Maybe he wasn't the one to die. (HadesGame)

仕事をミスるThanatosの話。延々とモブ視点ですまない。

Maybe he wasn't the one to die



 多分死ぬべきはあいつじゃなかった。弁が立ち、民会での発言力もすさまじく、さすがは村長の息子だと誰もがあいつのことを認めていた。活発で男々しく気が回り、隣市からの覚えもめでたいと専らの噂だった。
 そんな人間がどうして急に死んだかって?
 死神様が色惚けて、殺す人間を間違ったからさ!

 だってそうとしか考えられない。
 あいつはその日も顔色がよく、子分を従え、隣市へと出かけて行った。下女に磨かせた白いサンダル。村の代表者である銀の指輪。トラブルなんて何も抱えてませんて顔で。
 実際本人はそのつもりだっただろう。年老いた両親の世話は腹違いの弟に任せて、自分は女どもと夜ごと酒盛り。相手が婚約者だろうとお構いなしだ。俺のほうが有望だろう、誰のおかげでこの村が成り立ってると思ってる。そんなことを喚き散らしながら気に入りの青年にワインを注がせ、おびえる少女を組み敷いた。
 誰もが嫌々あいつに従っていた。機嫌を損ねれば我慢するより大変なことになると、皆身に染みてわかっていたからだ。
 飲みすぎを諫めたことで殺された男がいたし、寝所に来なかったという理由で殺された女もいた。
 俺には神の血が流れていると、あいつは事あるごとに村民に言い回った。
 真偽のほどはよくわからない。ただ実際、村外れにある泉を掘り当てたのはあいつだったし、夏がくるたび水問題で困っていた村にとってあいつは救世主だった。体の傷がみるみる治るのを見たという下女もいる。葡萄の蔓に触れてにゅるにゅる成長させるのを見たという少年もいた。
 隣市からの覚えがめでたいのも、神血が流れているというのが真実と思われているからなのかもしれない。あいつはまた近々自分は新たな水源を見つけるだろと大口を叩いていた。自分の中に流れる神の血がそう予言させるのだと。
 傲慢で横柄で狡猾で。
 だから死ぬべきはあいつじゃなかった。
 その夜。ティラ島の噴火口みたいに真っ赤な太陽が沈んで、ほんの微かに西のみが明るい不気味な夜のこと。
 俺は一本のナイフを懐に忍ばせてあいつの家へと忍び込んだ。もう何日もよく眠れていない。弟が殺されたのはひと月前だ。供したワインが濃かっただとか、そんな理由でぶたれて死んだ。まだろくに受け身の取り方も知らない幼い弟だった。殺すと決めてからこの日まで入念に準備を進めてきた。失敗は許されない。血走った目は燭台の炎の揺らめきまでを神経質に捉えて俺を怯えさせた。不思議なことに人気はなかった。
 俺は通廊の影でフーフーと息を殺していたら、どこかでゴーンと鐘の鳴る音を聞いた気がした。
―――!)
 淡く発光する闇。俺は息を呑んだ。
 通廊に設けられた蝋燭が、突如そこに現れた男を照らそうとするのに叶わない。どうしたことか、通路には黒い霞のようなものが立ちこめていた。
 そうして俺は理解した。そこにいるのは死神であることを。
 噂は本当だったのだ。あいつにはやはり神の血が流れていて、だからあいつを殺そうとしている俺の前に死神が現れた。この俺を粛正するために。
 俺は終わりだと覚悟した。死を覚悟して全身がじめっとした汗を吐く。手のひらから熱が消え去り、それは手首から先が突然鎌で刈り落とされたと錯覚するほどのものだった。
 黒い霞に覆われた男に足はなかった。男は空中に浮いて、浮いたまま移動し、二つあるドアのうち一つ目を開けた。
―――??)
 俺は長柄のナイフをぎゅっと握りながら、死神が自分に向かってこないことを疑問に思った。いや疑問に思うなどという心の平静はなかったが、がたがたと震える手を抑えつけ、固唾を呑んだ。次の瞬間にはばっさりと首を落とされているかもしれないと思いつつ
「なっ……!!」
 俺はここでようやく、俺以外の「生きた」「人間が」この通廊にもう一人存在することに気づいた。まさか突き当りに鏡でもあって、その鏡像を見ているわけではあるまい。こちらが気づいたことに、あちらはまだ気づいていない様子だった。物陰に潜んで、自分と同じようにナイフを握っている。少年の正体は、あいつがひどく蔑ろにしている、あいつの腹違いの弟だった。しばらくぶりに見たが、ちゃんと食べているのかと心配になるほどやせ衰えている。
 やがて死神と思しき黒い霞は、一度入った部屋からふわりと出てきて何か小言を呟いた。居なかったとか、蛻の空だとか、おそらくはそういった類の小言を。
 それもそのはずだった。なぜなら今死神が入って出てきたその部屋は、あちらの物陰で息をひそめる、弟君の部屋なのだから。
 兄とは違って細身で頼りなく、けれど村人たちからは好かれていた。人の話をよく聞き横柄なところがなく、誰もやりたがらないような、たとえば水脈を掘り進めるといった仕事にも、誰より真面目に取り組んでやり方を示して見せた。
……そういえば、村外れに泉が湧いたとき、最初にそこに立っていたのは誰だった?)
 混乱を極めながら、俺は決死の覚悟でナイフを握っている向こうの物陰の中の少年を見た。死神と思しき黒い霞に青ざめながら、けれど果たすべき使命を諦めていない水碧の目!
Oh, Bad news?」
「確かめてみるかい? From your dear!」
 閃光。その間に交わされた短い会話を、俺の耳は確かに聞いていた。金の蔓草が巻き付いた紙筒を受け取って、死神の声が柔らかく変化する。といっても閃光によってすべての霞が晴れたわけではなく、神々の邂逅は瞬く間に完結していた。
 手紙を読み切った死神が呟く。
「ああ、ああ、愛しいZag、もちろんすぐに帰るさ」
 甘く甘い声の直後だった。
「Death is Unavoidable!」
 心底幸せそうな、浮ついた死神の死刑宣告。
 二つ目の部屋の扉が音もなく開くと同時、屋敷には断末魔の叫びが響き渡っていた。

 きっと……、死ぬべきはあいつじゃなかった。
 俺は必死に必死にあいつの弟を担いで、必死に必死に自分の住む家へと駆け込んだ。そしてあの色惚けた死神に感謝した。あの死神が殺そうとしていたのはこの弟のほう。弟はあの兄によって毒を盛られていた事実を俺に告白した。死神は死期の近い人間の命を狩りにくるものだ。
「あいつは、もうじきまた新たな水源を掘り当てると息巻いていたがな」
「場所なら弟の僕が知っている」
「そりゃ結構」
 あの死神のおかげで、この村の前途は明るい。
 お互いの懐のナイフが、人殺しの道具にならなかったことに安堵しつつ、俺は村の跡取りの少年の頭を撫でた。


(終)





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