Son of the night(Hades Game)

短いthanzag。寝てるだけのザグとちょっだけモート。


Son of the night



 目が覚めた。目が覚めたことで寝ていたのだということを思い出す。眠りとはつくづく不思議な現象だ。死のようで死ではなく、安らかで温かで。
(とも限らないのかもしれないが……
 タナトスは眠りを司る神の、罌粟がごとく揺れ微笑む様子を思い起こして首を傾けた。
 やわらかく心地のよい布。ちょうどよく重たいぬくもり……
(ザグ、)
 それは、その少年のかたちをしたものは、タナトスにそう思わせる間も与えず、「――、」となにかねごとして横向きになった。艶やかな髪。腕からこぼれそうな紫色のクッション。朗らかな石榴の香り。うなじのあたりに見えているモートの丸い耳。
「フフ……
 健やかな寝顔は、それを見守る者までもを幸せにするいうが、つまりはザグレウスという少年が、それについての天才なのかもしれなかった。
 起きるのかと思えば違うらしい。
 少年は胸元の毛布を、もにゃもにゃとかき混ぜ、たくしあげてから放した。布が唇に触れるのが嬉しいのだろう。口元が軽くゆるんでいる。
 蝋燭のとける音。
 肌になじむ闇。
 自分を取り巻くものすべてが心地いい。
 人差し指でザグレウスの前髪をめくれば、そのかすかな音に反応したモートが耳を前後に動かした。「モート」
 呼ばれたモートはザグレウスの肩を踏み、鎖骨を蹴ってタナトスの手元へと駆け寄った。何かが自分の腕の上を駆けていった感覚にザグレウスはもぞもぞと頭を動かしたが、タナトスの肩を探り当てると、額を押し付けておとなしくなった。
……やれやれ)
 愛しさというのはこういう感情か。完敗しているのに悔しくなく、悔しくないということは勝利であるのかも。
 このザグレウスという少年は、今タナトスを気に入りの枕としか思っていないのだ。ちょっとでもベッドを降りる気配を見せれば、なんで? とでも言うように黒髪を散らす。白砂を巻き上げる魚のように。
(無防備な奴……
 誰にでも。ザグレウスはきっと誰にでもこうだろう。思いやりに溢れ、素直で、懸命で。焚き火のようで、湧き水のようで、宝石のようで、果実のようで……
(なるほど……
 今になって、やはり自分は夜の息子なのだということを思う。この宝石を、この果実を、漆黒の布で覆って自分だけのものにしてしまいたいから。
 タナトスは愛しい伴侶の、規則正しく上下する胸に相好を崩した。まだ起きない。無理もない。まるで一個の果実であるかのように、自分のすべてを差し出してくるザグレウスが好きだった。それでつい、すべてをもらうかのように愛してしまう。
 夜はただ赤い実一個だけを自分のものとするために、世界全土を闇で覆うのかもしれない。タナトスがザグレウスに対して、そうであるように。

「ザグ。俺のザグ。可愛いザグ」

 寝ている相手に言ったところで、伝わるはずのないことをタナトスは言った。おいしくなあれとかごの果実に繰り返し言って聞かせるように。反論なんてものを許さぬように。
 かるく指先を曲げ、少年はなおも夢の世界の風に吹かれている。

 遠くをステュクスが流れる音。
 昨夜飲み交わしたネクタルの残り香。
 ああ、自分を取り巻くものすべてが心地いい。

 タナトスは暗い糖蜜色の目をほそめて、もう一度ザグレウスの前髪をめくった。
 色違いの瞳が収まっているはずのまぶたの丘の、なんともそそられる柔らかな丸みよ。
 ザグレウスの内股に包まれたままである片足が、数時間後に向けてまたよからぬ欲を持つ。

 一度起きたモートが、再びうつらうつらとひげを垂らし始めたので、タナトスは彼をそっと掴みベッドへと戻してやった。ちいさなちいさな友は、ザグレウスの腕の隙間や鎖骨のくぼみを巣穴とみなしていつものように潜り込んでいく。

「ザグ………

 甘い声を出しながら、タナトスはゆっくりとゆっくりと少年に覆いかぶさった。
 影をつくる首筋へと鼻先を埋めれば、ようやく目を覚ましたザグレウスが「でっかいモートだな」と嬉しげに微笑んでくる。
 タナトスはザグレウスに頭を撫でられながら、ザグレウスの色違いの瞳の美しさをじっくりと堪能した。
 互いの唇がゆっくりゆっくりと近づいて……、触れて離れる。この分では、ベッドから抜け出せるのは、まだ少し先のことになるかもしれない。


(終)








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