猫と死神(Hades Game)

短いthanzag



 ザグレウスのぬくもりを求めて手のひらが動く。その手のひらを拾われて今は好きに遊ばれている。
「タンがこうやってるのなんか好きだ」
「どうやっている?」
「こうやって、手のひらを時々泳がせるだろ」
「ああ……
 それはお前が、俺の指を追いかけてくるのが楽しいからだと、言いかけて言わない。
「精霊とか、踊り子みたいで」
 ザグレウスは機嫌よく言いながら、タナトスの手を取り、柔らかく撫でた。
 水の流れのように心地いい感触。
 指の隙間を、爪のまわりを、さらさらと細い水がうるおしていくようだ。
「黒い爪がおどって、綺麗だ」
 それはお前が俺の指を追いかけてくるから、お前の手から逃れて楽しい時間を引き延ばしているせいだとは言わない。
 指と指がからみあう光景は確かにとても美しくて、そういうザグレウスこそ精霊や踊り子のように見えた。
「地上の、夕方の風が」
「陽が沈むときの時間帯のことだな。うん、うん」
「お前の肌の感触に似てる。柔らかで、暖かくて……。だからお前を求めて手が踊るのかも」
「でも風はつかめないだろ?」
「でも似てるんだ。指の隙間を満たす熱の感じが」
 目を閉じながらそう言えば、ザグレウスは夕暮れを想像してしばらく黙った。さらりと手の甲を撫でていく指先。不思議だ。ザグレウスに触られると、手の甲までが心地よくなる。
「踊りって、もしかしてそういうものなのかもな?」
「さあ……
「恋しくて、だから手は泳ぎ出すのかも?」
 あいにくタナトスは興味がない。踊りの起源がどうとか。自分はザグレウスにしか興味がない。
「お前は泳ぐものを捕まえるのが本当に好きだな」
「そうだな。魚をとるのが上手くて良かった」
 ザグレウスは明快に頷いて、タナトスの手のひらの、小指の腹側をはむはむと食べた。もう完全に魚にされている。
「ザグ猫に食われる」
「あッ」
「じゃあな」
 跳ねる魚を右手で演じて、タナトスはひらひらと尾びれを揺らすようにザグレウスを誘った。逃すまいと、ザグレウスの両手が伸びてくる。横に躱して、闇の中へもぐる。すいっ。どぼんっ。
 寝室の空は川の闇。
 消えた魚の気配を探ろうと、ザグレウスは黒髪を逆立てる。
「んんん……、猫だ……
「さっきから、その、猫ってどんな動物なんだ?」
「獅子から鬣を取って、小さくしたような動物だ」
「なんか弱そうだ」
「でもすばしっこくて魚が好きだぞ。鼠を狩るのも上手い。手足が丸っこくて……
「こう?」
「そうだ。やっぱりお前は猫だった」
「鳴き声はあるのか?」
「ほとんど鳴かない生き物だと思ったが。でも嬉しいときにだけ、ウナウナと鳴くと聞いた」
 タナトスは右手を踊らせながらザグレウスの気を引いて、がらあきとなった王子の下顎をくすぐるように撫でた。
「なーっ、やめろ」
 枕にこすれて逆立った黒髪が、三角の耳のように立っていておかしい。
 ザグレウスは逃げる魚を丸い両手で挟むようにして取り押さえると、タナトスの手首ごと引っ張って、またはむはむとした。
「猫だったのか」
 気分よくうなうなと鳴いている動物を抱きしめて、タナトスはゆっくりと、笑みを深めながら彼を寝台に引きずり込んだ。



(終)







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