さかな
7112文字
Public ジェイ監
 

翡翠色の彼 🧸🐬🌸①

ネフくんと監督生とジェイド①
2mのクマのぬいぐるみにメロメロな監督生とちょっと不穏なジェイド

pixiv投稿 2025年1月1日

夜。夕食も課題もお風呂も終わらせて、あとは寝るだけの自由時間。

「グリム〜、私もう2階行くね。……それ終わったらちゃんとお風呂入るんだよ?」
「おう!」
「ゴーストさんたちもそこそこにね〜」
「はいよ〜おやすみ〜」
「おやすみなさーい」

談話室でいつぞやの襲撃の慰謝料でもらったテレビゲームにすっかり夢中な親分とゴーストたちに声をかけて、監督生はひと足お先に居住スペースである2階に引き上げていった。
寝室でもあるグリムと共同の自室を通り過ぎると、突き当たりのとある部屋に入る。ドアを閉めると同時にばふっ、と音を立ててベッドにみっちりと横たわる“彼”に飛びついた。
いつだって優しく受け止めてくれる胸に擦り寄れば、ふかふかもふもふの感触が気持ちいい。

「あー……ネフくんは今日も柔らかいねぇ……

この部屋にいる限りは“オンボロ寮の監督生”ではなく“ただのユウ”に成り下がる、マブにも誰にも絶対に見せたくない姿だ。全身全霊でぬいぐるみに甘えてるのも、名前までつけて呼んでいるのも。
柔らかい翡翠だからネフライトのネフくん、なんて自分でもちょっとどうかと思うが、それしか思いつかなかったのだから仕方ない。だって首にリボン代わりのネクタイを着けてあげたあの日、どうしても名前も付けたくなったのだ。そのまま直球のジェーくん♡とかじゃないだけ理性的な名付けである。

“彼”ネフくんは約1ヶ月前、監督生が懸賞で当てた縁でオンボロ寮にやってきた2mもある大きな大きなクマのぬいぐるみである。しかも当選者の好きな色にできる! というものだったのでつい出来心で想い人の髪色にしてしまった結果、絶対にバレたくないバレてはいけないトップシークレットもの———存在を知っているゴーストとグリムにも他言無用をキツくお願いしてある代物だった。

本当はいつも使ってる自室に置いてなんなら抱き枕にしようと思っていたのだが、グリムによって阻止されたのだ。
寝床狭くなるのが嫌と言うグリムに、大きなぬいぐるみに埋もれるように眠れるんだよ? 素敵じゃない? と説得もしたのだが、グリムによる「オマエ寝相良くないんだから絶対それ邪魔なんだゾ」には全く反論ができなかった監督生である。朝起きて床に落ちてるぬいぐるみや自分がありありと想像できたため諦めるしかなかった。

今では寝る前のまったりタイムに“彼”と共にダラダラするのがすっかりルーティンになり、その日のタスクを全て済ませた監督生が『くま部屋』へいそいそと向かう姿はオンボロ寮ではすっかり見慣れたものになっていた。
ひとりの時間、というのをこれまであまり取れなかった所為もあるかもしれない。デッカい存在に甘えながら本を読んだり、マジカメをぼんやり巡回したり。その日あったことを溢す相手としても“彼”は最適だった。

くま部屋は監督生が入り浸るにつれ居心地も改善され、いまでは自室に次いで手入れされていた。ネフくんが埃臭くなったら、と考えるだけでやる気が湧くのだから恋は偉大である。



「あ、これかわいい!」

監督生のネフくんへの寵愛はグリムの白い目を受けつつも止まらず、概念アイテムを集めるまでに至っていた。
以前はコソコソとしていたのだが、予備のネクタイを首にさせていることがバレてからは開き直ってグリムと一緒のときは気にせず買うようになっていた。

「子分、こないだも買ってなかったか?」
「グリムだってツナ缶ならいくつでも買いたがるじゃん。大きめなのもかわいい……うーん、でもなぁ……

見つけたのは抱え心地の良さそうなクッションで、赤いキノコの刺繍がとてもかわいい。しかし値段はかわいくない。

「ツナ缶は美味いけど、綿の詰まったもんなんか買っても腹はふくれねーんだゾ! オレ様はおやつ分けてやんねーかんな!」
「ウッ……

もともとはグリムに金銭感覚を覚えさせるために始めたお小遣い制だが、現在苦しんでいるのはもっぱら監督生である。
だって初めてひとりの部屋ができたのだ。そうしたらカーテンも、ベッドカバーも、ラグだって“彼”に合うものを揃えたくなってしまったのだ。お金がいくらあっても足りない勢いで物欲は増していた。

「子分はあいつに貢ぎすぎなんだゾ……
「わかってるよぉ……

言い訳もできず、渋々クッションを棚に戻す。

「ほら、さっさとツナ缶買って帰るゾ!」

グリムも最初はあんなに暴れん坊の我儘放題魔獣だったのに、今ではすっかり頼れる親分であった。
メモを読み上げてもらいながら当初の目的であった買い出しをこなし、監督生が余計なものに気を取られる前に早々に購買部を後にする。一部始終を見られていたとも知らずに。
棚の影からぬるりと現れたるはオクタヴィネル寮副寮長のジェイド・リーチ———ぬいぐるみの“彼”の大元その人であった。

……監督生さんに貢ぐような相手がいたとは知りませんでした」
「知りたがりな小鬼ちゃん、乙女の秘密を詮索するなんてナンセンス! そんなことしちゃあバチが当たるってものさ」
「ふふ、そうですね。人気者の監督生さんに嫌われたくはありませんから」

紳士然とした立ち居振る舞いとは裏腹に、すでに閉じられた購買のドアを眇め見る金眼に乗るのは“物騒”の呼び名に相応しい熱だった。



くま部屋の掃除や片付けなどはウキウキと熟す監督生だが、自分が汚したわけでもない部屋を掃除するのは中々嬉しいものではない。
自室やキッチン、洗面室など居住スペースはほぼ毎日綺麗にしているが、談話室やゲストルームもそこそこの頻度で掃除をしなければならなかった。

「なんでこんなにゴミが出るかな〜」

オンボロ寮は基本いつでも開放されている。居住スペースである2階に続く階段には魔法障壁(優しい学園長によってエイッとされたよくわからないナニカ)があるため守られているが、ゲストルームのある一階はもはや公共スペースと言ってもいい程度に友人や先輩方が自由に出入りしているのだ。
別にそういうつもりじゃなかったのだが、寮が改装されてから手に入れた魔法のトンカチや投影機なんていう素晴らしいオモチャにはしゃいで招待状を配りまくった結果がこのゴミの散乱する部屋である。

最初は殺風景だったのもあり招待客も「うんうん、お家綺麗になって嬉しいね。新しいオモチャ嬉しいね」くらいの、ちいちゃい子を見る生温い目で去っていくばかりだった。それが魔法のトンカチに慣れてそれぞれの寮っぽい雰囲気の家具を作れるようになってくると居心地が良いのか長居する人も出てきて。そうなるとどんどん楽しくなり、ああすればこうすればと試行錯誤しつつオモチャで遊んでいる間に晴れて「ここはウチの飛地」とでも思われたらしかった。
全員に縄張り認定された結果このゲストルームは無法地帯となり、ゴミは散乱するわ喧嘩は勃発するわ、挙句忙しいはずの学園長すら出没するまでになった。せめて生徒が乱闘してたら止めてくれ。お茶はまだですか?じゃないんだよ。戸棚に隠してたお菓子がグリムに食べられた?名前書いてなきゃみんなのものです。

「あ、これ……

ゴミに紛れた忘れ物もままあるものだった。刺繍がゴッテリ施された手触りの良すぎるターバンや中身入りの見るからにお高い財布を見つけた時は赤貧なオンボロ寮生として戦慄したものだが、今回のは別の意味で冷静ではいられなくなってしまった。

「ジェイド先輩、今日来てたんだ」

それは以前想い人が読んでいた紅茶辞典であった。日々副寮長としてラウンジ幹部として忙しい彼がこのゲストルームに来るのは然程多くはなく、来ていたなら顔が見たかったという恨みに似た後悔が湧く。

……読んじゃおうかな」

人の物を勝手に読むのはマナー違反なのは重々承知ではあるが、恋心とは恐ろしいもので。そっと本を机に戻すと、箒を仕舞い手も綺麗にしてからもう一度恐る恐る手に取ろうとする。

「いやでも流石に……!」

もしもバレたらと思うと、怖いもの知らずと呼び声高い然しもの監督生でもジェイドからの反応は怖かった。恋心由来だけではないのが度し難いが相手はあのオクタヴィル三悪人のひとり、双子の実はヤバい方、ジェイド・物騒・リーチなのだ。

……写真だけ撮ろっかな」

それぐらいならバチも当たるまい、なんなら「これ忘れていきませんでした?」なんて話しかけるきっかけにもなりそうである。読むのは辞めてスマホを取り出そうとしたその時。

「小エビちゃん? 部屋の真ん中で突っ立ってなぁにしてんの」
「ヒッ!!」
「んはは、小エビが小エビしてら」

心臓に悪いなァこの人は!! なんでこんな図体で音もなく背後に立てるんだよ。野生動物こあい。
監督生が口に出せない暴言を飲み込み、前触れもなく現れた客に驚きドンドコ暴れる心臓を押さえていると、気まぐれなウツボはこちらを気にもせず放置されていた紅茶図鑑を手に取った。

「あ、それジェイド先輩の忘れ物です」

同室なんだし持って帰ってあげてください、と会話作りにしようとした下心を無かったことにして持ち主の片割れに頼めば、帰ってきたのは冷たい声であった。

「ふぅん……なんでジェイドのだってわかんの?」
「え? いや、こんなとこで優雅に読書できるのなんてだいぶマイペースな人だけですから」
「前に金魚ちゃんもここでなんか読んでたの見たよ。紅茶なんて如何にもじゃん」

なァんでジェイドのだって分かんの?

「あ、う……えぇと」

腰を屈めたフロイドにやわく細めた目でこちらを覗き込まれ、別に恐ろしい顔で凄まれているわけでもないのに汗がダラダラ出てくる。言い訳をしたい。でもなんて? 読んでるのこっそり見かけたことあって?
焦れば焦るほど言葉は詰まり、頬を染め目を泳がせる様子にフロイドの口角が上がっていく。

「んふ。小エビちゃん、ジェイドのことよォく見てんだねぇ……?」

終わった。知られたくない人第二位(第一位はもちろんジェイド本人である)に一生隠しとくはずの恋心がバレてしまった。すぐに情報共有されて色恋営業で身包み剥がされて最終的に売られるんだ……身の破滅だ……。血の気が引き顔が青くなるのが自分でも分かる。
悄然とした監督生とは裏腹に、フロイドはニヤニヤとした顔に並ぶ鋭い歯を見せつけるように監督生の肩を強く抱き寄せると甘ったるい声で囁いた。

「オレぇ……恋バナしたい気分〜〜♡」
「小エビは海に還りたい気分〜……

涙目で力無く返すも無力な小エビは近くのソファに放り投げられ、間髪入れずに隣に座ってきたわくわくご機嫌ウツボのオモチャになるばかりだった。

「ジェイドのこと好きとかマジで趣味終わってんね」
「自分でもそう思います」

監督生はギャハギャハと笑われながら恋心を詳らかにされ、なんかもう一周回って開き直っていた。だよね、マジで馬鹿だよね。なんであんな人に惚れちゃったんでしょうね!



フロイドは突けば活きの良い反応が返ってくるお気に入りのオモチャを抱え、随分と愉快な気持ちだった。なんせ片割れの気持ち悪いほどの監督生への感情も知っていたので。

「まぁでも、付き合おうとかそういうつもりはないんで……
「エッ」

趣味は理解し難いがこの分だと自分の妹になるであろう未来も近いな〜、なんて思っていたところ突然の方向転換に「もうジェイドに狙われてんのに?」という言葉が喉まで上がる。しかし片割れが紳士の顔(笑)で必死に隠している胸の裡をバラすわけにもいかず黙るしかできない。いや別に逃してやろうとかは微塵も思わねぇけど。無理だし。

「どうせジェイド先輩が好きになるようなのってアズール先輩みたいな……努力家で、飽きずに見てられる魅力的な人でしょうし!私みたいな面白味もない人間は記憶の片隅にでも入れたら御の字って感じですよ」
「小エビちゃん……
「えへへ! 世にも珍しい異世界人なんて言ってもただの世間知らずですしね! ……そもそも、あんな綺麗な人と釣り合いなんて取れませんもん」

いまソイツお前の裏垢必死に探してるトコ! つってやりて〜!
いつになく萎れる小エビに全て言ってしまいたいが、自分の兄弟の所業を口に出すのも嫌で思わず顔をクチャクチャにしてしまう。

「だから、今日のことは内緒にしといてくださいね」
「うん。マジでオレが優しくって良かったねぇ」
「わ〜慈悲の精神〜。ありがた〜い」
「小エビさァ……人魚舐めてっとヒデェ目に遭うから、ちゃんと調べときなよぉ?」
……? はぁい?」

暴露したいのを無理やり飲み込んだ慈悲深いウツボはこれ以上居ても楽しくないと判断し、んじゃ帰るね〜と紅茶辞典片手にオンボロ寮を後にした。
かわいそうな小エビ。オレが人避けと防音の魔法かけてなかったら明日には海ン底だったんだろうなぁ。


寮の部屋に帰ったフロイドは、机に向かう持ち主を見とめると無言でそれ投げつける。

「フロイド! 本を投げないでください」
「ジェイドさぁ、小エビちゃんとこのアレ」
「おや……なんのことやら」

おかえりなさいを言おうと振り返ったところに飛んできた紅茶辞典に面食らったジェイドの小言をヨソに、フロイドはほんの少しの不機嫌を滲ませて問いかけた。
オンボロ寮から鏡舎まで歩いている間に、気色悪い男ジェイド健気な乙女小エビの天秤が完全に傾いてしまったのだ。ストーカー紛いの情熱を持った兄弟より、いつかくる未来の妹の方が可愛いのは世の道理である。

「盗聴なんてして楽しい〜?」
「あのゲストルームには色んな方がいらっしゃいますからね。ちょっとした情報収集にピッタリなんです」
「ア、ソ」

態度次第では小エビの秘密を教えてやるのもやぶさかではなかったが、素直じゃない返答に会話を続ける気がなくなり自分のベッドへ倒れ込む。そのままスナック菓子へ手を伸ばし、ジェイドのことを完全に視界から外した。
別に小エビ目当てじゃねンならいーや。まぁ人のキモチとかわかんなそうだしなぁ。明日になったら小エビに改めて人魚の男はヤバいって教えてやろ。

「ところでフロイド、ラウンジをサボってまでした監督生さんとの内緒話は楽しかったですか?」
「楽しかったァ」

気もそぞろなフロイドの返答に、ジェイドの声が棘を増す。

「それはそれは! 僕の気持ちを知っていながらフロイドったら酷いです。泣けてしまいます」
……
「そもそも、ひとの獲物に黙って近付くのはマナー違反ではないですか? 協力してくれると思っていたから見逃していましたが、僕は兄弟に裏切られたのでしょうか。あぁ! 明日からひとりっ子だなんて寂しくなりますねぇ」
「も〜〜ウルセェな〜〜!」

無視をしてもチクチクネチネチ続く拗ねた声にフロイドも嫌になり、渋々話してやることにした。但し、素直になんて教えてやらない。

「小エビちゃんね、好きな人いんだって」
「は?」
「いっぱいプレゼントもしててェ、そいつ用の部屋も2階にあるんだって〜」
「は?」

日頃からフロイドには監督生への感情をぶちまけているのだから、最初から「好きな子のこと知りたくて盗聴器仕掛けました」と言えば良かったのに、変な建前をつけるからこうなるのだ。普段の傍若無人さを引っ込めて臆病ぶるカッコ悪いウツボにかわいい小エビを渡す気には到底なれなかった。
ニヤニヤとジェイドを眺めていれば、間抜けなビックリ顔が段々と険しいものに変化していく。もう眉間の皺が素晴らしいことになっていて、アズールの秘書ではなく名刺ホルダーにもなれそうだった。

「僕用ではなく?」
「いや2階にお呼ばれなんてしたことないじゃん」

プライベートエリアにお呼ばれなんてあったならその日から1週間くらいは自慢げに話すだろうが、今までそんなことは一度もなかった。自分ではないとわかっているだろうに言わずに居れない動揺っぷりが情けなくて笑えた。
フロイドが半笑いで答えたあとまた暫くジェイドは黙考に入り、ようやっと発したのは顔をギュッと中心に寄せながら絞り出すような声だった。

……以前、グリムくんが監督生さんへ『アイツに貢ぎすぎだ』と仰っていたんです」

本人は細々と飾り立てているようなことを言っていたが、魔獣に苦言を呈されなんてだいぶやらかしているのだろう。国民性だかなんだか知らないが、小エビは謎に謙虚なところがあるのだ。
今度どのくらい買ってるのかアザラシちゃんにでも聞こうかな。

「つまり、彼女は騙されてるに違いありません!」

フロイドが少々ぼんやりしていたところ、なにやらジェイドの中では結論が出たらしかった。
騙されている、ある意味はそうであろう。なんせ性格が終わりきっているこの片割れに惚れちゃってるんだから。

「あぁ、早く消し……いえ穏便にご退場いただかねば。騙されやすいお人好しだと思ってはいましたが、まさか僕の目を掻い潜って他所のオスと番おうとするだなんて……。ハァ……これだから目を離せないんです」

やれやれ仕方ない人だ、と困ったように言ってはいるが、やるべき事が定まったせいか随分イキイキとし始めている。

「ほどほどにしなよォ」

フロイドのおざなりな制止は受け取られず虚しく落ち、部屋にはジェイドの潜めた笑い声がくすくす響くばかりであった。