テレビを付け、適当にチャンネルをパッパッと変えているとおつかい番組の明るいテーマソングが流れ始め、リモコンを操作する手が止まる。何故だろうか、これは絶対に観なければいけない気がした。
第六感に従ってリモコンをテーブルに置き、缶チューハイを煽りつつ、テレビ画面に視線を向けた。
おつかいに行きたくないとぐずる姿。すぐに引き返そうとする姿。おつかいと別の物を購入する姿。身の丈には合わない大きい袋を引き摺り、中身を道端に撒き散らす姿。おつかいを終え、泣きながら両親の元へ駆けていく姿。どの家族も愛おしく、ハラハラしながら観ていた。
そして、次の家族が映る。時間的に最後の組だろう。大きな一軒家に、大柄なお父さんとまだまだ小さい四歳の男の子が二人。お父さんの方は顔出しNGなのか顔が隠されている。
「あ、まずい! 予約してたケーキの受け取り忘れてた!」
ある家族のお父さんのよく通る声――聞き覚えがあるが思い出せない――が、何の違和感もなく自然に非常事態を口にした。本当に自然な演技だ。
パズルで遊んでいた男の子が顔を上げ、お父さんの方に顔を向けた。少し伸びた坊主頭とくりくりとした大きな赤い瞳が特徴的な可愛らしい男の子だ。うん? あれジグソーパズルじゃないか? この年頃で?
パチパチと目を瞬かせ、困ったと唸るお父さんの元にとたとた近付いていく。年齢のせいだろうか、小さくまだか弱い生き物が動いているのを見るとどうにも涙腺が緩みそうになる。
「とうさん、どうしたの?」
「おー、チヒロ。今日シバとアザミが遊びに来るのに、父さんケーキ買ってくるの忘れたんだ!」
男の子――チヒロ君は呆れたような目をお父さんに向けた。もしかしたら、お父さんのうっかりは日常茶飯事なのかもしれない。
「いまからいけばまにあう?」
「間に合う! けど、うーん。父さんは色々準備しないとだし、チヒロ一人で頼めるか? シバとアザミ、チヒロがおつかいしたって聞いたらめちゃくちゃ喜ぶと思うんだけどなぁ」
「……おつかい」
「行けるか?」
チヒロ君は少し不安そうに目を伏せるも、すぐに覚悟を決めたのかこくりと小さく頷いた。可愛いのに逞しい子……!
お父さんはチヒロ君にネコミミニット帽を被せ、コートとマフラーを身に付けさせる。可愛い×可愛いは卑怯すぎる。
「ほかには?」
「あ! 今日の夜ご飯はシバがお好み焼き作るって言ってたからソースとマヨネーズ!」
「そーすはどろ?」
「そ、どろソース! シバ、その辺うるさいもんなァ」
この年頃の子がソースのメーカーとか気にする? 何この子、もしかして天才児?
チヒロ君のおつかいルートはこうだ。近所のスーパーにてソースとマヨネーズを買い、八百屋にてキャベツ一玉を購入。その後、最重要任務である予約したケーキの受け取りを完了し、その足で帰宅。
クマの財布を首から下げ、背中にリュックを背負う。少し乱れたマフラーをお父さんがもう一度巻き直した。
「チヒロは寒がりさんだから、しっかり巻かないとな」
「うん、あったかい」
「よし、確認だ。車には?」
「きをつける」
「横断歩道は?」
「みぎ、ひだり、みぎみて、おててあげてわたる」
「完璧! 任せたぞぉ!」
こくりと頷いたチヒロ君はマフラーとお揃いの黄色い靴を履き、「いってきます」と勇ましく外に足を踏み出した。
陽気なテーマソングが流れ始めるも、チヒロ君は駆け出すことなく真剣な顔でスーパーまでの道のりを進んでいく。さっきから思っていたが、この子あまり表情が変わらない。
出発前にお父さんと確認していた横断歩道に辿り着いた。小さい頭が右、左、右とふるふる動き、左手を真っ直ぐ上げた。
「みぎ、ひだり、みぎ……だいじょうぶ」
声出し確認してるの可愛い〜! 賢い、偉すぎる。
小さい歩幅で横断歩道を渡りきり、道に迷うことなくスーパーに辿り着いた。しかし、背がまだまだ小さいせいかセンサーが反応せず、自動ドアが開かない。チヒロ君は困ったように眉尻を下げ、周りを見渡した。
「あの、すみません」
話しかけたのは通行人に扮した番組スタッフだった。チヒロ君は自動ドアの方を指差し、お願いを口にした。
「いっしょにはいってくれませんか?」
わ、敬語使えて偉い。頭こてんと倒すのも可愛い。チヒロ君、溢れんばかりの可愛さで世界席巻してるだろ。
スタッフの協力を得て無事入店し、しっかりお礼を言ってから調味料売り場に真っ直ぐ向かう。お菓子コーナーがあっても一切其方に目を向けることがない。
チヒロ君は買い物かごにマヨネーズを入れ、ソースコーナーに向かい、再び困ったように眉尻を下げた。二度目の試練である。そこで救世主の店員さんが登場した。
「こんにちは。何か探してるのかな?」
「あの、どろそーすとってもらえませんか?」
目的のソースは棚の高い位置にあり、残念ながらチヒロ君の身長では届かない。快く引き受けてくれた店員さんにお礼を言い、レジにてお金とポイントカードを出し、商品をリュックに入れて一つ目のミッションをクリアした。
……ポイントカード出す子供、初めて見た。めちゃくちゃしっかりしてる。
場面が切り替わり、自宅の映像が流れる。ピンポーンとインターフォンが鳴り、お父さんは「はいはーい」と元気よく玄関に向かって行った。
「お、シバとアザミじゃん! 予定より早くないか?」
「仕事早く片付いてん」
「あれ、チヒロ君は?」
「チヒロならおつかい行ってるぞぉ」
「「は、おつかい!?」」
男性二人――こちらも顔が隠されている――が家に上がり、チヒロ君のおつかいに素っ頓狂な声を出した。顔は見えないが、相当焦り散らかしている。どうやら二人は撮影のことを知らなかったらしい。
わたわたと玄関に戻ろうとする二人の襟首を掴み、「チヒロなら大丈夫だから!」の一言で椅子に座らせた。
「大丈夫て、チヒロ君まだ四歳やぞ! いくらあの子が神童やからっていくらなんでも早過ぎんで!」
「大丈夫! スタッフが付いてるし!」
「スタッフって……え? これ、はじめてのおつかいの撮影?」
「言ってなかったか?」
「聞いてへんぞ!」
「報・連・相!」
「スマァン!」
伝えてなかったの!?
再び場面が切り替わり、チヒロ君は危なげなく八百屋に到着していた。お父さんとは違って落ち着いている。お母さん似なのだろうか?
「あら、チヒロ君! 今日は一人なの?」
八百屋の奥さんがチヒロ君に気付き、ぺこりと会釈を返した。行儀良くて偉い。
「きょうはおつかいです。きゃべつひとつ、ください」
「キャベツ一玉ね! おばちゃんが一番良いやつ選んであげるわね!」
「うん。ありがとうございます」
八百屋の奥さんはチヒロ君に気持ちいい笑みを返し、手早くハリツヤの良い物を選んだ。流石プロ。素人だから分からないけど、おそらく良い品なのだろう。
チヒロ君は目をまんまるに見開き、じぃっとキャベツを見つめた。何か気になることでもあるのだろうか?
「きゃべつのえらびかたってあるんですか?」
「勿論! 葉っぱと葉っぱの間に隙間が無くて、しっかり巻かれてる物がいいの。それと重い方がいいわねぇ」
「はるきゃべつは?」
「春キャベツは葉っぱの巻きが緩い方がいいわね。時期になったらお父さんと買いにいらっしゃい!」
「はい」
豪快に笑う奥さんにチヒロ君は柔らかく微笑み返し、お金を払った。おつりの計算までしてお支払いする子供、初めて見た。天才でしょこの子。
キャベツをマイバッグに入れ、それをしっかり肩に掛けて最後の目的地であるケーキ屋に向かう。流石に重いのか、肩からずり落ちる持ち手を何度も肩に掛け直しながら歩みを進めていく。
無事到着したのは落ち着いた雰囲気のカフェ。店名は“喫茶ハルハル”というらしい。あれ? 喫茶ハルハルって何処かで聞いたことあるような……?
扉を開けるとカランカランと取り付けられたベルが鳴り、「いらっしゃーい」と少女特有の高い声が聞こえた。この声の発生源は、レジカウンターに設置された椅子に座っている小学生くらいのお団子頭の女の子だろうか。
「お、チヒロ君じゃん。こんちは〜」
「ひなおさん」
ヒナオ? 喫茶ハルハル?
あれこの子、音楽プロデューサーのヒナオちゃん……か? 確か実家は喫茶店を営んでいて、店名は確かこの店と同じ“喫茶ハルハル”。楽曲制作の傍ら、今でもたまにお手伝いしてるって言ってたような……?
一昨年仮面ライダー俳優としてデビューした六平千鉱君とは小さい頃からの知り合いで、その繋がりで千鉱君が主演を務める今話題沸騰中のドラマ『カグラバチ』で情報屋役としてヒナオちゃんが出演している。ヒナオちゃんはカグラバチの主題歌に楽曲提供しており、ストリーミング再生回数がとんでもないことになっている。
確か、千鉱君は学生時代に喫茶ハルハルでバイトしてたって……あれ、チヒロ? お父さんのお友達の名前はシバとアザミ、柴と薊……え!? 待って、お父さんの名前って六平国重だったりしない!?
先程までテーブルの上に放置していたスマホを慌てて手に取り、即座にSNSを開く。予想通りおつかい番組と共に『六平千鉱』がトレンド入りしており、思わず「マジかよ」と独り言を呟いてしまう。
我々視聴者が混乱の渦に巻き込まれようとも、番組は滞ることなく進んでいく。
「チヒロ君、今日はどういったご依頼で?」
「けーきをとりにきました」
「お、おつかい? チヒロ君、偉いねぇ。ちょっと待ってね」
ヒナオちゃんは椅子から飛び降り、店の奥の方へ入っていった。ヒナオちゃんもまだまだ小さいのにめちゃくちゃしっかりしてる。
ヒナオちゃんは手にケーキボックスを携えながら戻ってきた。しかしそれを渡さず、椅子に座るよう勧める。チヒロ君は勧められるがまま椅子に座り、不思議そうにこてんと頭を傾けた。
「父さんが頑張ってるご褒美にジュース飲んでいきなって。いっぱい歩いて喉渇いたでしょ?」
「ううん、へいき」
「まあまあ」
コップに注がれたオレンジジュースを受け取り、お礼を言ってストローに口を付けた。喉が渇いていたのだろう、平気と言っていたが勢いよくジュースが減っていく。
「ごちそうさまでした」
「いい飲みっぷりだったね。それじゃ、はいケーキ。気を付けて帰るんだよ〜」
「うん」
ヒナオちゃんが手を振れば、チヒロ君も手を振り返す。ヒィッ、可愛いの永久機関……!
喫茶ハルハルを出れば、後は帰るだけ。テーマソングが流れ、大したハプニングもなくチヒロ君のおつかいが終了した。
チヒロ君が玄関扉を開ければ、出迎えたのはお父さんではなく友人二人。チヒロ君は驚いたように大きな目を更に見開き、ぱちぱちと数度瞬きした。
「チヒロ君おかえりぃ! 怪我とかしてへん!?」
「四歳でおつかい完遂とか偉すぎる! 今度初めてのおつかい達成記念に僕がおもちゃ買ってあげるね」
「……ちひろ、おそかった?」
まだ家に居ないはずだった二人の存在に、チヒロ君は不安そうに瞳を揺らした。きっと二人が来る前におつかいを終わらせて、自分一人でおつかいに行ってきたと報告して二人を驚かせたかったのだろう。
「めちゃくちゃ早かったぞ! シバとアザミが早過ぎただけ!」
「せやで。チヒロ君に会いたすぎて、シバさんとアザミが早ぅ来てしもうてん」
「チヒロ君の初めてのおつかい、ドキュメントで全部見たい!」
不安そうなチヒロ君の頭をお父さんがうりうりと撫で、不安で固まっていた表情が解れ、漸く小さな笑顔を見せた。可愛すぎ警報発令だわ。
その後はシバさん特製のお好み焼きとケーキを食べる姿でVTRは終了した。どっちもめちゃくちゃ美味そうだった。
『あれから十六年後――』
そのテロップに身を固まらせ、早速訪れた答え合わせに心臓がバクバクとうるさい。もし予想が正解なら、自分はおつかい番組を見ようと決意した数時間前の己を褒め称えようと思う。
そして場面が切り替わり、キリッとした表情の男前が映し出される。今が旬の人気イケメン俳優、六平千鉱だ。
「番組をご覧の皆さん、こんばんは。六平千鉱です」
どうやら正解だったらしい。過去の自分よ、本当にありがとう。
千鉱君の幼少期と合わせて、大好きな音楽プロデューサーのヒナオちゃんの幼少期まで合法で見られたのだ。今年の運を全て使い切った気分だ。
「今回のVTRは皆さんを驚かせるために再編集して、父さん達の顔を隠したそうです。驚きましたか?」
イタズラが成功したとでも言いたげに目を細め、ほんの少しだけ口角を上げた。ヒィッ、顔が良い。
「ちなみに薊さんはスタッフに交渉して、俺のおつかい部分だけフル尺で入手しています。我が家で宅飲みする時にそれ流すのやめてください」
苦言を呈し終えた千鉱君はポーカーフェイスに戻った。
「俺と父さん、柴さん、薊さん、そしてヒナオさんが出演している漣京羅監督のドラマ『カグラバチ』、是非ご視聴ください。六平千鉱でした」
番宣を終え、千鉱君がフェードアウトに合わせて手を振った。そう、あのヒナオちゃんとのお手振りのように!
あまりの尊さに手に持っていた数本目の缶チューハイの缶をテーブルに叩き付けるように置く。少し中身が溢れたが気にしない。そして思いのまま叫ぶ。
「カァッ、過去の自分ありがとう〜!」
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