ナスカ
2025-03-20 17:09:06
5275文字
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色彩への敬意〜実写版白雪姫感想〜

本日(2025/03/20)から公開の実写版白雪姫の感想文です。

皆さんグッドハーブニング! ナスカです!

今日(2025/03/20)は、本日より公開の実写版『白雪姫』を観て参りました!

こちらも『実写版 リトル・マーメイド』同様、公開前からアレコレ意見が飛び交っておりましたね……どちらかと言うと、役者さんの発言絡みで……。正直なところ、私もその発言絡みで「今回の実写、本当に大丈夫?」とかなり心配をしていました。

これまで数あるディズニー長編アニメーションが実写化されてきましたが、何と言っても『白雪姫』は特別です。では一体何が特別なのか。

1937年に公開された『白雪姫』こと『snow white and seven dwarfs』は、ディズニー長編アニメーション作品の第一作、そして世界初の『長編カラーアニメーション』です。それまでカラー作品はあれども、短編ばかり。この頃はアニメーションは短編であることが当たり前の時代でした。

しかし、『snow white and seven dwarfs』はその常識を打ち破りました。鮮やかな色彩、生き生きとしたキャラクター、愉快な音楽、(当時としては)長尺のストーリー……あらゆる要素が評価され、その名を歴史に残したのです。

いつの世も第一作というのは特別なもの。そんな『白雪姫』を実写化するのは、『リトル・マーメイド』や『シンデレラ』等とはまた違う意味を持つのです。

長々と前置きを述べましたが、この辺りで感想に移りたいと思います。


まず全体的な感想になりますが、『想像よりも悪くない』でした。1937年版を下敷きにしつつ、それを掘り下げたら見えてくるものや、作品内の重要な要素をストーリーに組み込んでおりました。
要はグリム版を下敷きに作られたのが1937年版なら、1937年版を下敷きに作られたのが本作なのです。

とにかく映像作りの美しさが目を引きました。本作の白雪姫は1937年版同様、赤、青、黄からなるドレスを身にまとっています。何故かと言うと、『それが王国の文化だから』なのです。空の青、特産品であるリンゴの赤、温かな陽射しの黄色。白雪姫だけでなく、王国中の人々がその色に慣れ親しんでいました。

勿論、それは1937年版の白雪姫をオマージュしたカラーコーディネートなのでしょう。ですが、色彩の面からオマージュがなされているというのは、『初の長編カラーアニメーション』である『snow white and seven dwarfs』への敬意を感じられます。

また、序盤のシーンで桃色の花をつけた木が登場します。そして1937年版では『one song』の場面で、桃色の花をつけた木が登場するのです。少しだけしか出番がなくとも、色から受けるイメージは大きなもの。あそこにあの木を配置することを決めた方は素晴らしいです。

しかしやや説教臭い面や『またプリンセス批判か〜』感じる台詞もありました。それは昨今のディズニー社がよくやっていることなので、まあ仕方ないでしょう。

しかし今回は、説教臭い面に関しては『何故白雪姫は心が美しいのか』という疑問にフォーカスされているように感じました。

説教臭く感じるのは、ストーリーが道徳的だということです。それは『心の美しさ=優しさ』を持った人物が主人公である証なのではないでしょうか。白雪姫の優しさは『良い環境』による賜物であり、人々を幸せにしていたそれが失われた。ならば取り戻さんとするのは当然の帰結。説教臭さこそが何よりも『心の美しさ』を証明するとは、何ともうまく運んだものです。


ではこの辺りで、各キャラクターについてつらつら語っていきたいと思います。

まずは主人公の白雪姫。
彼女は良き君主である両親に育てられ、『分け合うこと』が大切だと教えられてきました。自ら民の中に混ざり、自分の持っている花冠を城下の娘に差し出すような女の子です。
ぶっちゃけ、1937年版の白雪姫とはかなり異なった性格の持ち主です。実写版のアリエルがアニメーション版のアリエルの延長上にいたのとは、ある意味で対極的になります。しかし『白雪姫の優しさは何処から来るのか』という掘り下げがなされており、それに見合った性格付けだと思いました。
七人もいる小人の名前を覚えられたことも、『名前を知っておくのは大事と母から教えられた』という設定づけがあります。君主にとって、人の名前を覚えるというのはかなり重要なことですからね。
演者であるレイチェル・ゼグラーの歌声は美しく(今回観たのは字幕版)、『someday my prince will come』を歌わなかったことを惜しく思います。しかし『Whistle While You Work』の間奏で、その伸びやかな歌声から『白雪姫らしさ』の片鱗を感じ取りました。あの高音は、アドリアナ・カセロッティにしか出せないと思っていたのに! そりゃ白雪姫役に選ばれるだけはありますね。

次はヴィランである悪い女王。
1937年版同様、妻を亡くした王の元へ姿を現した美貌の女性です。明確な説明こそありませんでしたが、魔法使いでもある模様。人々の前で赤い薔薇を白い薔薇に変えてみせるなど、その能力は疑う余地無しです。
しかし彼女は自身の美に執着し、己を飾り立てるために宝石を徴収。豊かな生活のために食物を独占します。うーん強欲。白雪姫を使用人に格下げし、彼女が少しでも意見しようものなら『お前は甘い』『優しさなどいらない』『言えるものなら言ってみろ』と封殺。THE•嫌な継母って感じです。
今回の彼女の見どころは、何と言っても専用の曲が付いたこと! 『美は正義』を高らかに歌う、直球ど真ん中なヴィランソングです。普段はアニメーション版の要素を残したオリジナル衣装の女王ですが、この時ばかりは立襟に長いマントの、見覚えしかないあの衣装を着るのです! 「白雪姫を探し出せ!」と兵士たちに命令を出すところで着ているので、正装って感じなんでしょうね。

続いては愉快な七人の小人たち。
役どころはほとんど変わらずコメディリリーフでありながら、作品の主題と言える『何故白雪姫は心が美しいのか』という要素に大いに関わってきます。
思い返してみれば、1937年版の頃から彼らは結構な場面で喧嘩や押し付け合いをしていました。それをコメディだけではなく、ストーリーの一部に組み込まれ、より意味のあるものとなったのです。
また、小人ことドワーフである彼らは長生き。そのため、王国中からも忘れられていた白雪姫のことも名前を聞いただけで『あぁ、お姫様の白雪さんだ!』となるわけです。
そして彼らと言えば、名曲『ハイ・ホー』。1937年版では間奏だけだった部分に新しい歌詞が加わり、それが小人たちの個性を紹介する曲にもなっているのです。宝石掘削のシーンも、本国にあるアトラクション『七人の小人のマイントレイン』を思わせるトロッコの使ったものになっていたり、1937年版同様ドーピーが宝石を目の上に置く、というものもあります。
ドーピーと言えば、白雪姫との絆が色濃く描かれたのが印象的でした。彼は元来一切言葉を話さないキャラクターです。それを今作の白雪姫における『女王に意見を掻き消された経験』に重ね合わせることで、二人の間に芽生えた仲に説得力を与えてきました。これがまさかあのエンディングに大化けするのですから、いやはや見事でした。

最後に、今作のオリジナルキャラクターであるジョナサン。王子様がオミットされてしまったので、その代わりと言える存在です。彼は『王の名の下に』盗みを行う盗賊のボスで、どちらかというとユージーンに近い属性を感じます。泥棒といえばアラジンもいますが、ジョナサンは『自分のために盗む』人物。アラジンのように、お腹をすかせた子どもに食べ物を与えるような人物ではないでしょう。
しかし彼もまた白雪姫と対照的な存在として描かれています。白雪姫が『利他的』ならばジョナサンは『自己中心的』というのはわかりやすいでしょう。ですがもうひとつ、大きな要素があります。
白雪姫は紛れもない王の娘です。ですが置かれた状況から、ほとんど身動きができませんでした。それに対しジョナサンは平民でありながら、『王の名の下に』活動を行う存在です。彼との出会いは、白雪姫を奮い立たせる大きな力になったことでしょう。
彼には数人の仲間がいますが、特に印象的なのは『弓の名手』を名乗るクイッグですね。やたら目立つおもしろ野郎ですが、まさかあんな大役を果たすとは……


さて、物語後半で白雪姫は1937年版通り、リンゴを食べて死んで、真実の愛のキスで生き返ります。シーンの細々は多少違いますが、流れはほぼ一緒です。ですがこの白雪姫の目標が『かつての王国の復興』であるし以上「幸せなキスをして終了」というわけにもいきません。ここからが実写版の見どころでしょう。

白雪姫は真っ赤なローブを身に付け、城下へと戻りました。女王により豊かさを奪われた人々は、その鮮烈な赤色に何事かと目を奪われます。フードを脱いでその顔を顕にした白雪姫にハッとしたのは、かつて彼女から花冠をプレゼントされた平民の子でした。彼女はかつてもらった花冠を今でも大切にしており、それを被って、城へと向かう白雪姫に同行する最初の一人となりました。

それに続いて、どんどん人々は白雪姫の後ろに付いていきます。おや? 白雪姫は民の間から忘れ去られていたのでは? と思いましたが、その答えはしっかり明かされています。

女王は、花(白雪姫)は枯れるが宝石(自分)は美しいままだと演説して自身の正当性を強調。その上で白雪姫に「私から国を取り戻すなら私を殺してみろ」と宝石で作り上げたナイフを差し出しました。これよこれ!憎き相手を前にして、それをどう乗り越えるのか。女王が殺しという手段を取ったならば、白雪姫がそれを試されるのは当然の流れ。

ですが白雪姫は女王を殺すことを拒否。まあそうだよね。そんなことさせられるわけないよね。女王は近くにいた兵士に「姫を皆の前で殺せ」と命令。この流れ、一体どうするんだ?

白雪姫が突然「ポール」と言いました。知らん名前だと思いましたが、それは殺しを命じられた兵士の名前。名前を覚えることができることが、大きな伏線になっていたなんて! ポール以外にも、白雪姫は名前を覚えていました。マシュー、ウィリアム、彼らの名前だけでなく、かつての職業まで。

女王に支配された王国で、人々はかつての日々を忘れたかと思われていました。しかし、彼らは覚えていたのです。忘れたと見せかけなければ、きっと命を奪われたことでしょう。

こうなったら女王自らが白雪姫を殺すほかありません。宝石のナイフをポールからひったくり、白雪姫にその刃を向けました。

ガシャーンッ!!

ク、クイッグーーーっ!!! お前かーーーっ!!!ジョナサンは仲間を引き連れ、小人たちと共に城へ潜入していました。 私はこういう演出好きだよーーーっ!!

朽ちないとされた宝石のナイフは見事に壊れてしまいました。思えば枯れる花も、壊れない宝石も、全て女王の手の中で行われていた芝居に過ぎません。女王は城の中へ逃げ、魔法の鏡に『なんで私は美しくないの!?!?』とキレ散らかしました。魔法の鏡は『お前何にもわかってねぇな〜』というテンション。女王は錫杖を鏡に投げつけ、バキバキに割れた鏡面と共に自らも崩れてしまいました。この自滅っぷり、1937年版に似てますね〜。

さて、悪の女王がいなくなった王国に白雪姫は新女王として即位。『むかしむかしあるところに、立派な女王が国を治めていました』とナレーションの如く彼女の物語を読み上げているのは……えっ!? ドーピーじゃん!?!??!??! ってことは、最初にナレーションしてたのもドーピーなの……!?!? 喋らないキャラとして生まれた彼がこんな大役を……ひぃ〜〜〜〜!!! 良い!!!!!

即位の祝いかジョナサンとの結婚式かは不明ですが、王国中の人々は真っ白な服を着て街を真っ白に飾り立て、歌い踊る場面で物語は締められました。


今作は、1937年版の『snow white and seven dwarfs』とはだいぶ毛色が違うかもしれません。しかし『何故白雪姫は心が美しいのか』ということを十分に描ききったと思います。何より私は、作品全体のカラーコーディネートが非常に気に入りました。それは『世界初の長編カラーアニメーション』として作られた『snow white and seven dwarfs』への、最大の敬意だと思うからです。

といったところで、今回の感想は以上です。近い内に吹き替え版も観に行きたいですね。ドーピーがあの風間俊介さんなのが凄すぎて!

ではではまたどこかの感想で!