ミロキサ

お花。

「お。見ろよ、ミロ。花が咲いてる」
 侵略者との戦闘を終え、サンプルを採取したいという研究班の到着を待っていたキサラギは、同じく隣で携帯ボトルから水を飲んでいたミロに声をかける。
 いつかの時代にあった崩れかけの建造物、戦闘の余波でほとんど瓦礫に変わってしまったそれにかろうじて埋もれることなく咲いていたのは、ミロの指ほどの小さな花。どこもかしこも黄色っぽく砂に塗れている世界において、医務室よりも潔癖な白色をした花はなんとも健気である。
「初めて見た。なんていう花だ?」
「んー……毒ではないな」
 キサラギに蓄積されているデータには毒物に関するものも多少あるが、該当しないかそも記載されていない花の名はキサラギも分からない。
「ふうん」とこどもっぽく頷いたミロは花のそばにしゃがみ込み、少し考える素振りを見せてから携帯ボトルに入っている水をちょろりと花の根本にかけた。乾いた地面は水さえもなかなか受け入れることがなかったが、間を置けばじわりじわりと吸収して柔らかな泥になる。
 春から花の香りが遠ざかって久しい。
 大昔は一般庶民が季節ごとの花を楽しむ庭を持つことも多かったというが、現代では金で買うことも難しい贅沢だ。乾燥に強く、毒のない多肉植物などは食用として育てられることもあるが、ただ目に優しいだけの花は構う余裕もない。
……ミロ。せっかく見つけたんだし、帰ったら調べてみるといい」
……そうだな」
「気になったことはなんでも調べてみないとな」
 そこから広がった興味はミロの未来に色を足すだろう。
「こんなに小さい花だが、ほんとうに名前はあるのか?」
「それこそ調べてみなきゃ分かんねえだろ? 同じ顔が大量にある俺だって一応はヒフミって識別名があるくらいだ」
 製造番号に因んだものなので雑に分類される命名であるが。
 キサラギの物言いに引っかかるものがあったのか、ミロはむっとした顔をする。このバディは相変わらずキサラギを人間のように扱いたがるのだ。いや、人間との区別、あるいは差別ができないのか。
「ああ、ほら……そんな顔してないでよく観察しておけよ。覚えて帰らないと調べようがないぞ」
……分かった。これは……触っても大丈夫なのか?」
…………手加減に自信があるなら」
……やめておく」
 ミロは殊乱暴者というわけではないが、触れたことのないものにどの程度の力加減で触れればいいのかという辺りには不安がある。料理をしたことのない人間が卵の殻を潰してしまうようなものだ。料理と違ってこの時代に花への接し方など早々学べるものではない。それも経験と勧めてもいいが、もし散らせてしまったらミロはきっと落ち込むことだろう。だからキサラギはやってみろと促すことはできなかった。
 膝を抱えるようにしゃがみながら花をじっと見つめるミロは、時折「真ん中が黄色い……」「匂いはあまりしないな」と呟いており、熱心な観察具合が窺える。帰ったら絵に描かせてみるのもいいかもしれないとキサラギが考えていると、どうどうと車の駆動音が聞こえてくる。研究班が到着したのだろう。
 キサラギはミロを呼び、立ち上がった彼の腕を引いて花の側から離れる。車はキサラギとミロの近くへ止まるだろうから、ひょっとしたら花を潰してしまうかもしれない。せっかくミロが触れるのを控えたのにそんな無惨なことになったら哀れだろう。
 車から降りてきた研究班と所属名を交わし合い、現場の引き継ぎをすればあとは帰還するだけだ。横目で見た侵略者の死骸はぱんぱんに膨らんでいた巨大な頭部が潰れ、乾いた大地にとろとろと鉄バクテリアの作る油膜のようなてらてらと光る虹色の体液を溢している。研究班の成果によっては醜怪な侵略者の死骸も人類へと還元される。侵略者の体液は個体によっては高栄養価なのだという。気持ちの悪い話だと居酒屋で愚痴を言っていた老人は時代遅れだと揶揄されていた。
「ミロ、行こうぜ」
「ああ」
 名残惜しそうに花を振り返るミロは、単車へ乗るときも後ろ向きだ。よほど花が気に入ったらしい。
……案外気づいてないだけであちこちに咲いてる花もあるかもな」
「ほんとうか?」
「どうだろうな。余裕があるときに気にかけてみたらいい。花じゃなくても、なにかいいものが見つかるかもしれねえし」
「いいものって?」
「さあ? ミロはなにが見つかってほしい?」
 肩越しに振り返るミロの顔がバックミラーに映る。知らないものが見れば不機嫌だと勘違いするような難しげな顔。真剣に悩み、考え込んでいるときのミロの顔。なんでもいいと言わずに考えるようになったミロはなにを見つけたいと思うだろう。砂金も大した価値を持たなくなった時代で、戦うことしか知らなかったミロにとって価値のあるものが増えたらいいとキサラギは何度でも思う。いつかの未来でミロが平和を愛おしむことができるように。
「おっと、そろそろこいつも修理に持っていかねえとな」
 なかなかに酷使してきた単車の立てる怪しい音。
「またあの親父にどやされるのか……
 修理屋のがなり声を思い出したのか、うんざりしたように言うミロにキサラギは大声で笑った。
「工場の隅っこにだって花は咲いてるかもしれないぞ?」
「じゃあ、俺はそれを探しにいくから親父の相手はキサラギがしてくれ」
「上手いこと言うようになりやがって……
 日々達者になっていくミロの口。一体誰に教わったのかしらと嘯けば、ミロも口角をちょっと上げている。
 善哉善哉、本日も日々は恙なく。明日も侵略者の死骸は積み上がり、大地に花は咲くことだろう。