高校2年で初夜を経たふたりが2回目までにヤリ目と思われたくなくて我慢してみたり、モブ女に茶々入れられそうになったりしつつ、不安なのは自分だけじゃないって確かめて大好きを確認する話
▶2025/6新刊に収録しています
▶この続き(治視点R18)も2025/6新刊に収録しますが、これだけでも読めます
⚠️モブは名前なしでそこまで絡みません
「はぁ〜〜〜」
わざとらしく、これでもかと溜め息を出してみる。
でも自分の席に座ってる角名は、目の前にいるのこちらをちらりとも見ず、スマホをタップするのをやめない。
おい、なんかあるやろ。どうしたのとか。
「そんなうっとりねっとり気持ち悪いため息吐かれても、どうしたのとか絶対に言わねえし」
「気持ち悪いっつったか⁉︎ キモいでもなく、気持ち悪いて⁉︎」
「はい、そうです」
「はい、そうです⁉︎
……いやもうこの際それはええねん。あんな?」
「うわ。話し始めた。絶対にロクなことがないのに。なんで銀がいないんだよ」
銀も治も、今日の昼休みはそれぞれ委員会がどうのと言って、昼メシ持って集合場所に行った。だから今は、俺と角名のふたりきりin二年一組。
いちばん後ろの窓側の席にいる角名の席で、俺は持ってきた弁当(早弁したから残り)と家から持ってきたバナナ一本、それから行きのコンビニで買ってきた菓子パンで腹を満たしてるところだった。
「俺、好きな子おってん、って話。したっけか」
「してませんし、これからもしなくていいです。お疲れ様でした」
「判断が早すぎんッ⁉︎」
「だって死にたくないし」
「スナくんは判断が遅いと死ぬ世界線にでもおるんですかぁー⁉︎ まあ、ここだけの話やねんけど。俺な、実は」
「わざとらしく小声で話さなくても、知ってるから」
「え、なに、知ってんの⁉︎ なん⁉︎」
「むしろなんで俺に隠せてたと思ってんのかがシンプルに疑問」
「せやった?♡」
「可愛く言っても駄目だから」
「スナにはこれ可愛い判定なのも、ちょいチョロすぎん? お前モテんねんから変なのに引っ掛かんなや?」
「訂正。かわいくねえのにカワイ子ぶってもダメです」
「わざわざ辛辣に言い直すなや、振れ幅おかしいやろ。そんでな、ソイツとついに!晴れて!お付き合いすることになってんねんけど〜」
「それも今さら。一ヶ月くらい前でしょ」
「うっそ。なんで時期までわかった?」
「わかりやすいから。特に侑じゃないほう」
「アイツ? 俺やなくて?」
「侑はちょっとわざとらしいからいつもの悪ふざけの延長にしか見えないけど」
「おい」
「あっちは、侑が見てないところで色々差分はあったりするし」
「なになに! どんなん? 写真ある⁉︎」
「なんでだよ。あるかよ」
「そこは撮っとけや〜、お得意の手腕で」
「なんで俺のカメラロール、お前らの惚気に使われなきゃならないんだよ」
紙パックの乳酸飲料を飲みながら、角名は心底冗談じゃないと書いたツラで頬杖かいて、実にご尤もな意見(ほぼ苦情)をこぼす。
ちなみに角名の方が先に食べ終わってるのは、角名が少食ということもなく、コイツはコイツで栄養バランスとかそれを取る時間帯や量をかなり調節してるから。俺の性格上、そういうのは得意やないけど興味はあるから、そのうち教えてもらおうかなと思ってたりするけど、いまそれは置いといて。
「あっちはさ、たぶんお前らがそういう関係性も増えた直後くらいから、わかりやすかったよ」
「うっそ。俺の前だといつも通りなんやけど⁉︎」
「侑の前だとそうかもね。たとえばさぁ、侑と付き合う物好きの席は、侑がいま座ってる席なわけだけど」
「物好きってなんやねん。物好きって」
「二組が校庭で体育してると、こっからよく見えるわけ。授業寝そうになるからって、大体いつも校庭を見てるんだけど」
「無視かーい!」
確かに角名の言うとおり、この席は角度的にも校庭の見晴らしがいい。
バナナの最後の一口を頬張り、不意に窓の外に視線をやれば、広い校庭が割と遠くの方まで見える。何クラスかが同時に使っても問題ない広さがある校庭は、授業中は色んなところで色んな競技をやってる。確かに眺めてれば、いくらかは眠くならずに済むかもしれない。ええなあ。いま俺は席が廊下側で、眠気との戦いに使えるカードはこっそり読む月バレか、ノートの端に思い出しながら落書きする練習試合のスコアくらいだ。
「侑のクラスが出てくると、侑のことばっか目で追ってるなーって気づいたのは、二年になってこの教室になった最初の方かな」
へえ、アイツそんなんしてたんや、と初めて知らされる片割れの情報に驚く。
菓子パンの袋を開けて、かぶりつきながら素直にぼやけば、角名は「そうだよ。最初は無自覚だっただろうけどね」と紙パックの最後の一口をズズズッと飲み干した。
「侑、いつも体育たのしそうに遊んでるじゃん」
「遊んでへんわ。全力でやっとる」
「じゃあたのしそうに全力でやってるだろ。それ見て、自分までたのしいみたいにニコニコしてるんだよね。お前のことが大好きな物好きは普段あんま表情筋使わないけど、侑のこと見つけて、上から眺めてるときは見たことないくらいやさしい顔してた。だから流石にわかる」
角名の言う、授業中に俺を見つけて顔を綻ばせてる治を想像して、想像しただけなのにドキリとする。どくんっと胸がいきなり鳴って、なんだか顔が熱い気がしてくる。気のせいかもしれんけど。
だってそんなこと、まるで知らなかった。
二年になってばっかのときはまだ、ぜんぜん俺ら〝そういうこと〟になっとらんのに。
「そんときにはもう、そういう気持ち、あったんかな。あいつ」
「そういうのかはよくわかんないけど。でも大事で仕方ないもの見つめるみたいにしてるときもあれば、なんか切なそうに見てるときもあったかな。夏休み前までは」
「
……ふーん。そっか」
俺はしみじみとぼやいて、校庭に視線を落としたまま、自慢の長い足を組み直す。
いまは昼休みだから校庭で運動して遊んでる奴らがチラホラといるのが見える。サッカー部じゃない奴らが混じった草サッカーはそれでも割と白熱してるらしい。夏休みが終わってようやく暑さが引いて、屋外での活動規制が解けた。身体を動かしたい人間にはこっからがシーズンだ。
治もこんなふうに校庭を眺めてたと聞いて、体育で燥ぐ俺を見てたらしい治に、どうしても気持ちが飛んでいく。
(お前はずっと俺のこと、こんなとこから見てたんや。ひとりで)
俺にバレたくない。バレたら終わりと思ってたって、お前は言うてたもんな。
こんだけ遠くからならバレないし、誰にも迷惑かけてへんとか、思っとったんやろなアイツ。あれで俺以外に対してはイイ子ちゃんでいようって、回せない気を回そうとするとこがある、昔っからちょぴっとだけ手がかかる困った片割れなんや。
いつの間にか。
水が土に染み込んで地下に潜っていくみたいに、人知れず、とめどなく、好きになってた。
吸い込んでも吸い込んでもまだ染み込んで。いっぱいにならなくて、キリがなくて、どうしようもなくて。
本当は、誰よりも一番近くにいるのに。こんなに近くにいるのに。
でもこの世でたぶん誰よりも好きになったら駄目な相手を好きになった歯痒さを、俺たちはずっとひとりで抱えてきた。ずっとふたりで居たのに。
ぜったいに俺が一番、治のことをわかってて、誰よりも治のことが好きなのに。
なんでその俺が、正面から好きって、たったその一言を言ったらあかんのやろって。ずっとずっと、苦しかった。
ここから見てただろう片割れの気持ちを考えて、ちょっと胃の辺りがきゅっとなる。
けど、そんなのはもちろん顔には出すことはせずに「で、夏休み後は?」と角名に視線を戻すと、戻された角名はあからさまに「まだこの話、続けんの」という顔をした。もちろんそんなものは無視や、無視。
「それが逆にまったく見なくなったんだよね。二組が出てくると、いきなりうつ伏せたりしてるから、この前は先生に寝るなって注意されてるよ」
「見てない⁉︎ はぁ⁉︎ なんでや」
「知らない。自分で聞きなよ。なんか照れくさそうにしてるから、気づいたんじゃない? 自分がどんな顔して、どんだけずっとお前のこと、こっから眺めてたか」
たぶん、夏休み前までは無意識に近かったんでしょ。改めて自分の視線がお前にばっかいってるから恥ずかしくなってんじゃん?知らないけど。
と、角名は近くにあった教室の角のゴミ箱に、空になった紙パックにストローを中に入れ込んでから潰して、投げながらご丁寧に解説してくれた。
放物線を描いた紙パックだったものは、がこん、っと綺麗にゴミ箱に入る。そんで。
「うわ。なに。なんで侑まで照れてんの」
俺の顔を見るなり、心底げんなりした顔をするのをまったく隠さなかった。
「だ、誰も照れてへんわ! なんで俺が照れなあかんねん
……!」
「あいつ、俺のことめっちゃ好きやんか〜とか思って照れてんだろ。爆発しろ」
「別にそんなんちゃうし
…っ! 爆発もせんし
…ッッ!」
でも治がめちゃくちゃ意識してくれてんのは、他にも理由があると思う。おそらく。
なんせ俺らは気持ちだけを通わせたわけじゃない。その勢いのまま、夏休みのうちに試行錯誤した結果、なんと俺は童貞を捨てた。いやほんまびっくりやろ。俺もびっくりやねん。
インターハイが終わって。夏の合宿も終わって。
夏休みもバレー漬けの中、その隙間をぬいにぬって、俺たちはいわゆる初夜を越えた。
お互いに、お互いを独占したい。
間に誰も入れたくない。
自分だけがいい。
自分のものだけにしたい。
そういう気持ちが募りに募って、とうとう思ってることを洗いざらい白状したもんだから、次はとにかく身体をつなげたくてたまらなくなった。
セックスがしたい。
抱いて、抱かれて、言葉通り身も心も自分のモンってしたい。
そういう欲が、ふたり揃って大爆発した。
爆発した結果、入れる入れられるって話をしたら一度、本気の殴り合いになりかけて。いやいや違う、そうじゃない。そうやないやろ。両想いや⁉︎なんで殺意満々でふたりして取っ組み合っとんねん!と仕切り直し。
どうにかこうにか「俺、めっちゃ調べとるで。俺は絶対にお前みて萎えたりせんけど、お前はほんまに俺のケツの穴見て勃起させたままでいられるん? あ? 大丈夫や、道具も用意してあるし。けどお前はなにか俺を抱くために用意してたんか? ん?
……ほれみ、なんもしてへんやろ。なぁ俺、頑張るから。めっちゃ頑張る。だから、な? 一回、俺に任せてみん?」とかなんとか言い募った結果。最後は「
……どっちでもええって思ってたし。今回は譲ったるわ」と治は言って、俺を受け入れる覚悟をしてくれたのだった。
もちろん思いつき即日じゃなく。何日かはかけて、慣らすのも手伝って(というか殆ど俺が慣らした。だってサムがそんな言うなら全部お前がやれやって言うから!)そんで親がどっちも帰宅が遅くなる部活のオフ日に、いよいよ俺のモンを、治の中に入れた。
それは、きちんと。
正真正銘の、セックスだった。
マスのかき合いではなく、オナニーでもなく。好きなやつとする、セックスだった。
俺たちはちゃんと身体をつなげて、お互いに気持ちよくなろうともがいて、揺れて、足掻いて。準備も勉強もしたからどうにかこうにか気持ちよくもなって、ああ、お前は俺のもんで、俺はお前のもんやなって確認する行為。それはひとまずなんとか成功で終わった。
ちなみに、後処理だってぜんぶ俺がやった。やらせていただきました。
だって最後の方、治は辛いけど、でもそれだけじゃないのもちょっとわかるようになったみたいで、掴みどころのない快楽を拾うのに必死になってた。
たぶん、俺のため。
俺が、気持ちよくなってる治を見れれば見れるだけ満たされるのなんか、言葉がなくたって、治はわかってた。わかってたから、気持ちよくなりたかったんだと思う。
終わる頃には疲れ果てて。けだるく、くたりとして。
嬉しくて。いとしくて。切なくなって。
結果、治を甲斐甲斐しく世話したくて仕方ない俺が爆誕したというわけだ。
せっせと綺麗に証拠隠滅して戻ると、治は自分の二段ベッドの下段で丸まってた。でも俺が戻ってきたのを見るなり「ツム、
……一緒に寝よ」って離れたくなさそうに言ってくれた。嬉しくて、たまらずくしゃくしゃに笑ったのに、治からは「なに泣いてんねん」てかすれ声で、笑われた。泣けるほど嬉しくて満たされたことが伝わったなら、まあええか。
そんな俺たちの夏休みは終わって、学校が始まって少し。俺はもう二度目がしたくて、いつならできるやろかって、ちょっとソワソワしてる。
俺たちは当たり前だけど一つ屋根の下だ。というか屋根の下どころか、部屋も一緒なら、寝床なんて二段ベッドの上下ときてる。セックスしたいくらい好きな奴と、こんなに生活びっちり一緒なことある?いきなり両親が再婚して、血のつながらない男女が兄弟として一つ屋根の下暮らすことになったりする漫画だのドラマだのもびっくりやんか。
ぶっちゃけ。正直。あれから二段ベッドで寝てると、下から聞こえるいつもの治の寝息ですら、今まで生きてきてずっと聞いてきたものとは、まったく別物に聞こえて、めっちゃムラムラする。
飯食うときに見える舌を見ても、ああ吸い付いて、絡め取って、味わいたいとか思う。
ごくごくと飲み物を飲み干して上下する喉仏に、それが気持ち良くて身も夜もなく反ってたのを思い出す。
いつも順番に入る風呂は、風呂場でどっちかが身体を拭いてて、どっちかが服を脱いで洗濯カゴに入れてるけど、裸の治なんて生きてる時間だけ見てきたくせに、急にどきどきするようになってしまった。部室で着替える時はさすがに皆おるし、頭がそれよりバレーに向かってるからなんとかなってるけども。
ようするに、俺はいま、とてもわかりやすく浮かれてる。
大好きなアイツとできたセックスが、たまらなく幸せで。
これまでだってずっと一緒だったのに、また懲りずに一つになりたいと思う。
そんで俺がそう思ってるってことは、治だってそう思ってるだろうって信じて疑わなかった俺は、二度目、いつにする?って話をしたくて、たまらない。
なんてことを考えてたら、そりゃ幸せの溜め息のひとつやふたつ、ぷはーっと吐いてしまうのはご愛嬌。
誰かに自慢したい。俺がいま浮かれてること。話して、この浮かれ具合を噛み締めたい。でもこんなのは誰にでも言える話じゃない。だから角名とふたりきりで話す機会が常にあるわけじゃないけど、ずっと角名とふたりだけで話すタイミングを伺ってた。だって角名やし。俺らのこと、勘づいてないわけがない。(実際、やっぱし気付いてた)
だから、俺たちの座る教室の角には、俺ら以外に周りに人が座ってないのもあって、デカい声でなくオブラートに包めばちょっとくらいは話聞いてもらえるんちゃうかなー、なんて目論んでいたけど。でも「実は俺とアイツな、
……もうシてんねん」なんて聞かれてもないのに言おうとするより一瞬だけはやく。同じ教室の廊下側で昼飯食ってる女子グループが話してるセリフが、今日に限ってよく聞こえてきた。
「この前、会ったときもシたのに。次会ったときもすぐシたいみたいな空気出されんの、ほんま萎えるわぁー」
まるで俺が言われたみたいに聞こえて、思わず身体がビクリと固まる。
けどすぐにいやなんで俺が反応せなかんねん、と目線だけをちらーっと廊下側にずらすと、さらに「ほんまやなあ」「カラダ目当てみたいで嫌やわ」「愛情感じれんよなあ、好きなら我慢せえって」「我慢できへんとか、ただのヤリ目やん」「うわ最悪」と一緒に飯食ってる周りの女共が、またぴーちくぱーちくと続けるのも聞こえてくる。
すると集団の中にいる、髪を明るめに染めてるひとりとうっかり目が合う。
盗み聞きしてるみたいでちょっとした気まずさがあるし、すぐ目を逸らして持ってたペットボトルを一口飲んだ。
普段から喧しい女共の会話は聞くに堪えないし、だからまったくと言っていいほど耳になんか入ってこない。でもなんでか今はなんでかよく通って聞こえてくるし、そんでちょっとだけ耳が痛い感じだった。
(いや、
……べつに俺は、カラダ目当てちゃうし)
好きで。ずっと好きで。
どうしようもなくて、募りに募った気持ち。
まさか報われるなんて、これっぽっちも思ってなかった。
俺だけがおかしい。片割れが頭おかしくてごめんな。
そう思ってたのに、否定されなかったどころか肯定してくれた。
受け入れてくれた。応えてくれた。
そんで欲しくて欲しくて、どうしようもなく欲しかったもんを、俺は手に入れた。言葉通り棚ぼたのごとく。
そんな状況で、健康超優良児の男子高校生なんだから、そりゃ浮かれるし、いつだって隙あらばまた味わいたくなるのなんて、もうどうしようないやんかと思う。
むしろ覚えたての蜜の味を、一つ屋根の下にいる奴を目の前にして堪えてることだって褒めてほしいくらいだ。
好きなくせに、やない。
好きだからこそ、や。
好きだから、好きな気持ちの分だけ、欲しくてたまらなくなるだけやんか。
なんでそれを、そんなこき下ろすみたいにぶちくさ言われなあかんねん。
なんて。別に自分が言われたわけでも何でもないのに、菓子パンの残りを口に押し込みながら心の中で捲し立ててたら、どうもそれが表情に出てたらしい。
角名がさっきまでのげんなりとした覇気のない目と一緒とは思えないほど、きらっきらと光らせて「なになになに。耳が痛いみたいな顔してるけど」なんて自分から水を向けてきた。ほんまコイツ、ええ性格しとるよな。
「べっつに。耳痛いようなことしてへんし。
……まだ」
「まだって言ったよ。なに、カラダ目当てだと思われるようなこと、しようとしてたわけ?」
「なんでやねんッ! そんなんちゃうわ!」
「まあ、好きな子と両想いで付き合えたんなら、そりゃ隙あらばヤりたいけどね。ぶっちゃけ」
「せやんな⁉︎」
「けど男は入れて気持ち良くなるだけなのに、受け入れる側って負担でかそう。俺らは気持ちいいだけかもだけど、あっちはフツーに痛かったりするらしいじゃん。あとそもそも体調にもよるとか言うし」
「うっ
……!」
「それでも、ああやって言われちゃうと耳は痛いけどね。だってヤりたいのはホントだから否定もできないし」
「
……おん」
受け入れる側に負荷がものすごいあることは、わかる。
女だっていつも気持ち良くなんかできへんって言うんだから、男のアイツなんかもっと大変に決まってる。
「ちゃんと待てが出来ないと、ヤリ目と思われるってさ。侑、待てとか絶対にできなさそうだけど平気?」
「喧しいわッ! そんくらい出来るし!」
「何が出来るって?」
「治、おかえりー。少しはやかった?」
「おん。銀とこはまだ終わってなかったな。なんや白熱してたわ。で?」
いやコイツどっから聞いてたんやろ、と思って、思わずギギギと不自然に首が回って見上げると、もちろんすぐ隣にはいつの間にか、俺の片割れが立っていた。
「何が出来んて?」
「ちゃうわ! せやから出来るって‼︎」
「だから何を」
「それは
……なんでもええやん」
「侑は好きな食べ物を前にして、待てができるかって話」
「おいこら、角名!」
「ツムは待てなんかできんやろ。人のプリン勝手に食ってその上ウソぶっこくし」
「プリンの件を根にもちすぎやろ、テメェは‼︎」
とかなんとか言い合って、これまでならすぐ「それよりはよどけや、カス。俺の席やぞ」とか言って、問答無用で人の膝の上に乗っかってきて「重いわクソデブ!」って俺が治をどけて立ち上がるまでがセットみたいなくだりが発生するところ。でも今日の治は。
「はよどかんとお前の上、座るで」
なんて、一応は一言めは喧嘩腰にふっかけてくることはしなった。なんや、ちょっと優しいやん。
「えー? そんならええよ〜、ここ座り」
だからちょっと調子に乗って、どうぞーって膝の上をポンポンっと叩いてさぁどうぞ!と促してみる。さすがに「誰が座るかアホンダラ」くらい言ってくるかなと思ってたら「そんじゃ遠慮なく」とかなんとか言って、俺の膝の上にほんとに座ってきた。
「はぁっ⁉︎ な、なん⁉︎」
「いや、テメェがここ座りて言うたんやろがい」
そうだけど。そうですけども。
でも至極フツーに、お前の膝の上に座るのなんか当然ですけど何か?みたいなツラして乗ってこられると、今までならすぐどかして転がしてるとこなのに、なんかこっちも色々躊躇うやんか。だって本音を言えば、このまま俺の上に座った治の腹に腕回して、ぎゅうっと抱きついたまま休み時間ギリギリまで過ごしたいわけで。
ここまで来たらやってみるか? やっても許されるか??
と自分の上に座る治に、腕を回してぎゅっとしてみる。すると治はなんてことないツラしてズボンから取り出した自分のスマホをいじりだした。俺の膝に乗って、抱き抱えられたまま。
周りからはすぐ「えー、なにあれ」「宮たち、くっついとる」「侑と治が喧嘩してないの珍しいー」「大人しくくっついてるとかわええやんか」なんて、好き勝手言ってんのが聞こえてくるけどそんなん無視や無視。
え。フツーに嬉しい。
めっちゃかわええ。なにこれ。
なんのご褒美なん。
治は治で、大人しく抱きかかえられてるだけじゃなく、バランス取るためにしれっと片腕を俺の首に回してくれるし。
(でもこれ、生殺しってヤツやんかぁ
……)
角名の言うとおり治は治で、わかりやすいっちゃわかりやすいのかもしれない。
実際にそれをこんな形とこんなタイミングで体感して「こんなサム目の前にして、待てとかほんま無理なんやけどぉ
……」なんて葛藤ばかりが募る。でも治本人に言えるはずもなくて、どうしてくれんねんとぐちゃぐちゃしてる心のまま治を抱えてる腕に力を込めて、ぐりぐりと治の鎖骨あたりに額を押し付ける。
衣替えはまだだからシャツ一枚の俺たちの体温は、くっついてる場所で簡単に混ざる。ちょっと落ち着くなぁって思ったら、治は机の上にカタンッとスマホを置くと「なんや、あつむくんはちょいご機嫌斜めか」なんて、ぽんぽんと頭を撫でてくるから。
「す、角名ぁ〜〜〜!」
俺は情けないくらい早々に白旗を上げかける。
いやもうこの時点で待てとか無理なんやけど⁉︎
だって無理やん、こんなん。こんなん待てとかできんて。今日の夜にも襲わない自信がない。最後までヤれんでも、二段ベッドの下段には潜り込んでまうし、なんなら触りっこくらいはしてまうって!
だから「ありがとうゴザイマース」とか言いながら、ずっと俺らをカメラで撮ってる奴の名前を、泣きつくみたいに呼んでしまう。すると。
「はぁ?
……なんでこのタイミングで呼ぶのが角名やねん」
とかなんとかボヤいた治は、撫でてくれてた手で急にべしんと俺の頭叩くと「すんませんね、お呼びでなかったようで」とあっさり俺の膝の上から降りた。
え、まだ座っててもええんやけど、と引き留める暇もなく「時間まだあるから購買でちょっと食うもん買ってくるわ」とすたすた教室を出てってしまい。おかげで置いて行かれた俺の頭の中は、当然ながらグッラグラのぐっちゃぐちゃ。
「な、なんでアイツが拗ねたみたいになってんねん
……!」
その気にさせるだけさせといて(治にそんなつもりはないだろうけど『治とこれでもかとイッチャイチャしたいゲージ』は不意打ちでめちゃくちゃ貯まってしまった)、意味わからないまま放置された俺は、本当にただただ振り回されてただけでまったくもって納得いかない。
それをそのまま角名に鼻息荒く愚痴ったら「だからさっきから言ってるじゃん。治も侑とおんなじくらいわかりやすいだけだよ」と言って、愉快そうに口の端を上げるだけだった。ほんまどういうこっちゃねん。
それはクラスの女子共が言ってた、ただの世間話。ただの個人の意見。
でもそれは浮かれまくっていた俺にドスっと釘を刺してしばらく抜けなくさせるには十分だった。
浮かれていた分だけ、バケツで水ぶっかけられたみたいに「確かに俺、ちょっとがっつきすぎかも」とか、いきなり我に帰ってみたりして。
普段ならそんな外野の言葉なんか、そよ風にもならない。自分のことをよく知らない人間に、とやかく言われたところで何も耳に残らないし、気にもとめない。言われたことすら、言われた瞬間に忘れるレベル。なのに今回らしくもなく気にしてるのは、シンプルに自分だけのことじゃないからだ。
俺だけのことなら、俺がよければどうだっていい。でもこの話は俺だけがよければそれでいいわけじゃない。
治のこと、俺はたぶん自分の半分だと思ってた。
自分たちは元々ひとつで。それを半分にわけただけだから、俺はあいつの一部だし、あいつは俺の一部。
はっきりとそんなキモイこと意識して生きてたわけでもないけど、でも逆に意識なんてしてなかったくらい、俺にとっては〝当然のこと〟だったんだと思う。
肺があるなら、生まれたその瞬間から息をしようとする。
そういうレベルで無意識下にあった『治と自分は同じで一緒』は、それでも治のことを〝そういう目〟で見てる自分に気がついたその瞬間。
同じなわけがないし一緒なわけがないって、ちゃんと理解しだしてた自分にも、気づいた。
治は、俺の一部じゃないし、同じでもない。
違うからこそ欲しくて、足りなくて、たまらなくなるんだって。すとんと腑に落ちた。
だから、たとえ俺が平気でも、治はぜんぜん平気じゃないかもしれないって可能性を、最近は自然と考えるようになった。
きっと自分と同じ気持ちでいるだろうって、これまではついクセで疑いなく思ってたけど、もしかすると俺だけがヤリたがってるのかもなんて。そう思ったら、さすがに無邪気に欲望のままがっつくことができなくなった。
大体そうでなくても俺より治の方が負担がデカいし、俺にだって男と女のソレよりずっと無理なことしてるって自覚は、ちゃんとあるわけで。
(そんでも俺は、また治とシたい。無理をさせてるってわかってても、俺のこと、受け入れてほしい。そんで、こうして受け入れてくれる治のこと、知ってるんは俺だけやって、確かめたい──)
もちろん、治だって俺と同じく思春期真っ只中の男子高校生なわけだし、フツーに俺に入れたいとかは思ってるんかもわからん。
だから俺も一応、準備しといてやったりした方がええんやろかと考えたり考えなかったりするけど、そもそも入れる入れないに関係なく隙あらばセックスしたいですって態度自体に「これだから〝待て〟ができない男は」なんて思われるかもしれないと思ったら、上げようとしてた腰はどんどん重くなった。
それなのに。
そんな俺の苦労なんか知りもしないで、治ときたら。
たとえはそれは、俺が〝待て〟をし出してから何日も経たない平日だった。
ふたり部屋で寝るまでの時間それぞれやりたいことして過ごしてたら、俺が雑誌読んで座ってるその太腿に、治は無言のまま頭をごろんとの乗っけてくるという試練が勃発する。
びっくりして思わず「どうした⁉︎」ってストレートに尋ねたけど、治は別になんてことないってツラして「テキトーに枕ほしかってん」とかなんとか言って、さらに俺の腹に顔向けて目を閉じる。
まるで普段はデレない猫が急に懐いてデレてきたみたいに、気まぐれなアクション。
当然、俺の思考回路は哀れなほど露骨に動揺しまくって、目の前の現実に追いつけずツッコミもままならない。結果、俺は治が満足するまで枕に徹してやり過ごすしかなかったし、できる限りのしれっとしたツラで読んでた雑誌に再び視線を戻したけど、正直言って内容はまったく頭に入ってこなかった。大好きな選手の珍しいロングインタビュー記事、こんな眺めてんのに目から情報入ってこないことってあんねんな?
あとまた別の日は、いきなり目が覚めると治が俺の二段ベッドの上段に潜り込んできてた朝があって、それも「どうした⁉︎」て何の捻りもなしに聞いたけど「別に。ちょっと肌寒かったから湯たんぽ欲しかってん」と治はやっぱり平然と言ってのけて、布団の中でそっと手まで繋いできた。
いや。いやいやいや。
お前そんなん、もう誘ってるのと同じやんか。
なんてヤらしく囁いて、キスしたっておかしくない流れだったし、したとしても俺は絶対に、もうぜっっったいに悪くなかったと思う。
でもそこを鋼の理性でグッと我慢した俺は「そっか。ならしゃーないなぁ」とかなんとかテキトーに言って(正直な話すると、理性を総動員しすぎてなにを言ったか正確に一語一句は覚えとらん)繋いだ手は離さず、握り返すだけに留めた。俺は偉い。俺、すごすぎる。ほんま。
それからも、気づくと治との距離感近い⁉︎てことが増えた。
いや、もう増えたなんてもんじゃない。爆増だ。
行きに乗るバスや電車で座れると、いつもより隙間なくぴたりとくっついて座ってくるようになった気がするし(たぶん気のせいじゃない)、昼休みはさすがに毎度のように膝に乗っかってくることはなかったけど、椅子をぴったり隣にして肩とか腕とかがどっかしらくっついたり、くっつかなかったりして(これは意識してなかっただけで今までもそんな感じだった気もしなくもない )、流石に部活になれば練習に意識を集中してるからなんもないけど、その間に挟まる休憩とかは気づくと隣にちょこんと居たりすることが増えた、気がしてる。(今までってどうだったか思い出せないけど、たぶんここまで一緒には居なかった
……よな? あれ?)
帰りは、片方が委員会だの補講だのに出て放課後の予定が同じにならん日だってポツポツとあるけど、体をまったく動かさないなんてことはなく、俺も治も部活が終わったあとの時間帯しか体育館に行けなくても必ずふたりで自主練してから帰るし(これは今までと変わらんけど、それにわざわざ「待っとるから」だの「待っとって」だの言うようになったの、ちょっとなんやキュンとするやんか)。
「いや、拷問かなんかなん
……⁉︎」
思わず独り言をぼやいて、俺はせっせと図書室の返却された本を、一番上の棚にほいほいと片付けていく。ちなみに俺は今年の図書委員とかではなく。これは完全に銀の巻き添えで、成り行きだ。
今日は体育館が整備で使えないから、部活は休み。
俺と銀は、治と角名を拾って大きな駅に出て新しいシューズとかサポーターとか見に行くところだった。でも通りかかった図書室の前で、女子がひとり立ってて「あ、ちょうどええわ! 身長高い人いたらなーって思っててんけど手伝ってくれへん?」と、俺じゃなく銀に上目遣いでねだって、さらには勝手に銀の腕を掴んでやんわり引っ張ってくるという、事故みたいなことが起こった。
これがまた俺じゃなく、銀にいくあたりしたたかやなと思う。俺だと絶対に振りほどかれるってわかってんねん、ソイツ。
(髪、えらい明るい色しとんな
……、ああ。あのとき、治のクラスでヤリ目やなんやピーチクパーチク言ってた奴か?)
なんて思い出してるうちに、銀はほんまにいいヤツなもんだから「まあ棚高いところのだけならちょっとだけな」とか言って安請け合いしてしまった。俺は心底、女のあざとさにげんなりしつつも、銀を置いてくという選択肢は端からなく。しゃーなしやなと治と角名とのグループチャットで「なんか成り行きで図書室の片付け手伝ってくから先に行っとけ」とだけメッセージを送り、いまは絶賛さっさと終わらせようと返却済ワゴンから、一番上の棚とやらに片っ端から差し込んでるところ。
そしたらいつの間にか「いや、適当すぎやって」と明るい髪の女が隣にいた。
はぁー、めんどくさ。そんなら最初からわかるように指示だせや。
とか心の中だけでぼやきつつ「へいへい、すんませんね」とそれも適当に返事して、相変わらず棚に置いていく適当さは直さず、とにかくノルマと言われた本たちを淡々と置いていく。はやく終わらせて、治たちに合流したい一心で雑に手を動かしてると、たまたま埃が溜まってるとこに勢いよく置いて、ぶわっと目に見える噴煙が視界に広がった。
「うっわ。あかんわ」
俺の目線より一段高いとこから落ちてくる埃に、思わず声を上げる。すると女子が「あかん、
……目に入ったかも」と目をつぶってこすりだした。
「おい、擦らんほうがええんとちゃうか」
一応、俺が叩いてしまった埃のせいだし。と慣れん気を使って声を掛けるけど、女はその場で蹲ってしまう。
おいおい大丈夫かと、手に持ってた本をワゴンに戻して、しゃがんで蹲る女の隣にとりあえずしゃがんでみる。
すると、女はちょっとだけ顔を上げると「うちの目、赤くなっとる?」と聞いてくるから、いやお前のちっさい目じゃ赤いかどうかなんてわからんし、とか思いつつ仕方なしに「はあー
……、ほんならこっち向いて見せてみぃ」とデカデカとダルそうに息吐いて促せば、女は「どう?」とか言って、上目遣いでぱちぱちとマスカラかなんかが塗りたくられた睫毛を瞬かせてくる。
なんや。治のほうがぜんぜん目ぇデカいな。
まあ、そらそうか。俺の片割れやし?
こんなゴテゴテとメイクで盛りまくってる(どうやってるか詳しく知らんけど、マスカラとか他にもなんか書いたり塗ったりするんよな?)ケバい目よりも、断然に俺たちの目の方がぱっちりしてデカいし。
親に感謝せえと散々言われてきた目鼻立ち整った男前である俺の片割れが、そのイカついイケメンっぷりの見る影もなく、ふんにゃりと目元を蕩かしてるときなんか、鏡でいつも見る自分の目と同じもんのはずなのにまったく違うものにしか見えなかった。そりゃもうどえらいヤらしくて、エロくて。そんなん前にしたら、キスするのなんか我慢する暇もないよな、とか。
ついつい思考を、治の方角に全力で飛ばしてて、油断していた。
油断してて気づいたらその女の顔が、すぐ近くまで迫ってて。俺の身体を引き寄せようと、手のひらを肩に乗せてきたことに気づくのにワンテンポ、遅れた。
しまった。
そう思った時には、女の顔がすぐそこにあった。
「はぁ〜〜〜〜
… …」
「なんや、侑は朝からそればっかやな」
移動教室の四時間目。
視聴覚室の一番後ろを陣取って、俺と銀は横並びに座り、音楽の教師の趣味とやらで有名らしいブロードウェイのミュージカルを見せられてる。
無駄に立派な視聴覚室だからかなり大きな作りになってて、確か3クラスくらいはまとめて入ったと思う。広さがあるから俺らの周りには他のクラスメイトは座ってなくて、前方斜め横辺りにチラホラいるくらい。ミュージカルを楽しんで見てる層は前方を陣取ってるし、俺らみたいにテキトーに過ごしたい奴らは、後ろだの端っこだのに離れて座っていた。
ミュージカルの内容は入りからよくわからんしと興味を持てず、うつ伏せて昼寝でもしとこうと思うのに、目を閉じると昨日の放課後に起こったことを思い出して思考がぐちゃついて落ち着かないったらない。
終いには苛々してくるから溜め息が止まらず、でもなんやかんや面倒見のいい銀は、俺のあからさまな凹み具合にきちんとリアクションをくれた。
「モテる奴はそれはそれで大変なんやな」
「モテるとかモテないとかちゃうし。俺がされたの無理やりやぞ、未遂とはいえ。男女逆やったら犯罪やろ」
「いや、逆でなくとも普通に犯罪やろ。侑はホンマ災難やったわ」
「
……銀」
「おん?」
「めっちゃかっこええ。惚れてまう」
「あ。そういうのは間に合ってますー」
「だからなんで即答やねん‼︎ スナも銀も修行でもしとんのか
…‼︎」
小声で喋る分には映像の音量もあって問題ないからと愚痴れば、銀はクラスの他の奴らとは違って茶化すことはしないし、むしろ大変だったなと労ってくれる。こういうとこが銀のいいとこだし、人として信頼できるし助かる。今朝の教室での騒ぎを思い出すと、また苛々してくるから、銀が今日休みとかじゃなくて本当によかった。
今日の朝練が終わって。
教室に入ったら、クラスの奴らが寄って集って「1組の女子と図書室でキスしてたってほんまなん?」なんて聞いてきたから、俺はその時点でただでさえ機嫌が最下層を這ってて、朝練でバレーボール触った分くらいはマシになったのに、結局早々に全部ぶち壊しになった。
なんでそんな話が出回ってんねんと、青筋立てながらなんとか声を荒げるのは堪えて聞いたら、たまたま図書室にいた1組の女子が何人かその場を目撃したって、朝から騒いでるとかなんとか。
「いや俺も見てたけど、ガッツリ侑が手のひらでブロックしてたで」
「せやんなぁ、銀。俺のブロックまじで完璧やったのに、どこ見てんねんて」
そう。俺は間一髪で、自分の唇を守りきった。
目が痛い、赤くなってないかと聞くから仕方なく親切心で見てやろうとしたら、ゆっくりと顔を近づけてくる女子に「いやいやいや⁉︎」と慌てて自分の口を手で塞いだら、寸前で止まった。
でもその距離、僅か数センチ。
角度によってはブチュっとかましてるように見えたかもしれない。
なにすんねん、すぐ手ぇだしてくる奴はヤリ目でダルい言うてたんは俺の空耳か?と一応、努めて冷静に尋ねたつもりだった。でも実際は怒りで這うように低い声しか出ず。
たぶんそれが思ってたような反応じゃなかったんやろな。明るい髪を毛先だけくるりと巻いて、デカめの胸を押し付けてこようとしてたソイツは、心底驚いたツラして俺から距離を取った。
その驚いたツラはまるで、男なんてこんな風に女に迫られてつまみ食いのチャンスをチラつかせされれば、みんな食いついてくるんちゃうの?なんて言わんばかりだった。はぁー。思い出しただけで腹立ってくる。
お前じゃない。
欲しいのは、お前なんかじゃない。
デカく盛られて、作られた可愛いさで瞬かせる目を近づけられたって、何も感じない。
こんな距離で見つめあって、ああ、食ってしまいたいと頭に浮かんだのは、お前じゃない。
欲しいのは、たったひとりだ。
次がしたくて、我慢したいけどすぐ限界になるくらい、どうしようもなく手を伸ばして、掴んで、引き寄せたいのは──たった、ひとりだけ。
「はぁ〜〜〜〜。あんなんされて、なびくとか流されるとか思われとんのか? 俺は」
「侑のこと知っとる奴なら、むしろ逆鱗やってわかりそうなもんやけど。でもそうでもないなら、遊んでそうとか、ワンチャンあるかもとか勝手に思ってる奴もおるかもわからんな」
「ワンチャンでもあるとか思われてることがもうホンッマ腹立つ。テメェと一緒にすんなや。彼氏おるくせして、彼氏に悪い思わんのかい」
「侑そのへん見た目あえてチャラくしとるだけで、硬派よな」
「そうかぁ? 相手がおんのに他所にこんな狡いマネしてまでワンチャン狙ったりとか、一度でもまともに人を好きになったことがあんなら考えられんやろって、思うけどなフツーに」
だってこんなに好きで。大好きで。
でも好きなんて軽々しくは口には出せなくて。苦しくて、せつなくて。
そういう気持ち。他人に向けて目一杯になったことがあるやつは、あんな小賢しい真似なんか絶対しない。そんな安い色仕掛けみたいなもんで誰がなびくか。こっちはそれどころやないんじゃ、ボケが。
──違う。コイツじゃない。
そう思ったら、余計に治のこと欲しさが爆発しかけて、昨日はあのあとショッピングモールのスポーツ用品店で待ってるはずの治と角名のとこには、銀だけ行ってもらった。俺は先に家に帰らせてもらって、銀には図書室で起こったことは絶対に話さないでほしいと伝えて、適当に腹いたくなったからとか言うといてくれって頼んだ。
治と顔を合わせたら、自分がなにをしでかすか。自分で自分が信用できなかった。
さすがに人目もあるし、いきなり何かすることはなくても、帰り道にふたりきりになって、どっかのトイレに連れ込むとかしそうになったら目に手も当てられない。どんだけセックス覚えたての思春期やねん。いやまあ、紛うことなくセックス覚えたての思春期そのものですけども。はい。
腹が痛いってのは、銀がそのまんま伝えてくれたらしく、家に帰って、治が帰ってくるまえに飯もシャワーも済まして(流石に早すぎて湯船に湯は張られてなかった)「明日はやいし、もう寝るわ!」と二段ベッドの上段で布団にまるまってたら、なにか夕飯っぽいものを銀や角名らと食ってきただろう治は、それでもいつもは足りないから手を洗ったら飯に直行のはずなのに、二階の俺らの部屋にまっすぐくると「ツム、平気か?」てベッドを覗き込んできた。本当に心配そうにして。
心が痛んだ。でも治の顔見たら、その手つかんで、引き寄せて、唇に食らいつきたくなりそうで。
ほんとは治と乳繰り合いたい。治のこと、ベッドに引きずり込んで、有無を言わせずズボン脱がせて、下着に手ぇ突っ込んで、揉んだり擦ったり穿ったりといじくりたおして、ぐちゃぐちゃに泣かせたい。
けど、百パーセント善意で心配してくれてる治に、罠にかかったなとばかりに布団に引きずり込むとか、俺に迫ってきた女となんも変わらんやんかって。そう思ったら、とてもじゃないけど顔を見れなかった。
(大事に、したい。大事にしたいって、こんなに思ってること。ちゃんとわかってほしい。サムにだけは、わかっててほしいのに)
ヤリ目とか思われるのなんか嫌や。
やりたいだけなん?とか、たとえ一瞬でも、カケラでも思われたくない。誤解させるようなことさえしたくない。俺の気持ち、少しだって疑ってほしくない。
あんな無理なこと受け入れてくれた、大好きなお前に。一ミリだってカラダ目当てなのかも、なんてこと思わせたくない。
だから「平気や。寝たら治る。それと明日、銀と朝練前に試したいことあるからって約束しとるから、先に行くわ」とかなんとか言って布団被ったまま壁向いて、治に背を向けたままでいたら、治はなんか言いたそうにしてるのを背中越しに感じた。でもグッと堪えて、気付かないフリしてそのまま目をつぶり続けた。
ほんまはキスしたかったな。
してほしかった。
あんな女の顔を思い出すのが嫌でたまらないし、上書きして消してほしかった。
でもいまそれをしようもんなら、間違いなくそれ以上が欲しくなる。
だって、ほんまはヤりたい。
角名の言う通り、隙あらば触りたい。さわって、いじって、撫でて、繋がりたい。
俺のモンを入れたい。治に受け入れられたい。
でもやっぱりそればっか言って、ヤリ目だのなんだのと思われたくない。
なのに忘れたい。消し去りたい。
ほんまあの女、腹立つ。俺の唇奪おうなんぞ、百万年はやいわ。香水かしらんけど、今も女がつけてた人工的な香りがまとわりついたままみたいで嫌になる。
キスがしたい。
治と、キスがしたい。唇がふやけるまでずっと、ずっと。
でもそんなんしたら、止まらなくなる。
止まれなくなるのは、──困る。
頭の中は同じとこをなんべん回って、結局出口は少しも見えないまま。翌日はひとまず宣言通りに治よりはやく起きて、治を待たずにひとりで家を出た。ちなみに銀は俺に付き合って、本当にいつもより早く一緒に朝練するために出てきてくれた。恩に着すぎて着ぶくれする。銀さん様々や。
なんやかんや朝練は何事もなく終わり、まだ治となんとなく顔を合わせづらくて銀と連れ立って早々と自分のクラスに駆け込んだら、まあなんとなく想定してた最悪の展開のうちのひとつが、期待を裏切らず待ってたというわけや。
女子とキスしてたって⁉︎から始まり、ついに彼女ができたんか⁉︎だの、彼女と図書室の人の見えないとこでやらしいことしてたらしいな?だの、でも前から取っ替え引っ替えしてたんやろ?だの。
いや、俺はお前らの中でどういうイメージやねん。こちとら夏前までぴっかぴかの童貞だったんですけども⁉︎(大声で言えんけど)
もちろん俺は真っ向から「キスなんかしとらんし、目にゴミ入ったから見てやっただけや」と釈明して、隣にいた銀も「俺も一緒に図書館おったし見てたけど、ほんまやで」と援護射撃してくれたもんだから、クラスの奴らは「なんや」とゴシップの種明かしに肩透かし食らったみたいな顔して、授業が始まる頃には興味を失っていた。第三者証言、つよいな。でも逆に銀がその場に居合わせてなかったら、もっと面倒なことになってたかもしれないと思うと、本当に人の噂好きはどうにかならんのかって辟易する。
「
……でも1組の女子ら。あれはグルやろな」
隣で一応、視線はスクリーンに向けたままの銀が、ぼそりとこぼす。
俺も腕を枕にしながら「やっぱそうやんな?」と同意する。
「大体、1組の女子がたまたま何人も放課後の図書室に集合してるのが不自然やし」
「偶然やなく最初からグルで、侑があの子とキスするとこを張ってたってほうが自然や」
「証拠写真でも撮って、俺との噂でも流す魂胆やったんちゃうか。知らんけど」
「外堀うめるやつか。女はこわいなあ。未遂やったし写真までは回されとらんけど、めっちゃ噂は流されてたし。うちのクラスは俺と侑本人が否定してなんとかなったけど、他のクラスでもえらい噂広めてんとちゃうか」
「あー
……。もう最悪や」
「まあそんな心配せんでも。少なくとも1組は治や角名がなんとかしとるやろ」
「
……」
「侑?」
「
……治に、昨日のこと、話とらんねん」
「はぁ? 話しとらんって、なんで」
「なんでって、別に
……。そんな話すことでもないし、なんでもかんでもサムに言うてるわけちゃうし」
「そうなん? でもお前ら普段ほぼほぼ共有しとるやんか。宿題どころか授業で先生が話してた雑談とかまで。お前ら片方が話してて、もう片方がなにそれ?とか話わからんて言ってるの、あんま見たことないで」
「
………そやった?」
これは意識にないことだった。まったくそんなつもり無かったし、俺だけじゃなく、たぶん治もそうだと思うけど。でも銀に真正面から曇りない目で言われてしまうと、アホなこと言いなやって一掃もできない。
そんで初めて「そうかも?」て意識しだしたら、確かにあまりに息するみたいに俺も治も、自分のことを相手に話してきたような気もするし、それ聞くのもあわせて当たり前のことになってたのかもしれない説がいきなり炙り出されたみたいになって、急な気恥ずかしさが俺を襲う。
いやいやいや。確かにな。俺、当然みたいなツラして治のクラスの話題にもまざってた気ぃするけど(だって知っとるし)。でも恥ずかしいのは、どっちかと言えば俺にその自覚が無かったのに、それ見てた銀はフツーに気付いてて、しかもそれをいつものことだと流してたらしいこと。
「なんや。また喧嘩でもしたんか」
「
……喧嘩はしてへん」
「ふーん、そんならいいけど。にしても今回は憂鬱そうにしとるの珍しいな。いつもは変なウワサされたって言わせとけえ!くらい言うのに」
「まあ、ちょいと今回は、なんや
……、タイミングが最悪っちゅーか
……」
「ははーん。さては侑、誤解されたくない子でもおるんや?」
「そっ
……、んなんちゃうわ!」
がばっ!と顔を隠すように伏せて、腕に顔を埋める。
銀はといえば「侑もそんなんになることあんねんな」とちょっと面白そうに笑って、でもそれ以上のことは聞いて来なかった。こういうとこはホンマ、俺の扱いを絶妙にわかってるなぁとしみじみ思う。伊達にクラスでも部活でも年がら年中一緒に過ごしてない。
まあ、図星だ。銀の言う通りだ。
治がどんな気持ちで、あの女共の流す噂を聞いたんだろうって思うと、胸の辺りが重くなって仕方ない。
もちろん根も葉もない事実無根。
でももし俺が逆に、治がどこの馬の骨ともわからん女とキスしただの、付き合っただの噂されてるのを聞いて、しかも治からなんも聞かされてなかったらって考えただけでも、深い溜め息しか出ない。
もしもそんなことがあったとして。俺だったら、絶対に治はそのへんの女なんかとキスなんかしてへんし、なんかの間違いやろなって思うと思う。そんなやつとちゃうしって、誰より俺がわかってる、だから治はそんなことしないって。
でもわかってたって、本気で苛立つのは抑えられないだろうし、たとえ未遂だって我慢ならないって思う。
キスしてなくたって、キスするような近さまで許したことに腹が立つし、そんな隙を見せたことにも腹立つ。その上、色めき立ってるクラスメイトから聞かされて、なんでテメェの口から聞かずにその辺の奴らから聞かなあかんねんって、なるわな。少なくとも俺ならそう思う。
ってことは治だって、今きっとそう思ってるってことだ。
事実でもない噂を好き勝手言われてること自体は、銀の言うとおり俺にはどうだっていいことだった。なにも思わない。感じない。勝手に囃し立てる奴らに割く時間も感情ももったいない。
ただ俺は、治に嫌な思いをさせてることが、嫌だなと思う。
(そんでも昨日の俺は、お前にどんなツラしていいかわからんかった。ぐちゃぐちゃのまま、お前のこと、利用するみたいにキスしたり触ったり、
……しとおなかったから)
この時間が終わったら、昼休みだ。
他の予定がなければ、いつもは俺と銀が飯持って1組に行くところだけど、どうしたもんか。
けどこれでまた避けるみたいにして治たちのところに行かないのは、色々と拗らせる気しかしないし。ここは腹くくって、1組に乗り込んで、また銀にも手伝ってもらってよくわからん根も葉もない噂を一刀両断するしかないか。
そんなことを考えてたらちょうど昼休みのチャイムが鳴った。
視聴覚室は先生が電気のスイッチを押して一気に明るくなり、いつの間にかスクリーンにはなにも映されていない。教壇の辺りに立つ先生がなんか言って、そのあと日直の声がして授業が終わる。一気に空気ががやがやとして、前方の出入り口と、後方の出入り口に人がダラダラと集まっていく。ぼんやりそれを眺めながら、出ていく奴らがある程度捌けて空いてから出ようと、銀と座って待ってたら。
「あれ。治やないか?」
「はぇ?」
思わず気の抜けた声を出して、俺たちが座るいちばん後ろの席から直線上にある後方の出入り口を見る。
すると確かに頭一つみんなから出てるデカい奴が、人の波を逆流してこっちに向かってくる。どすどすと音が聞こえてきそうな足取りで。
「お、なんや。えらい怒っとるな」
「え。サムの面構え、やっば」
とか銀と話してるうちに、どすどすと近づいてきて俺らの横に仁王立ちする治は、身長があるからまた見上げると迫力があるし、なにより近くて見れば見るほど静かに怒髪天のツラをしてて、俺はヒュッと唾を飲んで思わず姿勢を正す。
あかん。この治は、あかん治や。
でもきっちり自分の飯(早弁でもう半分も残ってないだろうおかんが作ってくれた弁当と、おそらく登校途中で買ってきたデカいコッペパンのジャムパンを入れた弁当の手提げ)と、俺の弁当の手提げを勝手に俺らの教室から持ってきてるあたり、ほんまブレへんなコイツ。
「おい、クソツム。行くぞ」
「え、どこに?」
「屋上」
「完全にボコるやつのセリフとツラやんけ‼︎」
「喧しいわッ! 言えた義理か! おら、ツラかせ‼︎」
「痛っ、引っ張んなやボケサム‼︎ 言われでも行くっちゅーねんッッ!」
「乱闘だけはやめてやれよー、治」
「そこは止めてくれんのかいッ‼︎」
「だってたぶん、平気なやつやろ?」
銀が呆れたように笑って言う視線の先は、俺じゃなく治で。
その治は、すこしグッと言葉を詰まらせた素振りをしてからコクリと頷くと、俺を無理やり立たせるために掴んだ腕から手を離して「はよ来い」とだけ行って、先に歩き出した。
「銀、すまん! 俺の筆箱とか、頼むわ!」
「おう。俺は角名と昼メシ食っとくから。ちゃんと治の機嫌、治してこいよ」
「最初っから俺のせいみたいに言うなやッ! いや今回は俺のせいやけどもッッ‼︎」
「なあ、サム」
「
……」
「まず着いたら、俺に話、させてくれるか」
「
……」
「おい、聞いとんのか」
俺たちが登ってる階段は、本当に屋上への階段ではなく、バレー部の部室への階段だった。
ご丁寧に部室の鍵まで前もって借りてきてるあたり、治は本当にのっぴきならない話をするつもりなんだということはわかる。
いや。どれだけ罵られようが、今回はちゃんと受け止めなあかん。
コイツの憤りは、俺じゃなきゃ受け止められないし、俺じゃなきゃあかんし、何より他の奴なんかにぶつけられたくない。
俺じゃなきゃ、嫌だ。
治がちゃんと自分の気持ちのまま怒髪天をぶつける相手は、俺じゃなきゃ。
でも殴られたら殴り返さない自信はないから、手は出さないでほしい。あと足も。とか思いながら、鍵を開けて先に入る治に続いて、俺も素直に続く。外履きを脱いで「あのな、昨日のことやねんけど」と話しだそうとしたら。
「
……⁉︎」
治はくるっとこっちを向くと、俺のネクタイ引っ掴んで、唇をくっつけてきた。
ぶっきらぼうに、重ねるだけのキスだった。
そんですぐ離れてネクタイからは手を離してくれたけど、代わりに俺の手を掴んでくる。でもさっきみたいに無理やり力づくでなく、俺相手なのに遠慮してるみたいに、弱々しくだ。
そんな治の行動の端々がどうしようもなく、俺のなかにある色んなものをぶわっと増幅させていく。
俺がコイツに、こんな遠慮をさせてる。
あの治に。
俺の、半身に。
そう思ったら色々と言おう考えてたこととか、ちゃんと説明しようって思ったものがいっぺん全部ぜんぶ吹っ飛んだ。
とにかく掴んでくれた方の片手を取って、しっかり指と指を絡める。一本一本丁寧に。
そしたら治も戸惑いながらも握り返してくれたから、俺は部室の鍵を内側からかけて、そのまま治を引き寄せて、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。
閉じ込められるほど体格差なんてないし、むしろほぼ横幅も縦幅も一緒だけど。でも閉じ込めて離さないくらいのつもりで脇から両手を差し込んで背中に回して。ピタッとシャツとシャツの間に隙間がなくなるくらい強めに引き寄せる。
心臓が、左右にずれて重なって、鼓動がずれて響く不協和音。それは逆に、俺たちが俺たちであることの証明みたいでホッとした。
何も持ってない方の治の手が背中にそっと回って、治が俺の肩に静かにその顔を埋める。それから。
「ツムは、もう
……俺とスるの、嫌になったん
……?」
なんて言ってくるから、びっくりして。
ほんまにビックリしすぎて「はああああぁ⁉︎」って大声で叫びながら、抱きしめてた治の両肩掴んで、自分から引き剥がして顔を覗き込む距離を作る。
そして、俺はまんまると目を見開いた。
だってさっきまであんなに人でも殺しそうなツラしてたはずなのに。
「嫌になる⁉︎ 俺が、サムを⁉︎ 何をどうしたら、そうなんねん‼︎」
「お前とキスしてたとか、付き合い出したとか、うちのクラスの女子が自慢げに言いふらしてたし
……」
「そんなんイチから十までデマカセやって、お前はわかるやろっ!」
「
……っ
……! わかるか、そんなんッ‼︎ お前、昨日なんか様子おかしかったけど俺のツラもみないで寝るし。朝も別で行くし、あからさまに避けやがって。そんなんされたあとに、あんなん聞いたら
……もしかしてって、思うやろ
……!」
俺しか映してない灰色に、膜ができる。
薄く潤んだ膜が。
きっとこぼさないように我慢して、その潤んだ目は無かったことにするつもりだろう俺の片割れ。
俺の半身。俺の──
「もともとお前は男が好きなんちゃうし、そうでなくても俺らは
……、色々と普通とちゃう。せやから俺のこと、もうええんかなとか。飽きたんかなとか。
……やっぱ、女のほうがええんかなとか。思うてもしゃーないやんか
……!」
声が震えないように神経張ってる治が、二人分の弁当を提げた手を、皮膚の色が白くなるまで握ったまま俺から逃れて、距離を取る。
自分のことなんてもういいのかと思ったと言って、少し離れて見つめてくる治の表情に、俺は自分にとてつもなく腹が立った。
なんで俺は、治にこんなツラさせてんねん。アホか。
なんで気づかんかったんや。
こんなに俺が、らしくもなく周りの音に揺さぶられて、簡単に不安になってるのに。なんで治は平気だなんて思ったんだろう。そんなわけないのに。
俺がこんな簡単に揺れるなら、治だって普段なら気にもしないような音を拾って、勝手に揺さぶられてたって、なんもおかしくなかった。
治だって、きっと不安だった。
いつもなら、これまでならお互いの身にあったことなんて半日も経たずに共有してるのに、女とキスしただの、ヤらしいことしてただの、付き合い出しただのと、俺の口からじゃなく赤の他人から俺の噂を聞かされた。
ただそれだけのことで。
でも、そのただそれだけのことが。
治をいちばん不安にさせた。
当たり前だ。だって俺たちは、恋をしてる。
誰にも喜ばれないってわかってて、それでも隠し通すことも、殺し切ることもできなかったほどの恋を、している。
それで生まれてからずっと一緒にいる自分の一部みたいだと思ってた相手が、まったくそうじゃないことを、初めていくつも突きつけられてる。
叶わないと諦めてた恋心を、震える手で選び取ったその瞬間から。
そんな好きでたまらんみたいな表情するなんて、知らない。
そんな甘い声が出せるなんて、知らない。
そんな獣みたいに男のツラするなんて、知らない。
知ってたと思ってたものが、そうじゃないって今更いくつも何度もひっくり返されて。慣れなくて覚束なくて。
けどそんなのは治だって同じに決まってるのに、こんなにも簡単なこと、なんで気づいてやれなかったんだろう。
情けなくなって自分に腹が立ってくるけど、こんなことまで初めてで、戸惑う。俺、自分にこんな煮えくりかえるくらい腹立つこと、あんねんな。
「
……治」
自分に腹が立ちすぎて、声が少し低くなった。治の気配も心なしかピリつく。
違う。そうじゃない。
慌てて左右に首振って、ばちんと自分のツラを両手で挟む。すると治は、俺がこういう仕草するときはよほど真剣になるときだってわかってるから、聞く耳持たんって態度は流石にしてこなかった。
「
……なんや、クソツム」
「悪かった。お前のこと、不安にさせた」
「別に、
……不安にとか
……」
「俺がおまえやったら、めっちゃ不安になる。ほんまは女がええんちゃうかなとか、
……思わんことはないやん。お互いデカい乳は好きやし」
「いや俺はデカくても形がよおないと」
「いま! そこは! ええねんッッ‼︎ クソサムお前はほんまに空気を読めッッ!」
「いっつも空気読まん人でなしに言われたないわ‼︎」
「喧しいわっ‼︎ 俺もサムが誰かとキスしたのなんなの騒がれてたら! どうせ嘘ってわかっててもムカつくしキレるし、俺にまず弁解に来いよって思うっちゅー話や!
……でもそう思うのに、俺はお前に弁解もせんかったし、言い訳もできんかった。それはぜったいに、俺が悪い。でもな」
昨日、本当は言わなきゃならなかった。まっさきに、治にだけは。
なのに言えなかったことは反省しかない。
俺たちはまだ初めてのことで慣れなくて、こうしていろんなことを派手に失敗するし、そのたびに悩むし反省するんだろうけど。でも今までの俺らにはなかったものなら、そうやってちゃんと大事にひとつひとつ作っていけたらそれでいい。
「でも、
……俺は絶対にあんな女にキスなんかさせんし、これからだって他の誰ともすることなんかない。しなくていい。俺は、
……お前だけがいい」
意地にならず、喧嘩腰にせず、恥ずかしがらず。またそれが俺らには、ちょぴっと難しかったりするけど。
それでもいま、できる限りのまっすぐで思ってることを伝えてやれば、ぎゅっと握られたままだった治の手からは、ゆっくりと力を抜けていく。
「
……でも、ツムは」
「うん?」
「そもそも一回ヤったっきりで、
……俺とそういうことしようとせんやんか。別にうちのクラスの女子のことが無くてもお前は、
……もう俺とやりとおないんちゃうか?」
「は、はあぁあッッ⁉︎⁉︎ ばっ、
…そんなん、
…はぁああっ⁉︎」
治の言葉が、もうあまりにも不本意すぎて勢いで大股で近づくけど、治が反射で後ろずさるから「なんで離れんねん!」と構わず部室の壁際まで追い詰める。
勢いのまま両肩を掴んだら、治が持ってた弁当の手提げふたつを部室の床に落としたけど、俺はとてもじゃないけどそんなん気にしてられる状態じゃなかった。もはや掴んだ肩をそのままガクガクと揺さぶりたくなるレベル。まさかそこを疑われると思いもしないから、驚きと、それからもどかしさと憤りとでまたグチャ混ぜになって爆発しかける。
だって、こんなに。
こんッッッなに次ヤることしか頭にないみたいになりかけて。でもそんなんしたらお前にこの気持ちが間違って伝わっても嫌やからとか、そういうの慣れないまま必死に考えてたのに。
その俺が、もうお前とヤリたくなくなった?
ホンマ冗談キツい。勘弁してくれ。
「おっまえは
……! 俺が、どんっっっだけヤりたくてしゃあなかったか、知らんからそんなこと言えんねんぞ
…‼︎ そんなん! めっちゃヤりたかったに決まっとるやろがッッ
……‼︎」
詳しくは角名に聞いてくれ、まじで。とか言いかけてグッと堪える。角名にそんな話したなんて言ったらまた話が拗れる。これについてはちょっと問題を先送りするとして。
でもあんまりにも俺が鬼気迫るマジのツラして言うから、両肩を俺に掴まれたままの治は、さすがにその目を大きく揺らした。
何を言うてんねんコイツと思ってるのに、俺を信じたい気持ちも隠せなくて。揺れてる。灰色が、ぐらりぐらりと。
「
……うそや、そんなん」
「この期に及んで嘘なわけあるかっ、このボケカスッ!」
「だ、誰がボケカスじゃ、こんクソクズッ‼︎」
「おまえは俺がお前とエッチしてどんだけ浮かれてたか、ほんま知らんからそんなん言えんねん
……‼︎ 次すぐヤりたくてしゃーなくて、頭ん中でお前のことどんだけ俺が抱き潰しとるか、知ったらドン引きやぞ⁉︎」
「知らんから言うてるに決まっとるやろがいっ! そんなんテメェが言わな、わからんわ‼︎ 言われなわからんから、
……俺がキツそうだったり痛そうにしたから、オモロなかったんかなとか。それとも、次は俺からええよって合図せなあかんのかなとか。めっちゃ考えて、
……らしくもなく意味なくひっついてみたり、なるべくくっついてみたりしたし。ふたりのときは、
……ちょぴっと甘えてみたりしたんやぞ! なのにお前はぜんぜん手ぇ出してこんし
……!」
「待て待て待て待てっ! ちょ、サムお前あれ、やっぱ誘ってたん
……⁉︎」
「いや逆に‼︎ それ以外になにがあんねんッ! 逆にっ‼︎」
顔を真っ赤にした治が、渾身の力でギッと睨みつけてくる。でもこんなセリフと、こんな表情で睨まれても、睨まれたこっちは抑えてた色んなもんを煽られるだけで。
いや確かにな。俺も思ってたけど。
めちゃくちゃ距離詰めてきてないか?こいつ誘っとらんか?そんなんしたらいつ食われてもええってことになるけど、お前ほんまそれ無防備すぎちゃうか⁉︎とか散々自問問答しましたけども。
でも本当に、あの治が。
普段しれーっとしてて、つれないことの方が多い治が。
やっぱり自分から誘ってくれてたなんて。
「はぁ
……、サム、あかん。──もう限界や」
「はぁ? なにが
……」
治が何か言う前に掴んだままの両肩を引き寄せて、今度は俺から、唇に唇を重ねる。
もちろん触れるだけじゃ物足りなくて、少し挟むみたいに動かしながらちろっと舌で上唇を舐めたら、治は戸惑いながらも少し口を開けてくれた。
「ん、
……っ」
うすく開いた隙間に、舌をねじ込む。
治の舌がなんでか知らんけど逃げるから追いかけて、何度も角度を変えながら奥まで突っ込む。
互いの舌の表面をざらりと擦り合わせて。俺がまるで捕食するみたいに舌を味わうもんだから、治の腰は無意識に引き気味になってるけど、逃がすかアホ、と俺は両手つかって腰と背中をグイッと引き寄せ直した。
「ぅ、
…っ
……、ん
…っ、
…」
「はぁ、
……サム
……」
唾液が治の口から零れそうになるまで、粘膜を舐め取り尽くすみたいにしつこく荒す。
揃って息が上がり出して、はぁっと慣れないなりに必死で鼻で息をすると、部室特有のホコリ臭さを吸い込む。
いつも部活の前で着替える場所。こんなことをする場所からは程遠いはずの。
そう思えば思うほど、いけないことをいけない場所でしてるスリルが、背徳感なんか平気で上回ってなおさら鼻息は荒くなった。一旦休むとか、やめるとかって選択肢は最初から頭にない。
「っ
…はぁ、
…ツム、
…」
「ん、
…サム、
……サム」
電気も点けないまま、昼間もあまり日の当たりがよくないこの部室は、窓も曇りガラスで少し薄暗い。埃くさくて、朝練のあとにそれぞれが好き勝手使った制汗剤の匂いがまだ混ざって残ってる気がする、ムードもなにもない男臭い着替え慣れた場所。
でも放課後の図書館だなんて、でき過ぎた場所じゃなくたっていい。
人の目を避けて、ふたりで隠れてコソコソとちちくりあって、エロいキスして。
そしたら場所も時間も関係なくなって、ただただ、ひとりの名前を呼びながら乞う。欲しい欲しいと、焦がれて。その腹の減りようは、ちょっと病的にも思えて怖くなる。
こんなにキスしてもしても、ほんとは足りない。もっと近くに居たい。もっと一緒がいい。もっと触っていたい。
そんな際限のない切羽詰まった飢餓感は、治を諦めなくていいってわかったその瞬間から、堰き止められてたダムが崩壊したことで初めて覚えた感覚だった。
まだちょっと、付き合い方はわからないし、上手くいかない。持て余してる。でもこんな重くて厄介な欲求は、きっと普通じゃない。それくらいの自覚はあるから、らしくもなく俺はどこの馬の骨ともわからん奴らの言葉で、簡単に揺らいだのかもしれない。
この空腹を。この激情を。
そのまま治にぶつけるのはやっぱあかんかもしれんって、ヒヨッた。
でもそんな慣れない気を回して、こんだけ欲しがってる俺自身を、疑われるくらいなら。
「ツム、
……あかんて、
…勃つから
…」
キスの合間の訴えは、声が鼻から抜けてて気持ちよさそうで、ぜんぜんあかんとか思ってないようにしか聞こえん。
こんだけ一緒に、ずーっと一緒に育ってきたのに。まるで聞きなれない今の治の声はヤらしくて、俺の股間にだってダイレクトに響く。
名残惜しむように、じゅるるっと唾液を吸う音をわざと立てて口を離す。そんで、ぐりっと股間に股間を押し付けてやると、お互い硬くなってきてるモン同士がぶつかって、治からは「ぁ、
…!」て小さく息が漏れた。
(
……ほんま、かわええ
……)
俺と同じくらいデカくてイカつくて、かわいいとは程遠いどころか真逆にいる、むしろすれ違う女が面白いように二度見して振り返ったりするくらいの男前。(俺の片割れなんだから、そらそうやろ)
そんな目の前の奴のことが、いま、かわいくてしゃあない。
ほんまに頭が沸いてる。コイツにおかしくなっとる。
でも頭がおかしくなるくらい、俺はコイツのことが好きで。それはもう誰に何を言われても、どうしようもできないから。
「さっきから言うとるけど、俺はほんまに、童貞捨てたばっかでセックス覚えたての思春期のDKをただいま地で行っとるとこやねん。シたないわけないやろ。
……ずっと前から好きでたまらんくて、でも絶対ムリだと思ってた奴と、エッチしたんやぞ⁉︎ そんなん有頂天にならわけないし、次いつできるか、そればっか考えてたわ
…!」
「ん、ぁ
……っん、
…」
腰に回してる手で、ズボンに入れてる学校指定のワイシャツを引っ張り出す。その裾から手を忍び込ませて、素肌をやわやわと撫でて。するといつもとぜんぜん違う高めの声を混ぜて息をするから、やっぱかわええ、たまらんって頭の中のボヤキは止まらない。
「っ
……、ならなんで、
…ノってこなかったん
…」
「だってお前
……」
「
……だって?」
「ヤリ目とか、
……思われたないやんか」
「ヤリ
……、なに?」
「せやから‼︎ 身体目当てとか、すぐシたがったらシたいだけちゃうかと。思われんのが、嫌やったんやって! 俺は、
……お前のこと、そんなふうに思ったりなんかしてないのに」
「はぁああ? お前ホンマにそんなつまらん心配して、ぜんぜん手ェだしてこなかったんか
……?」
「つ、つまらん言うなや! めっちゃ真剣に悩んで、めっちゃ我慢しててんぞ⁉︎」
「つまらんやろが。なんでテメェが欲しくてたまらんもんを、俺が欲しがらんってなるん」
するりと。治の両手が、艶かしく俺の首に回る。そんで。
「こっちも生憎、セックス覚えたての思春期のDKやねん。ヤりたい盛りに決まっとろうが」
こつりと額と額が合わさって、治の欲情をほんのり灯した視線が、俺をうっとりと射抜く。
俺の全身の毛はオモロいくらい露骨に、ブワワワワっと逆立った。
「っ
……! でも俺、お前のことまた抱きたいって言うで?」
「まさか、自分が抱かれんのが嫌で二回目しぶってたんとちゃうやろな」
「あぁ? そんなわけあるかい。サムも俺のこと抱きたいならええよ。ケツの穴でもなんでも使えや。でもサムが俺のこと抱こうが抱くまいが、どのみち俺はサムのこと抱かせてもらうだけやし」
「いきなり人でなしを出すなや、ボケツム
……」
「だってぇ。男同士のやり方めっちゃ調べて、めっちゃちゃんとほぐしたりしてエッチできるようにお前の奥開いたんは俺やし? またそこに入らせてもらったってバチあたらんやんかぁ〜」
「人でなしのくせに、かわいこぶんッ、
…、んっ
……」
目の奥にはもう俺しか映さない治の目は、俺が瞼を伏せると一緒になって伏せていく。
壁に治の背中をそっと押し付けると、治は素直に身を委ねてくれた。壁に両手ついて、ふんわりと治の退路を絶った俺は、やさしく唇で唇を撫でて油断させながら、硬くなってる治の股間に太腿を割り込ませる。
「ん、っ
……ぁ、あ
…っ、
…」
露骨にぐりりと押し上げてやれば、しっとりやわこく唇同士を挟みあうキスの隙間に、治の高くて甘い息がまざった。
普段の、低めの耳心地のいい声じゃなく。自分はすべて知ってると思い込んでた片割れの、未だに聞き慣れない切羽詰まったときの声。
そんなヤらしい声をぼろぼろ溢しながら、それでも俺の首にまわした両手を離そうとしない治が可愛くて、ヤラしくて。血がぐわっといつもより早く回って、その熱はすぐ下半身に集まっていく。
秋の始まりの部室は、昼間だとまだ少し暑さがこもる。
腕まくりした長袖のワイシャツの内側がほんのり湿気を含みだして、こめかみには汗が滲んだ。
「ひ、ぁ
…!」
ふたりして相手を焦らすみたいなキスをしつこくした後、出来心で治の左耳にちゅっとキスを落とす。そしたら治の口から溢れてくるのは、ひゃん、っともう少しあからさまでカワイイ声になった。
せやった。耳、弱かったもんな。この前もそうだった。耳の近くで囁くと、治の身体はふにゃりとして力が抜けるんや。
「なあ、
……擦ってもええ
……?」
「う、ぁ
…あほ、
…耳もと、しゃべんな
…っ」
「ええよって、
…言うてや、おさむ」
「あ、っ
…待っ、
…あっ
…!」
ええよって。ただその一言がほしいのに、肝心の治はすんなり言おうとしない。
そのくせして治の手は、俺の刈り上げた後頭部を、ええ子ええ子とヤらしく撫でてくるから、いやもう知らんわ。ええってことやろ、こんなん。
俺は治のええよをもらうより先に、片手で治の制服のズボンからベルトを外そうとしたら「おい、待てって!」と、治は俺にしがみついてた両手で、今度は俺のツラをばちんと音鳴らして挟んだ。
「あかんって、ここ部室やし
…!」
「鍵かけたし、かまへんやんか。サムかてガチガチやん」
「あっ
…、ぅ
…!」
ズボンの上から手でがっつり掴んでやれば、治はすぐ顔を歪めて、うとりとした。腰を引けようにも後ろは部室棟の廊下側の壁だ。逃げられやしない。
「なぁ
……、触りっこしよ
…?」
「
……部室、臭くなるし」
「換気すればいけるって」
「午後練までに間に合わへん」
「でも」
「ツム。俺もシたい。でもちゃんと、
……シたいから、帰ってから。それまで我慢できるか
……?」
待て、できるか?
と暗に聞かれてしまえば、今回ばかりは流石の俺も、ぐうっと唸るしかなかった。
いやいや、できますし。
待てくらい、ぜんぜん余裕でできますし。
「っ、
……はぁ。わかった、家まで我慢する。でも」
「あ、
…ッ? なに
……っ
…」
「キスだけ、もう一回さして。
……あの女にされそうになったの、ほんま嫌やってん
……」
耳元から少し首筋にズレてじゅうっと強く吸い付く。まだ慣れてないから、しっかりとは残らない赤い痕をつけて乞えば、治は「
……昼飯、食う時間。ちゃんと残せよ」とだけ言って、俺の背中に手を添えなおして、瞼をゆっくりと閉じてくれる。
俺は、このキスを許してくれる治が、自分から睫毛伏せてくれる瞬間が好きで。ほんとうに嬉しくて。
だから調子に乗って食い荒らすみたいなキスをしながら、一緒に治の耳摘んで、やわやわと揉んでいじってみたら、治は今までにないくらい腰をふにゃんとさせたし、最後は俺にすがりつくみたいに身体を預けてくれた。
それでも最後まで我慢しきった俺は、この時点でもう百点満点の出来栄えだったと思うし、これなら〝待てのご褒美〟は奮発してもらってもバチあたらんよな?
(終&治視点へ)