幽境に吹雪く花の如し

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ視点。

狩猟の合間、今年も一緒に桜を。

春の暖かな澄晴ちょうせいと、郷里の桜並木。

名残雪のように、鮮やかに舞い散る花びら。
日々の喧騒から離れ、ゆったりと桜を見上げられる至福の時間に、俺の口角は綻んだ。

「こんな時間が取れるの、久しぶりだねえ」
「はい! 明るい時間からこんな風に一緒に居られて、夢みたいです!」

俺の隣で、弾けるような笑顔で「とってもキレイですね!」と軽く駆けて行く、将来を誓った最愛のキミの姿。それは在りし日の如く無垢で、愛らしく、まるで桜から舞い降りた女神のよう。

(あの頃から、ずぅっと、かぁわいい……! 俺の、愛弟子……愛しい人……)

胸の奥の呟きが漏れ出そうになるのを、口元を覆った鎖帷子くさりかたびらの下で唇を一文字に結び、懸命に抑えた。

最愛の人、愛弟子たる彼女が今や里の英雄『猛き炎』として、命懸けの血生臭い狩場を駆け抜けていることを忘れそうになってしまう。

「ウツシきょうかーん! こっち! お花も花びらもいっぱいですよー!」

少し離れたところで、キミが俺を呼んだ刹那。

ぶわあっと花嵐はなあらしの強風が、人と桜を打ち付けるように吹雪いた。

「わっ……!」

風の中に、キミの驚声きょうせいが溶ける。

俺は思わず、小さく目を見開いた。
花吹雪の中に、かけがえのない愛しい人が埋もれるように紛れた時──何故、だろうか。

古龍と相対した時よりも遥かに、ぞっと肝が冷えた。

花びらの奥、風の奥に、キミの姿が、見えなくなる。

無数の花びらが、人を、まるで最初からいなかったことにしようとするように、隠し始めて。

失いたくない人が、花の中に溶けて──人そのものが花びらとなって、散り行くような。

冷静に考えれば有り得ない、そんな恐怖にも似た感情は、長年、命をして狩場や任地を駆け抜けて来たはずの俺の体の、心の芯を、絶対零度に変えて。

「ま、な──愛弟子っ!!!」

声を荒げて、夢中で大地を蹴った。大袈裟過ぎるほどの勢いで花吹雪の中に飛び込んで、愛するキミを両腕で、しっかりと抱きしめる。

無数の花びらの渦の中心、キミは俺の腕の中で俺を見上げ、不思議そうに目をまばたかせていて。

……教官? 私は……大丈夫、ですよ?」

春陽しゅんようのようにたおやかに微笑むキミを、俺は、額に滲んだ冷や汗を隠すように強く抱きしめる。
強風は、まだ、桜吹雪を作り続けていた。

「──よ、か……! よか、った……!」

搾り出したような俺の掠れ声を聞いたキミは、少し不安げに表情を曇らせる。
せっかくの時期、せっかくの時間、そんな顔をさせたくなかったのにと、自嘲で俺の口角が上がった。

「ごめん、ね。……何でだろう……こんなにキレイなのに……急に……急に、不安になっちゃって……
「ふふふ、珍しいですね」
「キレイで……本当にキレイで……この世のものじゃ、ないみたいで……美し過ぎたから、かも……
……分かるような気がします。でも……

俺を真っ直ぐ見つめながら、キミは柔らかに「大丈夫です」と、目を細める。確信と慈愛に満ちた、優しい笑顔。

「私は、お傍にいますよ。どんなところからでも、絶対に、あなたのところに帰ります。約束しますから」
……愛弟子」
「その代わり、教官も約束して下さいね? 絶対に、いなくなったりしないって。里に……私のところに、帰って来るって」
「!」

夢から覚めたように、俺はまた小さく目を見開いた。キミの瞳の奥では、儚い不安がかすかにくすぶっている。
それを払拭ふっしょくしたい一心と、どうしようもなくキミが愛しい想いと共に、花吹雪の中で俺は「もちろん!」と笑顔で頷いた。

「いなくなったりなんかしないよ! 俺は……愛しいキミが居てくれる限り……キミが望んでくれる限り、キミの傍にいたいよ」
「じゃあ……ずっと、一緒ですね?」
「ふふふっ、そうだね! ずぅっと一緒だ!」

安堵が花開いたように、愛しいキミが花と陽射しの中で、爛漫に微笑む。

あの時、花のように愛らしく愛しいキミが、あまりにも儚いこの花のように、風に流れ、花びらと共にここから消えてしまうような気がした。

あまねく命は、例外なく、まるで花のようだから。

「愛してるよ、愛弟子……! 俺は、ずっと一緒にいるから。これからも、ちゃんと帰って来てね……!」
「はい。……あなたも」

改めて結ばれた、想いと約束。まるで現実から切り離されたように花びらが渦巻くこの景色と共に、決して忘れることはないだろう。

外に居るというのに、人目を浴びることのない花びらの渦中。風が止む前に、誓うように、どちらからともなく俺とキミの唇は重なった。

数枚の花びらと一緒に重なったキミの唇からは、桜の味がして。

思わず喉の奥から「ふふ」と歓喜の声がこぼれて、それが離れ、続くようにキミが俺の腕の中からもするりと抜けてしまった名残惜しさに、胸が切なく、甘やかに締め付けられた。

「今年の桜も、本当に綺麗ですね」

隣に立つ温かなキミへ、俺は「そうだね」と、懸命に微笑む。

「来年もまた一緒に見ようね、愛弟子!」

笑顔を咲かせた俺が片手を差し伸べると、キミは桜吹雪の中で頬を上気させた。

そのまま俺の手と俺の顔を交互に見やった後「是非!」と、照れたように、けれど幸せそうに笑いながら、俺の手を掴んでくれて。

しっかりとその手を掴んだ直後、花嵐は和らぎ、また穏やかに桜の花びらが澄空すみぞらを彩る。

「すっごく、すっごく綺麗だねえ、愛弟子」
「はい! すっごく! 来年も楽しみ!」
「来年も、再来年も……その次も、ね」
「はい! ずっと、ずっと楽しみです!」

手を繋いだまま、俺たちはゆったりと、桜並木の奥へ歩を進めて行く。

強風から一転、春風が颯颯さつさつと、今の時間を優しく包み込むように、俺たちと桜を、この時間を生きる命を撫でていった。




@acadine