See you in the Erebos!(Hades Game)

ハデ→←←←←ザグ。新年一発目がなぜか……パパザグ……。推敲していなくてすみません。



See you in the Erebos!




 どうせ裏切られるにきまってる。今までもそうだった。こんなことのために勇気を振り絞らなきゃならない自分が嫌になる。
 たった一言でもしかしたらって、もしかしたらもう一度認めてもらえるかもって、そんな期待で緊張してしまうこの身のことを父上は知らない。
(いや、褒めてもらいたいわけじゃない)
 優しくされたいわけじゃ、甘やかされたいわけじゃない。真っ当に扱って欲しいとか、今更そんなことも思わない。ただなんか、あまりにも自分は父を知らなくて、父と思って好いていいのかもわからなくて、父に嫌われていることがただただこわくて仕方なかった。無能だと罵られることが、情けなくてつらくて仕方なかった。
 ごめんなさい。
 忙しいときに話しかけてごめんなさい。
 期待通りの息子じゃなくて、父上の機嫌を損ねるだけの自分でごめんなさい。
 目をかけられてるヒュプノスが羨ましかった。
 それならヒュプノスが息子だったら良かったんだ。
 着実に認められているタナトスが羨ましかった。
 それならタナトスを息子にしてしまえばいいのに。
 何のために自分が産まれたのだろう。特別な力も、これといった取り柄もなくて、生きている意味がない。神じゃなくて、たぶん人間とも違って、出来ることがほとんどない自分……
 自分が一番歯がゆいのに、毎日毎晩繰り返し言われる。お前にできることはない。机仕事すらままならなくて一体何がなせる。おとなしくしていろ。余計なことをするな。ならもう俺なんかここに居なくてもいいのにな
 どうしたらほんのちょっとでも好きになってもらえるだろう。そう考えるたびにひどく惨めで悲しかった。
 努力したってどうせだめ。他でもない冥界の王にそう断じられる恐怖といったら。
 心が砦を築いていく。平気。平気だとも。誰も俺を必要としてくれないのなら、俺だって誰もいらない。俺だって父上なんか大大大嫌いだ
 とっくに絶望していたけど、自分が死ねない身体であるらしいことは、いつからかはっきりとわかっていた。
 愛してもらいたいわけじゃないし、褒めてもらいたいわけじゃない。でも俺だって好き好んで父上を絶望させたいわけじゃない。無視しないで。頭ごなしに否定しないで。一度でいいから、生きていていいんだと思いたかった。父上から「ザグレウス」と名前で呼んでもらえたら、俺はもう死んだってよかったんだ!
 自棄になったことで、恐怖心はすこし鳴りをひそめた。生まれてこのかたずーーっと嫌われっぱなし。今更何を恐れるって? 何を惜しむって? 自分がただ一つ切実に欲しかったもの。それはもうここでは手に入らない。入らないんだよ
(ーーさようなら、父上)
 家出を決意した瞬間、自分の中の何かが変わるのがわかった。――反抗。侵されまいとして出来上がる心の形。なにもかも撥ね退けられそうな心の筋力。血の気を凝結させて発射できそうな感覚。そうだ、血珠の力が強まりだしたのも家出を決意してからだった。
 家出を考えているときの自分は自由だった。掌の内側に、血の結晶を作り出してじっと眺めている間は。
 悲しみや怒りや惨めさに捕らわれずに済んだ。母の姿を、母の声を、地上を想像しているときだけは。
(企みが、俺を強くした?)
 ステュクス神殿を抜け、初めて刃を交えたときは、わけがわからないレベルで可笑しかった。ここまで来ても、この悲しみをわかってくれない父。この決意を理解しようとしてくれない父。踏みしめる雪の冷たさ。熱くなる両足。恐れ。闘気。迷い。怒りと混乱……
 喉が切れそうで、痛みと激情で頭が沸騰しそうで。もう一度。何度でも。身を切るほどに冷たい風を浴びながら、全身で喚いた。理路整然とした思考なんか無い。激昂されて、反射的に言い返して、あとはもう、なりふり構わず剣を振り回した。これが父上。これが冥王神の力。殺すか殺されるかの、目が眩むほどの銀世界。
 もう何も知らない子供じゃないよ。タルタロスを通った。アスポデロスを駆けた。エリュシオンを、この神殿を抜けてここまで来た。自分がいかに弱いかを、この冥界がいかに危険で安全かを知った。
 真正面からぶつかって、初めて知覚できた感情がいくつかある。
(俺はやっぱり俺が嫌いだ……
 この父を斃さなければ、冥界を出ていかなければ、ずっとずっと、自分のことが嫌いなままだ。無いかもしれないけれど、このままではきっと誰かに好きと言ってもらえても、それを信じられずに生きていくことになる。
 否定され続けてきた自分を捨てて、生まれ変わるためなのだ。だから出ていく。だから母に会いにいく!
(俺のこの気持ちを、父上は聞こうともしてくれなかっただろ!)
 感情を曝け出して戦うのは楽しかった。負けても。悔しくても。目が合っても。逸らす必要のない、逸らすことが命取りとなる真剣勝負の場。
 『息子』と、憎々しげに呼び捨てられて、全身がわなないたのを覚えてる。そうとも。今生の別れです、ファーザー。あなたに愛されなくても、嫌われたままでも、ふてぶてしく生きていける俺になってやる。

**

「お前は本気で、……陛下が実の息子を憎んでいたと?」
 これは二日前。いや二晩前? タナトスに言われた言葉だ。
「驚いたな! お前は、あの父上が実は俺を愛していたように見えてたって?」
「ザグ」
「お前が、ニュクスだけじゃなく、父上をも信仰しているとは思わなかった!」
 乾いた笑い声を上げる自分に、タナトスは腕組みをしたまま考え込んでいた。よくない。よくない癖だ。死に戻りを繰り返し、母上を取り戻した今となっても、俺は父に睨まれ、父の言葉から逃げるしかなかった自分を思い出して攻撃的になる。やたらと早口になって、まるで攻撃されたみたいになる。悲しみを悟られたくなくて……、不正直になる。
「タン、ごめん……
 部屋に誘ったのは自分のほうだったのに。
 冥夜の鏡に布をかけて、いい雰囲気になりかけてたのに。
「俺は、冥王は……、お前まで失うわけにはいかないと思って、お前をこの家に押し込めているんだと思っていた。お前につらく当たるのは、お前を見ればお前を欺いているという罪に向き合わなくてはならなかったからーー」
「だとしてもだ」
 呪わしい声が出た。
「ああ、俺がとやかく言うことではなかったな。それに冥王神が相手では、さすがの俺も分が悪い」
「?」
 意味がわからなくて顔を上げれば、胡粉を刷いたみたいなタナトスの瞼が間近に迫って、耳の付け根にキスをされていた。
「お前はもう俺のものだ……
 髪を撫でられて、肩衣を脱がされて、柔らかいベッドに沈んでいく。タナトスはきっと、タナトスなりに気を使って、父上とのことを言ってくれたのだ……
「ザグ。俺のザグ……
 甘えるような声。蝶の羽ばたきにも似た完璧なまばたき。
 肩に顔を埋めてくるタナトスに笑いながら、俺は震えを帯びる全身を相手に預けて深呼吸した。

**

(そして冒頭に戻る……
 血の泉より這いあがり、いつになくがらんとした柱廊を抜けて王の前に立つ。ヒュプノスもいない。母上もいない。オルフェウスもいなくて……、ケルベロスは元気そうだ。
 どこか緊張している自分を悟られたくなくてケルベロスの頭(の一つ)をまずは撫でる。ふかふかの赤毛。それに指が埋まる感触。父王が何か羊皮紙に書きつけている音……。大丈夫。自分はもう傷ついたりなんかしない。父上のせいでいちいち、うれしくなったり惨めになったりしない。
「あの、父上?」
 つい最近ロバの親子を見たことを言うつもりはなかった。仲睦まじそうで、それに悲しくなったこと。嬉しくなったこと。朗らかな気分なのに、たまらなく切なかったこと。それを言う気はまるで無かった。
「帰ったか」
 そんな一言で。こんなにも安堵できるこの身のことを父上は知らない! 知らないはずだ。無視されなかったことにほっとして、それだけでありがとうと言ってしまいたくなるような。涙がにじむような。
「母上と、その……、ゆっくりした時間は取れていますか? 俺は……、はぁ、ええと……
「何だ、はっきりと言え」
 言葉はいつも通り冷たく、俺を落胆させた。心臓が一瞬止まって、でもすぐに動き出す。どうしよう。だから嫌だったんだ。もういいや。なんでもありませんと言って、逃げ出してしまおうか。
「俺に何か、手伝えることは……?」
 それは迷っているさなかの出来事だった。口に出したつもりはない。なのにいつの間にか言葉が漏れていた。漆黒の闇に浮かぶ赤々とした眼球。それがびっくりするほど、自分を拒絶していなかったから。謝るようですらあったから。
「ハッ。殊勝なことを」
「俺は母上のことを思って……。というか父上は仕事を持ちすぎな気がする。もし……もし、俺が手伝えることがあるなら、言ってほしいと思っているんだ」
 いつしか父の手は止まっていた。御影石の机に肘をついて見下ろしてくる。
「俺一人じゃ無理かもだけど……」「あと事務仕事は無理です」
 言いたいことを言い切って、その後の沈黙に耐えられない。気まずさなのか、気恥ずかしさなのか、ケルベロスの懐に戻ってまたぎゅっと抱き着きたい気持ちがわく。
 思い上がるなと、そう言われるに決まってるんだ。どうせ。
「お前は何がやりたい?」
 たっぷりの沈黙のあと、父王が吐き出した言葉に俺は耳を疑った。
「えっ?!!」
「この冥界を見て周って、何を思ったかと聞いている。お前はやりたいことなら続くようだしな」
 低く、穏やかな笑い声が聞こえたのは気のせいだっただろうか。可笑しがって、試すような表情。激しい鼓動が自分の胸を打っている……。「ザグレウス?」
 促すように名を呼ばれて、話したいことが堰を切ったようにあふれだしてくるのがわかった。いけない。あわてて両手で口を抑えると、ハッハハッといつも通りの、だけど小馬鹿にはしていない笑い声が降ってきた。
「いいだろう。エレボスで聞いてやるからまとめておけ」
 ニュクスと母ペルセポネが、庭のある方角から姿を見せたのはそんな時だ。母の明るい声がこちらにまで届く。
「では父上」
「ああ、エレボスでな」
 なぜか母には、このやり取りを知られたくなくて踵を返した。
 胸の内にひかるもの。それを抑え込むようにしてふたりの母とすれ違う。

 願いを秘するとき、自分の内側に光輝が宿るのはなぜなのだろう。メグやタンに聞けば「何のことだ」と首をかしげられてしまいそうだけど。
 この光輝が、おそらくは人間でなければ抱くことのできない『希望』という名の光輝なのだろうと、自分はうっすら気づいている。奪われたくないくらいには、悪くないものだとも。

 隠し事が、企て事が、自分を強くするのかもしれない。 
 熱くなる頬を手でこすりながら思う。どきどきする胸を宥めながら歩く。
(父上…………
 本当は、百ぺんに一ぺんくらいは、頭を撫でられたい自分が、褒められたい自分がいることを、固く秘めながらこれからも生きていくのだ。







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