ナタで見つかった新たな秘境の調査を依頼された空であったが、別件で他地域に直ぐに発つためどうしても行けなくなってしまった。困り果てていた空だったが、冒険者協会前でそのやりとりをちょうど聞いていたキィニチ、オロルン、そしてちょうどオロルンに会いに来ていたイファが巻き込まれ、三人が代わりに調査に出向いてくれることとなった。
指定の場所に行くと確かに見慣れない秘境の入口ができており、鍵を解放して中に入る。
中はかなり薄暗く、ひやりとした空気が満ちていた。
「なぁオロルン、秘境ってこんなに薄暗いもんなのか?」
職務上滅多に秘境に入ることのないイファは、物珍しさで辺りを見回しながら訊ねる。
「おいおい、きょうだい、マジかよ」
「マジだな。僕はたくさん秘境の調査に参加したことがあるが、今まで行ったことのある秘境で明るいところはそうなかったと思う。たぶん」
「いやオレに返してくれよ、きょうだい」
カクークに向けて答えるオロルンにツッコミを入れるイファを横目に、キィニチは薄暗い空間に目を凝らす。ここの光源は今しがた自分たちが開けて入ってきた扉から差し込んでいるものだけのようだ、何か灯りになるものは……と探していたところ、ばたん!と音を立てて扉が閉ざされた。
「やーいキィニチ、閉じ込められてやんの」
「アハウ、お前も一緒に閉じ込められているって解ってるか?」
唯一の光源が閉ざされたことで、辺りは真っ暗になる。灯りになるものは……と思考を巡らせたキィニチは、アハウの尻尾を掴んだ。
「いってぇ!なにすんだキィニチ!」
燃素でできたアハウの体は、暗闇の中でうすぼんやりと緑色の光を放っている。
「灯りがなくなってしまったからな、丁度いいところに光源があったなと」
「キィニチお前、この偉大なる聖龍クフル・アハウをランタン代わりにしようってのかぁ!?」
しかしながらうすぼんやりと光るだけのアハウでは、辺りの様子などてんで解らなかった。
「それなら、これならどうだろうか。あかるくなるぞ」
オロルンが手のひらに宿霊玉を掲げ、バチバチと雷光を奔らせる。バチッ、バチッとはじける音がするたびに明滅するそれは、確かに部屋全体を照らした。照らしは、したが。
「おいおい、マジかよ」
「すまないオロルン、それを止めてもらって良いだろうか?眼が疲れる……」
「そうか。良い案だと思ったんだが、すまない。それなら」
「待った!あそこに何かあるみたいだぜ」
ちかちかと明滅する灯りのなかで、イファが部屋の奥にある台を見つけた。それならこれを、とソニックアイを部屋に放ろうとしていたオロルンはそれをひっこめる。台の上にはなにやら筒状のものと箱状のものが三つずつ置かれていた。
暗闇を手探りとアハウライトで進み、机の位置にたどり着いた三人と二匹は、それらに手を掛ける。オロルンはおもむろに筒を掴むと、側面にあるでっぱりを押し込む。カチ、という音と共に光が灯り、自身の顔を真下から照らされた。ぼうっ、と暗闇に浮かび上がる二色の目は、酷く気味悪く見えた。
「うわぁぁぁぁ!ビビらせんな!」
「おいおい、きょうだい、マジかよ!」
暗闇の中から現れた顔に二匹が驚き騒いだ。そのままふっと微笑むものだから、不気味さがさらに際立ち、二匹を反応を見ていたイファの背筋にもぞくっとした寒気が這った。
「こええよオロルン!」
「すまない、驚かせようとしたわけじゃないんだ」
申し訳なさそうに言いながら、あと2本ある、とイファとキィニチにライトを渡してスイッチの場所を教える。三人は光源を手にすると、残る箱型の物体を確認することにした。ライトで照らしながら確認したそれは、レンズが二つついており、手に固定できそうなバンドが取り付けられている機械だった。キィニチがその機械を手に取り、注意深く観察する。
「これは……写真機か」
「写真機にしては横長だと思う、それに、僕が知っているものよりも少し重たい」
「おそらくだが、これは映影を撮るための道具だ。ここに音を拾うための機構がある」
ぐるりと回しながら見ていたイファが、収音機のような小さなパーツが付いているのを見つけた。
「映影機か、でもまた、何でこんなところにあるんだ?しかも、三台も」
「二人とも、見てくれ。壁になにか書いてある」
キィニチがライトで照らした壁に、何やら文字が書かれている。一番壁の近くにいたイファがその文言を読み上げた。
「なになに、『この映影機でインパクトのある映像を撮れ』だぁ?」
「いんぱくと……というより、こんな暗闇で、そもそも映るのか?映像って光で影を結んで記録するだろう?」
「なぁきょうだい、秘境ってのはこんな訳のわからない指令を出されるもんなのか?」
「……」
「黙るなって、不安になるだろ」
「……ああ」
「いや、こんなことは稀だ。俺は仕事柄今回みたいに未踏破の秘境の調査も受けたりするが、こんな意味の解らないものはそうそう無い」
「そうなのか!?」
「なんでお前が驚いてるんだ、オロルン。秘境には何度も来てるんだろ?」
「あ、前の方に道があるみたいだ、あっちに進んでみないか」
オロルンははぐらかすように先陣を切って歩き始めた。ライトを付けないままスタスタと歩き、こっちだ、と手招きする。
「そういやお前は夜目が効いたんだったな……カクーク、オロルンを追うからこっちに来てくれ」
「マジかよ!」
足元をライトで照らしながら、オロルンが消えた方向へ歩み出す。キィニチとアハウもそれに続く。
……ひやりと冷えた空気が、ぞわりと一行の足元を撫ぜた。
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ライトの明かりを頼りに、三人と二匹は秘境の奥へと進んでいく。最初はオロルンが先頭を歩いていたのだが、彼が何も照らさないままあちらこちらへ行こうとするせいで何度かはぐれかけたため、キィニチに先頭を代わらせた。隊列としてはキィニチとアハウを先頭に、カクーク、オロルン、イファの順で歩いている。「地面は皆が照らしてくれるから大丈夫だ」と言って、オロルンはライトを持たずに映影機をずっと回している。オロルンの足元を照らしているのはイファのライトだ。
秘境の中は、すこし湿っぽく重い空気が満ちていた。時折床にある水たまりを踏み越えながら少しずつ奥へ進んでいくが、一向に出口らしき気配がない。アハウは疲れたと腕輪に自分から籠り、カクークはイファの帽子の上で寝ている。
ひた ひた ひた
三人がそれでもと奥を目指して歩いていると、オロルンが突然立ち止まった。よそ見をしながら歩いていたイファが、丈のある背に顔をぶつけた。その揺れでカクークも起きてしまう。
「おいおい、きょうだい!」
「すまねぇよそ見してた。……どうした?きょうだい」
「……なぁ、何か聞こえなかったか」
映影機を構えながら、オロルンが両耳を立ててそわそわと周囲の音を拾う。
「いや、オレは特に……」
「俺も特に聞こえてはいないな」
「であれば僕の気のせいかもしれない、足を止めさせてしまってすまない」
しゅん、と申し訳なさそうにオロルンは目を伏せる。
「気にしないでくれ。むしろ、俺たちの中ではオロルンが一番索敵に長けているんだ。気づいたことがあったらどんどん知らせて欲しい」
「わかった、少し注意して辺りを聴いておく」
再び歩みを進める三人。数分歩いた辺りで、またオロルンが足を止めた。気取られないようにか、ひそめた声で二人に告げた。
ひた ひた ひた
「この先の通路の左側になにかが居るかもしれない、なにか……音がする」
報告を聞いたキィニチとイファは顔を見合わせ、頷く。両手剣に手を掛けて壁に寄り添って先の様子を伺うが、先が暗闇に包まれていてなにも見えない。固唾をのんで構える二人を……じぃと見つめながら、オロルンは映影機を回す。
刹那。
――キシャアアアアアッ
耳を劈く奇声が、空気を揺らした。覗き込んでいた影の奥から、どろどろとした何かを纏った触手のようなものが飛びかかってきた。イファが飛びかかってきた何かに灯りを向ける。
濡れ光るそれは、酷く見覚えのある紫色だった。戦争で幾度も切り伏せたアビスの植物状の生物だ。
「うわっ、ミミックパピラか!」
イファは驚いてたじろぎ、一歩引いた。キィニチは対象が何者であるか見定めると、腰を落とし、踏み込んで斬りつけた。だが。
「……?手ごたえが無い、だと?」
確かに斬りつけたはずの対象を、すり抜けた。すかした両手剣が床に刺さる。キィニチはそれを引き抜くと改めて、ミミックパピラ『のような何か』を見据える。未だもごもごと蠢くそれは、いつまた襲ってくるとも限らない。
「幻覚、か?」
キィニチのその疑念は瞬で否定された。再度飛びかかってきたモノを避けて後ろに飛びずさると、先ほどまでキィニチが居た地点の床が、ミミックパピラによって破壊された。
「だが実体への影響は……あるみたいだ」
試してみる、とオロルンは雷を蓄えている宿霊玉をミミックパピラに投げつける。するとその宿霊玉さえも通り抜け、後方の水たまりにバチャンと落ちた。バチバチと雷を水が伝い、その電撃はミミックパピラに伝わっているようで、表皮にパチ、パチと電気が光る。痺れがあるのか多少動きが止まるが、数秒して姿かたちをぐにゃりと変えた。うねうねとのたうつ触手の塊となったそれは、四つに裂けた不気味な口をがばっと広げ、じり、と三人の方を捉えると、ずるずると這ふふい寄るように迫ってきた。
「……キィニチ!オロルン!一旦逃げて対策を考えよう、何かがおかしい!」
イファは叫ぶと、来た道をライトで照らし、駆け戻り始めた。幸いにして速度は遅い、走れば十分に振り切れるだろう。
「ああ、それがよさそうだ。あの敵といい、この秘境自体といい、どうも気味が悪すぎる」
キィニチがそれに追随する。
オロルンは――じぃと触手の塊を見つめながら、映影機をそちらに向けている。
「おいきょうだい!撮ってる場合じゃねぇぞ!」
イファが化物を撮り続けているオロルンを引っ掴み、そのまま引き摺る。
「え?インパクトのある画を撮らなきゃいけないんだろ?」
「命あっての物種だっての!いいから前を向いて逃げろ!キィニチ、すまないがこいつを引っ張るのを手伝ってくれ!」
「きょうだい!マジかよ!マジかよ!」
「じっとしていてくれ、カクーク。オロルンで手いっぱいなんだ」
きょとんとしているオロルンを二人がかりで運び、這い寄る触手から距離を取る。ずるずると這い寄る触手は途中で諦めたようで、追ってはこなくなった。
「何だったんだ、あれは。攻撃が効かなかったぞ」
「ああ、あれはおそらく――」
オロルンがなにか言いかけたが、その背後の暗闇から、ぬぅ、と大きな影が姿を現した。
「オロルン、逃げろ!後ろに何かいる!」
イファとキィニチは飛びずさり、その何かの影へと対峙するように構えを取る。だが、当のオロルンはけろっとし、映影機を掲げたままゆっくりと振り返った。
「やぁ、隊長」
玉座で眠っている筈の彼と同じ姿の影の主へ、オロルンは微笑みながらレンズを向ける。
「……撮るんじゃない。外に出せん映像になるぞ」
「この録画ってどこかに出すものなのか?今までの秘境みたいに、秘境が消失したら一緒に消えるものだと思っていた」
「……それもそうか」
「だろう?僕だって色々覚えたぞ。だてに何度も君と回ってないからな」
得意げにドヤ顔をしているオロルンと、顔は仮面で見えないが声音から優しく見守っているなと察して余りある隊長の周りだけ、なにか別空間のような空気が漂っていた。
「ちょっと待ってくれきょうだい!一体なんだってんだ、この状況は」
「頼むから二人だけで会話しないでくれ。何が起こっているのか理解できない」
イファとキィニチは困惑するほかなかった。『隊長』はオシカ・ナタの玉座で眠っているのではなかったのか。
「……お前、彼らに何も説明せずにここまで降りて来たのか」
「ああ。すまない二人とも、言うほどでもないかなと思っていたんだが……どうやらこの秘境、とても夜神の国と近い空間にあるみたいなんだ」
「はぁ!?」
「だから隊長がここに来れている。……たぶん」
オロルンはあってるか?と隊長の方を向いて小首をかしげた。隊長は小さく溜め息を吐き、二人に憐みの目を向けながら低い声で語り掛けた。
「間違ってはいないが……まぁいい、俺から話そう」
隊長はことの経緯を簡潔に話してくれた。
この秘境がちょうど夜神の国と現世との境目にあること、同様の秘境が最近いくつも発生していること、現世と夜神の国両方に扉が出現すること、それをオロルンが現世側、隊長が夜神側から入り、踏破の後に破壊していたこと。
「それで、破壊する前に冒険者協会にここが見つかってしまった。じいちゃ……旅人に依頼が行ってしまった時はどうしようかと思った」
「通常の秘境より昏いのは、半分夜神の国のような場所だからということか。なるほど……」
「現世側の出口はあちらだ。この道を真っすぐ進むといい」
隊長が指し示した道は、先ほど通過した通路だった。
「待ってくれ。あっちはさっき通ってきたが、出口らしきものは何もなかったぞ」
「それはそうだ、だってあの時はまだ『条件』を達成していなかったからな」
相も変わらず映影機を掲げながら、オロルンが平然と言ってのける。
「今回はかなりマシな条件だったようだな」
「ああ。『一糸纏わず獣舞劇を踊ってくれ』とかじゃなくて本当によかった。今回はみんなも居たからな……恥ずかしい条件だったらどうしようと思っていた。充分撮れただろうから、今出口を開けてしまおう」
隊長が現世側出口だ、と指した部屋に全員で移動した。オロルンは部屋の中央に録画を撮りためた映影機を置いた。巫術だろうか、手を掲げ目を閉じると紫色の煙が映影機を囲むように沸いた。煙の中からぼや、と薄黄色の光が現れ、そして立ち消えた。立ち消えると同時に、なにもなかった部屋の奥に、複雑な紋様のホログラム……一般的な秘境出口に現れる転送装置が出現した。
「……今回の主は、恐怖映影を撮りたかったのに願い叶わず死んでしまった者の魂だったみたいだ」
「お前たちが奥で遭遇したミミックのような化物も、こいつの思念だったのだろう」
「だから物理攻撃が効かなかったってことか……」
転送装置に触れ、三人と二匹(うち1匹は飽きたのか寝ていて腕輪から出てこないが)は外へと出る。
「隊長、またな」
「……できるなら、こういう事態が発生しないことを願うがな」
「またな」
「……ああ」
出口として転送された先は秘境の入り口のすぐ横であった。扉こそ閉まっているが、入口の建造物はまだ残っている。
「二人ともすまない、最後にこれを壊すのを手伝ってくれ。……僕一人だと、いつもこれに一番時間がかかるんだ」
石煉瓦でできた入口を三人で――主にキィニチが壊してくれた。
「ありがとう、二人とも。あと……今日見た隊長のことは他言無用、内密に頼む。隊長からの頼みなんだ」
「……炎神様には報告したほうがいいんじゃないか?ナタの問題だろう」
「それが……絡んでるのはどうもナタだけじゃないみたいなんだ。事態が掴めるまでは、内密にしたい。ことが大きくならないように現世側は僕ひとりで対処して回っている。時が来たら、きっと隊長から炎神様に言うだろう」
「事情があるなら仕方ないか、冒険者協会には踏破と危険だから潰したと俺から報告を入れておこう。……先に行く。報酬は取り置いてもらうから、あとで各自協会に行ってくれ」
キィニチは立ち上がり、聖火競技場の方へと跳んでいった。残されたオロルンとイファとカクークは少し茜色に染まり始めた空を見上げる。
「なぁきょうだい、今日みたいなことをずっとやっているのか」
「ああ」
「お前のそういうところは今に始まったことじゃないけど、あまり一人で背負うなよ?」
「……一人じゃ、ないさ」
「……そうかい。ところでその手に持っているのは何だ」
しんみりと語っていた二人だったが、イファはオロルンが何か手に握っていることに気づいてしまった。
「ああ……これは、映影機だ」
「消えるんじゃなかったのか?」
「なぜか持ち出せてしまった。僕が撮った初めての映影だ、記念すべきものを持ち帰れてうれしい」
「……持ち出していいのか?それは」
「大丈夫だ……たぶんな」
ツッコミ疲れたイファは辟易した様子でオロルンに別れを告げ、花翼の自宅へと帰っていった。
「まったく、オレ達は何を見せられていたんだ……」
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その夜、夢枕に立った隊長にオロルンが叱られたのは言うまでもなかった。オロルンの机に置かれていた映影機はボタンのところが謎の力――おそらく隊長が何かしたのだろう――によって押せなくなった。
「だって!これなら君をいつでも見られるじゃないか!」
「……逢いたいならこうやって出て来てやるし、ここ最近はあの秘境の関係でよく逢っているだろう。だから現世に証拠を持ち込むな」
「……言ったからな?」
「二言は無い」
ナイトキャップを被って眠っているオロルンの寝顔は、口角が上がり大層嬉しそうなものだった。
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