Tell me how to make chocolates!(HadesGame)

ChefとZagの話。チョコを作るだけ。まだ日本語の口調がわからないので雰囲気です。
2021/2/15初出


Tell me how to make chocolates!



 いつもであれば「Chef!」と、いそいそ釣果を披露しに来る王子が、「えーと、そのぅー。Head Chef?」と、いつまでも歯切れ悪く調理場から出ていかない。
 であるからして料理長は、それこそ数時間ぶりに、もしかしたなら十数時間ぶりに手を止めて、長いコック帽を黒髪の王子の方へと向けた。燃えては息吹く月桂樹の冠。その傍には、しわのある真っ赤な六弁花が綺麗に咲いている。柘榴の花だ。
 まな板には行政室へ届ける分の軽食が出来ていた。トラウトサーモンとレッドオニオンのマリネを、長い長いパンに詰めて食べやすいように八等分したものだ。
「Light meal? 行政室へ持っていけばいい?」
 王子が横から覗き込むと同時に、料理長の前から軽食はまな板ごと消え去っていた。タッタタという石火の足音が遠ざかり、しばらくしてまた近くなる。
「あ~、Chef? 俺にチョコレートの作り方を教えて欲しいんだけど」
 戻るなり王子が口にした言葉に、料理長は目を丸くして、ずずい、と半透明の体を張った。見習いたちが食物庫の傍にある麻袋をちらと見やる。昼夜問わずずっと鳴り響いていた皿洗いの音が止まる。
だめ?」
 上目遣いと共に放たれた言葉は、料理長の使命感をほんの少しだけ刺激した。地表で料理長であったときの矜持。煩わしいような、愛おしいような。冥府にあってさえ、自分は感情なるものの支配を受ける。ああ、死人に生気を漲らせるなんて、どうにも可笑しな王子様だ。
 チョコレート!
 料理長は出しっぱなしの包丁をひゅんひゅんと翻して洗い場に持っていくと、麻袋を手に冥府の王の息子の傍へ戻った。戸棚からエプロンを取り出した見習いたちが、二人がかりでキャッキャと王子に着せている。
 料理長は麻袋の中身を調理台にぶちまけて均すと、黙ってカカオ豆の選別に取り掛かった。促す見習い二人を伴って、王子もまた焦げたアーモンドのような豆粒へ手を伸ばす。
「うわ、いい匂い!」
 教えて欲しい、と言った言葉に嘘はないようだった。任せたと言って去るでもなく、色の違う両目をきらきらと沈ませて王子は作業を見つめている。
 大鍋で焙煎を始めると、薔薇のような、パプリカのような、はたまた金属のような、複雑で形容しがたい香りが調理場を満たし始めた。あるいは――、濃い血のような。
……地表では感謝してる人にチョコレートを配る地域があるんだって。Lady Aphrodiああいや、友達が教えてくれた」
 焙煎したカカオ豆は再度調理台に広げて、木槌でまんべんなく砕いていく。ただの木槌を「Daedalus’s hammer!」と嬉し気に受け取って、王子はどこまでも陽気に豆を砕いてみせた。
 豆を覆っていた薄皮がほどけていき、見習いたちが紙板で風を起こしていく。調理台に残った実を手際よくふるいにかけ、これを今度はココナッツミルクや砂糖と共に鍋でゆっくりと温めていく。
なんていい匂い!」
 舌触りの良いチョコレートに仕上げるには長い時間をかけてカカオ豆が持つ油脂を練り上げなければならないが。きっと王子は今日にでもこれを配りたいのだろう。
 ダークブラウンの、光沢するペーストを木べらで練り上げながら、料理長はそこにいる王子を一瞥した。いい生徒だ。真剣で敬虔。誰かに見守られながら、逐一反応をもらいながらする料理とは。もう忘れかけていた緊張感で喜びだった。
「なあ、Chef? 隠し味にこれなんてどう?」
 エプロンを寛げて、懐から黄金色の液体を取り出した王子に料理長はため息をついた。それはいい。実にいけない。表情には出さず密の酒を受け取ると、量にしてスプーン5匙ほど鍋に入れて残りは戻した。柔らかく華やかな香りが鼻腔をかけぬけていく。ああ実にいけない。
「もう美味しそう
 鍋を覗き込み、うっとりして言う王子に見習いたちが頷いている。料理長は思いついて、というよりは王子の右耳の傍で輝く赤い花弁がそうすることをしきりに薦めてくるので、ほとんど迷いなくひとつかみのルビーを鍋の中に投じて掻き混ぜた。わおと喜色を浮かべる王子は、それらが柘榴のドライシードであることにすぐ気づいたようだった。

 Mother? Nyx? Meg? Achilles? Nn~~、Dusa? And……
 冷やし固めてようやく包丁の出番だ。チョコレートを配りたい相手を指折り数える王子に、料理長は熱した包丁を手渡して早く調理場を明け渡すよう促した。直刃の鋼包丁。いつも自分が手入れしているものだ。

――In the name of Hades」

 一瞬の沈黙の後、王子は柔らかく、その場に跪くかのような面持ちでそう言った。
 途端にわかる。強く理解する。この家の誰もがこの王子様のことを好きな理由。ただの一員としてここにあり、頼ることを知っている。失敗することを知っている。悲しみを知っている。打開するために生きている。
 仕事は大いに押している。これから大急ぎで作らねばならない大量の食事のことを考える。見習いたちも取り掛からねばならない片付けのことを考え出して頭を重くしているようだ。
 けれど悪い時間ではなかった。
 受け取った包丁で丁寧にチョコレートの板を刻んだ王子は、それを正方形に切り刻んだ羊皮紙に包んで、調理場の隅でせっせとラッピングを始めた。頬を輝かせ、愛しい人たちの名前を呟きながらリボンをつけていく。

 すべてを終えて、王子はタッタタと石火の足音を響かせラウンジを出ていった。
 使い終わったエプロンの上に『To The Chef』とチョコレートが置かれていることに料理長が気づくのは、もうしばらく後のことだ。


―――After That―――

ご機嫌斜めだって? My Prince」
誰のせいだと思ってんだよ
 仕事をこなして冥府へと戻ったThanatosを待っていたのは、むすくれて自室のベッドに突っ伏す愛しき念友の姿だった。
………
 もう思う。
 寵幸するに値する。
 甘い香りのしそうな肌。葉のきらめきと実のきらめきを両方備えた眸。死のようで生のようで。ぱちぱちと内燃する希望を、その身のうちに飼っている
 このほど新調されたばかりのベッドに腰かけて、ThanatosはZagreusの赤い衣をそっとめくった。鎖骨や喉の出っ張り。しっとりと柔らかい肌。ああ、Zagreusの匂いだ。殺伐とした心が、潤いに満ちた香りに癒されていく。
「Than
 とろけた鋼鉄色の素足を前後させて言ったZagreusに全身が熱くなった。可愛い。ああ可愛い俺の王子様。
「でも俺のせいってことはないだろ」
 愛しさで息苦しくなりながらThanatosは言った。これはもう許されていると思ったからだ。
 しかし小さいほうの枕に肘をついた王子様が繰り言する。「大~いにあるね」そっぽを向きながら。
 凋むような、膨らむような。かたい花蕾のような表情をしているZagreusに対して、Thanatosは「ハハ」と弱ったふりをして真鍮の手甲を外した。あくまで”ふり”だ。だって心当たりがないのだから。
 夜が三重の層をなし、霊魂たちが九日九夜かけてたどりつく奈落の底、タルタロス。
 膨大な仕事をこなし、ようやく帰ってきた冥府で、Thanatosはまず偉大なる柱廊の雰囲気に違和感を持った。
(これは……、何かあったな……
 悲愴と労苦の色合いで満ちているべき冥王の宮居が、どうにも浮かれ華やいでいる。ああ何かやらかした。自分の居ぬ間に。あの王子様が!
『Hypnos!』とThanatosは呼びかけられる前に呼んでいた。『Hi!』といつもの調子で手を挙げた兄弟に、Thanatosは一体何があったのだと口早に聞いた。『ああ兄弟。見ての通り。特に変わったことはなかったけれど、我らが王子様がチョコレートを作り皆に配り歩きました~。アフロディーテ様の入れ知恵かな』
 チョコレート? Zagreusが???
 配り歩いたって誰と誰と誰と誰に。
 十中八九オリンポスの誰かから言われたのだろうと思った。地表にはチョコレートを渡す風習があるのよとか何とか。何だって余計なことを。これ以上好かれてどうするんだ。これ以上好かれようとしないでくれ。
 ふわふわと浮いて、意味ありげに微笑んだ弟は、けれどこうも言った。『でも当の王子は不機嫌なんだよね~。貰えた皆はご機嫌なのに』ご丁寧に自分を指さしながら。
「忙しすぎなんだよ……
 その恨み言は目の前のZagreusから漏れていた。酷く酷く酷く不満げに唇を結び、左の目に水気をためて。
Zag」
「母さんに渡して、Nyxに渡して、Megに渡して、でもまだたくさんあったからAchillesに渡して、Dusaに渡して、Hypnosに渡して、そしたらさ? 母さんが父さんに分けちゃったって言うから! だから……
「いい、いい、もう言うな」
「俺……、まだ残ってた気がして……、もう一回渡しちゃって……
「はぁ……、悪かった、Zag。俺が悪かった」
 つまりもう無い。自分のためのチョコレートは無いのだ。それでZagreusは苛立っている。なかなか帰還しなかった自分に対して。というよりはちゃんと取り置けていなかった自分に対して。
 あーーー、悲しい。
 ごめんね。ありがとう。助けてあげたい。嬉しい。悲しい。詰ってやりたい。
 滴りそうになっているZagの右目のしずくをぺろりと嘗め上げて、Thanatosは愛しさに微笑んだ。「今回はこれで我慢するさ」
 悲しいな? わかるとも。
 もうどうしてくれようって、何故か笑えてきて、慰め合うみたくキスがとまらなくなる。鼻先に鼻先を。額に額を。
「エリシウムでさ、Than?」
「うん?」
「見たことがあるかもしんなくて。こんな、多分、黄色いチョコレートの実」
「カカオの実」
「それだ。そう」
……デートのお誘いだな?」
勿論。……どう?」
 寝台の上。
 どういうわけか身体はぴったりくっ付いていて、多分、当分、離れられそうにない。
 離したくないし離せないだろう。
 心と体が満ち足りるまで重なり続けて――、だからこれはそのあとの話。

「Chef!」
 石火の足音を響かせてタッタタと王子がラウンジより現れる。
 釣った魚ばかりか、カカオの実まで置いていくようになる彼に、厨房のメンバーはやれやれと顔を見合わせることになるのだ。

(終)





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