I should have bought a sleeper chair(Hades Game)

寝椅子を買っておけばよかった!


I should have bought a sleeper chair




(寝椅子の一つでも買っとくんだった!!)

 それはもう、油断しきって自室に戻ったザグレウスの痛切な心の叫びだった。
「タナトス……!」
 タンが。タナトスが俺の部屋に。
 予感はあったかもしれない。ようこそとどうしてが胸の中で不協和音を奏でる。どうして俺の部屋に? どんな気持ちで俺は二の句を告げばいい?
 自室はいつも通りだった。いつも通りなのに恋をした相手がそこにいるだけで酷く粗末なものに見えだす。誰に何と言われようと、別にそんな散らかってないだろ? と思い続けていたのに!
(ち、散らかってる……
 硬直するザグレウスを他所に、タナトスは凪いだ瞳でザグレウスの部屋を見渡していた。軽く腕を組んで。どこか所在なさげに。
「邪魔してるぞ」
 そんなわかりきったことを言ってきたタナトスに、ザグレウスは安堵したし腹が立った。そしてそれは不思議なことに、次の瞬間にはありがとうになった。目と目があった瞬間、言いたかったことが全部過去のものになるかんじ。心配して損して……、ああ、もう、どうしたらいいかわからない。
 誰かを好きになるということは、自分自身を失っていくことなのかもしれない。タナトスはどうだろう。俺に呆れていないかな。これ以上呆れられないために俺は何ができるかな。この、本当にめまぐるしく変化していく感情をどうしよう。
……タン……。待たせたよな?」
 立ち尽くしているタナトスに、ザグレウスはやっとのことでそう声をかけた。待たせたはずだ。来てくれたということはきっとそういうことなのだ。焦燥と愛情がやけにゆっくり混ざり合って、もはやこれはどういう感情なのかと精査するのが難しくなる。待たせているような、置いてけぼりを食らったような、そんな混乱。恋とは、そんな。
「待った」
 諦めを滲ませてそう言ったタナトスに、ザグレウスは腕を広げて近づいた。「ただいま」
「おかえり、ザグ」
「それと『ようこそ』?」
「ああ」
 抱擁を返されて、ザグレウスは笑った。良かった。この友情。与えたいと思うこと。満たされたいと思うこと。抱き合った瞬間、互いの安堵がみずみずしく四肢にいきわたった。目を閉じてお互いを感じ合うだけで愛しさが充溢する。ずっと抱き付いていたかったけれど、嬉しさのあまり徐々に力が抜けて身体が離れた。
「西翼にお前の姿がなくて、がっかりしてたらこれだ」
「お前をびっくりさせたかった」
「お前が? 俺を」
「嫌だったか?」
……つまんない部屋で恥ずかしい。お前が来るってわかってたらもっとさ?」
 寝椅子。そうだ、宮大工のカタログにきれいな寝椅子があった。次までには必ずあれを発注しよう。美しいタナトスが美しい寝椅子に腰掛ける。その光景は必ず自分を癒してくれるはずだ。
「ザグ」
 そう。そうだ。遊戯盤も用意しよう。何もいらないと思っていたのに、次々いろんなものが欲しくなる。絨毯も新調したい。ベッドも新調したい。そうだ、ベッドこそ新調したい
「ザグ?」
「はっ」
「何をひとりで考えている? 俺がここにいるのに?」
「お前がここにいるからだよ!」
 タナトスのひどく美しい顔が迫ってきて、ザグレウスは憤然と声を張った。金泥を刷いたかのような鈍色の頬。どこか愉快がっているような瞳の煌めき。
「お前を座らせる椅子もない」
 がっくりと肩を落とせば、首の後ろを、肩の骨を、タナトスの力強い指が駆け抜けて行った。逃れるように身を捩れば、真正面を向かされるように喉元を掴まれる。それ、俺以外にやらないほうがいい気がする……
「椅子なんて気にするな。俺が待ちたくて待っていたんだ」
「でも、次には必ず、いい感じの寝椅子を用意しておくから」
「『次の』話か。嬉しいが……
 そうなのだ。この男はこう見えて好戦的なところがある。慎重に見えて、冷静に見えて、可愛いところがある。その片鱗を、片鱗だけだけれど、知っている自分は……
「んっ、タン……
 喉を固定されたままで息が苦しかった。知らず知らずのうちに後ずさっていたのか、ふくらはぎが柔らかいものに接地する。ベッドまで追い込まれたのだとわかった。
「俺は『今』、お前とベッドに寝そべりたい気分だ」
 甘えるような声が落ちてきて、ザグレウスは「ハハ!」と声を上げて笑った。ここまで追いつめておいて、最後は委ねるのか。俺の判断に任せてくれるのか。優しいと言える。ずるいとも言える。楽しいとも言える。手を取り合って踊るようだ。
 ザグレウスはタナトスの体重を預かるように抱きしめて、下半身の力をゆっくりと抜いた。

「どこまでしていい?」

 ばふっと、柔らかい衝撃に包まれながら早速言ってきたタナトスに、ザグレウスは耐えきれなくなって笑い声をあげた。


(終)





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