ゆうな
2025-03-16 20:12:18
2037文字
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赤い紅い

「止血する。我慢しろとよカウントダウン 冷えた腕に歯を立て焼かれる」
ここだけ書きたくて短歌をSSにしました。

◆Pixiv:ログ2に格納済み
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24418260

 倒壊した家を背にずるずると座り込む。さすがにこれはマズったかもしれないと、ぐるぐると回る脳内で他人事のように考えた。硝煙と錆びた鉄のにおい。感覚のなくなってきた脇腹に、学生時代の無茶ばかりしていた自分を重ねる。ぼたぼたと落ちるそれが血なのか汗なのか爆豪にはもうわからなかった。あの砂埃の向こうではまだたくさんのヒーローが交戦中だというのに自分の体は指一本動かない。いや、体はもはや他人のものかもしれない。だってもう上半身と下半身が繋がっている気がしないのだ。浅くなる呼吸とごうごうと流れる血潮の音が、飛びそうな意識の中で大きく響いていた。
 ──自宅の、玄関を開けて廊下をまっすぐ歩いた突き当たりにあるリビング。その右側にある寝室、の、ナイトテーブル。引き出しの一番下。事務所の金庫に入れたのと同じ内容の遺書が入っている。そこに、記さなかった想いがある。おまえが好きだ。もう帰らぬ人間から伝えられてもどうしようもない想いをあの男に背負わせるわけにはいかず筆を置いた。一生、誰にも言うつもりはなかった。墓場まで持っていこうと決めたのに、いざそれが目の前に迫ると縋り付くみたいにあいつのことばかり思い出す。絶対にありえないと思っていたのに。歳を重ね燻った想いを募らせすぎたのか。なんでも良いがあまりに滑稽だ。自分で蓋をしておきながら、今際の際に惜しくなって自ら開けてしまうなんて。
 ハッ、ハッと上下させていた胸の動きがだんだん穏やかになっていく。こんな時にこんなところでくたばってなんかいられないというのに、霞む視界が爆豪の思考を鈍らせていく。目蓋が落ちる。
「死ぬな」
 人間の五感で最期まで残っているのは聴覚だという。幻聴でなければそれは確かにその通りだと思った。酸素を吸おうと必死に海面に向かって泳いでいたところを引き上げられたみたいだった。
「こんなとこで絶対に死ぬな。動かせるところはねえのか」
 うっすらと目蓋を持ち上げる。どこも動かせないし声も出ない。視界が涙とか血とかで滲んでほとんどわからないくせに、何年経っても美しいままの愛しい男の顔だけはなぜかよく見えてしまった。そんな顔すんな。生きてる。あとどのくらいかわかんねえけど、まだ生きてる。ぱち、ぱち、とまばたきで返せばこくりと頷いてから無線で何かを伝えていた。
 轟が爆豪のアイマスクを額まで上げる。現れた泥だらけの顔の真ん中で、唯一輝く紅を見た。眩しいくらいの、紅を見た。
……血が出すぎてる。手荒でわりぃけど焼くぞ。我慢しろよ」
 ここ噛んでろ、と出された左腕からは冷気が出ている。反応しない口を無理やり開かされそこに轟の腕が添えられた。前歯に氷が触れたみたいなのに間違いなく人の肌で、余計に頭が混乱した。
「いくぞ、…………
「ッ…………!!!!」
 カウントダウンすら最後まで聞こえなかったのに、いいかげんだった意識が一瞬にしてぐんっと引っ張り上げられる。熱い。熱い。まだ痛覚は生きていた。冷えた腕に反射的に歯を立てると骨と肉の間に粒が埋まって、少しだけ轟が息を詰めたのがわかった。自分の血を上書きするみたいに、また口内に鉄の味が広がった。口の端から唾液がだらだらと溢れる。情けない声が上がる。痛みに耐える数秒間、そんな顔をするなと今度こそ言ってやりたかったのに、かわりに獣みたいな咆哮が喉の奥から絞り出された。
……おい、起きろ、爆豪!」
 頬に当たる衝撃で目を開ける。轟の顔が揺れて、すぐにピントが合った。また意識を飛ばしていたらしい。ずくずくと脇腹に残る痛みに、焼かれて止血されたことを思い出す。相変わらず体は動かないのに、血が、全身をくまなく巡っている感じがする。生きている。生かされている。
 ハッと息を吐いて、左手をみた。暖かかったのは指先を握られていたからだった。一体どれだけの高温で焼いたのか今の脳内では考えられなかったけれど、その手はひどく優しく、たしかに轟の温もりであった。視線を上げると二つの色と目が合って、すぐに眉をハの字に下げてようやく男が笑った。その安堵の表情を爆豪は一生忘れないと思った。ああ、好きだ。好きだ、と、目の前の男に伝えたくなった。こんなの、墓場まで持っていけるはずがなかった。好きだ。血が張り付いた喉は言うことを聞かずただ息が吐き出されただけだった。
「無理すんな」
 そう言って轟はまだ冷えたままの左手をひたりと頬に当ててくる。その腕から流れた血が肘まで伝ってコンクリートを赤く染めていた。おまえのそれもさっさと止血しろ。やっぱり声には出なかった。ぽたぽたと滴る鮮血がじわりと染みて、地面に広がる血溜まりと混ざる。覗き込んでくるオッドアイに自分の瞳が映って、混ざる。
 いのちの赤で、紅だった。
「良かった、爆豪。もうすぐ救助班が来るから」
 この想いを便箋に綴ってしまわなくて良かった。冷たい手のひらに頬を寄せて、すきだ、と、つぶやいた。