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ortensia
2025-03-19 13:26:44
3243文字
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傭リ
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sf(すこしふしぎな)よーり。よおへえがめーでーめーでー言ってる。
「Nightmare Flight」の「Flight 261」の章から。
飛行機知識皆無です。メーデーは三回言うものかも知れない。
パイロットが訓練中に突如として現れた積乱雲に巻き込まれて気付いたら倒壊したビル街の広がる荒廃した地上が眼下にあった…その崩れたビルの一棟の屋上に、背の高い影が。
メーデー、メーデー!
突風でやって来た巨体は、小さな一機を容易く身の内に飲み込んだ。一騎では多勢に無勢だった。音と光、それから揺れ。巨大な積乱雲の中は、戦火のようだった。
そんなことを考えたからだろうか。やっと抜けた雲の外、光差す空が照らして居た梯子に沿って視線も下ろすと、壊れた街だった。
嘘だと思った。今迄機体ごと揺さぶられて居たヘルメットに守られた頭を、もっとがつんとぶん殴ってほしいと思った。メーデー、メーデー。なんだこれ、早く助けてくれ。
心揺さぶられ愛機が揺れた。慌てて操縦桿を握り直す。自身の心臓を握ったみたいだった。
自分で揺らした機体を落ち着かせて、それでも落ち着かない心臓を宥めながら、眼下を見回す。
なんだこれは。
崩れてかなりの歳月を感じる、生き物の気配の無い死んだ街。あたたかな光を浴びて居るのに、何も生み出す様子が無い。
信じられない。
当たり前だがこんな場所知らない。飛んでいたのはこんな空じゃ無い。どこだここは。
計測器は動いているのに壊れている。出鱈目な動きをしているのに、まるで自分が生きていることを主張して生き急いでいるようだ。無線も使えない。振ったらからから音がする気がするくらい音沙汰無い。こっちはすっかり死んだみたいだ。静まり返った街みたいに黙かで。可笑しな感覚だ、音がする気がするのに、音が無いなんて。
全地測位機、転送装置、時空測定機、どれも駄目だった。
どんなに科学が発達しても自然の力の前では無力とは言え、手数を削られて平静では居られない。
不安に動転する気の中で、それでも見た。
崩れたビルの、灰色の屋上で、スポットライトのように光に照らし出された、一人の男の影を。
マネキン人形かと思った。けれどその男は、この動かぬ街の中で、あの男だけが。
こちらを見た。
その近くの上空で機体を急中停止させ、自動操縦に切り替える。その辺りの操縦系統に問題が無かったのは幸いだったか。いつの間にか身の内の不安を見付けられなく成っていた。代わりに居座っていたのは覚えの無い興奮だ。操縦席のベルトを外し、機体を開き、屋上目掛けて降り立った。パラシュート形式では無く、蒸気を利用したジェットで足を付けた。
見守るように立っていた男は、それでもその場を動かなかった。
だからこちらから歩み寄った。
飛んだ後は、その時間にかかわらず、降り立って地面に足を付けることを久しく感じる。
「
……
君は?」
自分が、場所よりも男自身のことを訊ねたことを意外に思った。しかしもう口から出て仕舞ったものは仕方が無い。男の返事を待つ。
「わたしは芸術家。」
「芸術家?」
この荒廃した土地に一人立つ男の口から出た言葉とは思えなかった。そもそも男は不思議な容姿をして居た。口から音を発しているのかも、良く分からない。科学技術による容姿の改造が不可能では無いにしろ、それでも不可思議に見える男だった。
「わたしの作品を、ご覧下さって居たではありませんか。」
「作品?」
男は何故だか笑ってそう言う。
手を広げて見せる男。天からの光はやはりスポットライトのようで有り、男はショーマンのようだった。芸術は分からんが、表現者のようなもので有ることは感じられた。
「この、余計なものが削がれた研ぎ澄まされた洗練さ、美しいでしょう。この世界こそ、正に芸術です。」
「この世界、って。」
辺り一面の荒らされた大地。それしか無い、それが。
しかし、何故こんなにも荒れ果てて居るのか、の問いの答えがこの男がそうだと望んだから、ならば。それは酷く納得出来た。出来て仕舞った。
だから。
「おれがここに居ては邪魔なんだな。」
分かって仕舞った。
だけどそれは納得出来無かった。否、納得したく無かった。
自分が今ここに居る理由が欲しかった。
例えこのイカれた自称芸術家の傲慢さのせいだとしても。
無意味が一番怖かった。
嵐の雲の中に放り込まれるより、なんにも無い宙空に放り出されるほうが怖かった。
パイロットが恐れるものは、宙空の上下が分からなく成ることだ。正気を失えば、あっと言う間に吸い込まれるようにして、指標を見失う。自分を見失う。何も分からなく成って、何も無い虚空に向かって喜んで行って仕舞う。
そして心を空に残して、帰って来ない。
墜落すれば何かしら遺せると言うのに、どう言うわけかそれも無い。
空は恐ろしいところだ。
それがこんなところに。恐怖の街がある。
「確かにあなたの存在はわたしの作成プランにはありませんでした。しかし。」
男の長い手がこちらに伸びる。
知らない間に随分距離を詰められて居た。人外的に長身の男の間合いが把握し切れていなかった。
「それでもおまえはここに現れた。」
男の長い手がこちらに直ぐ触れる。
「それが良かったんです。」
「招かれざる客だろ?」
「誰かを招くつもりなんかありませんでしたから。」
こんなにも暖かな陽射しを浴びて居て尚、ぞっとする程冷たい手。
「だから、この作品を見て頂くためには、招かれざる客である必要が有ったのです。」
おまえが、ね。
雷雨に晒されたように冷たい手が、そう言って離れて行った。
脅威が去ろうとして居るのに、その手に追い縋りそうに成る。しかし実際は、凍ったように体は動かない。
「不思議ですね。作品として誰かに見られるためには、作品には全く含まれ無い誰かが必要なのです。」
そう言いながら男は今の逆に、こちらを向きながらもどんどん離れて行く。
「さ。もう晴れますよ。」
何言ってるんだ。もう充分。
しかし、確かに今迄が全て霧掛かって居たかのように、強烈な光に見舞われ、しっかりと立って居た筈の屋上の感覚がふわりと揺らいだ。
バランスを取ろうにも儘成らず揺らめく自身の肢体と視界に翻弄される間も、この世界の作者だからか、男は平然と立ち、こちらを見て居た。
「助かりました。」
足下が本格的に崩れた。倒壊と言うよりは、霧が溶けるようだった。
わけも分からず、頭から落ちた。
落ちて居るその上から、ぱらぱらと破片が降り注ぐ。
ぐるぐると回る視界の中、轟音が耳の中をこだまして暴れる。
気付けば自分は、メーデーコールを必死に叫んで居た。
いつ瞑ったのか分からない瞼を開けると、海面に向かって落ちて居た。
慌てて操縦桿を握り締め、思い切り引き上げる。
噛み締めた奥歯と、手袋の中で擦れた手が痛んだ。
しかしそのおかげで、正気を取り戻した心地だった。
自分は愛機の中に居て、今そうしたように、操縦桿を握って操縦席に居る。機体を降りた形跡など、どこにも無い。持ち上げた機体は青い海の上を飛び、計測器や他の機械で、現在位置も現在時刻も、きちんと分かる。
機体を波の上に不時着させる。
雲のように、白い波が飛沫で宙空に跳ねる。
不安や不明点など何処にも無く、この晴れ渡る空のように、何もかもが明瞭だ。ただどっと汗をかいていた。
こちら救援要請を受けた。何かあったか。報告を求む。
自分の呼吸だけを感じて居ると、無線が入った。自分が呼び掛けたのは、幻では無いらしい。
突然現れた雲の中に入り雷雨に遭遇したが、奇跡的に損傷無く海面に不時着。
了解。念の為機体は最寄りの基地で回収する。パイロットも同行し、指示に従うように。
了解。
通信を終了し、一息着く。
ふと違和感を覚えて、襟ぐりを探ると、壁の破片のようなものが服に引っ掛かっていた。
どぱっと荒れる波、どくっと跳ねる鼓動。
冷たい手を思い出して、なのに全身に血が回って燃え出しそうだった。
その破片を、嵐のような気持ちで、そっと握り込む。
この作品の欠片から、手を離すことが出来無かった。一度思い出せば容易く絡め捕らわれる心。助けてくれ。
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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。
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