体が変化したことで、身体感覚に変化が生まれた。しかし視力や聴覚に大きな変化がなかったことは幸いだった。実際にこの体が野山にあったことはない。それでも狩猟をしながら生きていたときの記憶が、音を聞き分けた。
人間の靴音と違う。宿舎の中は清潔で、獣が入り込む余地はない。しかし、それは確かに獣の足音だ。
可能性としてはダーリンか、と思った。
着地するときの軽い体重の移動。ひたひたと足音をさせずに移動する音。
正義感とは違うが、不明なものを明らかにさせたいという程度の興味だった。
廊下の角を曲がったところで、足元に白い塊が擦り寄ってくる。
「猫」
確認のように、その外見から得た情報を口にする。白い毛玉が靴の上で転がっていた。
野良ではないことは毛並みを見ればわかる。首元に首輪も付いていた。
動いたら踏んでしまいそうです好きにさせていたが、ふと支給品の衣服のズボンの裾が毛だらけになっていることに気づく。
替えはないから、困る。
転がっている猫を手で掬い上げるようにすると、足で引き剥がそうとしてきた。
さて、このままどこに持っていこうか。遺失物としてどこかに届ければいいのか。
迷っていると、猫が来た方向から女性の声が聞こえた。
「萌萌、どこに行ったの?」
東洋風の顔立ちの女性。ゆったりとした夜具を身にまとい、休む直前なのだとわかる。
ここで寝泊まりしている風で、スーツを着ていないから、という理由でその女性をダーリンだと判断した。
「お探しですか」
子猫を差し出す。
持ち上げられたのが気に入らないようで、ての上でまだもがいていた。
「ありがとう」
女性は、小動物を扱うにしてはいささか雑に持ち上げられた子猫を両手で受け取った。
「あなたは?」
「ラダといいます。ダーリンです」
職員と間違えられてもおかしくない服装だから言い添えておいた。
「そう。あなた綺麗ね」
「ありがとうございます」
「おやすみなさい」
猫を抱いた女性は夜の中に溶けるように、廊下の向こうに歩き去った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.