券売機から落ちてきた切符を拾い上げる。小さな紙切れだが、ずしりと重い。今日は休日だが、学校のクラスメイトの家に呼ばれている。呼ばれるのは何回目かになるが、慣れないし、いつまで呼ばれるのかとそればかり考えてしまう。向こうはアイスクラーの次男、ということで俺を呼んでいるのだろう。呼んでるのが、ただ宇津木家に生まれただけの役立たずとはまだ気付いていないのだ。クラスメイトの家に行くのに車の送迎ではなく、電車を使っているということでも既に分かりそうなのに。来年にもなれば向こうも気付くだろうが、自分からはとても言い出せなかった。だから、呼ばれてもよく分からないままに頷くだけのつまらないクラスメイトになるしかなかった。
改札に向かおうとすると、ふと、路線図を見上げている少年(自分よりは年上だ。高校生だろうか?)が目に入った。濃い茶髪に赤い瞳。背が高く、痩せている。かっこいい、と言われそうな少年が不安げに見上げて何かを探している。いつもなら通り過ぎるが、妙に胸騒ぎがして声をかけてしまった。
「あの、お兄さん、何か困ってますか?」
「あ、俺? あー、ちょっと行きたい駅の乗り換えがよく分からなくて……君分かる?」
高校生は駅の名前を口にする。同じ行き先だ。
「それなら、あそこに。俺と同じ行き先です」
「本当?」
「はい」
答えて券売機の前に高校生を立たせる。がま口から小銭を入れるのを見ると目的の駅の運賃分を指差す。
「ありがとう」
にこり、と笑いかけられる。自分とは違う、人に好かれそうな笑い方だ。切符を買うのが終わると、少しばつの悪そうに高校生が言う。
「あのさ、もし良かったら一緒に行かない? 乗り換えの駅も初めて行くからさ」
「構いませんが……」
「いい? ありがとうね」
もう一度にこりと笑いかけられる。なんだか慣れない。落ち着かない。そんな自分の気持ちも知らず、高校生はホームに向かおうとする。
「年下に頼って俺カッコ悪いな……。でも君がいてくれて良かった」
そんなことは言われたことがない。ぽかんとしていると、顔を覗き込まれる。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
「そうか? じゃあ行こうか」
ホームで電車を待つ間、高校生はバイト先のお客さんの忘れ物を届けるために行くのだと教えてくれた。あまり来ない場所であるから、一度行き先を乗り間違えて、気付いたこの駅で一度降りたものの駅員を捕まえられなくて困っていたのだという。ホームでは軽やかに喋っていたが、電車の中では静かにしている。黙っていると、さらに大人っぽく見える。
乗り換え駅で降りてまたホームで待つ間、またにこやかに話しかけられる。
「君は何しに行くの?」
「学校のクラスメイトの家に呼ばれているので」
「学校の友達の家に遊びに行くのに電車使うんだ。そっか、都心だとそういうこともあるよな。大変そうだな」
「いえ、特には」
「大人だなー」
自分より大人に近い人に言われるとむずがゆい。アルバイトをしているこの人の方が絶対大人なのに。
無事、目的の駅で降り、ホームで高校生は地図のコピーを広げた。赤いペンで丸が付けられている。
「こっちなら南口ですね。あっちの改札から出てください」
「そう? 君はどこで出るの?」
「俺は北口です。北口は向こう」
「じゃあここでお別れだ」
「はい」
「本当にありがとう。助かったよ」
「…………どういたしまして」
またあの笑顔で笑いかけられる。一日に自分に対してこんなに爽やかな笑顔で笑いかけられたのは生まれて初めてだ。
高校生は最後まで手を振っていた。気の進まないクラスメイトへの家への道もこの日は少しだけ軽い足取りになった気がした。
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