君に似合うもの
道行く人々が振り返る。その先には、大きな紙袋を抱えて歩く人物がいた。目を集めたのは荷物を抱えていたからか、それとも嬉しそうに新緑の瞳を輝かせて微笑んでいたからかはわからない。どちらともだったのかもしれない。
スタスタと歩く彼は迷うことなく、猫のシルエットが描かれた看板の店へと入っていった。カランカランと鈴の音を響かせ、器用に肩を使い扉を開けていく。
「いらっしゃいませ!」
元気よく返事をする店員は机を拭いていた手を止め、顔を上げる。その先には大きな荷物からひょっこり顔を出し微笑むその人物がいた。先程、皆の目線を集めていた彼だ。
「お久しぶりです」
顔を傾けて目を細める彼の髪は緩く縛られて前に流されている。その髪は珍しい鮮やかな赤に彩られていた。
「海さん
……! お久しぶりです! また来てくださったんですね」
「ああ、素敵な場所だったから来たくなってね」
それにと、目の前の店員に目を細め笑いかける。
「可愛らしいお嬢さんに会いたかったからだよ。結さんにと言ったら信じてもらえるかな」
名前を呼ばれた彼女、結はうっと声を漏らす。思わず熱くなる頬を抑える彼女は目線を泳がせながらわたわたと返事をする。
「
……!! そう言ってもらえるのは、嬉しいですが
…か、海さんがいうと、その、顔見れなくなるので
……お手柔らかに、してもらえると嬉しいです
……!」
「ああ、お嬢さんを困らせてはいけないね申し訳ない」
「あ、いや、こちらこそごめんなさい
……! 私がなかなか慣れなくて
…」
「ふふ、その謙虚な姿がいじらしくて、あなたらしいと感じるよ」
「えっ、あ、その」
「大丈夫かい?」
慌てる結の様子にクスクスと笑う海。
「大丈夫です
…! そ、それより! その荷物、重くないですか??」
結は駆け寄りながら、荷物持ちますよと声をかける。
「ありがとう。大丈夫、この中身は軽いからね。私一人で持てるから心配いらないよ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「では、席にご案内しますね。お客様をずっと立たせる訳にもいかないので」
まだ頬が染まっている彼女だが、にっこり微笑みこちらへと声をかける。お客様に寛いでもらえるようにまずは席に案内することにした。
「つい話し込んでしまった。よろしく頼むね」
「はい」
結の案内で店の奥へと向かう。四人が座れるゆったりとした席でぐるっと店内が見渡せるようだ。
「今はお客様も落ち着いていて、空いてますのでこちらの席をお使いください」
「ありがとう。お言葉に甘えて使わせてもらうよ」
微笑むと海は席に着き、荷物を隣りに置く。
「是非。お冷は後ほどお持ちしますね」
「よろしくお願いします」
頬にかかる髪を耳にかけながら、結ははいと元気に返事をする。席を離れる彼女を見送りながら海は机の上にあるメニューを開く。
「今日は何にしようかな。冷たいのも良いけど紅茶なら温かいのが良いな」
それに合うものはとページをめくる。ページには料理と飲み物の写真が添えられ、そして猫のイラストが少し描かれている。
店内にカランと人が訪れた音が響く。結さんの迎える声を聞きながら、メニューを目で追っていると何だか聞き覚えのある声が彼の耳に入ってきた。
「結さん!! こんにちは! 今日はタルト食べに来ました! 後、猫たち元気ですか?」
「ふふ、こんにちは。実ちゃん」
二人のやりとりにああと笑を零す。
そして、席を立ち扉の方へと向かう。
「お話中失礼します。お嬢さん方、挨拶をさせて欲しくて。少しだけお時間いただけますか?」
顔を傾けてにっこりと笑う海は二人の答えを待つ。二人が振り返る。結はもちろんと笑みを返す中、もう一人が驚きながら彼の顔を見上げる。黒髪のショートは跳ねたままのその子は目いっぱいにきらきらとさせている。
その元気な顔を答えだと受け取り、海は腰をまげ目の前の相手に顔を近づける。そして右手を掲げて嬉しそうに声をかける。
「やあ! 元気だったかい? 実」
「当然! むしろ海は元気だった?」
満面の笑みで答える実は右手をあげ、海の手のひらに元気よく打ちつける。パチンと音を響かせながら、応えるように海もにっと歯を見せ笑う。
「ああ! 体調は万全だ」
「それなら良かった! 久しぶり」
「久しぶりだね」
そのまま二人はガバッと抱き合う。海が小さな実をだき抱える様子は微笑ましくなる光景だった。
「お二人はとても仲良しなんですね」
くすくすと笑う結に二人は答える。
「そうなんだ」
「友達だよな、海」
ああと返事をする彼は実の背中をポンポンと叩く。
「では、せっかくなので同じ席にしますか?」
「そうだね、実が良ければお願いしようかな。どうだい?」
「お、良いなら同じ席にいくよ!」
じゃあ決まりだと微笑む海は結に二人で同じ席に座ることを伝える。わかりましたと結は海と一緒に実に席を案内する。
「ではご注文がお決まりの時はお声かけください。お冷はすぐお待ちしますね」
「お願いします!」
「はい。あと、私の方は先に紅茶のホットをお願いします。アールグレイで」
「わかりました。ご用意しますね」
二人が席に着くのを確認し、結は準備のため下がる。リュックを隣の席に置く実は彼に声をかける。
「海が居るとは思わなかったから驚いたよ!」
「あはは、私も実に会えるとは思ってなかったから驚いた。でも会えて嬉しい」
「うん!」
えへへと笑う実に海は良い笑顔だと目を細める。そして手元にあったメニューをはいと彼女へ渡す。ありがとうと受け取る実はそういえばと声をかける。
「今日はなんかの用事できたの?」
ああと海が自分の隣にある紙袋に目線を向ける。
「ちょっとしたプレゼントをもらったからね。教会の方へお裾分けしようかなと思ったんだ」
「鼓さんのとこの?」
「そうそう。私には可愛すぎるものだから、どうせなら必要としてくれる子たちに渡せたらと思って」
「可愛すぎるもの?? 海さんなら大体使いこなせるんじゃないのか?」
その言葉にはははと声を出して笑う海。
「そう言ってもらえるのは光栄だけどどんなイメージなんだ
…! 私は
……!」
「うーん、私より女性らしい? 顔立ちだし。モデルさんみたいだから可愛いのも違和感ないと思うんだよね。大人っぽい方が似合うと思うけど」
うんうんと腕組みをする実になるほどと海は微笑む。
「母親譲りとは言われてるけど流石に三十は過ぎてるから笑ってしまうな。私は。でも褒められてるのはわかるからお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「いや、そんな! でも、海は母親似なんだな。じゃあお母さんも綺麗だったんだね!」
その言葉に海は一瞬目を開くと、直ぐにふっと柔らかい笑顔を見せる。
「ああ、いつも笑っている人だった。今度良ければ写真とか見せるよ」
彼は右目をパチンとウィンクをする。
「本人を紹介するのでも構わないんだけどね。どうだい? 今度遊びに来るかい」
「わっ!? なんか紹介まで、ってなると緊張するからまずは写真とかからがいいかな!?!」
「ふふ、可愛らしいお嬢さんを紹介できたら、母も喜ぶと思うんだけどな。まあ実が良いなと思った時にでも声かけてくれ。とりあえず次に会う時は写真を用意しとくよ」
「そ、そうしてもらえると助かるよ
……!」
少し焦っているのか言葉を詰まらせる実だが紹介出来るほどの友達だと思われてることは素直に嬉しく感じていた。歳もひと回りも違う友達だがここまで気軽に話せるのは実でも珍しいからだ。
「わかった。母以外でも姉が気になってるから先にそちらを紹介させてもらうかもしれないけど」
「お姉さんも!!」
「はは、既に実の話は家族にはしてるんだよ。特に会いたがってるというか、可愛い子が好きな姉はなんか企画してるみたいなんだ」
手の指を絡め両手を合わせる海はじっと手を見つめる。
「うーん、また私は呼び出されるかもな。その時は実と友人何人か呼ぶかも。結さんと蛍さんとか」
ニコッと実に向けて笑顔を見せる。
「私以上に行動力がある姉だから驚くかもしれないが、面白い人だよ。その時はよろしく頼むね」
「じ、自分で良ければ
……! 何だか緊張してきた
……でも海さん以上って凄いな」
「そう。逆に父と兄は寡黙な方かな。女性の方がこう賑やかなイメージだと思ってもらったら間違いないよ。それ含めて私は母親譲りなんだ」
「そうなんだ
……!」
海は面白いだろと微笑む。驚いていた実もうんと答えた次には興味深そうに笑っていた。
そんな中、おまたせしましたと結が声をかける。
「お冷とこちらはアールグレイです。ポットは熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
二人は運んでくれた結にお礼を言う。
「はい。メニューお決まりでしたら伺います。いかがでしょうか?」
「あ、じゃあ私はこれ! この白桃とヨーグルトタルト一つください!」
「はい、分かりました。海さんはどうしますか?」
「うーん、やっぱりスコーンかな。このスコーン一つお願いします」
「焼き上がるのに二十分程お時間いただきますがよろしいでしょうか?」
「はい。焼きたてが食べられるならいくらでも待ちますよ」
「ふふ、ありがとうございます」
結は注文したメニューを読み上げ確認する。二人が間違いないと答えるとゆっくり過ごしてくださいと声をかけ席を離れる。メニューを戻す実に海がそうだと話しかける。
「話は戻るけど、実。君なら合うかもしれない。もし欲しいのあったら持っていってくれて構わないよ」
「あれ?プレゼントってやつ?」
「そう。これなんだけど気になるものはあるかい?」
紙袋をあけ、膝の上に乗せる。中身を一つ掴むと可愛らしいクマのぬいぐるみがこちらを見つめている。
「可愛らしいだろう?」
にっこりと微笑む海はぬいぐるみの頭を撫でながらほらと見せている。
「ぬいぐるみ! 可愛いね! へぇー! こんなにたくさんもらったんだ!!」
実はクマのぬいぐるみを受け取ると顔がよく見えるように覗く。黒い瞳がぱっちりとしていて可愛らしい。
「他にも猫とかうさぎとかバージョンはたくさんあるんだよ」
どんなのがあるのかと実は席をたち、海の隣までくる。そして彼の膝上の袋を興味深そうに覗いている様子に女の子だなと海は微笑みながら声をかける。
「これとか。黒い狐とかは実のイメージだな」
クリっとした青い瞳の狐のぬいぐるみを受け取る実。自分に似ていると言われたぬいぐるみはとても可愛くて不思議に感じた。
「
……これは可愛すぎるから違うよ。黒髪は一緒だけど」
申し訳なさそうに彼女は海に答える。その後じっと両手に持つぬいぐるみたちを眉を下げながら見ている。
「眺めるのは好きだけど、自分には似合わないから遠慮しとくよ」
その様子を静かに見つめていた海はそんなことはないと声をかける。
「実は可愛いよ。私より断然ぬいぐるみが似合う」
「はは、海は優しいな
…! そんなこと言ってくれるの海ぐらいだよ」
「そんなことはないよ。周りが君の魅力に気付いてないなんてなんて勿体ない
……じゃあ独り占めできる特権を堪能しよう」
海は悪戯を思いついたようなでも何だか惹き付けられる良い笑顔を見せる。え?と不思議そうにしている実に、彼はこれとこれとあ、これも良いなとぬいぐるみを次々と手渡していく。
「か、海??」
実の腕にはいっぱいのぬいぐるみが顔を覗かせる。猫、うさぎ、犬たくさんのもこもこしたものに埋もれている実の様子に、海は目を細め笑いかける。
「ああ、やっぱり似合う。可愛いよ」
「ぬ、ぬいぐるみがな
……!」
「ふふ、照れてる実が更に良いな。ぬいぐるみたちが羨ましいよ」
うわぁと慌てる彼女に海は楽しそうにはははと笑う。可愛いと告げる彼は自分の様子に面白がっているのだと分かっているが、実は慣れないその言葉に反応してしまう。
ぬいぐるみに顔をうずくめる実は顔が見えないように小さな抵抗をする。海に振り回されてばかりなのが気に入らなくて、何か出来ないのかと考えをめぐらす。
「私だけに見てせくれないかい?」
顔を隠している彼女に海は声をかける。良い反応をしてくれるなとついからかいたくなる。
「
……羨ましい
…だよな
……海」
「うん? どうしたんだい?」
呟く声に海が聞き返す。すると実は顔を上げ、にっと先程までとは違う不敵な笑みを見せた。ぬいぐるみたちを抱えた実は片手を伸ばす。
「来いよ海、まとめて抱いてやる」
彼は驚きで目を見張ると一瞬動きが止まる。次にはふふふと嬉しそうに満面の笑みを向けた。
「ああ、本当に素敵だ。実」
海は席を立ち実の腕の中へと入る。海の方が背が高いため片膝をつく姿勢になるが、実が彼を抱えているように見える。
「もっと驚くかと思ったんだけどな」
実が少し眉を下げながらでも楽しそうな声で話す。よく見ると耳が少し染まっている彼女に海は優しく語りかける。
「驚いたよ。女性でそんな風に声をかけてくれる人はいなかったからね。まさかこんな可愛らしいお嬢さんに言われるとは」
「ははは、じゃあ少しは海に仕返しできたんだな」
「おや、仕返しとは何だか私が悪いことしたみたいに聞こえるね。ただ可愛いと事実を伝えただけなのに」
「からかってたじゃん?」
「ふふふ、なんのことかな」
意地悪だなと実が口を尖らすが、目が合った二人は同時に笑い出す。
「あはは、それにしてもそろそろ目立つから席に座ってくれよ。海」
周りを少し見渡す実はチラチラとこちらを見ている人たちの目線に気まづくなる。
「それは今更じゃないか?」
「そうだけどさ。膝をつかせてまで抱くつもりはなかったから」
「なるほど。名残り惜しいけど席に戻るよ」
そう言うと立ち上がろうとした彼が離れる瞬間、実のおでこに柔らかい感触を感じた。周りも何だかざわついてるようだが実の耳に入ってこなかった。ただ横に流れる髪を整える彼のいたずらっ子の様な微笑みを見つめることしか出来なかった。
「友人の証だよ」
そう言うと彼は口に人差し指を立てながらまるで内緒という仕草をする。皆に見られてるのにと呆れながらも、海は仕方ないなと実はあどけない笑顔を見せていた。
おまけ
「実、この子たちはプレゼントするよ」
黒い狐の二匹を手渡す。青い瞳と黄色い瞳だ。
「え? 二個も?」
「ああ、妹さんもいるって言ってただろう。だから妹さんに渡すならお揃いが良いかなと思って」
「
……生の分?」
「そう。妹さんの分。一人でもらうよりお姉さんと一瞬の方が喜ぶと思うよ」
「うん
……まあ、確かに
……?」
「だからこの子たちは頼むね」
手で実が持つぬいぐるみを示す。ぬいぐるみをじっと見つめた後、実はわかったと元気に返事をする。
「うん! 大事にするよ! ありがとうな、海!」
「ふふ、この子たちも新しい家ができて嬉しいと思うよ」
生も喜ぶなと嬉しそうに笑う実はぬいぐるみを大事そうに抱える。その様子を満足そうに海は眺めていた。
あとがき
ちょっとしたの書こうとしたら長くなってしまいました。うちの子、海さんと実の日常をテーマに書きました。前の診断結果の場面を書くために始めたら、また導入から長くなってしまった
……ちょっと海さんと結さんの絡みも出せてれば嬉しいです。
海さんが引きこもる前の元気な時です。なので昼間にめっちゃ出歩いてますね。たまたま仕事の関係で貰ったたくさんのぬいぐるみをどうしようかと考えた結果、よその子、ポポティ(鼓)の教会に寄付しようと思い立ち向かいます。そんな中、結さんのお店でひと休みしている時に実と遭遇で話に花を咲かせます。
紳士な海さんですが、英国紳士はそこまで女性へのスキンシップは激しくない中、実にはぐいぐいいきますね。それくらい距離が近い、実と海さんの関係が見えてたら良いなと思います。本当は実の方が男前的な感じになるかなと思ったけど、なんか海さん前ではタジタジになってしまった
……まあお題的にぬいぐるみ関連だったからかもしれないですね。
おまけでは海さんがほくそ笑んでるのが見えましたが、お互い嬉しそうだったから良かったなと中の人は思います。実は妹の生が喜ぶなと海さんの様子には気づいていませんが。まあ実は素直だからな。そのままでいて欲しい。
……あと、何となくだがこれ、よその子、アルくんが見てたら海さん敵認定されるんじゃないかな?となんなく思ってました笑
ちょっとイケメン海さんの描写に力入れてしまったけど、楽しかったから良しとします。
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ぬいぐるみたちを抱えた実「来いよ海、まとめて抱いてやる」
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