十年前のあの日
眩しい日差しを避けるようにバス停の影に少しでも入れるようベンチの端に体を寄せる。昼過ぎとはいえ、まだ爛々と輝く太陽は元気そのものだ。
「梅雨明けただけ良いかぁ。それにしても暑いな
……」
独りでに呟く彼女は手提げカバンからハンカチを取りだし汗を拭う。肩までかかる髪を抑えながら首元を撫でていくたび、薄い青色地に蛍の刺繍がされたハンカチは色が濃くなっていく。バス停の今のバス状況を示す丸いパネルは変化が無いなと思いながら、髪や服を整えハンカチをしまう。
「
……今日は午前で授業終わったから久しぶりに遊びに出かけたは良いけど、制服着替えてから来るべきだったかな
……まあ学割で払う時、証明しやすかったから良いか」
一人呟きながら彼女、蛍はセーラー服の裾を摘む。その後どうやって時間を潰そうかと、ぼうと目の前を歩く人たちを眺める。観光地でもある地元は色んな人が道を街を埋め尽くす。少し都心から離れたとはいえ、神社仏閣に博物館、隠れファンの多い喫茶店などがあり、さらに今の時期だとお祭りも行われているためどこも賑わっている。
「年中賑やかだけど今年もすごいなぁ」
色鮮やか髪色に聞きなれない言葉を耳にすると、思わず目で追ってしまう蛍。自分の地元の歴史さえまだ学び中なのにと考える彼女は、言葉も違う場所まで行けるその行動力に尊敬の念をおぼえるからだ。
「二人とか誰かと一緒なら行きやすいのかなぁ
……まあ、先ずはテスト勉強頑張らないとな。英語も国語ももう悲しかったから」
前のテストは何とかなったけど
……と複雑な気持ちと顔で下を俯く。じっとしていたかと思うと首をブンブン振りながらよしと顔を上げ、気持ちを切り替える蛍。
「もう、気分転換で遊びに来たのに
…! 大丈夫だって」
自分に言い聞かせるとバスはまだかなと確認する。まだバス到着の兆しは見えなかった蛍は膝上のカバンに手を置き移りゆく景色を眺めていくと、こちらに向かってくる人が見えた。ずっと見てるのは失礼だからと目線を外すが何だかなかなか来ないように感じる。
ゆっくり歩くその人は、バス亭の所まで来ると時刻表と時間を確認している。思っていた通りバスの利用者のようだと蛍が様子を伺っていると、目の前の人、彼は頭をガシガシとかいていた。その後、彼がベンチの方を確認するためこちらに顔を向いた時、蛍と一瞬目が合う。
蛍は驚きつつも微笑んで会釈する。二人しかいないバス停で、すぐ目線を逸らす方が失礼かなと思ったからだ。彼の方も驚いた様子だが、同じようにどうもという感じで会釈をしていく。そんな挨拶に日本人の性だなと蛍も思いつつ、その後の彼の様子を何となく伺う。
どうやら、ベンチを見つめながらどうしたものかと悩んでいるように見えた。蛍はもしかしてと、そっと声をかける。
「
……あの、日差しも強いのでもし良かったらこちら座ってください」
自分の隣に手を置きながら、蛍は彼に笑いかける。声をかけられた彼は気恥しそうに静かに笑う。
「あ、気を使わせたかな」
「いえ他の人が先に座ってるとこう、座りにくくなるの私もよくなるので。後は
……熱中症は怖いし、日陰独占してるのは申し訳ないなと思いまして」
「あはは、なるほど。じゃあ、お言葉に甘えて座らせてもらうよ」
「はい」
「ありがとう」
彼は礼を言うと、蛍の隣に座る。最初の時より伸びた日陰は彼の頭まで覆うくらいにはなっていた。ほっと一息ついた彼は蛍に笑いかける。
「正直いろいろと観て回ってたから疲れてたんだ。声掛けてもらって助かったよ」
「それなら良かったです。お兄さんが気遣ってくれてるのかなと思ってたので」
彼を見上げながら蛍は微笑む。改めて見た目の前の彼は、左から流すように自然に分けられた前髪が綺麗に整っている。Tシャツに軽い生地のベストと彼は、お兄さんくらいの人かなと蛍は思っていた。
「そんな態度に出てたのか? 気をつけないとな」
頬を軽くかき申し訳なさそうにする彼に蛍はふふと笑う。
「たまたまそう感じただけなので大丈夫だと思いますよ」
「優しいな。まあ実際若い子の隣に座るのは少し勇気いるから。汗かいてるし」
「そうだったんですね。私は気にならないですよ。こうしてお話してくれる方が待つ時間退屈しないので嬉しいです。ありがとうございます」
くすくすと笑う蛍に彼は思わず微笑む。
「それはこちらこそ。じゃあ、バスが来るまでの話し相手をさせてもらおうかな」
「もし良ければよろしくお願いします」
二人はお互いによろしくと声をかけた後、目が合いふっと同時に笑い合う。
今日観てきたものや街並みはどうだったとか、蛍は地元の小話を間に入るなど話が尽きなかった。
するとバス停のパネルが動いたことに気づく頃にはもうすぐバスが来るようだ。蛍の乗る予定のものだ。
「あ、次のバスに私乗りますね」
「そんな時間経ってたのか。気づかなかったよ」
「私もです。お兄さんと話すまでは待つ時間長かったのに不思議です」
「そうか。話し相手にきちんとなれたようで良かったよ」
優しく微笑む彼に蛍は嬉しさと少しの寂しさを感じていた。胸に手を置き、目を細めながらお礼の言葉をかける。
「ありがとうございます」
「うん」
「
……気をつけてくださいね」
「ああ、そっちもね。地元とはいえ気をつけて帰るんだよ」
はいと微笑む蛍に彼は優しく見つめる。
そしてバスが見えてきた。蛍はベンチを立ち乗り口の方へ向かおうとすると、そうだと彼がカバンを探り出す。目的のものを見つけると掴み、蛍に声をかける。
「これ! 女の子向けじゃないけどもし良かったら舐めて」
差し出された手のひらには小袋に入った飴があった。塩と梅味のものだ。
「ふふ、今の時期によく食べてます。ありがとうございます」
「なら味は大丈夫だな」
「そうですね。嬉しいです」
にっこり笑う蛍の後ろでバスが停まった。バス後方の入口の扉が開く。扉を確認すると、耳に髪をかけながら、じゃあ行きますねと蛍がバスに乗り込んだ。
扉付近に立ち蛍は彼に手を振る。彼も気をつけてと手を振り返す。扉が閉まると蛍は手を振り続けながらぼそっと呟く。
「また、会えたら良いのにお兄さん
……ありがとう」
バスが動き出し、彼の姿が小さくなっていく。姿が見えなくなる頃には一人がけの席に蛍は座る。
「
……名前、くらい聞いとけばよかったかな
……?」
優しいお兄さんだったなと思い出しながら、手のひらの飴を見つめる。後で舐めようとカバンにそっと大事にしまった。
おまけ
女の子が乗ったバスを見送り、振っていた手を下げる。一人になったベンチではぁと背もたれにもたれかかる彼。
「柄にもなく若い子に声掛けたな。まあ笑ってくれてたみたいだから良かったけど」
微笑むセーラー服の彼女を思い出し、ははと笑う。
「しっかりしてた子だった。それにしても。まさか頼にぃに持たされた飴の使いどころがあるとは」
眉を下げ笑う彼はバス停を確認する。すると乗る予定のバスがもうすぐ到着すると知らせていた。
「お、ちょうど来たか。これ乗って、最後の展示観たら帰ろう。鹿児島も暑いから飲み物だけでも、どっかで買わないと」
よっと立ち上がりゆっくり前へと進む。右脚の義足に気をつけながら。
「
……また来たら会えるとか、な
……まあ広いから難しいか。次会ったとしても覚えてないだろうし。あの子の方が」
少し寂しげにベンチを振り返る彼。
「あ、智則には内緒にしとこう。なんか言ってきそうだから、あいつは」
頭をガシガシしながら、眉を下げ笑う。まあ、良い思い出が出来たと謙之介は微笑む彼女がまぶたに浮かんでいた。
あとがき
過去のネタを引っ張り出してきた中の人です。イラストは既に友人が提供してくれています。もう当時でも尊かった
……ので短編で深堀させていただきました。
改めて謙蛍の十年前のお話です。謙之介さんが蛍の隣に引越す前の時ですね。偶然、観光してる謙之介さん(二五歳)と遠出してる蛍(一四歳)がバス停でお話をするという場面になります。
中学二年の蛍はすずめちゃんと仲良くなってるけど一人で行動することの方が多い時期になります。この日はたまたま行事かテストで学校が半日だったので、ふっと遠出した蛍。期間限定の展示会を観にいってきたのかな。一人でも大丈夫な彼女ですがちょっと落ち込んでいた時に謙之介さんが表れたかんじてすね。人見知りはしない蛍は謙之介さんに声をかけそのまま世間話をしていき、元気が戻ってきました。珍しく他の人と一緒に居られて笑って過ごせた彼女は嬉しかったんじゃないかなと思っています。
謙之介さんもたまたまあった子が笑ってくれてよかったなと少しでも気になってくれたら良いなぁの気持ちを込めて書きました。
ちなみに初めて会う、その場限りの出会いって自己紹介まではしないよなと謙之介さんの名前はずっと伏せたままとなっていました。そこで、おまけで補足的なのを書いています。謙之介さんが蛍の名前聞くのもありだけど、傍からみたら犯罪というかよろしくないよなとも思って謙之介自身は名前聞いてない感じにしてます。はい。
ちなみにこの記憶は付き合ってから思い出す蛍なんで、また筆がのったらそこら辺の短編も書くかも?しれません。
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