呟きながら、猪熊は俺の上でゆっくり腰を上下に揺さぶり始める。ゆさゆさ、揺れに伴って彼の逸物もピンと上を向いたまま、ぷらんぷらん、左右や上下にその振動を遊ばせていて、その光景が一段と卑猥さを増していた。
もはや思考停止状態の俺は、その情景をどこか遠い世界で起こっている出来事かのように感じながら、未経験の快楽と思しき片鱗に動揺し始める。
「あっはんーん、っう、き、きもちいい、先輩の、結構ぶっといね?俺の前立腺にゴリゴリ当たって、すっごくいい具合にキマってくるんだけど?ほんとにほんとに、未使用未経験?」
「当たり前だ……ッ、このバカ」
「なに、先輩怒ってんの?俺の中、気持ちよく、ない?」
ちょっと残念悲しそうな顔で覗き込まれて、つい
「ううん……気持ち、よくなってきた」
と答えてしまう。
不本意ながら、目の前に結合部が丸見えゆえに、ゆるやかに上下する彼の肛門が暖かく、柔らかく絡みつく様が明らかで、ぱちゅぱちゅと卑猥な音を立てて動くたびペニスの根元の薄ピンクのコンドームが見え隠れする。ああ、これさっき着けられたやつだっけ。彼が動くたび、中がきゅっと締め付けるせいでその薄ピンクの根元がすこし持っていかれそうな様子で持ち上がっている。どこか他人事に思いながらも、突き上げるような衝動に襲われ、気づけば俺も彼の動きに合わせてゆっくり腰を上下し始めていた。
気を抜くと快楽に溺れそうになるのを、流されまいと必死に意識を保つも、それがむしろ逆効果で、冷静であればあるほど、俺の身体のあちこちの血管が沸騰しそうな熱さで滾り、心臓がばくばくと音を立ててその快楽を全身に運ぼうと脈打つ感覚をペニス全体で感じはじめる。
「う、ぐ、く……っおま、きつ……せま……っはぁ、はぁ」
「先輩が童貞(ドーテー)なんて、どうせ嘘に決まってんでしょ」
言いながら、乱れた前髪が顔を隠してしまうのも気にせず猪熊は腰を振り続けている。骨盤に彼の太ももや尻がゆすゆすと打ち付けられ、言葉を吐こうにも細切れになる。
「ほ、ほんとだっ、て……う、……ぁ」
猪熊の唇が軽く俺の唇に重なり、乳首を柔らかくつねられて思わず声が漏れる。
「このあいだ先輩が天堂にファーストキス奪われてんの、俺許せなかった」
「あれは……事故だろ」
「許せなくて、それで……先輩の初めてを奪いに来た」
「そんな……むちゃくちゃ……だ」
「そうさ。無茶苦茶にしてやる」
そう言って、ぎゅっと首にかじりつくのを捕らえ直して、こちらからも気づけば唇を重ねていた。
驚いた顔の猪熊。まさか俺からキスするとは思わなかった、とでも言いたそうだったが、お互い火がついてしまったかのように深く激しいキスを重ね、互いの舌先を奪い合うように息をつかせぬ勢いでもつれ込む。猪熊の動きが快感から逃れるかのように徐々に弱々しくなるのを、許すまじという勢いで突き上げてやると、「ひぁっ」と小さな悲鳴をあげ、俯(うつむ)き気味で隠れていた表情が真っ赤になっている事に気づく。彼の睾丸が苦しそうに膨らみ、片手でペニスをしごきはじめているのをそっと手を伸ばし一緒にしごいてやると、「ヤァっ……ダメ、早くイっちゃう」と弱々しく零すのを聞き終えるかどうかというタイミングで、俺は耐え切れず猪熊の中に射精した。
「っあああ……っ」
「先輩すご……ずっとドクドクしてんね、ゴムから溢れちゃいそ……
「っはぁ、はぁ……俺の方が限界だった……
「あっははじゃ、遠慮なく」
その直後に猪熊のペニスの先端からも白濁液が溢れ出し、俺のワイシャツに容赦なくかかる。
ゼェハァとあたりを2人の男の荒い息と纏わりついた身体の湿度がじっとりと取り巻く。しばらく2人で無言で見つめあったあと、あまりの有様にお互いプッと吹き出して笑ってしまう。
ふと隠れた茶色の前髪の中に、青緑の彼の瞳の端が光った気がして、一瞬よく似た弟の瞳の色を思い出す。
俺こいつ好きだったっけ。こんな感情抱いてよかったんだっけ。この辺のことに言及したら、このふわふわした夢見心地が消し飛んでしまいそうで、そっと胸の奥に仕舞い込んだ。
部屋に入る前に情事が始まってしまったので、知らぬ間に冷えたのかどちらともなくくしゃみが止まらない。互いに廊下に転々と服を脱ぎ散らかし笑いながらベッドルームまで行くと、仲良く2人してキングサイズのふかふかなベッドに倒れ込んだ。

***

目が覚めると、隣に猪熊は居なかった。
泥のように眠っていたのか身体は重だるい。昨夜の情事がやけに体感として生々しく、思わず体を確認すると下着の中いっぱいに精液が溢れかえっていて、げんなりする。
やれやれ、あんなに淫らなことをしたのに、その上夢精なんてするのか?
幸い朝一の会議や招集は無く自主訓練としてあったので、ほっと胸を撫で下ろしながら、ベッドと服の処理に追われる。
「羊……どこ行ったんだろうな」
ぽつんとひとりごちる。あんな事をしておいて、そのまま隣で寝ていたのなら、声くらいかけていけばいいのに。それとも余程急ぎの用事でもあったのだろうか?それにしてはベッドもそこまで乱れた様子も、もう1人が寝ていた形跡も見当たらない。
待てよこのベッドってそもそも、そんなに広かったっけか?
セミダブルは男2人では窮屈だが、俺は何故かこのベッドを目覚める直前までキングサイズだと思い込んでいた。
慌ててドアまで行くと、扉の鍵も、かんぬきもかかったままだった。つまり、この部屋には、俺が入ってから今まで、誰も入っていないし、誰も出て行っていないことになる。

サイドテーブルには天堂から預かっていた媚薬の空き瓶が4つ。そうか……そういうことか……。すとん、と静かに理解する。一抹の安堵感と、言いようのない寂しさ。少しだけ思案して、残りの媚薬の本数を確かめに冷蔵庫を開ける。残りは6本。この前おそるおそる1本飲んで日中過ごしても、何も起こらなかった。ならば、と2本取り出し、一気に開ける。ほろ苦く甘ったるい液体が喉奥を滑り落ち、それから訓練室に向かうことにしたのだった。

訓練室で2時間ほど汗を流す。その間、同じ部隊の部下の女の子2人、それから隣の部隊長と軽く世間話をしたり、手合わせをし合って静かに自分の様子を観察するが、特段変わったことは見られなかった。せいぜい体力面でいつもより持久力が上がった感じがして、手合わせした隣の部隊長が驚いていた程度だ。
猪熊のところへ行くのだけは、なぜか避けていた。というのも、部隊長会議後の食堂で食事中ずっと上の空で、俺の話を聞いているようで聞いていない様子が気がかりだったのだ。食が太いわけではないが、皿に乗ったものは残さず食べるタチのあいつが、珍しくトマトスパゲティナポリタンを残り5口ほど残して慌ただしく席を立っていった事も気になっていた。どこか具合でも悪いのだろうか、腹が痛いとは言っていたが、その後メールを2通ほど送るもうんともすんとも返事が無い。開封されてるのかすら定かではなく、追撃のように送るのも憚られて思いあぐね、無意識のうちに遠慮が働きなんとなく足が遠のいてしまったのだ。

その矢先のゆうべの淫夢だ。てっきり俺は真実だと思い込んでいたものだから、ちょっと遠のいていたものがまた近づいたような錯覚に陥って、ぬか喜びすらしていたのだ。だから夢と気づいた時、「これは俺の願望が見せていたまやかしだった」とありありと気付かされ、実は少し落ち込んでいた。
いつもこんな類の話は猪熊にばかり聞いてもらっていた。でも内容が内容だ、当の本人に言えるはずもない。思えば他愛もない会話の中で互いの考えを明かし合い、納得したり発見したり、知らない間に頼っていることは多かったと感じる。
猪熊だってきっと何か事情はあるにせよ、今回の様子は何かいつもと違う気もしたし、媚薬の件で随分四苦八苦しているとは彼の部下の天堂から聞かされていた。やはり、直接顔を見て話して確かめてみるしか無い。
上級と下級の部隊長が意図的でないふうを装って接触することは結構、難しい。上級と下級はそもそも別棟で、生活圏が重なることが少ない。食堂も訓練室もそれぞれ分かれていて、互いの施設を使うこと自体は咎められないが実態としては結構目立つ。共用のグラウンドは積雪が激しい季節の今、特殊な訓練か大掛かりな演習でも無い限り使わないことになっている。
そうなると後は部隊長会議頼みだが、そもそも下級は下級で別の部隊長会議をやっていることも多く、合同会議自体が意外と限られている。そして猪熊は部隊長会議が大の苦手で、極力出たがらないと来ている。だからこの前昼食に誘ったというのもある。
同じ手は使えないか……となると、どうするか。残る共用施設は大きな書庫のある図書室か。
電子(インター)回線(ネット)も普及して久しいが、まだまだアナログの資料にも使えるものが多数残されており、時々調べ物に利用するとは言っていたっけか。
訓練服のまま、汗だけフェイスタオルでざっくり拭うと、図書室へと向かうことにしたのだった。


図書室は上級と下級をつなぐ大きな回廊の中二階に位置している。上級は施設全体が暖房設備で暖められているが、この回廊と下級の棟の廊下は暖房設備なぞないので、上級の口の悪い隊員らの中で冬は「冷蔵庫」、夏は「蒸し風呂」と揶揄されるような所だ。
せめて上着を羽織ってくればよかった、と震えながら回廊を上級の棟生活で染み付いてしまった冬でも薄着で出歩く癖にうんざりしながら、凍える手で図書室の金色のドアノブをがちゃり、音を立てて回す。

室内は暖められていたので、ホッと息をつきつつ、久しぶりに来たかもしれないな〜、と懐かしむ。今は試験シーズンでは無いからかして図書室内は閑散としていて、調べ物をしている下級兵士がちらほらいる程度だった。そういえば自分が下級兵士だった頃、兵法のパターンを叩き込むまで居座ったり、上級部隊長への昇級試験のペーパーテスト対策で詰めて勉強していたっけ。図書館なんて、学生を通り過ぎれば通わなくなるタイプと、いつまでも用途目的は変遷しつつ通い続けるタイプの二種類に分かれるよな、などどうでも良いことに想いを馳せながら、奥の古い書庫に入り「兵法基礎」を手に取る。懐かしいな、挟み撃ちの定石。奇襲作戦の定石。古くはこの国がまだ戦国とか言われていた時代から、数多の将軍が知恵や工夫を凝らした布陣がまとめられているので、夢中になって読んだっけ。
ゴト、ガタガタガタ、バサバサバサッ!!
唐突に数メートル隣の棚で物音と人の呻き声がし、慌てて向かうと複数の古い書籍の雪崩を起こして埋もれている猪熊がいた。やはりここだったか。
見慣れた顔を見た瞬間、咄嗟に心臓がどくん、大きな音を立てるのを、努めて平静を装いながら話しかける。
「大丈夫か?」
「あっ……石本先輩!奇遇で」
そう言いながら、いつもの人懐こい笑顔の後ろに明らかに動揺が張り付いている。
「まぁ、お前を探しがてら来ていたからな」
重たい書籍をいくつかどかすのを手伝ってやりながら、探りを入れる。
「お前さ……この前からちょっと」
「あっ、これだ!これ探してたんですよ〜、よかった……ちょっと詰んでたんで、これで助かる」
……
いつもなら、何の案件でどう詰んでてね、と矢継ぎ早に尋ねてもいないのに饒舌(じょうぜつ)に語りだす、所謂毒物オタク解毒マニアの彼が何となく話を逸らそうとしている。俺は心の奥底がじくっと嫌な音を立てていることに目を瞑りながら、
「そうなんだ、良かったな」
と返す。
「ちょっとここんとこ立て込んでて、煮詰まってて……ここならあるかもって思ってたんですが、探してたらこんなことに」
苦笑しながら、雪崩を起こしてしまった古書を前に肩をすくめる。整理を手伝いながら、埃っぽい本の匂いと、猪熊の煙草の匂いが仄かに混ざり、何故か懐かしい感覚になる。これは……十代の時、実家の古い土蔵で、隠れて興味本位で煙草を吸っていて親父に激怒されたんだったっけ。その時、弟の理紅も一緒に隠れていて、悪戯っぽく笑って「いけないんだ〜」と言いながらも大人が来ないか時々外から見張ってくれていたんだよな。
俺だけが見つかって、こっぴどく叱られ殴られていて、たまたま少し離れた物陰にいた弟は、その場に出てくることもできず、後で俺に泣きながら謝ってきたんだっけ。
俺は「悪いことをしたのは俺なんだから、理紅は気にすることないんだ」と慰めたのだけど、それでも彼は引かず、そこから先妙にムキになって自分の思う正しさを主張するようになったんだっけ。
「羊、何吸ってるんだっけ」
……セブンスター」
「ああ、なるほど」
懐かしいその香りは、同級生だったか上級生の悪ガキから譲られたそれと合致していた。香りの記憶は侮れないとは聞くが、数年前の記憶がこんなに鮮やかに残っているとは。
「懐かしいな」
お前といると、懐かしいことばかり思い出すよ。
こんなことを言うと重いだろうか、そう思い始める時点で想いに尾鰭(おひれ)がついているのか、はたまた媚薬の為せる業か。真偽を確かめるのは野暮というものか。
「先輩、……あの」
猪熊は何かを言いたそうに言葉を選び、うろうろと視線を泳がせる。言葉を待ちつつ、順調に足回りの散らばった書籍たちは埃を払われ元いた住処に戻されていく。
「メール、レスできなくて、スイマセン」
「あぁ。大したことない話だから、気にするな」
「この前……食事中、急に中座して、スイマセン」
「良いって。もうハライタ、治ったのか?」
茶化して笑ってみせると、安堵した表情で笑顔が返ってくる。
……何だか立て込んだままで、中々顔も出せず、スイマセン。今も、実験中でして」
いつもそうじゃねえか、と突っ込みかけるが、そっと頷く。
「媚薬、大変なんだってな」
「ええ……。あれから、動物投与してみたり、服用してみたり。自分自身経験がそんなにある訳じゃないから、感情とか体に起こる反応の真偽を確かめるのが難しくって」
「へえ。でも経験ゼロって訳じゃ、ないんだね」
そんな、滅相(メッソー)もない、言葉のあやですってば、と彼はぶんぶんと首を振る。
「あっ、僕……確かに童貞じゃないですけど、そんな、実質童貞みたいなもんですから」
「そこまでは聞いて無いんよ」
「うわっ、いきなり何言ってんだろ、僕」
慌てて口を押さえながら、しどろもどろになり、赤面したり青ざめたりしている。
「「あの」」
たまりかねて出した一言がそれぞれ、絶妙なタイミングで重なってしまう。うっかり横を向いたら相手の顔がたまたまそこにあって唇が重なってしまった、かのような偶然性の高さ。でもそのラッキーが、何かを自覚させるような瞬間ってあるだろう?
何かを言い出させる前に、気づけば咄嗟にポケットから自室の鍵を取り出していた。
「最近、俺もラボに行っていいかわからなくてさ、これ。スペアあるから、別に待っててくれていいよ。いつも俺、聞いてもらってばっかりだし。たまには愚痴とかいつでも、話しに来いよ」
「あっ……あの」
俺のほうが耐えられなかった。その場に居たいのに、なんだか久方ぶりに顔を見た時からずっと心臓が苦しくて、今すぐに退散したい。こんな矛盾な感覚って、一体何なんだろう。朝飲んだ媚薬の効果は一体いつまで続くんだろう。なんで今朝、よりによって飲んでしまったんだろう、これじゃ自分の本心が何かわからなくなる。猪熊は今媚薬、飲んでるの?それを尋ねたくて喉先まで出掛かり、一体何を俺は確認したいんだろう、とすんでのところで踏みとどまる。
「じゃな」
精一杯平静を装って、書庫を後にする。
充分だった。何かを確かめるには、もう、充分すぎるくらいに。




*********

石本先輩から部屋の鍵を渡された。
僕は自分の不精に精一杯言い訳を並べようとするあまり、とんちんかんなことを口走ってしまったが、石本先輩もなんだかいつもと様子が違う気がした。
手のひらに転がる、まだ先輩の温もりが残る鍵は、豪著な作りで鈍色の光を放っていた。
僕自身の様子のおかしさには説明がつく。時々日中に媚薬を飲む事もあるし、今はもっぱら起床後に飲んだ媚薬がどのくらいその効果を続かせているのかを確認することに時間を費やしていた。
ただ、そのせいで眠れなくなってしまった。元々就寝前に飲んでいた時、ひたすら先輩との淫夢を見てしまうので起床後に変えてみたものの、結局淫夢は結構な頻度で見る。そろそろ夢と現実の違いも曖昧になってきて、潮時だなと感じる。
そういうわけで、このテストをそろそろ降りようと思っていた。自分を被験者にして、自分の気持ちを実験道具みたいなことにして、それで得られるものに意味があるのだろうか、とも。
それでも残りの媚薬の本数が少なくなるにつれ、自分の本心、気持ちがむき出しになる日が近づくのだろうかと怖くなる。

先輩から預かった鍵をポケットに入れ、探していた古書を片手に図書室を出る。部下に相談するか。そう思っていた矢先だった。向こうから上級ラボ長が声高に端末で唾を撒き散らし喋くりながらこちらへやってくる。
今一番出くわしたくない相手だった。
回れ右して引き返し、やり過ごそうとしたら、後ろからぎゅっと肩を掴まれる。
「これはこれは、下級ラボ長どのォ」
……そんな大それた肩書きなんてありませんから……
僕の嫌悪をよそに、僕の肩を掴む力は一切緩めずべらべらと唾を撒き散らしながら喋り続ける。
「いや〜〜、大したもんですよ〜〜。こんな短期間であれだけのレポートを。さぞや励んでいらっしゃることでしょうねぇ。追加のサンプル、近いうちにお持ちしますから」
「えっ」
追加のサンプルは先週打ち切ったはずだ。
「部下の方から頼まれてますよぉ?被験者、おふたりなんでしょう?初めからそう言ってもらえれば〜!たっっくさんプレゼントしたのに」
気持ち悪い物言いだが、二人目の被験者の話は僕の預かり知らぬところだ。はて?
適当にその場をやり過ごして、慌てて下級のフロアに戻る。
別の作業で忙しくしていた部下を急いで呼び出して状況を正すと、「あっ、この前食堂でそのことで話したかったんですよね」と彼も応じる。
「でも、隊長、なんかすごい急いでそうだったので……それでひとまずメールして、俺も伝えたつもりになっちゃってました」
「あっ……すまん……今、端末怖くて開けなくて」
石本先輩の気配を感じると気もそぞろになってしまうほど、敏感になっていた僕は、この頃端末を見ないようにしていた。どんなに日常から石本先輩を取り除いたって、淫夢に決まって登場するのだが。
「えっ、じゃあまだメール読めてなかったんすか?!」
と、驚いた顔をされる。
……留守番メッセージにも吹き込んだし、隊長のラボのデスクにも書き置きしたのに」
端末を開けない人間が、留守番メッセージを聞くという発想になるはずがない。それに僕のデスクの乱雑さを、お前は甘く見過ぎている。しかし今回ばかりは自分の不手際なので、彼を責めることはできない。
「全部聞いても、見てもないんだ……すまん」
「マジっすか」
そういう訳で、事情が明らかになった。
天堂が先輩に謝罪に行った時のことだ。先輩からも、何かできることは無いだろうか?と尋ねてきたらしい。その場では特に無いです、と断ったものの、度々連絡が入り、猪熊からレスが無いが大丈夫か?とか、進捗大丈夫そうか?など心配している様子が伝わってきた。自分も体質上あまり媚薬と相性が良くないため、テストは隊長一人でこなしていること、そのため隊長は日中も夜間もあまり人と会える状況では無い事も申し添えてあったので、先輩も思うところがあったのだろう。自分も媚薬の被験者になるから手伝わせてくれ、と申し出があったのだった。
「飲んでみて、体調の変化を1日に2回、連絡くださっています。飲むタイミングや本数を変えたり、人と会ってどうなったか、とか細かく。それ全部転送してたんですけどね
「それで上級ラボ長、サンプルを追加でまた届けるって言ってたのか……
参った。つまり、図書室で遭遇した石本先輩も、もしかすると媚薬を飲んでいたかもしれないし、それまでも。一体、どう過ごしていたのだろう。
慌てて自室に戻り、意を決して端末を開く。たかだか数日のことだが、部下からの十数通の未読の転送メールに急いで目を通す。遡ると、石本先輩から体調などを心配するメールも数通見かけ、これらを未読スルーしていた事実に胸が痛む。
先輩は几帳面に服用時間や体調の様子、簡単なその日の行動などを記してくれていた。心境の変化や、異性、友人、同僚らと対峙してどうだったか、など。身体の反応が強すぎると、恋愛的な感情とそうでない感情の判別に苦心していることも。ある人物のことを考えると気持ちが落ち着かなくなったり、夢に出たり、性欲が強く出ている感覚があると書かれている部分もあったが、その部分はやはりぼかし気味に書かれてあり、日を追うごとに徐々に書かれなくなっていった。ぼかして書かれてあるが僕との接触のあった日の行動などは僕もわかるので、なんとなく察しがつく。急に疑念は確信に近づくが、その辺りも確認する必要があった。


コンコン……コンコン。
鍵を渡されて3日ほど経過したある夜、僕は意を決して先輩の部屋を訪ねることにした。
「はい……って羊?!」
先輩は突然の来訪者に驚き上から下までマジマジと眺めたあと、僕をそっと招き入れた。
「鍵確かに渡したけどまさかよりによって今日、来るとは思わなかったからさ
「事前に連絡もせず、すみません」
先輩は明らかに動揺したのか、少しもじもじしつつ、風呂上がりなのだろう、バスローブ姿でほんのり石鹸の香りを漂わせている。
僕はなぜかごくり、生唾を飲み込んでしまった。
ベッドの斜向かいにあるソファに座るよう勧めたあと、先輩は「なんか飲み物、入れてくるわ」と簡易キッチンに立った。
部屋を訪れるのは数えるほどしかなく、いつも緊張してしまう。部屋は綺麗に整頓されており、間接照明で部屋の隅が柔らかく照らされ落ち着いた様相だ。半開きの扉から隣の執務室が少し覗けるが、もう用は無いのかして照明は落としてある。先輩は風呂を終え、もうすぐ眠りに就こうとしていたようだった。
目線を走らせると、ベッド脇のランプ横に媚薬の空き瓶が2本、転がっていた。
「結構、飲みやすいくせに、クセモノだよな」
振り返ると、先輩は湯気の立つマグカップを二つ持ってそこに居た。紅茶でも淹れてくれたのだろう、仄(ほの)かに香りが漂ってくる。
「ああわざわざ、ありがとうございます」
軽く会釈し、そっと口を付ける。ハーブティーだろうか、カモミールの香り高く優しい味がした。おいしい、とほっと一息をつく。
「媚薬のテスト、協力いただいていたんですね。僕……ちゃんと部下から話聞けてなくて。それで、今日まで先輩がテストしてくれてたデータも気づけてなかったんです」
………
「結構丁寧に書いてくださってて。僕のデータより使い物になるかも……
「羊さ」
先輩に遮られる。ベッドに腰掛けている身体の後ろにサッと隠した彼の片手がギュッと強くシーツを握りしめているのが視界の端に見えた。
「は、はい」
慌てて先輩の表情をうかがう。ちょっと様子が変で、僕の顔をまじまじと眺めながらどこか、ぎこちない。
「すまんまさか今夜来るとは思って居なくて……その……これは、夢?」
「夢?」
「実は……さっき媚薬を二本、飲んでしまったんだ。寝る前に飲んで、夜間と、次の日の様子を確かめることを天堂くんからは頼まれてて」
なるほど、そういうことか。僕は朝飲んでテストしているが、先輩は夜テストしてくれているわけだ。
「夜飲むと、淫夢強く出ませんか?これ」
「め、めちゃくちゃ強く出てくる……
「毎晩、よく眠れますねそれ……僕そのせいで眠れなくなって、それで朝飲んでテストしてるくらいですからね」
「だから、これも淫夢で、もうすでに俺は寝てるのかなって思って」
……
先輩は息苦しそうに胸を押さえている。額から少し汗が浮き、僕から必死で目を逸らそうとする。自分の気持ちに「自覚」した時の記述と合致する。
「夢かどうか、確かめます?」
「なにをどうやって」
マグカップをそっとソファ前の小さなテーブルに置き立ち上がる。カタン、という音ひとつ、今の先輩の耳介には強烈な刺激として伝わるようで、ビクッと身を震わせている。
「いく、来るな、今効き始めてきちゃったぽいから
「それは僕が今、ここにいるからですか?」
顔を近づけ覗き込むが、先輩は苦しそうに顔を背ける。普段澄ました顔をして落ち着き払っている先輩しか知らないので、見たこともない表情にどぎまぎしてしまう。
「び、媚薬のせいだ」
「本当ですか?」
この薬は対象を意識していなければ、あまり変化は起きない。だから……つまり……
思わず肩をそっと掴んで問い詰めてしまうのを、先輩はぐっと唇を噛んで俯(うつむ)き、声を絞り出す。
………両方、だろうな……お前だって飲んだことあるなら、わかるだろう?」
「わかりますよ……不本意ながら、このテストに参加したが故に分かったことが沢山、あります」
「ちょっ、……今お前は、シラフなのか」
「朝に二本飲んだけど、翌朝まで効きますから。僕も同じ状態です」
「ううーん、同じ状態とはちょっと言えんかも。なぜなら朝にも二本飲んでしまっているから」
つまり四本だ。適量は二本前後なので、これではこうなってしまうのも致し方ない。先輩が僕の顔を見るなり「よりによって今日」と言った意味に合点がゆく。
「危険極まりないですね」
……っ、冗談で済めばいいんだが」
おどけてみせても先輩は切羽詰まっている様子なのがありありとわかる。
「先輩、」
話しかけようとした次の瞬間、先輩の手が目にも止まらぬ速さで僕の肩を掴んでベット側にぐい、と引き寄せ、鮮やかにベッドに押し倒される。さすが上級の精鋭部隊を率いる石本部隊長だけあって、バスローブの隙間からちら、と覗く鍛え抜かれた腹筋がその強さを物語る。日陰ラボに潜む僕の貧弱な腕力で叶うはずも無い。瞬く間に僕は唇を奪われる。
「んぐ……?!」
手首を強く掴まれたまま、息ができないくらい、口の中奥深くまで舌を差し込まれ、唇は噛まれる勢いで激しく啄(つい)ばまれる。
……はっ、……ぐ、……ッ」
苦しい。このまま窒息するかも……と思い始めたその時、僕の苦悶に歪む表情に気づいた先輩がはたと動きを止め、慌てて身を離してバツの悪そうな顔をした。互いに息を整えるため、はぁはぁと上がった呼吸を繰り返す音だけが響く。
「す、すまない………大丈夫か……
心配と衝動的に動いてしまった恥ずかしさとで、少し青ざめたような表情の先輩は、そのまま悔やむように両手で顔を覆ってしまった。
「後輩にこんな……強引に、」
「先輩、先輩って」
………
「僕は大丈夫ですから。顔を上げて」
それでも尚、顔を上げようとしない先輩の首を引き寄せて両手を覆うその手をどかし、気づけば先輩に口付けていた。
……っ、、?!」
何か言おうとするのを、唇で優しく塞ぐ。先輩の動揺も躊躇(ためら)いも衝動も、まるで玉突きのように突き動かされるには自分が飲んでいた媚薬2本分で充分だった。
……互いにシラフの時に会った方が、良かったんじゃないのか」
「シラフだったら……
お互い確かめる勇気すら無かったんじゃ、ないですか?
ギリで踏みとどまってそっと言葉を飲み込む。
「なぁ羊、お前はこんな状態で一体何を確かめたいんだ、お前はどうなんだ……知りたいのは、媚薬の効果か?それとも、……俺の気持ちか?」
困りきって苦しそうに絞り出される言葉を聞いて、意を決する。先輩の双眸(そうぼう)を捉えたまま、呼吸を整え静かに答える。
「知りたいのは、俺の気持ちと先輩の気持ち。確かめたいのは、これが夢じゃないってこと」
再び向き合ったまま、そっと顔を近づける。先輩はさっきとは違った様子で、俯いたまま瞳をそっと閉じている。驚かせないよう、唇を優しく柔らかく食む。触れているかどうかもわからないくらいの軽さから、少しずつ、ほんの少しずつ。海の深いところに急に行くと水圧と冷たさに驚いてしまうから、互いの身体がびっくりしないよう、お互いの深度を揃えて確かめるように。煙草を吸わない先輩の唇や口の中は夢と同じでほんのり甘く感じ、うっかり深く味わいたくなるような痺れる感覚に襲われる。なけなしの理性で押しとどめ、唇の内側をゆっくり這い、歯茎の境界をそっと触れる。さっきは噛み付く勢いだったのに、今度は向こうの歯の隙間からおそる、おそる、舌先が出てきて互いの舌先が優しく触れ合う。まるで剥き出しの眼球を傷つけぬよう触れるかのように、舌の力を入れたり、抜いたりしながら互いの口腔内を行き来し、間で優しく唇で唇を挟む。
柔らかな水音が、少しずつ粘性を帯び始め、興奮が漣(さざなみ)のように押し寄せ始める。思わず乱暴になりかける前に、お互い自制が利かなくなる感覚になり、一旦身を離す。
先輩は、はぁ、はぁと息をしながら、「羊は、ファーストキスでは、無いな」とこぼすので、僕は思わず吹き出してしまった。天堂に奪われたそれを、意外と気にしているのだろうか。
「夢と、違いました?」
「随分、違ったね。セブンスターの味」
「あスイマセ、苦かった?」
「ううん懐かしい味」
先輩のは、夢と同じで甘かったです、と伝えるのは気恥ずかしくて飲み込む。
「これでも、夢だと?」
「ううん夢より、ちゃんと感覚がした。キスがこんなに気持ちいいなんて……
「一体夢で何してるんすか」
「そりゃもう、エロクマくんが、筆舌に尽くしがたいことを」
「えっ……誰すかそれ」
「いやお前だよ。お前じゃないけど、実質お前みたいなもんよ」
「うっひゃ〜
「あんなことや、こんなことを、ほぼ毎晩……
妬けるなあ、と僕は夢の相手をちょっと羨む。
……でも、夢の中のお前より、キスが上手だった」
「まぁ一応のなけなしの経験は、ありますから」
「いちいち腹立つな……
会話で緊張感が少しほぐれながらも、ちょっとずつ確かめ合う互いの気持ちと許容範囲におっかなびっくり、どこまで手を出していいのか互いに奇妙な遠慮がぶつかり合い、逡巡(しゅんじゅん)する。
「それ……触っても?」
先輩がおずおずと目線を落とす先に、僕のズボンの中で苦しそうに姿を現している下半身があった。
ハイとも、イイエとも言葉が出ないまま、自分でゆっくりベルトを緩めてファスナーを開ける。もう、媚薬のせい、とかにはできない次元に踏み込み始めている。
先輩がそっと手を伸ばし、黒い下着の上からゆっくりと形が露わになり始めている僕の逸物の輪郭をなぞる。
「夢の中よりてゆうか、質感重た……
「先輩のも触っても?」
「ん……
先輩もバスローブの帯をするりと解き前をはだけると、群青の下着を露わにする。先刻追加の媚薬を飲んでいるせいもあるだろう、突き破る勢いの逸物は下着を持ち上げて既に小窓の隙間から少し顔を覗かせていた。
「先輩のもすご」
先輩の指先はぎこちなく僕の下着を這(は)い回っていたが、やがて亀頭部分を優しく指先でマッサージし始めた。不慣れながらも繊細な動きで、丁寧になぞられていくと、元々媚薬で敏感になっているものだから、心臓がどんどん音を立て始め、情けなく怒張は強く脈打ち始める。こらえていたが、先端の割れ目に優しく指先をくるくる回されだしたあたりでついに意に反し小さく声が漏れてしまう。
……うぁっう、」
僕の様子を見て先輩がクスッと悪戯っ子のように笑いだす。先走る精液が溢れて下着越し、伝いかける感覚にうあっ、と小さく声を出してしまう。
「こんなことも、夢でしたの?」
「教えない」
「妬(や)けるな」
「お前って、妬(や)いたりすんの?」
たまらず、仕返しのように先輩のに手を伸ばして根元をそっと握り込む。
互いにクスクス笑っているが、恥ずかしくて誤魔化したい気持ちが丸見えだ。
どちらからともなく唇を重ねてそのまま口の中で互いの舌先を弄(いじ)り合う。先輩の逸物はおそらく、ボクサーパンツから飛び出してしまっているのだろう、空いた手で懸命に仕舞い込もうとするが、半分ほどは結局飛び出してしまい収拾がつかなくなっている。ビンビンに張りのある血管の裏筋を視界の端にチラッと捉えたが見ぬふりをしてやるも、先輩はキスを続けながら羞恥で真っ赤になり、心臓の音が聞こえてきそうなほど興奮しているのがわかった。
「媚薬効いてきてて、苦しいですよね」
……っふ、う…………
言葉に反応するかのように先輩の肌がざわわ、と粟立つ。ぴく、ぴく、下着越しに別の生き物であるかのように蠢(うごめ)く僕の逸物の形を確かめるように指先で弄りながら、先輩の目線は好奇心か何かで釘付けになっていた。僕はそっと下着の隙間から露わにすると、先輩はおずおずと両手で握り込む。当たり前だけど一人ひとり形ってビミョーに違うよな、なんて冷静を装いながら。
「お前の夢ではどうだったの」
「何、気になってきてる?」
「いや俺、毎晩夢の中でお前と
「うん」
「その……お前の中に挿れたり、俺がお前の舐めたり、お前が俺に
「そんな濃ゆい夢を、毎晩?」
「いやお前も話せよ」
「先輩の夢の方が相当えっちっすわ」
「えっ」
ショックを受けたかのような顔をしているので、思わず吹き出してしまう。
「冗談ですって。僕の見た夢では、先輩が僕にこうしてくれましたよ」
言いながら床に腰を下ろし、ベッドに腰掛ける先輩の逸物にそっと口付けをして、舌をそっと下から上へ這(は)わす。
「ひゃうっ?!」
え?」
見上げると、驚きと共に恍惚とした表情が混ざった顔で身を震わせる先輩がそこにいた。
「舐められるのって、夢より5億倍、気持ちいい
「可愛い女子じゃなくて、むさ苦しい僕が相手でスイマセン」
「そんな言い方するなって……っああ、」
先輩が小さく叫びそうになったり、身をよじったりするのも構わず、そっと奥まで含み、歯を当てないよう慎重に包み込むと僕の口蓋(こうがい)に激しく先端が押しつけられて思わずウッとえづきかける。
「あ、あったか、いひぁっ」
僕も数少ない経験ではそんなに気持ちいいことだと思っていなかった、これは行為の内容ではなくて『誰と』するかによるのだろうと今この瞬間の大発見をする。男だから、なんとなく男にしかわからないツボみたいなのは、むしろ異性より把握しているような気がする。舌の根まで咥え込むと苦しいんだな、と瞬時に把握した僕は、これをやってのける女の子に感心をしながら、少し浅めに咥え直して先輩の竿部分から亀頭部分を丁寧に舌の先で舐めたり、カリの隙間をちろちろと舌先で優しくつついたりしてみた。
………はぁ、……っ、……う」
「ん……んぐ……んんっ」
先輩はぴく、と時々身体を震わせ、腰を少し浮かせながら初見の感覚に身を委ねている。僕の髪に指を通し、優しく撫でられているのを感じながら、懸命に舌先で奉仕をする。
竿を左手で握り、ゆっくりと上下させる。舌先で鈴口を軽く弾いていると、気持ちいいのだろうか、甘く微かに呻いている。
ベッドのシーツを掴んでいた右手に先輩の左手が伸びてきてそっと繋がれた。ぎゅっと握り返しながら見上げると、耳まで真っ赤に染まった先輩が僕の顔をじっと見つめ返す。
「ごめん……もう、限界
先輩が快楽に表情を歪めるのと同時に、つんつんと虐めていた鈴口から精液がどくどくと流れ込む。慌てて口腔内で一旦受け止めるが、流石に飲み込むことはできず、右往左往しているとそっとティッシュを渡される。
吐き出してふう、と一息つくとそっと支え起こされてぎゅっと抱きしめられた。なんだか、随分久しぶりに人に抱きしめられたな、抱きしめられるとこんなにもあったかいんだなと驚きながら、おずおずと僕も背中に手を回す。
「気持ち良すぎてダメだった。ごめん、我慢できなかった」
「夢の中の先輩に、お返しができました」
「ふふっリアルの俺がそんなに上手にできるかは、わからないよ」
そのまま2人してゆっくりベッドに倒れ込む。セミダブルのベッドは男2人だとやや狭いが、フワッと先輩のシャンプーの匂いがして、未処理のままの僕の理性はおかしな事になる。
もう何度もキスを交わしたことのある恋人のように、自然に口づけを交わし合ううち、先輩の匂いが好きだなぁとぼんやり思う。相手の香りに包まれると、媚薬の為せる技なのかして、もっと相手を味わいたくなるのかも知れない。

ベッドの中でじっと抱き合う。もう、色々な前提センパイとコーハイ、だとか、男同士、だとか、実験中だとか、そんな諸々は全てどうでもいい事だなと思えるようになっていた。
ぴったりとくっつけあった互いの身体の肌同士がじんわりと暖かい。そして先輩の下半身は先ほど射精したばかりだと言うのに、まだ熱を孕(はら)んでゆるやかに勃ちかけていた。それに誘惑されるかのように、互いの性器を下着越しゆるやかに擦(こす)り付け合っている。僕のはというと未処理でお預け状態なので、これ以上刺激を与えないでおくれよと及び腰になってみたり、逆にもっと刺激が欲しくてぐり、と押し付けあってみたりして、ああ。いま互いに卑猥なことをしている、僕ら。
先輩はバスローブだけ羽織っているが、そうっと手を伸ばし、戯(たわむ)れにスルッと肩を出させてみると、少し乱れた髪に緋色に光る瞳の大きい、整った顔立ちが際立ち、引き締まった肢体とが相まって彫刻のような美しさに思わず見惚れてしまう。
何かを言う前に、僕はトリガーを引いてしまったようだ。先輩がそっと僕の白衣を脱がし、ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを一つ、二つと外しながら目線でそっと促してくる。その色気に、僕はたまりかねて自らワイシャツを脱ぎ捨てると、先輩はさっき緩めたままのベルトにも手をかけてきてそっとズボンごと引き下ろしすっかり脱がされてしまった。互いにボクサーパンツだけの姿になって、もう一度ぎゅっと抱き合う。服越しよりもずっと、ダイレクトに肌の質感も温度も伝わりあって、トクン、トクンと心臓の鼓動がシンクロし大きく共鳴している。そのままじり、と体の芯が熱くなってムズムズと互いの下半身がぶつかり合うのを感じて視線を動かすと、同じように視線を彷徨(さまよ)わせていた先輩と目が合った。
「あったかい、ですね」
「な。人肌って、一度知ったら最期。きっと、恋しくなる」
切なそうに先輩はそう言って笑うと、僕の鎖骨あたりにそっと顔をうずめ、スンと息を吸う。僕も先輩の背中に腕を回しながら、片手で鍛え上げられた腹斜筋からそっと腹直筋へと指先を走らせ、下着の膨らみにたどり着く。先輩に手を掴まれ導かれ、彼の下着の中にそっと手を滑り込ませられてしまった。
「俺はもう、それを『知ってしまった』からさ」
「先輩こそ、責任、取ってくださいよ」
僕は長いことお預け状態なので、いつ暴発してもおかしくない状態だったのだが、中々先輩の手は伸びてこない。さっきまでこの人はあんなにも従順でされるがまま、嬌声を上げていたというのに、今度は一体どういうことなのか、一転して僕を翻弄し始める。
「エロクマくん。俺はキミに言いたいことがある」
「何でしょう」
「俺、どうやらバグっちまったみたい、キミのせいで」
そう言うと、先輩の下着の中で膨らみ出していたペニスを掴まされ下着の外へ引きずり出させられる。
僕のそれも同じように下着の外へ引きずり出され、先輩はそれを恍惚とした表情で眺めていたが、口の端からたら、と透明な涎(よだれ)を垂らす。性的に興奮していると唾液というものは淫猥に糸を引くものだ、蜘蛛の糸のように繊細な糸を幾重にも吐きながら先輩は僕のと先輩のを濡らしてゆく。今度は先輩のターンですよ、とばかりにじっと見守っていると、先輩は屹立する僕のに自分のを添えて一緒にゆっくりとしごきはじめた。僕もたまらず、一緒に手をかける。自分のに先輩の掌、先輩のには僕の掌が重なり、互いの掌の熱を感じながら先輩の唾液に絡んで滑りの良くなったペニスの表面は濡れて薄暗がりでもわかるくらいてらてらと光を反射している。
「さっきの、お返し」
と言いながら、先輩は僕のペニスのカリをぬるぬるとなぞり愛撫の手を止めようとしない。段々と触(ふ)れ慣れてきたのだろう、僕の反応を見て竿中と根本が弱点ということに気づいた模様だった。
「先輩は、先っぽがお好きですよね」
言いながら、僕はまた先輩の亀頭や鈴口をさわさわと触れながら根本や竿中へと手を滑らせる。
媚薬の所為なのだろうか、この状況がそう感じさせているのだろうか、互いに兜(かぶと)合わせの状態で互いの手でしごいているだけで僕も思わず口の端から嬌声(きょうせい)が漏れ始めてしまう。
……っあ、う……んん、……っあ、ひぁっ
「はぁ、、あっ、ん……ん、ふ」
先輩も甘い声を漏らし始め、その声が僕の鼓膜を通じて刺激を下半身に集中させる。
たまらず先輩を見つめると、先輩もこちらを見つめていた。はっ、はっ、と小刻みに浅い呼吸を繰り返していて、呼吸困難にしてやろうか?と思った僕は先輩の唇を奪う。
「んうんん……
「んむ……っふ……
下も上も敏感な部分の粘膜をぬるぬると擦り付け合い、互いの唾液と先走った我慢汁がとろとろ、絡み合う。先輩は息が苦しそうになりながらも、負けじと僕の口腔を舌で塞いでくる。互いに酸欠が近い状態になりかけた時、僕はたまりかねて射精した。
「っああ………ぁぁっ………ぁ」
先輩はギリギリのところで堪えたのだろうか。我慢汁を鈴口いっぱいにたたえながらも、ふぅ、ふぅ、と肩で息をしている。
へな、と崩れかけた僕を抱き止めながら、先輩は僕の額にそっとキスをする。先輩のベッドや先輩の身体あちこち自分の白濁液まみれにしてしまい、申し訳なさが勝ちながらも僕は絶頂の後半あたりから自分の後ろの穴がぱくぱく、開いたり閉じたりする感覚に困惑し、中指をそっと差し込む。スルスル、と驚くほど柔らかく吸い込まれてゆき、尚更困惑しつつその困惑を隠すのに必死になっていた。
互いの汗が混じって湿度の上がった部屋の窓ガラスは僕らを隠すように真っ白に曇っていた。
先輩は僕がそっと自分の後ろに中指を挿れているのを目ざとく見つけていた。僕は慌てて弁明しようともごもご口を動かそうとするが、うまく言葉が紡げない。
「なぁ、こういう使い方って、したことある?」
そう言うと先輩はベッドサイドにあった未開封の媚薬を2本掴み、そのうち1本をおもむろに自分のペニスにぱしゃ、と振りかける。ええ?!と僕が驚く間も無く、僕のペニスにもぱしゃ、と同じように振りかけられてしまう。
「な、なにを?!」
経皮吸収は僕はまだ確認していなかった。効果からいけばそれなりにあるだろうが、むしろ反応がどう出るか怖くて試す段階になかったのだ。
「あ、ああ あああ、ああ……っっ!」
今しがた射精したばかりのペニスがものすごい勢いでのたうちはじめ、心臓が反射的にどくどく脈打つとそれに呼応するようにペニスも再び苦しそうに屹立し始めた。先輩のは直前まで刺激していた所為で、凶悪なくらい聳(そそ)り立つ状態になっていた。僕は自分の後ろの穴がさっきよりももっと苦しそうに、切なそうに、何かを挿れたくてたまらない、とでも言った様子でぱくぱく、ひくひくと蠕動している感覚に襲われて思わず疼くまる。
「せ、んぱい……っ、理央先輩……っ、はぁっ、はぁっはぁ、、あっ……うぅっ……たすけて
情けなく疼くまりかがみこみながら、後ろの穴に中指を挿れたくてたまらず、気づけばずぶずぶと自分の指で自らを犯し始めていた。なんてことだ、耐え難い欲望に悩まされたことはあっても、こんな風になったことなんか今まで一度もなかったのに。
先輩は僕が自分で自分を犯す様子をじっと見つめていた。中指がゆっくり、出入りし、肛門は柔らかく広がって何の疑いもなく指を深く飲み込んでゆく。第一関節、第二関節、それでも切なくて足りなくて、ずぶずぶと中指の付け根深くまで挿入してしまった。そっともう一本、指が添えられて、ああ、これは先輩の中指だな、と感じる。先輩の指は優しく僕の中を弄り、僕はそのたびシーツに情けなく叫びながら涎(よだれ)を垂らす。
「あぁ、ああ、!!あぁん……ぁっき、気持ちいい……やばい……なんだこれ、お、おかしくなる……!」
「はぁ……はぁ、、よ、羊、お前、夢のお前よりめちゃくちゃ、エロいよ」
「ご、ご冗談を……あ、ああっ」
ふざけている場合ではないのだ、直腸から腸壁越しに前立腺をぐりぐり、自分の指と先輩の指が交互に圧をかけてくる。外側から性器を刺激して得る刺激とは全く異質の、突き上げてくるような、叫び出したくなるような快楽が容赦なく殴ってくる。
「たす、けて たすけて先輩」
「どうすればいい?」
「先輩の、先輩のを………
「俺のを?」
意地悪なことを言う。
「い、言わせんな!」
先輩はごそごそ、戸棚から何かを出してきて、ごそごそと何かをしているようだった。振り返るとコンドームを装着しようとしているようだったが、うまく付けられないようだった。
「サイズが
当たり前だ、あんたさっきそこに媚薬ブチかけてたでしょうが。レギュラーサイズじゃないよ、今。
「いいから、いいから早く……っああ、く、くるしい、くる、しい」
僕が悶え苦しんでいるのを見かね、コンドームを諦めた先輩は僕の後ろにそっと回り込む。
「じ、じゃあ
そっと遠慮がちにあてがわれた先端から伝わる直肌の熱に、切なさに、頭がおかしくなりそうになる。
ゆっくり、遠慮がちに進む先輩のペニスは媚薬のせいで尋常でないくらい硬くて肥大している。ずぶ、ずぶ、ゆっくりと押し広げられる感覚に恐怖すら覚え、どんだけ太いんだよ、頼んだ手前挿入(はい)らないかも……とハラハラしていたが、先輩の声でふと我にかえる。
「よ、羊。す、すげえな……もうすぐ全部、は、
挿(は)入(い)りそうだぞ
「っふええ、?マジっすか」
情けない声をあげながらも、これまた媚薬の成せる技なのか、痛覚だけ綺麗に麻痺して柔らかく伸縮しながらも先輩の其れを綺麗に呑み込もうとしているようだった。
「は、挿入(はい)っ……た、けど、」
はぁ、はぁと荒く息をする先輩。
「う、あ……ああ、動かないで……ああっ……
「う、動けんくらいキツキツなんだって……!」
勝手に肛門から直腸内が蠕動を始め、僕の意志と無関係に先輩のをぐぐ、ぐぐっとしごきはじめる。先輩の形がそのまま自分の中に刻み込まれるようで、たまらない背徳感と羞恥に襲われながら、僕は叫び声と涎(よだれ)を止めどなく流し続けるしかなかった。
自分で先輩のを締め付けてしまう度に、動いていなくても容赦なく先輩のカリが僕の前立腺をごりごりと裏側から刺激する。太さも快楽の大きさもさっきの指の比ではなく、常に射精したいのにできない、とめどない快楽が襲い続けてくる。むしろ射精できたら一度快楽を受信し続ける経路がシャットダウンするのに、それを許されずにずっとキャパオーバーの電圧を注がれ続けているかのような感覚だ。
「よ、羊、やばい、腰が、と、とまらな
先輩も僕がよがり声を上げて快楽に溺れている様子を見て、小刻みに腰を振り始めた。
僕の身体を心配するかのように、優しく動くのがむしろ仇となる。ゆすゆす、揺さぶられ僅かな振動だけでイき続けているのに、とん、とん、と優しく性感帯全体を押されれば、ずっと堰(せ)き止めていた濁流は僅かな刺激だけでいとも容易く決壊してしまうのだ。
「あぁーーーーッ、あっ、……ま、まって、や、やばい、うああっ……くぁ………っあああ、ああ」
「うっ、だ、ダメだ、ごめん。もうこれ以上優しくできない」
先輩は苦しそうに吐き捨てるとぱん!ぱん!と派手な音を立てて腰を打ち付けてきた。必死で悲鳴をあげそうになるのをおさえこみ、シーツを口に咥えてグッと耐えて鼻と口からフーッ、フーッと荒く息を吐き出して快楽の大波からどうにか逃れようとするが、もうどうしていいかわからない。ぱん、ぱんという音だけが響き渡り、それがぱちゅん!ぱちゅん!と下品な水音を弾(はじ)かせるようになる。どうやら僕の中の腸液が掻(か)き回されてどんどん分泌され、ローションのように流れ出しているようだった。もう何をされてもイッているな、でもてんで終わりがないな、と思った僕はぐぐ、と後ろに必死に力を込めて締め上げる。
「うあ、ああ、……キ、キツい、いく……
「ああっ…………はっ、はっ、はっ
先輩もついに限界を迎えたようで、どくどく、激しく脈打たせながら僕の中に容赦なく多量の精液を吐き出した。僕は力が抜けて前に倒れ込むと、後ろでずるり、と音を立てて中から太く挟まっていた先輩のペニスが引き抜かれる。
先輩ははぁ、はぁと荒い呼吸を吐きながら、とさり、と僕の横に倒れた。
僕は汗と涎(よだれ)まみれで情けない姿のまま、先輩の感触の余韻に浸る。そっと手を伸ばし、隣に横たわる先輩の顔にかかる前髪をそっと払い除けてやる。すると、先輩は顔を隠して疼(うず)くまるが、耳や背中などあちこちが真っ赤になっていて隠そうにも隠せないくらい、興奮が収まっていないことは明らかだった。
手の甲を額に当てたまま、仰向けに向き直った先輩が呟く。
「はぁはぁなぁこのクスリってさ……もしかして、一度快楽を感じはじめたら、性感帯とか感度とか諸々、増強させる作用あるんじゃね?」
僕もそう思いはじめていたところだった。そして先輩もまた先程までの僕と同じように、後ろの反応に困惑をしているようだった。
「もしかして先輩も……?」
「う、うう、今イッたばっかなのに!なんで……こんな、後ろが……うう、なんだこれ?!」
「挿(い)れたくなっちゃうやつ、ですよね」
「お、俺……お前との淫夢の時、いつも俺が挿(い)れてたから、てっきり後ろに興味ないんだとばかり思ってたんだけどな、何?一体何なんだ?」
先輩は動揺しながら、前かがみになったり後ろに手をやってみたりしながら困惑しているようだったが、指を挿(い)れたりする勇気は無いようだった。
僕もまた自分の後ろがひくつく感覚を覚えながらも、一旦落ち着こうと先輩をそっと抱きしめ、今更ようやくどうやって自制を働かせようかと考え込む。互いの身体に溺れ、反応していることを考えると、僕たちは媚薬に負けてしまったのだろうか?僕は自分が確認したかったことをもう一度、思い出す。僕は僕の気持ちと、先輩の気持ちを知りたかったはずだ。先輩をそっと抱きしめたまま、言葉を捻り出す。
「この媚薬って。自分が好きな相手が居ないと、ちゃんと効かないって気づいたんです。つまり上級ラボの見込みハズレ。誰彼構わず視界に入る人に惚れ込んで骨抜きにするような力は無い。だから戦意喪失の目的としての媚薬としては失敗作です。で、だからこそと言ってはなんですが、僕の場合、先輩のことが好きだと気付きました。元々抱いていた感情は、尊敬とか、思慕、親愛、そういった類だと思っていたんですけど。知らず知らずのうちにうまくそれらに分類できない部分があったみたいです。それからは先輩のことを夢に見始めて、憧れを性欲の捌(は)け口にして汚してしまうようで、自分が怖くて先輩に合わせる顔がなかった……
先輩は僕を抱きしめ返しながら静かにこくん、と頷く。
「同じ被験者として、先輩の見解はどうですか?」
「俺も同じだ。レポートの途中からどんどん書けなくなった情報がある……もう打ち明けるけど、羊、お前のことだ。お前と話をしたり何か接点を持とうとすると、途端に胸が苦しくなってしまう。もう一緒に行動するような作戦って無いのかな、とか、理由をつけてラボに行き続けて果たして迷惑じゃないんだろうか、とか。そのうち、今どうしてるんだろう、とか、話したいな、とかから始まって、時として抑え難い、性欲に似た暴力的な感情。初めは媚薬のせいだと思っていた。ところが、媚薬を飲まなかった日でも、お前のことを考えて……そもそも……媚薬なんて手にする前から多分、俺は気づけばいつの間にか……それはもう……説明のしようがない感情だと思う」
……僕はそれが聞けただけで、もう充分です」
別に気持ちを打ち明けたからといって、どうこうしたいとか、等しく同じものを求めているとか、その先を望むわけではない。ただ、互いの心の内が知れたこと、その事実だけで僕は充分過ぎるほど満足で、思わず泣きたくなる。ただただ僕の感情は今この瞬間、証明された。先輩も同じ問題を解き、過程や経路に差異はあったとしても、同一解にたどり着いた。それだけのことが、なぜこんなにどうして、嬉しいのだろう。先輩もそうだろうか。先輩は静かに僕の顔を見つめていたが、返事をするかのように口づけしてきたので、僕は再びそれを受け入れる。
先刻、初めてディープキスをした時の先輩の舌先の甘い味がもたらしていた陶酔感が、今度はどうしてか切なくひりひりした余韻を与え、たまらなく愛おしい気持ちになる。心の中に訪れた表層的な静けさとは対照的に海中で激しく波が生まれて魚や海藻が翻弄され掻き乱されるように、今度は本能側が「もっと知りたい」の欲情が沸(わ)き起こることを感じる。
そっと口づけを離すと、先輩の乳首へ優しく舌を這(は)わす。いつのまにかぷっくり勃ち上がり無自覚な性感帯を主張していて、放って置けるはずもない。「ふあ、」と先輩は一瞬ぴくんと身を震わせた後、こわごわ未開拓の領域に柔らかく湿った舌先がくちゅくちゅ、音を立てて蹂躙(じゅうりん)するのを思わず小さな声を漏らしかけながら感じ取っている。
先輩の手が再び僕のペニスに触れ、そっと触り出した。もう汗と互いの唾液と精液にまみれていたが、さっき振りかけられた媚薬の効果はまだ残っているようで、お互い性凝(しょうこ)りもなく情けなく勃起している。
僕も先輩の乳首を舌先で愛撫(あいぶ)しながら、先輩のペニスに右手を伸ばす。僕の腰の上に先輩を座らせ、先輩の後ろの穴の周りをクルクルと優しく触れると、ひくひくと淫猥に痙攣している肛門周りの筋肉が一層、ぱくぱくと動き出し僕の指を飲み込もうとする。
「先輩の身体エロすぎて、どうにかなりそ、」
「お、お前だってどーすんのこれ」
僕のペニスは、先輩の両手からこぼれ出しぴくん、ぴくんと脈打っている。さっき先輩がチャレンジしていたコンドームはやはりうまく入らず、指にそれを装着すると「先輩、指、挿(い)れても?」と尋ねる。
「俺、お前ほど経験ないんだが、この一晩で一体どれだけのことを経験してしまうんだろうな」
今更何を恥ずかしがったら良いのか、もうよくわからない、とでも言いたそうな様子だ。
「僕もほとんど似たようなレベルですよ」
「道連れにしやがって……
軽く悪態をつきながらも、大胆にも脚を開き僕の肩に片足を引っ掛ける。露わになった肛門にそっと指を這わせ、再び優しくマッサージをする。程なくして、充分にほぐれたのか中から分泌液のようなものが出てきたので、つぷ、と入口を軽く撫でるとくぱっと緩んで僕の中指を受け入れ、抵抗もなく吸い込んでゆく。唾液をローション代わりにたらたらと垂らし、先輩の前立腺の裏側あたりをゆっくりジワジワと押す。どうやら排泄物は残っていないようだった。
「先輩、痛さとか、便意とか無いですか」
「だいじょ……ぶ」
先輩は初め身構えて肩に力を入れ眉間に皺を寄せ荒く息をしていたが、徐々に快楽に飲み込まれだしたのか、切なそうな表情に変わってゆく。
「っあ…………なんだ……これ……ぁあっ!」
乳首の刺激と、後ろの刺激の双方に攻め立てられ、先輩は少し涙目で身体を捩(よじ)らせゆるくのたうっている。逃さないよう肩に担いだ先輩の脚をしっかり掴み、空いた手を先輩の左手に重ねるときゅっと指が絡み合う。中指をゆっくり押し回し、第二関節あたりで優しくお腹側に指を擦り付けていると、徐々に悲鳴に混じった喘ぎ声が聞こえてくる。
「やめうあっあああぁ!!」
身体を硬直させ痙攣させ出す様子は、これまで後ろを使ったことがない人とは思えない。
先輩、初めて、とか言いながら開発済み?」
「ばっ、バッカやろう!そんなわけないだろ!見たらわかるだろ!!はっ……はじめてだよ!!」
半ギレしながら快楽に溺れているので、全く説得力が無い。恥ずかしくなるとちょっと短気になることを僕は把握し、素早く脳のメモリーに書き込むことにした。
「お前こそどうなんだよ!!さっき俺に突かれてヒィヒィ言ってたけど!他の男にもそんな感じで、ヒィヒィ言ってたこと、あんのかよ?」
「ヒトでは、先輩が初めてです」
「じ、実験動物みたいな言い方すな」
「気持ち良いので時々指でいじったことある程度です」
「言わんでいい事を今言うな……くっ」
だからお前のは挿(い)れやすかったんか、と言うのでイエイエ貴方のもそんなに大差ないですよ?と言おうと思ったが、拳が飛んできそうなのでやめておいた。
「先輩、もう大丈夫ですか?」
「な……に、が……っう、う”っ」
「だいぶほぐれてきたので、挿れても?」
「だ、だめ
「そうですか
しゅんとしながら先輩の脚を担いだままキスをしようとしたら、ぽか、と叩かれる。
「アテッ」
「真に受けるやつがあるか……っ」
ではと、指をゆっくり引き抜き両脚を僕の両肩にかけると、引き抜かれてひく、ひくと痙攣している肛門にそっとペニスをあてがう。
「挿(い)れますよ……ッ」
「んぐうううっ……うう……くっ……
はちきれんばかりのペニスがゆっくり、ゆっくり挿入してゆくのを、先輩の肛門はしっかりと呑み込んでゆく。早く挿れて欲しいのか、それとも怖いのか、先輩はギュッと目をつぶっているので、僕はじいっと先輩を観察していた。身体は柔らかく、向かい合ってくの字に近く下半身を折り曲げていてもしなやかに筋肉が連携して身体を支え、形の整った胸筋から伸びる上腕にも程よく筋肉がついていることに驚かされる。脱いだらすごいタイプだったんですね、と言いながら根元まで挿入すると、先輩はうっすらと目を開けて熱く溜まった息をゆっくりと吐き出す。
「大丈夫ですか?……痛くない?」
「痛くないなんだこの感覚?痛みは無いのに何か押し寄せてくる感覚が……ああ、う、振動が」
僕は動いていないのだが、先輩の直腸が太いものを挟んで反射的に排泄しようと蠕動するのを、僕がグッと押し留めているのでその反動で前立腺が勝手にどんどん締め付けられているようだった。少しだけ腰を浮かせて角度を変えてやると、「うああっ!」と先輩はよがって己のペニスをも勃起させている。
「先輩……えっちすぎません……?」
「み、みるなは、ずかし……
「でも先輩、そんな顔してても、かっこいいですね」
「今言うことかよっ、」
赤面して照れていて、かわいいな、と思う。
「っう、あ、……ぁ、動くな!」
「動いてませんって」
動きたくなるのをグッと堪えながら、先輩が自分でどんどん快楽に上り詰めてゆくのを眺めながら、いたずらに先輩のペニスをそっとしごいてやる。
「ひぁぁあ……ああーーっ、ッわ、あ、あ、」
思わず自分の乳首をつまみ出して快感の出力を上げ始めた先輩は本能的そのもので、快楽を貪る光景に劣情が掻き立てられてもう我慢できなくなってしまった。
「動きますね
「や、あ、ああ……あっ、あっ、うあっ……!」
先輩がドライオーガズムに達していると思われる中、徐々に動き出し、先輩の喘ぎ声と僕の腰の動きがどんどんシンクロしていく。
容赦なくピストン運動を続けると、先輩はシーツに強くしがみつき、腰を浮かせてもっと、もっと深くまで挿れてくれと言わんばかりに強請ってくる。
「ああっ先輩……そんなに締めたらっ」
「から、だ勝手に……締まってしまうんだ、あっ、……っああっ…………っ」
先輩の直腸全体が激しく律動し始める。先輩のペニスはもう限界と言わんばかりにはちきれそうに勃起し、精巣もパンパンに腫れ上がっていたが、根元がずっとびくん、びくんと脈打っているところを見るとイキっぱなしなのだろう。僕はもう眼前の卑猥な光景とペニスがググっと締め付けられる快楽の二重苦に限界が来てしまい、小さく息を漏らしなから先輩の中に激しく射精してしまった。
「ああっ……は、はぁっ、はあっ」
「っあ、ああ、……ぁん……ひぁ……うっ……
先輩はまだ腰を揺らして快楽を貪(むさぼ)り続けている。ペニスは挿れたまま、先輩のペニスを両手でしごいてやると、そのまま先輩もどくん、と大きく脈打たせてようやく白濁液をどろどろ、先端から吐き出した。
一晩で何回してしまったのだろうか。考える頭もなく、疲れ切ってどさり、先輩の上に覆いかぶさるようにして倒れてしまう。
「ぐえっ」と先輩の潰れる声が聞こえて、「ああ、スイマセン」と詫びて、目があうとクスクス笑ってしまう。そのまま甘く口づけをして、互いにべとべとの身体のまま後始末もせずに隣に転がる。

下半身はまだ、じんじんと余韻を味わうように快楽の残渣(ざんさ)に震え、うっかり触れられれば再び眠れる獅子も起きる勢いだ。続けざまに強烈な快楽を貪(むさぼ)るとその閾値(いきち)は下がってしまうとも聞く。上も下も前も後ろも交互に味わい尽くした僕らは、全裸のままそっと指先を絡ませ合う。
「ちょっと……おイタが過ぎたな……
「ですね……
小さく沈黙が覆うが、体裁的には同意しつつも2人ともおそらくそこまで反省はしていなかったのではなかろうか。
いい加減、裸で居る時間が長すぎて身体の芯まで冷えてしまい、ぶえっくし、と2人同時に派手なくしゃみが出る。
「あ、夢と同じ」と先輩は笑う。
「夢の詳細そんなにも覚えてるんすか」
「なんか、シチュが似てたのよ。お前が夜(よ)這(ば)いに来て
「ちょっと心外な。人をヤリ目(モク)みたいに」
「でも後ろの下準備、済ませてから来てるだろ」
「べっ別に使うかは別として、寂しくて弄(いじ)る事くらい、自慰行為と大して変わらないですよ」
「ふーん果たしてどこまでどうなんだか」
愉快そうに笑いながら、薄手の毛布を投げて寄越(よこ)す。そっと包まると、先輩もそこに飼い猫のように潜り込んできた。互いの腕の中に、信頼しきった人がその身をゆだね、くつろいでいる。互いにしか見せない表情を見せあって。
……ところでさぁ。この媚薬の件、一体どうする?」
「んー……
しばらく思案しつつ、僕は答える。
「実験としては失敗。でも、僕らの互いが願ったような効果としては、成功ってことで」
「前回と同じく、結果オーライ、てやつ?」
「アレとこれはまた事情が違いますって」
笑いながら、随分と僕は先輩と近い目線でものを喋るようになったな、と思う。
初めて薬品庫で出会った時の印象では飄々として掴みどころもなく冷静で理論派と思わせてきた先輩は、実はシャイで、時として短気だけど素直で、意外と感覚的な嗅覚で動く、柔軟性がある人だったというわけだ。
一枚の毛布の面積を半分ずつ分け合い、身体が外にはみ出る部分は互いの体温で補い合ううち、再び暖まり出した身体の芯に火がついてしまった僕達は、翌朝の部隊長会議を仲良くすっぽかして媚薬の効果が切れる昼下がりまで抱き合うことになる。

やれやれ、媚薬で戦意を喪失?とんでもない。
僕と先輩は共有する秘密を大きく一つ抱え込み、戦意はおろか互いへの感情を大幅に進化させる起爆剤になったという意味で、その使用の是非を時々議論しなければならない。

2人でこっそり、じっくりと。

〈恋と媚薬/完〉