The goat doesn't know his death.(Hades Game)

タナトスがザグとゆるゆる地上を歩く話(Thanzag)
あまりエロくはないけど口でするシーンがあります注意してね………。


The goat doesn't know his death.



 切り立った崖の上のほうを見つめてザグレウスが言った。
「ヤギ」
 タナトスは頷いた。黒と白のブチのヤギ。珍しい。茶色い岩肌にぴったりと体を張り付けるようにして立っている。まだ若そうなヤギだった。
 和やかな気持ちになった次の瞬間、タナトスはザグレウスの表情にびっくりした。今にも死にそうに、崖に向かって走り出しそうに見えたからだ。
「あんなところに危ない。助けてやらないと」
「お前じゃないんだ。ヤギは死なない」
「あんな崖っぷちで?」
 なおも食い下がろうとするザグレウスにタナトスは言った。
「ヤギは崖に慣れてる」
……そうなのか……
 なるほど。こうしてこいつはあっさりと地上で死んでいるわけだ。ヤギを助けようとして、ヤギに胡乱な目つきで見られ、崖から滑り落ちてしまう哀れなザグレウス……
 まだはらはらとヤギを見守るザグレウスの肩を抱き寄せてタナトスは押し笑った。ヤギは岩肌の草をムシャムシャ食べて時折頭を上げる。しばらく同じ場所にとどまっていたヤギだったが、足元の草を食べつくしてしまうと下の岩場に移動した。足場などほとんどない崖のへりを歩いていく様子にザグレウスはぎょっとして感心していた。「俺なら死んでる」そうだな。お前なら死んでいる。
「もっと食べやすいところにも草は生えてると思うけど」
 赤と黄色のアネモネが咲き乱れる岩場を歩きながらザグレウスが言った。
「なんであんな危ないところを歩くんだろう?」
「天敵がいないからだろう?」
「天敵……。そうか……
 言われて初めて思い至ったように、ザグレウスは下を向き、それから真っ青な空を仰いだ。空の向こうは海の紺碧。小さな帆船がぽつんと浮かび白線を描いている。
 タナトスはザグレウスがあまり崖っぷちへ寄っていかないようにこまかく注意を払いながら、目に映るさまざまなものについて言葉を交わした。知っていること。知らないこと。お互いの最新情報。初夏のにおい。
 やがて丘陵はなだらかになり、少し先に見える木々を指さしてザグレウスは「梨!」と言った。
「そうなのか」
「たぶん」
 このあたりは女王譲りで、ザグレウスは今や植物についてはタナトスより少し詳しいかもしれない。たぶん見知っている光景ではあるが、まだ実のついていない木々を指して「梨」と言うことはタナトスにはできない。ザグレウスは走り出して、小さな白い花をつける木々の下からタナトスを手招きした。
「ザグ、気をつけろ」
「今日はまだ調子がいいって!」
 ザグレウスは木の枝をつかんで「よいしょ」と勢いをつけると、ひときわ花群れている場所に手を突っ込んでいくつかを間引いた。甘い花の芳香が散る。花びらがひらひらと舞って、ぶつかり合った蕾が音をたてる。かすかな鈴の音を聞くようだった。
 乱暴な手つきでは無く、ザグレウスは目的があってそうしているようだった。熱鉄色の裸足。ほとんど裾のない懸衣。辺りの木に触れて周って戻ってきたザグレウスは、思った通り甘い香りを全身に纏っていた。
「何をしてた?」
「花を散らしてた」
「なんのために」
「花がいっぱい咲きすぎていると、実が実ったときにお互いを傷つけてしまうから間引いてしまったほうがいい」
「ほう」
 木の根元は散った花弁に覆われてタナトスの目にはややまぶしい。ザグレウスの肩は甘そうに張りつめていて、齧ればただちに梨の味がしそうだ。
「お前の仕事と少し、同じ」
「少し、同じ」
 ザグレウスのつぶやきを面白く思ってタナトスは繰り返した。まあそうとも言えるかもしれない。命を間引くこと。死を与えること。可能性というものに伸びしろを、未来を与えること。少し、同じか。愛しいザグレウス……
 ザグレウスから寄せられる親し気な好奇心、甘い関心、そういうものが心地いい。こんな感情になるだなんて知らなかった。こんな感情になじめるようになるなんて。
 警戒されることや、忌避されることには慣れている。慣れきっているとすら言っていい。自分が与えようとするものは誰にとっても喜ばしいものではなく、それなのにザグレウスにおいてはその限りではないのだ。こんな奇跡があるだなんて。
 自分が気分をよくしたことに気付いたのか、ザグレウスは背伸びをして額を近づけると「糖蜜色の目」と言って微笑んだ。
「甘くはないと思うけどな」
 タナトスはそう言ってザグレウスを抱きしめると、彼のまろやかな瞼の丘に吸いつくような口づけを落とした。腕の中で笑い声がはじける。梨の蕾が鳴るような鼓動が。
「この時期に霜が降りると雌しべが氷結する」
「雌しべが凍ると?」
「実は実らないんだと思う」
「それでお前は最近氷結の功徳を享けてばかりなのか」
 タナトスは同情して息を吐きだすと、ザグレウスがすっかり自分の腕の中で脱力していることに笑みを深めた。恩恵を突き返し、おばあさまのご機嫌を損ねれば初夏の地表に霜が降りてしまうから。
「あー、俺にもっと価値があればいいのになぁ
「俺にはお前さえいればいいのに?」
 ザグレウスのまつげが頬骨に鋭く影を落としている。それは太陽がそばかすのキスをザグレウスにのみ落としたがっている証拠だった。鼻を鳴らしてそれを阻む。木陰に潜って、自分と梨の木の幹でザグレウスを挟むように抱きしめる。
 耳の後ろ辺りに鼻を擦り付ければ、可笑しがるような悲鳴が上がった。
「なあ、その、硬くなってないか……?」
「ああ、お前が可愛くて」
「あんまり心当たりがないぞ?!」
「塵も積もれば山となるってわけだ」
 鋭い笑い声が短く漏れる。互いの口から。
 吐息。唇をつつくザグレウスの尖った舌。唇同士をなじませるようにすりつけて、目を閉じたままたっぷりと舌を絡めあう行為……。快感のうめきが互い違いにうまれ、互いのすきまをまたたくまに埋めあい満たしていく……。ザグレウスの唇はひたすらに温かく、優しかった。黒い前髪をめくりあげて額にキスをする。月桂樹の葉冠がスゥッと寝入るように爆ぜるのを中止した。
 風はなく、葉音もない。ザグレウスはクスッという笑い声を放ったかと思うと、しゃがみ込んでタナトスの腰に頬擦りした。どこか愉快がっている。目を細めあいながら互いの体の位置を交換し合う。背を梨の木の幹につけたところでタナトスは嘆息した。あからさまな欲望がザグレウスによって引きずり出される感覚に、満足感と飢えを同時に感じた。ザグレウスの黒髪に指をくぐらせる。情熱に、心が飲み込まれていく……
 ザグレウスの唇は迷いなく内またの付け根に近づいて、タナトスは先端にキスをされたのを合図に、彼の熱く濡れた口内を求めだした。恥ずかしげもなく。
「ああ、ザグ……
 揺らいだ声が漏れる。震えが全身を走る。なだめるようなザグレウスの手つきに上半身の力は抜けていった。抗うように首を逸らすも、呻くような、飢えるような声になった。先端をさぐり、味わうようなザグレウスの舌の動き。懇願そのものを包み込んでいく熱い唇。切なく漏れるあたたかな鼻息も良かった。あふれる唾を、あふれさせまいとして喉奥がうごき、締まる。とてつもない幸福がにじみだし、懸命に頭を前後させるザグレウスの項を撫で回さずにはいられない。熱茎のすべてが飲み込まれて、突き上げてしまうそうな腰をすんでのところで抑え込む。微笑を感じた次の瞬間、陰嚢を掬い取られて無駄になったが。
 やがてこらえ切れなくなって「ザグ……、ザグ、飲みこんでくれ」と命令じみた懇願が飛び出た。んう、という柔らかな返事。うれし気な返事。たまらなくなって首をのけぞらせる。両手で彼の肩を押さえつけながら、屹立をなぶる舌に更なる奉仕を強要した。亀頭のくびれを鋭く擦っていく舌の動き。すすり泣くような甘い苦悶の振動。たまらない予感に身をゆだねて迸らせると、ザグレウスはぎゅっと目を閉じたままタナトスの欲望をすすった。
「ああ、最高だった、ザグ……
 受精を終えた梨花がはらはらと散り、ザグレウスの髪や肩を美しく彩る。顔を上げたザグレウスはどことなく眠そうで、つまりあまり時間は残されていないのだとわかった。
「お前のもしてやろうか」
 キスの味はぴりりと苦く、だというのに次第に甘くなった。かぶせあう吐息も香しい。
「途中で死んでもいい?」「ああ」
 死因はヤギでいいだろう。さすがに、口淫が原因で死んだなどというのはお互い耐え難い。

 最高に気持ちのいい死を期待して頬を赤らめるザグレウスに、タナトスはとびきり柔らかに笑った。



(終)





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