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おひつじ
2019-01-10 12:59:14
5100文字
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【創作】うちよそ
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雨落ちの細螺
#学戦赤軍パロ
ある雨の日の赤軍暗部勢の一コマ
雨の日はこれだから、嫌いだ。
もう丸2日、空はさめざめと泣きッ通しで、何もかもがぐっしょりと濡らされている。小汚い定食屋の色褪せた暖簾、軒先に出しっ放しのガラクタを詰め込んだ麻袋、かつてはおそらく車道だったであろう、舗装面が所々禿げたアスファルト、地面の割れ目から茫々と生い茂る雑草達。それらの類もすべからく重たい水を含み、元の色よりワントーン暗い色を放つ。
昼を少し回ったはずなのに、薄暗い空には低く垂れ込める濡れ雑巾みたいな雲がどんよりとした顔で横たわり、そこから絞りだされた水滴は汚れた大気を吸い集めては生ぬるい水滴の塊になり、見上げた俺の額に落ちてくる。
その滴のせいで、髪も濡れる、服も濡れる、革を張り替えたばかりの足袋靴の裏も濡れる。それ故に俺はすこぶる機嫌が悪い。
雨の日はこれだから、嫌いだ。
気分が乗らないので今日は任務をやらん、と無視を決め込んでいるのに、行く先々で否応無しに伝令矢文が何処からともなく飛び、ぶす、ぶすと歩く傍、廃屋の壁に突き刺さる。わざわざ往来を少し避け路地裏を歩いてるってのにご苦労なこった。煙草に火をつけるついでに、それらを引っこ抜いては読みもせずにオイルライターで燃やして捨てる。無視していることが伝令係には気付かれているのだろう、今度は知らせだ、とすれ違いざまに変装した同志めいた怪しい男から耳打ちをされる。
俺はそれを全て訳知り顔で左耳に入れたフリをし、全て右耳から抜いていく。どうせならイキのいい若い男がことづてを伝えるフリして誘ってでもくれれば、喜んでホイホイとついていくというのに、だなんてありもしない事を思いながら。そうこうする間にも、地面のベチャッとした嫌な感触とセットでじわじわと冷えが這い上がり、爪先の感覚が鈍っていく。シケた空気は全ての匂いのノイズを強めるせいで鼻が効かない。何度でも言うけど、こんな日に任務なんて、誰がやるってのよ。
今日は適当に手頃な売男でも買って、安宿に逃げ込んで夜を明かすに限る
…
と思って目星をつけようと裏路地のケバケバしいネオンが点滅するいかがわしい街を歩くも、曇天で薄ら寒いせいなのか、行き交う人もまばらだ。おまけにここまでの道のりで雨を遮る軒先がなかったせいで、ビショビショな濡れ鴉になっている所為か、普段なら少し粘ればそんなに悪くないナンパの打率も今日ばかりはどうもイマイチで、誘いに乗る男も居ない。やっぱり、雨の日は嫌いだ。
うっすらと空腹感はあるものの、この垂れ込める低気圧の所為か一切胃が動かず飯屋に行く気になれなかった。食欲でも性欲でも睡眠欲でもない、行き先のない何かの「欲」の正体も分からぬまま、思考停止状態で場違い感甚だしくもそこにあった駄菓子屋にふらっと入る。
戯れに手に取ったべっこう飴は、店の天井からぶら下がる白熱球を透かし見ると柔らかい黄金色の光を通す。早く晴れたら良いのに。若しくは、心を晴らす何かが欲しい。きっと、それは金じゃ買えないんだろうな。
駄菓子屋の軒先を借りて雨宿りをしながら、買ったべっこう飴を口に入れる。ほのかに甘く、齧って仕舞えば一瞬で溶けてなくなるであろうそれを、大事に大事に舌先を使って無意味に愛撫する。別に人肌恋しいわけじゃないさ、と、降りしきる雨に負け風邪を引きそうな心にそう言って聞かせる。雨音は次第に強くなり、その音にじっと耳を傾ける。
ふと、ザアザアと耳を覆い尽くす音に混じって微かな音が聞こえてきた。それらは段々とカラ、コロ、と石畳を踏む下駄音となり、小気味よく響く。薄暗い物陰の向こう側、一瞬血の匂いがした気がして、すぐに腰に下げた刀を抜けるよう身体の端々の筋肉を引き締めたが、嗅ぎ慣れたキセルの残り香でスッと緊張を解いた。予想通り、影から現れたのは、浅葱色の髪をした、鰆と名乗る、同軍の別暗部に所属する男だ。
やる気なさそうに伸びた獅子舞をダランと背負い、結わえたはずの髪は濡れて少しほどけかけている。赤い番傘をばさ、ばさ、と乱暴に開閉して雨雫を払いながら、俺の顔をちら、と一瞥するなり開口一番、
「よォ、『死に損ない』。」
と声を掛けると、俺の返答も待たずに駄菓子屋の中にすたすたと入って行った。ずいぶんなご挨拶だな、と思うが、この男は毎回こんな調子なので特段気にしたことはない。以前、指令で標的を追っていた時に、奴も同じ相手を別の指令で追っていたことがわかり、情報交換しつつ一緒に行動をした事があって以来顔見知りだ。飄々としているが、カラクリを仕込まれた獅子舞から夥しい数の飛び道具や鉄砲玉、麻酔弾が吐き出される様子を見た時は、ゾッとしたものだ。俺のことを何故『死に損ない』と呼ぶのかは、よくわからない。
そんなことを思い出しながら、ぼんやりと再び雨音に耳を澄ませていると、からから、と駄菓子屋の引き戸が開いて中から彼が出てきた。手に、油の染みた包み紙に包まれた何かを持っている。
「何買ったの」
見せてもらうと、割り箸鉄砲、竹串に和紙を貼った紙飛行機、そしてゴム風船に入った水菓子だった。
「これ、何に使うのよ?」
およそ実用性の乏しいラインナップを前にして思わず吹き出しながら尋ねると、
「次の任務でこの2つは使うのだ」
と大真面目な顔をし、大事そうに割り箸鉄砲と紙飛行機を袋にしまい込んだ。誓ってもいい、それは絶対に嘘だ。
「ところでこれは何なのだ?玩具か?」
掌に乗せたゴム風船をぷよ、と指先で突っついている。
「エ、知らずに買ったの?」
俺のツッコミも意に介さず、突っつき続けているので、教えてやる。
「玩具じゃなくて、ゼリー菓子。針で穴を開けて食べるんだよ、それ」
「菓子なのか。今は食べる気分じゃない」
一体、何で買ったんだろうな。ツッコミを入れようとしたが、元来思考の読めない男だからほうっておくことにした。
駄菓子屋の軒先で男2人、止む気配のない雨を前にうんざりと溜息をつく。
「しっかし
…
こうもシケてっと、」
キセルの中までシケちまう、と彼もまた、忌々しそうだ。
「あ、死に損ない。貴様にも伝令来てたぞ」
「ダメダメ 今日は店じまい。営業する気ねぇよ」
「左様か、」
特段咎めるでもなく、ふーんと言った様子で彼はぼんやりとゴム風船を指先でふにふにともてあそんでいる。
「あ、ねぇ、裏通りから来たんだろ?誰か見なかった?」
「
…
丁度さっき、そこの角を曲がったところにある銭湯で、『酒呑み』を見たぞ」
「え、マオ?」
三度の飯より酒好きで、酒瓶を持ち歩く姿から、彼はマオのことをいつからかそう呼ぶようになっていた。
「
…
奴の名前はよく知らぬ」
おいおい、一応同軍だぞ、と再びツッコミかけるが、グッとこらえる。
「となると、」
おそらく風呂上がりに行くならば、贔屓の酒が置いてある呑み屋か、酒屋か。
「ありがとよ、」
俺の様子が変わったのを気配で察したのか、こちらを覗き込んでくる。
「
…
行くのか」
「ナニ?アンタが相手してくれンの?」
「サッサと死期を迎えさせてやろうか?死に損ないめ」
物騒なことを言う口ぶりだが、目は笑っている。
「
…
奴、酒を呑んで酔わせてその気にさせ、寝ると殺されるという噂のある男だが」
「
……
へぇ、心配してくれてんの?ダイジョーブ。だってホラ、俺、今んとこ死んでないし」
確かに、マオのそういう噂は聞いたことがある。面と向かって真面目に聞いたことはないし、俺にとってそんなことはどうでもいい。
『酒呑みと死に損ないか。末恐ろしいナ』
カタカタ、と傍の獅子舞が歯を鳴らして喋りだす。本音とも冗談ともつかぬ事を言って茶々を入れたい時、決まってそいつが喋り出すのだ。
「お似合いだって言ってくれな〜い?獅子舞クン」
獅子舞に向かってしたり顔で答えてやると、カタカタカタカタ、と獅子舞が相槌を打つように小さく笑った。
『同じ穴の狢って奴
…
かネ』
「そ。仮に俺が殺されるとしたら、マオにじゃないだろうと思うよ」
『随分な自信だナ』
「そういう仲ですから」
「
…
洒落た仲だな。貴様が羨ましいよ、」
獅子舞ではなく鰆の口からそんな言葉が出るとは思いもよらなくて、キョトンとして顔をまじまじと見つめる。すると、照れ隠しなのか、
「早く行け。日が暮れる」
と言い残し、獅子舞をカタカタと言わせながらくるりと背を向け雨霧の中へと立ち去っていった。
駄菓子屋の軒先を出るだけの充分な動機が揃ったので、残ったべっこう飴を噛み砕きながら銭湯近くの酒屋にアタリを付け足を運ぶ。案の定、少し先に連なる店の軒先を借りながら、酒瓶を小脇に抱えて歩くマオを見つけた。黒髪で細身の肢体に、臙脂色の着物を纏い、白い毛皮を肩にかけた後ろ姿。毛皮が濡れてしまわないよう、注意しいしい、歩いている。その背後に足音を立てずに息を詰めてそうっと忍び寄る。
雨は気配を消しやすくはしてくれるが、まとわりつく湿気と、足袋靴でもどうやったって強めに出る足音で何かを感じたのだろう。あと少しで着物の裾を掴めるところまで近寄ったところで不意に彼が振り返る。
「うわっ、山崎くん?!びっくりした
…
」
「任務、しっぱーい」
あはは何言ってるの、と笑いながら空っぽなのだろう、酒瓶を軽く振って見せてくる。
「喉、乾いちゃってさ」
「酒は水に入らないぜ」
「うん。でも無いと寂しくて」
「マオにとっては命の水だもんな」
「そ」
久しぶりだね、と優しく微笑んだ彼の表情を見るうち、雨音が小さくなり、びしょ濡れの心が暖まっていく。
「山崎くんは?なにしてたの」
「俺はお腹が空いちゃってね
…
」
嘘だ。人肌恋しくてほっつき歩いていた、と素直に言えばいいのに。
「そうなんだ。ご飯でも行く?そこの角に定食屋が」
みなまで言わせずぐい、と腕を掴んでやや強引に唇を奪う。彼の唇の隙間に舌を差し入れ、さっきまで舐めていたべっこう飴と同じように、舌先で優しく彼の舌をなぞる。
「
…
っぷは、っ甘
…
!」
「べっこう飴」
「道理で」
ぺろ、と舌を出してみせると彼はクスクスと笑っている。
「お腹空いてるなら、ちゃんとしたもの食べたらいいのに」
「嘘。ホントはメシなんかどうでもいいの。口寂しくてネ」
再び彼の唇を自らの唇で押し付け、そのまま建物と建物が寄りかかるようにして出来ている裏路地の隙間に、彼の体ごと自分の体を押し込んむ。
「
……
っう、ん
…
」
「
……
っ、
………
んッ」
薄暗がりの中で、人目から忍んだ瞬間息をもつかせないくらいに、くちゅ、っちゅっ、と水音を立てながら強めの口付けを交わす。
雨音がトタンの屋根をトトトン、パラパラ、とリズミカルに打ち鳴らす。往来から姿を隠した俺達は、そのまま雨音を天井にして建物の壁に彼の背を預けさせ、世界の目を盗んで互いの唾液を貪り合う。土の匂いが草と混ざって立ち上がり、カビた匂いがつ、と鼻をつく。
見上げると、狭い空を覆う雲の隙間から、陽の光が差し込み始めた。
「晴れてきたな」
「
…
僕はまだ、喉が乾いて」
「俺もまだ足りない」
だって出くわしたら、ねえ?と顔を見合わせて笑いあった俺達は、そのままどちらからともなく互いの手を引き、裏路地の奥を目指す。
世界から逃げ、互いの欲を満たせる場所を探すために。
(雨落ちの細螺(きさご)/完)
あまおちのきさご:
よくしゃれる男のたとえ。雨だれの落ちる軒下にある細螺(きさご)の貝殻が、曝(さら)されるところから「しゃれるもの」をしゃれていう。/出典元:江戸語辞典
#学生戦争_赤軍
◆暗部の(セルフ)解釈
隠密行動ないし、密偵、監禁、暗殺を主とする。赤軍内では少数部隊で、秘密裏の任務も多いため、他部隊から隔離され、単独または少人数行動を取ることが多い。暗部同士、お互いの顔を知らないこともあれば、任務を通じ、もしくは生活の折にふれて顔見知りの事もある。暗部同士は助け合ったり、徒党を組む事もあるが、互いの任務が極秘事項である事も多いので、あまり表立ってはつるまない。隠密行動がメイン故、命を落としても仲間内に知らされるのは随分後だったりする。同軍内で安否を知らされる内はまだマシで、知らされることすらままならない場合もあり、明日をも知れぬ世界を生きる。
◆理荷さん宅のマオくんをお借りしています。雨宿りの話をタイムラインで垂れ流してたものを清書したものです。こんな感じで出くわしたら2人して軽めの逃避行をしていて欲しい願望が炸裂しました。笑
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