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めまめ
2025-03-20 01:10:23
6471文字
Public
村荒
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狼だけが見ていた
村荒
みどりかわ君から見た、あらふね君とむらかみ君の話。村荒はほんのり薫る程度。
11巻の緑川君の「遠距離に逃げてちゃ〜…」という荒船君に対するのセリフを見て、彼なりに色々と思うところがあったらいいなと…
1
2
『勝者、緑川』
合成音声のアナウンスがオレの勝利を告げる。オレは自分のブースから飛び出して、斜め向かいへと走った。べつに走るほどでもない距離だけど、そんな気分だった。目的のブースの前で立ち止まり、対戦相手が出てくるのを今か今かと待ち構える。空気が抜けるような軽い音とともにドアが開き、荒船さんが現れた。
「負けちまった」
荒船さんは帽子をかぶりなおすと、しかめっ面で肩をすくめた。
「荒船さんもまだまだやるじゃん」
遊真先輩に鍛えてもらってる自負があるオレは、軽口を叩く。
「ざけんな。まだまだ簡単にやられるつもりはねえよ」
荒船さんがニヤリと笑った。今日はオレが勝ったけど、荒船さんは狙撃手に転向したくせに
楽
ラク
に勝たせてくれない。それどころか本数を重ねるごとに手強くなるのは頭がいいからだろうか。オレが勝ち越していたはずなのにじわじわと追い詰められることも珍しくなくて、だから荒船さんと戦うのは楽しい。
「でも、最後の一本はちょっと詰めが甘かったんじゃない? 勝てると思って油断するの、よくないよ」
荒船さんの顔を下から覗き込む。オレのほうが背が小さいからそんなことをしなくても表情はよく見えるけど、わざとそうした。狙いどおり荒船さんが眉をピクッとあげた。
「ずいぶんと生意気なクチ叩くじゃねえか」
荒船さんは楽しそうに唇を歪め、オレの頭と首に両腕を回して締めつけた。力加減はされていたが、ぐえ、と潰れた声が口からこぼれた。
「パワハラだ!」
「お、難しい言葉知ってんだな。えらいぞ」
そう言ってわしゃわしゃとオレの頭を掴んでくる。たぶんこの人、動物を触るのもきっとヘタだ。撫でているつもりなんだろうけど、手つきが雑で普通に痛い。でも先に煽ったのはオレなので、荒船さんが撫で回してくるのを甘んじて受け入れることにした。それにこうしていると荒船さんが生粋の攻撃手だったころを思い出すから。
荒船さんと初めて会ったときは、苦手なタイプだと思った。進学校の頭の良さそうな制服を着ていたし、落ち着いた態度からしていわゆる口うるさい委員長タイプだろうなと思い込んだオレは荒船さんと接触するのを避けていた。だけど実際に話してみるとけっこうノリがいい人で、オレが生意気を言うと嫌味っぽく叱るでもなく、ヘッドロックでホーフクしてくる。その気安いじゃれあいが嫌いじゃなかった。訓練おわりによくジュースを奢ってくれたし、けっこう色んな話もした。よねやん先輩が答えられなかった宿題の解き方を教えてくれたり、逆にオレがスコーピオンについて教える場面もあった。今になってみれば、遊真先輩に灸を据えられるまえのクソ生意気な年下のオレに対して、よくあんなに気さくに接してくれたなと思う。
だから荒船さんが狙撃手に転向したって聞いた日は、本当に少しだけ、なんて言ったらいいかわからない気持ちになったのを覚えている。よねやん先輩に愚痴っぽくこぼすと、「寂しいってことじゃねぇの?」なんてニヤニヤしながら言われたので、とりあえずよねやん先輩の個人ポイントをごっそり奪ってやった。
荒船さんが狙撃手に転向してから、しばらく姿を見かけなくなった。そのころの荒船隊はランク戦での順位もかなり落ちていたし、もう今後は攻撃手の訓練場には来ないのかと思っていたから、荒船さんがいつもと変わらないテンションで「緑川、五本やろうぜ」って話しかけてきたときは、尻尾を振る犬のように荒船さんにまとわりついてしまった。
とにかくオレは、荒船さんとまたこうして戦えるのが嬉しいのだ。
「もう! せっかくセットしたのに!」
「悪い悪い」
ヘッドロックから解放してもらう。さっきの気持ちを悟られたくないオレはぐちゃぐちゃになった髪の毛を整えるふりをした。荒船さんも着ていたブルーの襟付きシャツを脱ぎ、腰に巻きつけはじめる。それがそろそろお開きという合図に見えたので、オレはとりあえず目についたものを指さしてみた。
「そういえば、珍しいね。荒船さんがそれ着てるの」
荒船さんが首をかしげる。
「それってブラックウルフだよね?」
オレが続けて言うと、荒船さんは一瞬固まった。
「
……
あ?」
自分がどんな服を着ているのか、初めて気がついたみたいな反応だった。
荒船さんが着ていたのは、ブラックウルフという中高生に人気のTシャツの、長袖タイプだった。このブランドのシリーズはブラックウルフだけじゃなくウサギや猿など種類も豊富で、さらには服にそれぞれの動物のイラストがプリントされていて、一枚で着てもキマるから愛用している友達が何人もいる。オレもその一人だ。
だから荒船さんが着ていてもおかしくはないけど、なんだかオレから見た荒船さんのイメージと違うような気がした。しかもオオカミがワンポイントで入っているものじゃなく、わりと服の前面にブラックウルフが主張しているデザインだったから、なおさら意外だった。
「ブラックウルフ、カッコいいよね」
オレもこのシリーズの服持ってるよ、と言おうとしたら、荒船さんがすごく怒ったような、でもとてつもなく優しい目でTシャツにプリントされた月とオオカミを眺めていた。
オレは慌てて言葉を飲み込むと、素早く顔を背けた。思わずドキッと跳ねた心臓を隠すように息をひそめ、もう一度荒船さんのほうを盗み見る。荒船さんは少しTシャツの胸元を引っ張りながら、やっぱりオオカミに視線をやっていた。この人とそれなりに付き合いはあるけど、こういう表情は初めて見た。そんな顔をするほど、このデザインが好きなんだろうか。
(どっちかっていうと、荒船さんよりもあの人がよく着てるイメージだったけど。流行ってるからついに荒船さんも買ったのかな? それにしてもなんていうか
……
?)
「あっ! 村上先輩だ!」
視力抜群の両目は、ロビーの入り口のところでキョロキョロしている村上先輩を見つけていた。見慣れない荒船さんの笑顔に戸惑っていたオレは助けを求めるように、「村上せんぱーい」と大きな声で手を振った。オレたちの存在に気がついた村上先輩がちょっと笑ったのが見えた。反対に、突然の大声にびっくりしたようにしていた荒船さんは、村上先輩がこっちに来たころにはもうすっかりいつもの涼しい顔に戻っていた。
「緑川。荒船と個人ランク戦か?」
「そうそう! オレが勝ったよ。まぁ二本も取られちゃったけど」
「どっちもさすがだな」
村上先輩が満足そうにうなずいた。そして、どっちも、のところで荒船さんのほうを向く。
「荒船は
……
その服、よく似合ってるな」
「どーも」
荒船さんの服装を褒める村上先輩。着ている本人よりも、「似合う」と褒めたほうが誇らしそうなのはなんでだろう。もしかして村上先輩がこの服を選んであげたんだろうか。そういえば、荒船さんが着ているTシャツはこのまえ村上先輩が着ていたものとよく似ている。似ているどころか、まったく同じに見える。
実はお揃いで買ったとか?
仲が良いなぁと思いつつ、この二人が彼氏彼女みたいに『お揃いの服』なんてするわけないか、と考え直す。
「村上先輩は本部になんか用事あったの? もし用事が終わってるなら、一戦お願いしたいんだけど」
「せっかくなんだが、これからカゲと待ち合わせてるんだ。すまない。また別の日に頼むよ」
「えー! 三本でもダメ?」
「こら緑川。鋼を困らせるな」
荒船さんがポン、とオレの頭に手を置いた。村上先輩は本部基地にあまり来ないから、手合わせの機会がほとんどない。せっかくチャンスだと思ったのに。
「うー
……
。じゃあ、次、絶対だよ!」
念を押して言うと、「わかった、わかった」とオッケーしてくれる。次に村上先輩は隊服のズボンのポケットからコードのようなものを取り出し、荒船さんへと差し出した。
「荒船。先に渡しとくよ。昨日、うちに忘れていっただろ」
「やっぱりおまえの部屋にあったのか。失くしたと思って一瞬焦ったわ」
「そうだろうと思った。スマホに連絡入れても返事ないし、届けにきてよかった」
「わりぃな」
荒船さんは受け取ったイヤホンを軽く束ねてからお尻側のポケットに突っ込んだ。後ろが見えていないせいか、ポケットからイヤーピースがぴょこんと飛び出ていた。
二人の会話を聞きながら、オレは名探偵のように閃いていた。オレとのソロを断るくらいだ。このあとカゲ先輩と予定があって時間に余裕があるわけじゃないのに、わざわざこっちまで来た理由はこれだったのか。村上先輩は荒船さんの忘れ物を届けに来たのだ。荒船さんと村上先輩は高校が違ったはずだから、教室で『はいどうぞ』とは渡せない。けれど財布ならまだしもイヤホンなら急ぎじゃないだろうし、そのくらい明日学校で穂刈さん経由で渡してもらえばいいのに。もしオレだったら絶対にそうする。だって面倒くさいし、そっちのほうが楽だ。直接荒船さんに届けにくるなんて村上先輩はマジメだ。
(それにしても)
オレは腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らす。
村上先輩が登場してから、ロビーの空気がうっとうしい。ザワザワが大きくなったのは訓練しにきた人が増えたとか、そういう理由じゃない。どいつもこいつも、オレたち
——
荒船さんと村上先輩を見て何か囁きあっているせいだ。
その大多数は、オレが学校で黒江と喋っているそばで聞き耳を立てている連中と同じ目をしていた。ボーダー隊員のことが気になるのか、女子と喋ってるのを冷やかしたいだけなのかなんて興味もないけど、そいつらは全員ゴシップに飛びつく記者のような目つきをしている。学校にもボーダーにも、同じようなヤツらはどこにでもいるものだ。オレは心の中でベーっと舌を出した。
荒船哲次が攻撃手をやめたのは、村上鋼に個人ポイントを抜かれたから。荒船哲次と村上鋼は一見仲が良さそうに見えて、絶対に仲が悪い。荒船哲次は弟子に負けてポジションを転向した、情けない、負け犬の師匠。
そんな噂が流れているのは知っていた。C級隊員どころか、A級隊員にまでその噂は届いていたからだ。だけど同じ隊の穂刈さんも半崎さんも加賀美さんも何も言わないし、なにより当事者である荒船さんが反論も言い訳もしないから、ウソか真実か訂正されないまま噂だけがいつまで経っても鮮度よく飛び交っているのだ。
違うってはっきり言えばいいのに、不名誉じゃないのかな。オレには荒船さんが何を考えてるのか、いまいちわからなかった。
オレの頭上で喋っている二人をちらっと見上げる。二人とも背が高くて羨ましい。荒船さんは村上先輩と楽しそうに喋っている。村上先輩のほうも、荒船さんを見つめながら微笑んでいた。
「あ。イヤホン、ちゃんとしまえてないな。そのままだとまた落とすぞ」
村上先輩はそう言って荒船さんの背後にまわると、ポケットからイヤホンを抜き取り、コードを丁寧に束ねてポケットにいれなおしてあげていた。
オレはうんうんと、どうだこれを見ろ、という気持ちでうなずいた。この光景を見てもこの二人が不仲だって信じてるヤツは、よっぽどのフシアナだと思った。
でも、どうしたって見たいようにしか見ない人間もいるって遊真先輩も言っていたし、荒船さん本人があの噂を気にしてなさそうだから、きっとまだちょっとの間は、そういうヤツらの中で「荒船と村上は不仲」のままなんだろう。オレとしては知ってる先輩が侮られてるのは腹が立つので、荒船さんにはどこかの機会に攻撃手としてC級のヤツらを黙らせてほしい。
荒船さんがポジションを転向した理由は知らない。けどオレが完勝できないくらいに弧月も強いし、狙撃手でもマスタークラスをとってるから、また何か突然周りが驚くことをしそうな気がする。
オレは上を向き、両肩をぐるぐると回した。こんなことばかり考えていたら、頭が疲れてきてしまった。オレは荒船さんのTシャツの裾を軽く引いた。
「荒船さん。まだ時間ある?」
「あるけど、どうした?」
二人が会話をとめて、オレのほうを見てくれる。オレも同じように見つめ返す。
村上先輩は似合うって言ってたけど、やっぱりブラックウルフは荒船さんのイメージじゃないな。オレは先輩たちに気づかれないくらいに笑い、それはもちろん口に出さなかった。微妙にサイズがあってないのか、体育の時間に他人のジャージを借りた人みたいな着こなしなので、余計にそう感じるのかもしれない。まあ荒船さんから滲み出る雰囲気がすでにカッコいいから、何を着ても様になっていた。
「時間あるなら、オレとあと五本やろうよ。じっとしてたら、もう一回荒船さんと戦いたくなっちゃった」
「いいぜ」
荒船さんが挑発的に、まるで俳優みたいに唇を上げた。
「やった! じゃあブース行こ。村上先輩は、今度よろしくね」
「鋼。イヤホン届けてくれて助かった。またあと
……
、」
最後まで言わせない。
まるでそう宣言しているような凛々しい顔つきの村上先輩が、オレと荒船さんの間にスッと立った。割り込むみたいな行動にオレは目を丸くする。
「村上先輩
……
?」
「待て緑川。荒船と戦うなら、まずオレを倒してからにしろ。それでオレが緑川に勝ったら荒船はオレと戦う」
「なんでだよ」
オレが聞き返すよりもはやく、荒船さんがキレのいいツッコミをいれてくれた。呆気に取られすぎてどうにもできなかったから、正直助かった。
「カゲとの約束はどうした」
荒船さんの言うとおりだ。さっきオレの誘いをカゲ先輩との約束があると言って断ったのに、いいのか。
「だって、緑川だけ荒船と戦うのはずるいだろ。おまえが
こっち
攻撃手
の訓練場にあまり来ないから、オレだってずっと我慢してたんだ」
眉を八の字にした村上先輩が、荒船さんにずいっと近づく。その言い分にはオレも同意できた。支部所属の村上先輩はもちろんのこと、荒船さんも狙撃手に転向して以来、攻撃手たちの中では遭遇率の低いレアキャラとして扱われていたからだ。
「
……
カゲにどやされるぞ」
村上先輩を突っぱねるかと思いきや、予想に反して荒船さんはちょっとひるんだ様子だった。
「カゲには、ちゃんと電話するから。説明して少し待ってもらう」
「俺とソロやるから待てなんて言ったら、あいつキレるぞ。やめとけって」
「じゃあ一本でもいい」
「いや。三本でも一本でも、待たせてるのには変わりねえだろ」
「一本は譲れない」
いつもは大人っぽく見える先輩たちも友達同士で喋っていると男子高校生らしくて、こういうのを微笑ましいって言うんだろうか。今度はオレが荒船さんと村上先輩の間に滑りこみ、二人の腕をとった。
「じゃあさ、もうカゲ先輩も呼んで四人でやろうよ」
これでぜんぶ解決じゃん。おやつをねだる子どもみたいに、二人の腕をぶらぶらと引っ張った。
「まあ、もしそれでカゲがいいって言うなら、一番丸く収まるか
……
?」
「すぐに電話する」
荒船さんは首を
捻
ひね
っていたけれど、村上先輩がスマホをいじるのを止めなかった。なんだかんだ荒船さんも村上先輩との勝負を望んでいたのかもしれない。やっぱり仲が良いんだなとオレは安心して、だからつい訊いてみたくなった。
「さっきから気になってたんだけどさ、荒船さんの今日の服って村上先輩とお揃いなの?」
二人は顔を見合わせた。村上先輩はニコニコと笑いながら、荒船さんは呆れたように、
「違う」
と、声をぴったり揃えて否定した。
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