いまち
2025-03-20 10:04:56
14170文字
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解けた想いを結い直す


 話をするにしてもまずは居ずまいを正そう。考えたリリアは娘を元の場所に座らせ、自身はその右手へ触れない程度に距離を空けて座り込んだ。できることなら面と向かって座りたいところであるが、今は気まずさゆえに向かい合う気にはなれなかった。
 とはいえ、隣に掛けるだけでもリリアの肝はヒヤヒヤしていた。なんせ、物理的に投げるほどの拒否を食らったのだ。隣に座すのですら拒まれようものなら心がべきょっとヘシ折れるかも分からない。ゆえにヒヤヒヤしていた。けれど、おっかなびっくりで隣に掛けたリリアに対し、娘はこれといった反応は示さなかった。
 この程度であれば娘的にはセーフらしい。嫌われきっているわけではなさそうなことにほっとし、リリアはそっと呼吸を整えた。それからざわつくおつむを宥めて心を無にし、極力余計なことを考えないようにしながら、娘へ愛を伝えた晩のことを思い出した。
 一世一代の愛の告白にもかかわらず、ものの見事な空振りに終わってしまったあれである。その結果が今の状況なものだから、いたたまれないやら恥ずかしいやらである。いっそ叫びたいところではあるが、ここでンな奇行に走ろうものならいよいよおしまいである。ので、大きなため息と共にその衝動を吐き出すに留めた。
(きっつ……
 かつて行ったマレノア姫へ求婚と違い、今回はいい歳ぶっこいた大人がやっちまったことである。ゆえにリリアはしんどかった。あの勘違いの晩以降、もんのすごーくはしゃいでいた自覚があるだけにマヂでしんどかった。なんなら亭主面した覚えもあるものだから、たっぷりの羞恥心でもって埋まりてぇな気持ちになってしまう。
 こうなりゃ心の数少ない脆い所がぬかるみにどぶどぶ沈んでいくようなもの。え、俺こんな弱かったん? などと、どこか他人事に思いながらリリアはメンタルを闇に沈めていった。
「あーっ! やめだやめ!!」
 告白をしくってメンタルが闇落ちしかけた思春期蝙蝠ちゃんであるが、これでも天下の右大将である。気を抜いたらマジモンの死が待っている戦場を駆けている身、腑抜けてる場合じゃねぇと瞬時に気を持ち直した。
「へ!?」
……なんでもねぇ」
「はぁ、そうですか……?」
 つい口に出してやらかしてしまった。やらかしの上乗せにリリアはせっかく持ち直した気を落とし直してしまった。落ち着いたとも落ち込んだとも言い難いが一応は鎮まった頭でもって、リリアはきょとんとする娘を横目にもう一度考え始めた。
 あの晩、自身の想いを言葉にして伝え、娘はそれに頷いた。それは記憶違いではないはずだ。普段はどんな状況でも緊張感のねぇのん気な面をしていた娘が見たことのないほど真剣な面持ちでいたのだ。それがまたえらく新鮮で魅力的だったものだから、リリアの記憶にもキュンした胸にもしっかりはっきり刻まれている。だから、娘が頷いたのは間違いない。
 であれば、あの言葉に誤解があったのやもしれぬ。なら、娘はリリアの言葉をどう受け止め「分かった」と頷いたのかだ。まずはそこを聞かにゃならんと考え、リリアは肩を落とした。
「ぐぅ……
「リリアさん?」
 あの時のことを掘り返すのは自身の傷口に塩を塗り込むに近い。できれば触れたくない話題であるが、今後のためにもここで聞かにゃ話にならない。リリアは意を決し、聞きたくねぇな気持ちを押し込め、息を整え、娘に目を向けた。
「おい、ガキ。ひとつ確認だ」
「? なんですか?」
 落ち着こうとする気持ちはあった。けれど、ここにきてガキ呼ばわりをするほどにリリアはテンパっていた。けども、娘はリリアのガキ呼びを気にするふうもなく、いつも通りに返した。そこにもまた互いの温度差が見えてしまいリリアのメンタルがぐらっと傾いた。
「前に――
 それでもどうにか気を持ち直して娘にあの夜の話を振った。幸か不幸か、娘もあの晩の会話は覚えていたらしい。そこでどんな返答がくるのかビビりつつ、どう解釈したのかと問えば、娘はちぃとばかり困ったような色を浮かべ、ぴよっと首を傾げた。
「え? えと、私をこの隊の一員だって認めてくれた。って話じゃないんですか?」
 リリアの解釈にバツがついた瞬間である。リリアの顔が強張った。そんなリリアの顔に娘もまたヤバな気配を察しびくりと身を震わせた。
「あ、あのぅ?」
……違ぇな」
「えっ?」
 なにをどうしてそんな勘違いをしやがった。娘のすっとぼけた回答にリリアの気持ちはガクっと下がった。下がった気持ちはそのまま面と態度に出てしまい、リリアはしょんぼりと項垂れた。そして、しょぼくれたリリアを見た娘もまたやべぇ勘違いをしてしまったのでは? と焦り出してしまった。
 娘にしてみればようやく隊の一員とひて認められたと喜び働いていたところに下世話な仕事を振られた上(※勘違い)、「お前別に仲間ちゃうし」などと立場を否定されたようなものである。なんならいかがわしい仕事を振っていいとされるほど(誤解)自身を貶められたと思うまであった。こっちはこっちで傷は深い。
 とはいえ、そこでぴよぴよするほど娘もヤワではない。世界と400年の時を超えてきた身は伊達ではない。好きピの考えが分からなさ過ぎてぐずぐずになりそうなのを堪え、まずはあの晩のリリアの言葉の意味を知ろうと考えた。ざわつく胸をおさえ、おずおずとリリアの横顔を見つめる。
「え、と、認められてなかったんですか?」
「は? そりゃとっくにだろ」
「へ?」
 なんでもねぇようにけろっと言ってのけたリリアに娘ははてと首をひねった。ならなぜリリアはひっでぇことを言ってヤなことをしてくれたんだ、と疑問がよぎる。
 頭にハテナを浮かべる娘にリリアもまた何言ってんだな顔で続けた。
「姫様がお前を受け入れたんだからそうだろうが」
「そー、なんですか?」
 精霊と心を通わし、その力を引き出せる娘をマレノア姫はいたく気に入っているのは事実である。というか溺愛のメロメロであり、隊から取り上げようとしたことすらある。
 そんなことも娘の記憶にはあった。けれど、姫が甘いような顔をするのは男所帯に女ひとりなどという状況に同情してくれてるのかも。と、娘は考えていた。マレノア姫にしては絶対にありえないことではあるが、娘は根っからのお人好しであるがゆえ、かようなとんでもねぇ思い違いはしがちなのである。
 またも娘がでっけぇ勘違いをしている横で、なんとなく空気が和らいだのを感じたリリアは薄く笑って続けた。
……まぁ、バウルはあんな態度だがな。お前さんのことは嫌っちゃいねぇよ」
「そうなんですか?」
「あぁ」
……なら、よかったです」
 娘は言葉通り嬉しそうにぴよぴよ笑った。過去の世界とはいえ、友人の祖父であるバウルに睨まれるのはよく知らん妖精にそうされるよりちょぴっと辛かったのだ。なので、そうでないと知りほっとしたのだ。その笑顔にリリアの気持ちはまたもでろっとぐらついた。
 娘の笑顔はたいへん好ましいものである。けれど、ほかの男の話で引き出されるのはすんげー嫌だと思い、リリアは唇を噛み締めた。けど、今は唇を荒らしている場合ではない。このほんわかな空気を保ち、事態の修復に当たりたいところである。
 そのためにも慎重に言葉を辿らなければまた事態はツイステッドしてしまう。まずは誤解を解き、改めて自身の気持ちを伝えねばならない。これに対し、リリアは茹ったおつむがつんと冷えるのを感じた。
 つまりは、またあのえっぐい緊張を覚えねばならないわけである。以前誤解を与えた時の内臓を引っ掻き回されたような心地を思い出し、イヤな汗が噴き出るのを感じながらリリアは嘆いた。けれど、挑まねば娘を得られない、娘を得られなければ心底後悔してしまうだろう。覚悟を決めたリリアは呼吸を整え、娘を見つめた。
「で、だ」
「はい」
……
 いよいよ本題――ではあるが、どう切り出したものかリリアは言葉に詰まった。なんせ、想いと愛をブチ撒けるための勇気は先の大爆死告白の際に使いきったばかりであり、未だ充填中なのだ。おまけに先の失敗があるものだから、勢いで突っ走る気にもなれぬ。百戦錬磨の右大将でありながら、敵前にしてビビって日和ってしまっていた。
 すっかり及び腰になったリリアがどう言ったものかと顔をしかめながら言葉を探していると、娘は唐突に「あ」と声を上げ、勢いよくリリアに向き直った。
「だったら、あのお話ってなんだったんですか?」
 リリアが迷ってぐずぐずしているうちに当の娘から話を振られてしまった。渡りに船ではあるが、先に切り出されたんではちょぴっとばかし負けた感もある。けれど、ここでもたついても話は進まぬ。これ以上醜態を晒してなるものか。リリアは腹を括った。
「そりゃ、お前が……
「はい」
……
 つもりだったけれど、なかなかどうして思い切りが悪かった。なんせ、今からするのは正真正銘愛の告白(二回目)である。前回ですっかり気力を使い果たした上、今回はなんの準備もしていないのだ。「よっしゃ”男”になったろ!」な心構えこそあったものの、下心満載なおつむで挑むにはちぃとばかし分が悪い。
 (これから)キレイな思い出(になる予定)に下心は挟みたくないので。ガサツが髷を結ってうろついているような男であれど、年相応の恋にはそれなりに夢を抱いていた。かわいらしいことである。
 やる気だけが空回り、意味もなく焦る気持ちをどうにか落ち着かせ、リリアはじっと娘を見つめた。娘はいつもと変わらぬ様子で色濃いすみれ色の瞳をリリアに向けている。それがまたかわちく見えるものだからリリアの胸も高鳴るというもの。
 キュンする胸はヘタに動いて失敗して気まずくなるよりは今の心地いい距離感でいた方がよくなくなーい。などと誘って来やがった。しかしそれでは娘は得られない。それは非常にまずいものだった。このまま娘を独り身のまま放置してしまえばどこぞの雄に掻っ攫われしまうのは想像に難くないのだ。
 なんせ娘の妖精ホイホイ体質は人間嫌いのマレノアでさえメロメロにしてしまうもの、並みの妖精であればあっさり落ちてしまう。よく知らん男にホイホイ奪われるのはとてもじゃないが許せねえことである。いるんだかいないんだか分からない相手に腹を立てながら、リリアは今一度娘に目を向けた。
……お前を」
「えと、はい」
 いざ口を開いた途端、言わんとしていた言葉が頭から消し飛びリリアは焦った。その上、ただでさえ収拾がつくか怪しい状況でまたずっこけてしまったらどうしよう。と、メンタルの闇落ち部分に後ろ頭を引っ掴まれた。けれど、これ以上ことを長引かせてもロクなことにならないのはリリアにも想像がつく。
 バチッといい感じに決めてぇところであるが、緊張と下心で茹だったおつむにやったれというのは無茶なこと。がばっと気持ちを伝えたい、けれど娘にヤな顔をされたくない、じゃあなんと言えば? 親友だったらどう伝えるだろう。と、脳裏に憎たらしい顔を描きながらリリアはゆっくり口を開いた。
「お前を、俺のモノにしてぇ、っつったら、どうする?」
「へ? え?」
 そしてどうにか絞り出した言葉がこれである。最後の最後に臆病風に吹かれてしまい、なんとも締まりのないことである。イマジナリー幼馴染はまるで役に立たなかった。
 言い方がこうなものだから、娘にリリアの意図が伝わらなかったらしい、頭の上にハテナを浮かべたような顔でぴよっと首を傾げた。
「えっと、私は物じゃないので。そう言われましても、ちょっと……
「そうじゃねぇ!」
「ぴゃっ!?」
 娘が思ったんと違う受け取り方をしてしまい、動揺したリリアはつい大声を上げてしまった。目を丸くする娘にやってしまったと遅れて気付き、リリアもまたばつが悪そうに俯いた。とんだ茶番である。
「っ、悪ぃ」
「あ、いえ、へーきです。その、すみません。リリアさんのおっしゃる意味が分からなくて……
「だっ、から。あー、なんだ。……俺は、」
「はい……
「お前と……一緒になりてぇ、つってんだよ」
…………はぇ?」
 やっと出てきた、リリアのごくごく小さな声で紡がれた言葉に娘は話を聞く姿勢のまま固まった。そんな顔を見てしまえば女心のおの字も解せぬリリアとてやらかしの気配に気づくというもの。失恋二回目の気配をギュンギュン感じ、リリアはすっかり気落ちしてしまった。
 こうなりゃっとと場を治めてトンズラここう。そしてこの小っ恥ずかしい出来事を記憶の遥か彼方へ追いやろう。ちょっと憂さ晴らしがてら銀の梟共の砦を落としてくるわ。などと決め、リリアはこの場を去ろうと立ち上がった。
「ぶっ!?」
 けれど、娘がリリアの腰布を掴んでいたためにそれは叶わず、思い切り尻もちをついてしまった。
「てめ……っ!」
 これ以上俺を辱めようってか!? などと見当違いな被害者意識をもって、尻もちをつきながらリリアは娘を見やった。娘は俯きながら強く口を結び、瞳には涙が浮かんでいる。見るからに泣きそうな顔をする娘にリリアの羞恥心は遥か彼方へ吹っ飛んだ。
 泣いてる子供の相手なんて分かんねぇよ! 思わず叫びそうになったリリアであるが、相手は自身の惚れた女である。無神経が甲冑を着て走り回っているような男であれど、己のせいでメソメソしているのに放置できるほどリリアは終わっていなかった。これにはリコリス姐さん(八百二十六歳淫魔)もにっこりである。
 けれど、リリアは困った。たいそう困った。なんせ、惚れた女に泣かされたことは数あれど、泣かれたことなどついぞなかったのだ。しかし、泣かせたのは間違いなく自身である。慰めるなり宥めるなりしなければならないし、せんとする気持ちはあれど、どうすりゃいいのかさっぱりであった。というか好意を伝えただけで泣かれるとは思わず、なんなら泣きたいのは己の方とさえ思い始めてしまった。
「泣くほどヤダってか?」
 そして、黙ってるわけにはいかないと焦りながら出てきた言葉がこれである。
 リリア自身も言ってて悲しくなるも、せめてもの意地でそうと悟らせないよう拗ねたフリをして娘に問うた。けども娘は幼気な面を歪めながら大きくかぶりを振るだけだった。
……んだよ。あー、なんだ。一旦落ちつけ」
「ぁい……
 娘は頷くと膝を抱えて座り直した。立てた膝に顔を埋め、落ち着かんとしてか大きく深呼吸を繰り返す。娘の手が腰布から離れリリアもようやく動けるようになった。けども、できるからといって今さらトンズラこくわけにもいかず、一人ぶんの間を空け娘の隣に腰掛けた。
 気の利く男であれば娘を落ち着けるために髪を撫でるなり背中をさするなりしたところである。けどもここにいるのはそんな気なんて使ったこともなければ、使われたこともない無骨ないち武人である。余計な口を利かないだけまだマシというもの。
 こんな時、幼馴染だったらどうしたろうと思いつつ、リリアはじっと娘の様子を伺った。

+++++

 ほどなくして落ち着きを取り戻したか、娘はゆっくり顔を上げ、肩を竦めながらリリアに向き直った。
「すみません、取り乱しちゃって……
「別に。気にしちゃいねぇよ」
 などと口にしたリリアであるが、実のところはちゃめちゃに気にしている。これまでにしてきた勘違いやらで気分はすっかりベコベコにヘコみ、心はズタズタのボロ雑巾になりかけなので。けれど、いい歳こいてブロークンハートな様を面や態度に出せるほど青くはない。動揺しているのを悟られたくないため「え? なんとも思っちゃいませんが?」とばかりのスカした面を作っていた。かわいらしい抵抗である。
 そんなものだから、娘は娘で「もしかして冗談だったのかも」と思うなどしてしまい、なんとも言えねぇ顔になってしまった。しかし、リリアはいっぱいいっぱいなものだから娘のモヤモヤを汲めるはずもなく。
「んで、泣くほどヤだったのかよ」
 かように蒸し返し、自分の傷をえぐってしまったのであった。
 自虐と自嘲のコンボを決めるリリアに娘は困ったように眉尻を下げ、ぴょこぴょこ小さくかぶりを振った。ぽよぽよの胸の上で編んだ髪が合わせて揺れる。そのまま娘はもじもじと膝を抱え、目線は自身のつま先に向けていた。
「すごく、びっくりしちゃっただけです……
「イヤなんじゃねぇか」
「違います! ……その、リリアさんとはそうなりたいって、ずっと、その、思ってたので」
 恥じらう様子を見せ娘は「ぽっ」と頬を染めた。可愛らしい告白を耳にし、リリアはぽかんと口を開けながら娘の横顔を食い入るように見つめてしまった。とんでもねぇ間抜け面ではあるが、娘の目線は変わらずつま先に向いているためセーフである。
 数秒ののちリリアは自身の間抜け面に気付き、はっと口元を手で覆う。「え? 今すっごいアホ面してなかった!? 見られてない?」などと内心焦り、恥じらう娘に胸を高鳴らせ、ものすんごく気分がブチ上がるのを感じながら、固唾を飲んだ。
「おま、それ」
――でも、ダメだと思うんです」
「は?」
 娘の胸の内を聞き一瞬舞い上がったリリアであるが、すぐ零された一言によりそんな気持ちは叩き落されてしまった。
 聞き間違いかと娘の横顔をガン見するも、娘は先のゆるふわはぴはぴ乙女のような顔から一転し、なんとも寂しげなしょぼくれた顔を俯けていた。
 リリアにはまるで意味が分からなかった。娘の弁によればお互い好き合っているはずである。それなのに何がダメとぬかすかこの小娘は。などと口から出かかるのを堪えながら娘をじぃっと睨めつけた。
「なにがダメなんだよ」
 けども堪え性のない口はそれをあっさり零してしまう。自らから発せられた唸るような声にリリアはヤベッとはっとした、同時に娘もヤバッと顔を上げた。そうして間の悪いことに睨みを利かせたリリアとしょぼくれた娘と目が合ってしまった。ひでぇマッチングが成立した瞬間である。リリアに睨まれた娘は慌てふためきながらかぶりを振った。
「あ、と、その! ダメというか、リリアさんにはもっといい方がいるんじゃないかなー、って」
「お前、なに言ってんだ?」
「だって、その、右大将さまですし」
 あまりにもトンチンカンなことを口走る娘にリリアの気はぬるっと抜けた。リリアとて自身の立ち位置を知らぬわけではない。右大将の肩書きにさしたる思い入れなぞなくとも、その重さは十分理解していた。けど、肩書きが右大将であろうがいち兵卒であろうがリリア自身は好いた相手と一緒になりたいと思うだけだ。けど、娘はどういうわけかそれをネックと思っているらしい。
「なら――
 右大将を退けば考えてくれるのか。勢い余って口から出かかったけれど、今の時世でそれは悪手でしかない。色で鈍った思考でもっても理解できる。そもそも、突っ走る前に娘の本意を聞き出すのが先だ。思い込みで一度事故っているのにこれ以上醜態を晒すわけにゃいかねぇ。と、リリアは出かかった世迷言をどうにか飲み込んだ。
「? なんですか?」
――んでもねぇ。あー、なんだ、俺が右大将だからなんだってんだ」
「だからその、右大将さまなら、私よりずぅっとふさわしい方がいると思うんです。……その、マレノアさま、とか」
 娘はかく言うものの、二人はマレノア姫から「早よくっつかんかい」などと冗談まじりにせっつかれている。公認の仲のようなものだから、娘が身を引く理由はなかった。そして立場の話をするのであれば替えが利くリリアと違い、特異なタチゆえ女王と姫より寵愛を受けている娘の方が上なまである。
 ついでに、娘の口から姫の名前が出たことでリリアはちょこっとばかりヒヤっとしていた。娘はイタズラ好きの姫より幼少期の求婚事件を吹き込まれたのではなかろうな、と。
 件の事件はリリアにとって終わったことであるにせよ、こっ恥ずかしい思い出であり、意中の相手にあまり知られとうない過去である。かといって「姫様からあの話聞いたんか?」などと聞けるはずもなく、ひとまずは知らん顔をしてすっとぼけることにした。せこい男である。
「なんっでそこでマレノア様が出てくるんだよ。とっくに婿もとってるだろうが」
「や、だってその、マレノアさまってすごく素敵じゃないですか。リリアさんには、それくらいのひとでないと釣り合わないというか……はい」
 それっぽい話が出ないあたり、リリアの懸念は杞憂に済んだようだ。ほっとしつつも、リリアは娘のいやに歯切れの悪い物言いにはたと気が付いた。もしや、娘はものすごーくやんわりと自身を拒んでいるのではなかろうか、と。
 だとしたら、ここでぐいぐい迫るのは大変とってもよろしくない。やべぇなと喉にひりつきを覚えつつ、そうっと身を引いて娘から目を逸らした。
「お前、俺のこと嫌いなのか?」
 そしてパニクるままド直球に娘に問うてしまった。うっかりきっぱり「嫌いです」とか言われたらガチヘコみ不可避であるにもかかわらずだ。なまじっか娘に嫌われる覚えがあるものだから、リリアの肝はキンキンに冷えるというもの。しかしリリアが肝を冷やすより早く娘は小さくかぶりを振った。
「いえ。大好きです。ずうっとお嫁さんになれたらなー、って思ってました」
 叱られた子供のようにしょぼくれた顔をする娘であったが、対したリリアは目をまんまるく見開いて真っ赤な瞳をキラッキラのギラッギラに輝かせていた。控え目にいってはちゃめちゃに舞い上がっている顔である。
 そりゃそうだ。いずれはそうなれたら。と、ひっそり抱いていたリリアの夢と同じものを娘もそっくりそのまま抱いていたのだから。もうデスティニーを覚えてしまうというもの。
 なお、娘がお嫁さんになりたいと切望していたのは七百歳のリリアである。勘違いしてはいけない。けども、もうすぐ三百歳のリリアにそんなこたぁ知る由もなく「これでいけないワケなくない?」などとはちゃめちゃに浮かれていた。
「だったら」
 とはいえ、緩み切った面を見せるわけにはいかない。どうにかこうにか気を取り直して、恰好がつくようむぎっと表情を引き締めた。口元は締めきれずにふにゃふにゃしてるけど。
「俺とお前は好き合ってる。だから一緒になる。それだけじゃねぇのか?」
「それはちょっと……
「なんでだよ」
 お互い同じ望みに手が届きそうなのにこれである。あまりに見えない娘の真意にリリアは段々と腹が立ってきた。もはやヘタクソな駆け引きを持ちかけられた気分である。
「や、だってそのぅ、リリアさんだって立場とかあるじゃないですか。私、人間ですし。ねぇ?」
 この期に及んで娘はなおもうにゃうにゃと口ごもった。
「立場なんざどうでもいい! お前の気持ちはどうなんだってんだ!」
 そして煮え切らない娘の態度にリリアはとうとうブチ切れた。これにはイマジナリー幼馴染も呆れてしまうというもの。リリアの脳内で「好きな女の子に声を荒げるのは良くないよ」などとイマジナリー幼馴染が語りかけてきたけれど、「勝ち組は黙ってろぃ」とそれを打ち消した。口でも脳内でも忙しい男である。
 そんな一人で荒れに荒れるリリアに反し、娘はしょんぼりしながらぎゅうっと膝を抱えた。
……リリアさんのことは、大好きなんです」
……
「ずっと、ずっと好きだったんです。叶うなら一人占めしたいなって思ってます」
……まじか」
「でも、私は人間なんです。今の歳からは六、七十年しか生きられないんです」
……
「だから、その……イヤなんです」
「嫌? なにが?」
「私の一生をまるまる使っても……リリアさんにとってはほんのちょっとの、行きずりにしかならないのが、です」
 それはかつて娘がリリアに言われたこと。それでもいいとみっともなく縋ったのもまだ娘の記憶にある。あの時はそれでもいいやと本気で思っていた。けど、いざ望みに手が届きかけると「ほんとに?」と疑問が湧いた。乙女心は複雑なものである。
 反してリリアはきょとんと娘の横顔を眺めていた。娘の言葉をよーく噛み噛みし、飲み込んだ。
「そりゃあ……
 ぽち、ぽち、と溢すような娘の言葉は口調のわりに重かった。存外重い娘の好意にリリアはちょっとばかしたじろいだ。けど、それは一瞬のこと。相思相愛両想いってことじゃねーか、こんな爆裂ビッグラブをぶつけられて黙ってるわけにいかなくなーい? と即座に思い直し、先ほどハッ倒したイマジナリー幼馴染を呼び寄せ、返事のためのよさげな言葉を爆速で探り出した。
……俺の一族は千年くらいだそうだ」
「へ?」
「俺の残りの七百年、お前にくれてやる。だから――
「え、ちょ」
「お前の七十年を俺に寄越せ」
「ぅ」
 イマジナリー幼馴染よりよさげな言葉をカツアゲした結果がこれ。翻訳すると「お前がおっ死んでも生涯お前だけを愛します」。などという男女交際覚えたての思春期の子のような物言いである。
 あまりにもあんまりな言いようではあるが、リリアひと筋5周年の色恋ビギナーである娘にはよく効いたよう。顔を真っ赤にし、ぴえぴえ呻きながら膝に顔を埋めてしまった。
 娘の決して嫌がっているとは見えぬ姿を見て、リリアは「あ、大丈夫かも」と漠然と思った。となれば、もう気を張る必要はないんじゃね? と、思えてしまい力も抜けるというもの。なんせずーっと気を張っていたものだから身も心もバッキバキである。緩みついでに居ずまいを崩し、茶化すように笑った。
 リリアの気配が変わったことに気付き、娘はおずおずと顔を上げた。そのまま娘のよく知る、けれどここに来てからは初めて見た朗らかな笑みを浮かべるリリアと目がぱちっと合ってしまった。
「あ……
 娘が恋を覚えたリリア。そんなリリアと同じ笑顔を見せてくれ、しかも己になりふり構わず愛の言葉をぶつけてきているのだ。これには娘もやべぇなと心が温まりつつも肝が冷えた。
 なんせ、娘はいずれリリアは伴侶を迎える身だと知っている。なものだから、ここで頷きゃ好いた男をウソつきにしてしまうというもの。リリアを欲する気持ちはあれど、リリアの手を取るべき相手は他にいる。どこの馬の骨かは知らねぇけども、リリアのひたむきな愛をウソに塗れた中古品にはしたくねぇな、っていうか自分だったらイヤだ。と思ってしまったのだ。
 自身の欲とリリアの気持ちを大事にしてぇなの気持ちとを腹の底で殴り合わせ、娘がもよもよもやもや悩んでいると、ふいにリリアはばつが悪そうに眉をひそめた。
「あー、でもアレだな。マレノア様の卵が孵りゃ、そうも言ってらんなくなるかもしんねぇ」
……それは、臨むところです」
 娘はマレウスが産まれるのは今より約二百年先だと知っている。その日を迎える頃にはこの世にいない。知っていて、けれど未来のことを伝えるわけにもいかず、娘は仄暗い気持ちを抱えながら頷いた。
 あぁ、やっぱりふさわしいのは私ではない。そんな思いが娘のぎゅうぎゅうに潰れた胸のうちに広がった。
 きっと、今後私がいなくなった後、リリアは謎に存在を抹消された奥さんと出会うのだろう。そしてその奥さんとマレウスさんの面倒を見るのかも。そうと考え、娘は膝を抱えた。瞬間、娘の欲が理性を殴り飛ばした。
 イマジナリー恋敵こと奥さんは後々までリリアの心に居座っているのなら、今この時のリリアを独占してもいいのではなかろうか、と。どうせいつかはいなくなる身、自身のことなぞマレウスの面倒を見るうちにどうせ忘れちまうんだからよぅ。などと考え、娘はそっと瞳を濁らせた。嫉妬と独占欲に負けた瞬間である。
 けども、リリアは先のことも、娘の事情も知る由はなく大人しく頷いた娘に対し「えっ、俺のカミさん(予定)覚悟きまりすぎか??」などと能天気に惚れ直していた。
 じゃあもう悩むことなんざなくなーい? と思えたところでリリアはそっと娘との距離を詰めた。触れるか触れないかの距離感、緊張のためか喉がカラカラになるのを感じながらリリアはじっと娘を見つめた。娘も翳った瞳でもってそれに応えた。
「なら、いいだろ」
……いいんですか?」
「ああ」
「ほんとに、ほんとに私でいいんですか?」
 ここで断ってくれたらメンタルの闇落ちを食い止められるかも……娘は僅かな良心でもって抵抗を試みた。
「いい、つってんだろ。それと、お前だからいいんだよ!」
 けれどリリアは引かなかった。それでも、娘もどうにか抵抗しようと気持ちと拳を握り締めた。
「や、でも――
「くどいってんだ! 妖精に二言はねぇ!!」
「ぴゃいっ!」
 しびれを切らしたリリアの声に娘はぴよぴよしながら飛び上がった。そんな娘の姿に「ヤバッ」と思い、リリアは改めて娘を見やった。まごまごしているものの、目をまんまるくしている顔からは嫌悪の色も先までのどんよりした気配も見られず、リリアは心底ほっとした。
……本当に嫌ならそう言ってくれ。選ばれねぇのは慣れてんだ」
 けども、先までの娘の煮え切らなさからは本気で嫌がってるのでは、との懸念はあった。まじで嫌がっている相手と無理やり交際に持ち込むのはリリアとて本意ではない。口ではこう言ってるものの、ここで娘にフられようものならガチヘコみ不可避である。理解あるふうを装いながらも内心は拒まれないよう必死だった。
 全身から嫌な汗を滴らせながらしおらしい面で娘の横顔を伺ううち、ややあって娘は小さくかぶりを振った。
「私の言葉に嘘はありません。ずっとリリアさんが好きだったのも、お嫁さんになりたいって気持ちもほんとです。ただ……
「ただ?」
「叶うなんて思わなかったので」
「なら――
 言いかけ、言葉が喉でつっかかる。臆病風に吹かれかけるもそこで引けば男が廃るというもの。後ろを向きそうになる気持ちを振り切りリリアはじっと娘を見つめた。
「いいんだな?」
 リリアの問いにほんの僅かに惑いの色を浮かべるも、娘は小さく頷いた。
「はい……。その、不束者ですが。よろしくお願いします」
 そしてようやく顔を上げ、花開くような笑顔をリリアに向けた。
……おう」
 ここで気の利いた甘い言葉のひとつでもかけられればよかったろうに、出てくるのは色気もへったくれもねぇ返事だけ。
 あまりに残念な有様であるものの、娘はそれで良しとしたようで、そっとリリアにもたれかかった。これにはリリアもどっきりずっきゅんである。ほのかに感じる体温が心地よくてついつい口元が緩みそうになる。けれどリリアは堪えた。しょうもねぇ意地でもって堪えた。
 が、この心地よくも甘ったるい空気はどうにも気を急かされる気がしてしまい、リリアは焦った。切羽は詰まってない程度に焦った。

 もしかして、今こそブチュっとかますチャンスなのでは? と。

 さっきはひっでぇ空振りに終わったけれど、今のこの甘ったるい空気の中であれば叶うのではなかろうか。のっそり鎌首を持ち上げた下心に対し、理性はそれを抑え込んだ。
 そもそもさっきブチュっとかまそうとしたのは、そこそこに交際期間を設けた上で上でのことだ。距離が近付いたと実感し、互いの気持ちを確かめようとしただけである。……勘違いであったわけだが。
 とあらば、事実として交際したてほやほやの己らがブチュっとするのはあまりにも早すぎるのではなかろうか。あまり仕事をしていなかった理性がここにきてぐわんぐわんと警鐘を鳴らし始めたのだ。
「~~~っ!」
「あの、リリアさん」
「ぴょ!?」
 煩悩で脳を茹でるうち、ふいに娘に肩を触れられた。不意打ちであることと、やんわりとした手つきにドキをムネッとしてしまいリリアは思わず飛び上がってしまった。さっきとは真逆な状況に、これには娘もぽかんである。
「へ?」
……なんでもねぇ。なんだ?」
「あ、はい。あの、私……
 言いかけ、娘はぽっと頬を染め俯いた。んな顔をされちまえば勘違いの一ダースも生まれるというもの。あまったるい娘の顔にリリアはうっかり期待してしまった。もしかしてしっぽりうふふまで許されるのでは? と。隙あらば漏れ出しそうな欲をどうにか堪え、リリアはなんでもないようなふうを装った。
 そんなリリアの下心なぞつゆ知らず、娘は少しばかりもじもじと言葉を探すそぶりを見せるもようやく顔を上げてまっすぐリリアを見つめた。
「リリアさんの隣に立っても恥ずかしくないよう頑張りますね」
「お、おう」
 思たんと違う娘の宣誓にリリアはついついたじろいだ。方向性はともかくやる気はあるにこしたことはないので。下手なこと言って娘を萎えさせちゃあかんかも。と思うなぞしつつリリアは頷き返した。
「それと、明日の朝ご飯はいつもくらいの時間でいいですよね?」
「あぁ。……は?」
 顔を上げた娘はなんてことないような顔で、普段と同じように明日の段取りやら進行ルートを確認し始めた。あまりにもいつも通りなものだからリリアもつい普段の調子で答えてしまった。
「わかりました。ありがとうございます」
……おう」
「それじゃあ、失礼しますね。おやすみなさい」
……は?」
 くっついたばかりでなんて色気のない会話なんだとリリアが唖然としていると、娘も満足したのかテントから出て行ってしまった。
「いやいやいやいや!」
 はっと我に返るもすでに娘の姿はなく、リリア一人が残されていた。そうと気付くと、娘へ思いを伝えるために張りに張った気も緩むというもの。リリアは気の緩むまま毛布の上に寝転がった。ほのかに温かさの残る毛布にくるまり、娘とのやりとりを思い出した。
 娘のいやに拒む姿勢は気になれど、あっちはあっちで緊張していたのかもしれない。なんせ、ずっと己を好いていたと言っていたのだ。そしてその言葉に嘘はないとも。そう思えばとっととここを出たのも娘なりの照れ隠しなのかもしれない。そう思うことにしてリリアはじっと目を閉じた。
……今日はこの辺で勘弁してやらぁ」
 そして誰にともなく負け惜しみをこぼした。
 こうなってしまえばリリアのすべきことはただひとつ。一刻も早く国の平穏を取り戻すことだ。人間の侵略が治まって茨の国が平和になれば、右大将の肩書をバウルあたりにでも押し付けて、娘を娶り生き方を変えてみるのも悪くないかもしれない。
 そうなればマレノア姫とひと悶着どころか六悶着くらい起きそうなであるが、そこもレヴァーンにもたっぷり噛んでもらおう。
 煩悩で焼ききれそうな頭でもって誓いを立て、この先の甘ったるい時間をどう過ごそうか考えた。