かにやけんせつ
2025-03-21 03:08:54
2973文字
Public 魔法少女特務機関 Main Story
 

魔法少女特務機関 Fragment.008

#2023/7/14
#Ikazuchi_Tou
#Hanasaki_Mikoto



 深夜、日付が変わった後の彩坂支部。
 詩杏はまだ知らない話ながら、こんな時間だろうと魔法少女の仕事は突如襲いかかってくる。サイレンの音に応えて戦い、それを終えると今度は戦闘報告書があるのだ。一見して疲れた身体に鞭を打たせるクソだるい義務に見えるが、これも巡り巡って魔法少女達を含む人類とこの世界のため。提出した報告書のデータの蓄積によって、実際の戦闘が楽になった例はいくつもある。

「よし、翠さんチェックお願い~!」
「ん。……灯、日付間違えてる。日付変わって、もう14日」
「あ!ほんとだ……はぁ~っ。この時間の出撃だと毎回間違えてる気がするよ……

 灯はタブレット端末に表示された報告書の日付の部分をタップすると、その日付の部分を書き換える。とはいえそんな単純な凡ミスを除けば、今回は他の修正点はなかった。提出ボタンを押せば、特務機関のサーバーに報告書が送信される。
 それを見届けると翠は、室内に設置されているふかふかのシングルベッドに潜り込む。ここはいつもの日中の休憩室ではなく、夜をここで過ごしたい者向けの仮眠室なのだ。おやすみ、と言って布団にくるまる翠におやすみを返すと、灯はタブレット端末を置いて立ち上がる。ただでさえこの時間帯に、夜間の戦闘後。とにもかくにもお腹が空いて、夜食が欲しくて仕方ないのだ。そう思って仮眠室を出ようと扉の方へ向かうと、勝手にドアが開く。そこに立っていたのは、赤髪ポニーテールにエプロン姿の女性だった。

「お腹が空いた頃合いだと思ってお夜食作ってきたわよ!」
「寝ろバカ」



 灯がお夜食の前に寝ない母親を無理やり寝かしつけている頃。
 博士は彩坂支部のとある一室にいた。窓がないその部屋の中心には一台の真っ白なベッドがあって、そしてそのベッドを取り囲むように様々な機材が並んでいる。そのベッドの主として横たわるのは、もう一昨日、路地裏でボロボロになって倒れていたピンクの髪の少女だった。

………………桃音ももね

 どうしてここにいるのか。なぜまだ目を覚まさないのか。──何があったかを知るには、まだもう少し時間がかかるらしい。実のところ博士が桃音と呼んだその少女を取り囲む機材、それらのほとんどは「念の為」のもので、繋がれているわけでもなくただそこにある。今すぐに目を覚まして「おはよう、お姉ちゃん」なんて言ってきてもおかしくないくらい、肉体的な状態は良好。なのに目を覚まさないということは、魔法による何かが関与しているとみて間違いないのだが……

………………

 まるで小さく破れた紙片同士を組み合わせて、繋ぎ合わせたそれから書かれていた文章を読み取るような、そんな作業。そんな作業が簡単なわけがない──それでも、と、博士は祈るように桃音の手を握った。



 食べ終わった夜食の食器を返しに行った帰り、仮眠室に戻る途中に灯は、一人の少女と出くわした。

「すずらんちゃん?」
「あ。……そっか、灯くんはまだ起きてるんだ?」

 すずらんは寝衣代わりらしい薄青の病衣だけでは肌寒いのか、薄手の白いカーディガンを羽織っていた。もうあと少しで早朝に足を突っ込むような時間ながら、まだ寝ていなかったということは……すずらんもお腹が空いていたか、あるいは眠れないのだろうか?

「出撃してたからお腹すいちゃってさ。お夜食食べてたの」
「そうなの?わたし呼ばれなかったけど……
「流石に初日だし、叩き起こすのはやめておこうって翠さんが言ってたんだよね。……もしかして、起きてた?」

 そう灯が問いかけると、すずらんは頷く。仕方ないといえば仕方ない、魔力の気配があからさまに動いてでもいない限り寝ているか起きているかの判別はできないのだ。実際すずらんと詩杏が現れるまでのここ一ヶ月かそこらは灯と翠、それから手が空いていれば応援に来てくれる近隣支部の人たちだけで回していたのだ。それが可能な実力も、いつでも対応する体力もある。自分達が気遣われるべき人間でないとは思っていないが、それでも灯にも魔法少女の先輩として先輩らしいことをしたい気持ちはあるのだ。

「それで、起きてたってことはなにかしてたの?」
「んー……寝ようと思ってたんだけど、眠れなくて」
「そっか。ぼくでよかったら話聞こっか?」

 灯がそうすずらんの顔を覗き込むと、すずらんは少し困ったように目を逸らしつつも頷いた。仮眠室で話したら翠を起こしてしまうし、使っていない部屋を汚すのも、ということで二人で休憩室に向かうと、紙コップで出てくるタイプの自販機でアイスココアのボタンを2回押す。特務機関の福利厚生ということで、拠点内に設置されている自販機の食べ物や飲み物も全て無料なのだ。

「それで、何かあったの?」
「んー……気の早い話なんだけどね。夏休みが終わったらわたしも学校に行くことになって、それ以外でもここにも人が増えていって……なんていうか、馴染めるかな、って」

 アイスココアのコップを手のひらで包みながら、すずらんは俯く。確かに環境の変化は不安だけれど、それだけに見えなくて。そう思って灯が続きを待っていると、すずらんは頷くかわりにひとつまばたきをした。

……わたしね、記憶がないんだ。博士に拾ってもらって、特務機関に居場所を作ってもらって……それより前のことは、何も覚えてなくて。だから全部初めてなんだ、友達も学校も」
「全部初めて、か……

 実のところ、灯も記憶がないなんて話を聞くのは初めてだった。博士は……おそらく、話すなら自分のタイミングが良い、と思って自分の口からは言わなかったのだろう。どちらにせよ、すずらんの気持ちは灯には分からない。そのことは、灯自身が誰よりもよく分かっていた。

……それでも案外、大丈夫なんじゃないかな。ぼくだって学校の皆に内緒にしてること、山程あるけど……でも、そのせいで友達と上手く話せないとか、上手に仲良くできないとか、そういうの全然ないからさ。きっとすずらんちゃんも、すぐに仲の良い友達もできるし、うまくやっていけると思うんだ。それでも不安なら、お話の練習とかぼくも手伝うからさ」
「そっか、……うん、ありがとう。……うまくやっていけるといいな。うまく、やっていきたいな」

 少し不安が和らいだような顔をして、それからすずらんはふと手元の紙コップに目を向ける。気づけば口をつけないまま、氷が溶けて薄くなったココアがそこにはあった。

……うすい、美味しくない……
「あ、あはは……ガムシロップとか入れてみる?甘くしたらまだ飲めるかも……!」

 飲みきったコップを捨てるついでに、灯はガムシロップを3つほど取ってきてすずらんに渡す。その甘さでなんとか誤魔化しながらココアを飲み切ると、少し置いてすずらんはひとつ大きなあくびをした。

「ふあぁ……眠くなってきたし、わたしは寝るね。話聞いてくれてありがとう、灯くん」
「大丈夫だよ、おやすみ!歯磨き忘れないでね」

 空になった紙コップを捨ててから、すずらんはおやすみ、と手を振って自分が寝泊まりしている部屋へ戻っていく。それを見送って、灯も翠が寝ている仮眠室へ戻るのであった。