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さかな
5000文字
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ジェイ監
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あなたがよかった
元の世界へ帰った監督生と、残された手紙を読んだジェイド
pixiv投稿 2024年11月23日
「ジェイド先輩とは男の趣味が似てると思うんですよね」
「パートナーにするなら一生楽しめそうなフロイド先輩がいいし、飼われるならアズール先輩がいいです」
なにより顔がいい! なんて宣いながら、先輩もそう思うでしょ? と眼差しで問う女に、自分はどんな反応をしたのだったか。
◆
オンボロ寮の監督生が元の世界へ帰った。
彼女がこちらで過ごす2度目の夏を目前にした、よく晴れた日のことであった。
ひと足早い卒業式だと、学外研修に行っていた四年生たちも参加しての錚々たるメンバーによる送別会をした翌日、彼女は魔獣に見守られ帰ったらしい。
家主のいなくなったオンボロ寮でジェイドは黙々と荷物をまとめていた。
増え続けるテラリウムやコレクション、部室のない山を愛する会の備品などの置き場所に困っていると溢したジェイドに「それなら」と監督生が一部屋貸してくれたのだ。
監督生が求めた対価は、なんの益体もない話をジェイドの淹れる美味しい紅茶に癒されながらつらつらと話すことだった。
元の世界の話、最近起きた些細な事件、慣れない生活の愚痴、恋バナにもならない学友の勝手な批評
……
。
多くて月に2回、小一時間ほど監督生はしゃべり倒してジェイドはそれに相槌をうったり時々まぜっ返しからかったりする。
対価といいつつ、ジェイドも随分楽しませてもらっていた。
「おぅい、ちょっといいかい」
「はい。なんでしょう」
「嬢ちゃんからお前さん宛に預かっているものがあっ
てね
……
。もし来たら渡してくれと頼まれてたんだ」
荷物整理も終わりさてそろそろ、と腰を上げたところにゴーストたちがやってきて、見慣れた招待状の封筒を渡された。
「できればひとりで読んでほしいとも言ってたよ」
じゃあわしらはもうちょっと寝るよ、と渡すだけ渡して早々に去っていく。放課後にしか来たことがなかったので知らなかったが、昼間はやはり本調子ではないらしい。
「
……
折角ですし、ここで読みましょうか」
纏めた荷物から使いかけの紅茶缶を再び取り出し、使い慣れてしまったキッチンで1人分だけ用意する。
ここで淹れる最後になると思うと少々感傷的な気持ちも湧くが、そもそも彼女とは長くても在学中だけの関係だった。
所詮は異世界からの訪客だ。帰るのが道理である。
ジャミルのオーバーブロット騒ぎの詫び宴にて。
駆けつけた友人たちはしゃいでいた監督生が木陰で休んでるジェイドのところにやってきた。
「先輩は泳がないんですか?」
彼女の視線の先ではアズールがご機嫌なフロイドにオアシスへと引き摺りこまれて、ずぶ濡れになりながら怒鳴っている。
「ええ、この日差しはちょっと
……
。僕、か弱いので」
「かよわい
……
?」
「貴女もそろそろ休憩したらいかがです? 低い
……
失礼、かわいらしいお鼻が日に焼けて赤くなっていますよ」
先ほどジャミルが用意していたココナッツウォーターを差し出せば、顔いっぱいに不服です! と貼り付けながらも律儀にお礼を言い受け取った。
「あ、おいしい」
「あのアジーム家が用意したものですからね」
「料理だけじゃなくてただの果物もこんなおいしいなんて、舌が贅沢になりそうで恐ろしいですね
……
」
「命の危機だったんですし、思う存分贅沢していいと思いますよ」
「ふふ、たしかに」
会話が途絶えしばらくした後、彼女は誰に聞かせるといった風でもないごく小さな声でポツリとこぼした。
「この世界で死んだらどこにも行けない気がする」
表情なくオアシスを眺める様子は騒ぎの最中の面影も消え、頼りない身体がいっそう小さく見える。
そんな様子を見てしまえば、いつかこの迷子が故郷に帰れるといいとガラにも無く思ったのだ。
万一ゴーストになれたとしても、死者の国にも行けず擦り切れるまで帰り道を探すのが想像ついてしまったので。
かさり。
何度も受け取っていたゲストルームへの招待状と同じ封筒には、2枚の手紙が入っていた。
1枚目は当たり障りのない、これまで世話になったというお礼が書き連ねてあるばかり。
「存外につまらない内容ですね
……
」
目が滑り、思わず過去に意識を飛ばしてしまった。
送別会では匂わせもせずゴースト伝いに渡すほどだからなにかあるのかと期待してしまっただけに、内容を薄めて体裁を整えました、という風情に失望しつつ2枚目を読み始める。
「
……
これは」
それはごく近しい間柄に向けた、彼女のいつもの言葉だった。
『1枚目はいかがでした? 結構頑張って書いたのでつまんないとか言わないで褒めてくださいね。』
確かにあんなに突拍子もないことばかりしていた監督生とは思えない、お手本のような文だった。どうやら手紙を書くにあたって参考書をトレイン先生から借りたらしい。
どれだけ大変だったか、身振り手振りで語る様子が目に浮かぶようだった。
『ねぇジェイド先輩。先輩とはいっぱい色んなお話しましたけど、いつだかした「先輩とは男の趣味が似てる」って話覚えていますか?』
「
……
覚えていますよ」
『私はいまでもパートナーに選ぶならフロイド先輩がいいし、飼われるならアズール先輩がいいと思ってます。
だってフロイド先輩、気分屋なとこは滅茶苦茶振り回されましたけどなんだかんだ楽しいし、顔がどタイプだから全部許せちゃうんですよね
……
。
アズール先輩も顔がいいのはもちろん、なにより尊敬してるので。びっくりするほど欲張りでそれに見合う努力家なところ、過去もなにもかも飲み込む勢いで陸にまで手を伸ばすところ
……
まさに快進撃って感じで好きなんです。応援したくなっちゃう!』
確かに、ジェイドは破天荒なフロイドを選んだことに後悔はないし、アズールの面白さに惹かれて秘書の真似事もしている。
しかし決して容貌を評価したわけでもないし、監督生の「フロイド先輩、あの顔と声で距離を考えないコミニュケーションとってくるから惚れたらどうしよう
……
」なんて戯言には鼻で笑って返した気がする。
当時も、自分にも懐いてよく話しかけてくるくせにミーハーな尻軽めと内心苦々しく思ったものだ。それは今改めて文章にされても同じで。
寄ってしまった眉を宥めるために少し冷めた紅茶を飲む。行儀は悪いが、かわいくない後輩からの手紙なんて紅茶の片手間でも充分である。
『でもね。私、もしも殺されるならジェイド先輩がよかった。』
「は」
思わず落としそうになり、少々乱暴に置いてしまったティーカップの中で少なくなった紅茶が跳ねる。
「え?」
あの日、この世界では死ねないと言ったのは?
『理由なんてわかんないです。でも、あなたがよかった。』
思ってもみなかった内容に、知らず力が入り手紙が歪む。
「
……
僕だって、」
いっそ殺して残さず食べてやりたかった。
◇
元の世界は監督生に優しかった。
突然現れた娘に両親は腰を抜かしていたが、幻覚や幽霊なんかではなく本物だと気が付いたら泣いて喜ん
でくれた。
両親に挟まれるように抱きしめられたときは触れ合いの少ないさっぱりした家族だと思っていたから驚きはしたけれど、帰ってきた安堵と実感でこちらも大泣きしてしまった。
しばらくは警察だ病院だと忙しかったが、復学もした。
流石に2年間行方不明だったので元の学校へは戻れず通信制になったが無事高校も卒業できたし、短大では念願の女友達だってできた。
男子高校生に紛れて大騒ぎをしていたオンボロ寮の監督生の面影は、もうなかった。
あの夢のような日々も遠く、特に面白おかしいこともなく一端の勤め人として1人暮らしていたとある夏
の日。
その日はまだ真夏にもなっていないのに夜が更けても妙に蒸し暑く、眠れず夜更かししていたユウはどうしてもアイスが恋しくなってしまった。
こんな時間に1人でコンビニ向かうなんていくらあの学園に比べたら治安が良いとはいえあまり褒められた行動ではないが、こちらに帰ってからもう何年も経ったのだ。平和ボケしても許されたいところではある。
この狭いユウだけの城は、風呂トイレ一緒だしキッチンは湯沸かし程度しかできないが徒歩圏内にコンビニがあるのが素晴らしい。お手頃な家賃に見合った築年数だが素晴らしい。まぁ家具付き家賃なしで広々と住めたあの廃墟に比べたら、どこでも素晴らしいかもしれないけど。
それでも綺麗にしてもらった後の、ゴーストたちとかわいい魔獣と住む賑やかなあの洋館は大好きだった。
マブたちと泊まりがけで映画やゲームをしたり、夜中にひっそり訪れるツノの生えた友人とアイス片手にお喋りしたり。うつくしい人魚とお茶会をしたり。
「
……
ここにも誰か呼べたらいいけど」
生憎、短大でできた友人たちとは就職を期に距離が開いてしまったし、そういう相手もいない。
感傷を振り切るように鍵をかけ、ひとりコンビニへ向かった。
無事にコンビニで目当てのアイスを買い、家へ帰る途中。外気温で溶けやしないかとアイスを気にして少し暗い近道を足速に進むと、電柱のすぐ横でしゃがむ影があった。
酔っ払った人間だろうか、寝静まった住宅街に不釣り合いな光景である。気にはかかったが、人気の無いなか声をかけるのも恐ろしく、うずくまる影を横目に通り過ぎる。
途端、衝撃がきて道に倒れた。
「えっ」
なにが起きたのかわからなかった。
突然何かがぶつかってきて、太ももから何かが生えていた。妙に大きな影がすぐそばにいる。
あしをさされた?
混乱しているのかまともに頭が回らず、声も出せず、うずくまって震えることしかできない。
刺されたとこがあっつい。痛い通り越したのかな。クソ、私が何をしたって言うんだ。アイス溶けちゃうなどうしよう。いやもう食べれないかもしれないのか。
これからなにされるんだろう。結局親不孝になっちゃうのかな
……
。
痛みで空回る思考は役に立たず涙が滲む。
せっかくあの想いを振り切って帰ってきたのに、全部良い思い出だったと、こっちでがんばってきたのに。
こんなところで死ぬのだろうか?
「じぇいどせんぱい
……
」
「はい、なんでしょう」
思わず漏れた後悔を含んだ呼びかけに、場にそぐわない涼やかな声が返ってくる。
キツく閉じた瞼を信じられない思いで持ち上げると、美しく笑みを浮かべる男がそこにいた。
「僕に殺されたかったんでしょう?」
◆
痛みに喘ぎ、呆然とする女を眺める。
ジェイドは監督生の足が好きだった。
普段はあまり表情を動かさず静かに過ごしている彼女がこちらを見つけるとパッと笑って、あの短い足を忙しなく動かして走り寄ってくるのが好きだった。
暇を持て余してるときや甘いものを食べるとき、鼻歌を歌いながら浮いた足をプラプラ揺らすのを「行儀が悪いですよ」なんて嗜めながら、どこか心待ちにしていた。
片手に収まりそうなほど小さな足で、僕らの半分しかないんじゃないかと思うほど短い足で(これは以前実際にフロイドが言ってしまい脛に一撃ずつ鋭い蹴りを頂いた)、数々のトラブルを溺れるように泳いで渡っていく彼女が好きだった。
そしておそらく愛していた。
あの手紙がなければ無かったことにできたのに、激情に気がついてしまえばどうしようもない。
◇
「こんばんは監督生さん、お久しぶりです」
「え、あ? なんで
……
?」
「いけませんよ、こんな時間に女性が一人歩きなんて。不審者が出たらどうするんですか?」
戸惑うばかりで反応の鈍いユウを置いて、ため息をこぼしつつジェイドは淡々と続ける。
「僕、あなたの手紙のおかげで気がついたんです。しなくていい我慢をしていたんだなって」
ふふ、と照れたように笑う男を前にユウはいまだ事態が飲み込めず碌な反応ができない。
なぜ。どうして。そんなまさか。こんなところにいるはずがない。
「だから、会いにきてしまいました」
喜んでくれますよね?と歯をのぞかせて囁く姿は、まさしく少女時代に焦がれた思い出の人魚その人であった。
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