whityyokko_hkg
2025-03-15 16:33:44
4305文字
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Daffodil

ホワイトデーに水仙デートする弓槍

 フェルグスの豪快な笑い声が厨房まで届く。
 今夜の食堂は宴もたけなわといった様子だ。古今東西の英霊が濃淡を問わず酒精と場を楽しんでいる様子が窺える。

 もう一品出したあたりで幹事にお開きを示唆してもいいかもしれない。
 確か明日は、種火集めに奔走するマスターが早朝から予定を組んでいたはずだ。
 性別おかんと揶揄されるアーチャーのエミヤが、それを聞いて夜更かしの小言でマスターを寝室へ退散させたのは日が変わる前である。あれから数時間は経ち、明日はすでに本日へと突入していた。

 酒杯を呷る面子の中にはマスターと一緒に出発する者も見られ、お節介、否、面倒見のよいカルデアのブラウニー氏は、場合によっては強制終了もやむなしと心に決め、緑の弓兵の顔を思い浮かべながら手毬寿司を仕上げる手を早めた。

 昆布〆の白身魚が小さな銀シャリの上に目にも涼しげな花弁を広げる。それから椿を模して幾重にも薄切りを重ねた赤大根と白大根。錦糸卵を巻いた軍艦にはたっぷりのいくらを乗せ、派手好きな英霊達に相応しく金箔を散らす。甘酢を効かせたはじかみをスティック野菜のように大ぶりのグラスに立てて大皿に添えれば完成だ。

「すまない。誰か手伝ってくれないか」
 いかな料理長といえども一遍に何皿も配膳できるわけがなく、手隙の誰かが反応するの期待して声を張り上げる。

「何だ? 帰るついででいいなら持ってくぜ」
 返事したのは、ランサーのクー・フーリンだった。
貴様が?」
「おうよ。明日早いんでな、ここらで抜けさしてもらう変わりに給仕の真似事くらいは手伝ってやってもいい」
「ああ、そういえば、アルスター・サイクルの大英雄ともあろう男が極東の地方都市でみみっちく日銭を稼いでいたとか?」
「うっせーな! オレは正々堂々とオールラウンドアルバイターだったわ」
「それは失礼した。いやなにバイトを掛け持つ記憶があるサーヴァントなど寡聞にも聞いたことがなくてね」
「貴様がいちいち気に触る言い方なのはよーく知っちゃいるがな、せっかく旨い酒で気持ちよくなってんだ。素直に助かるくらいは言えんのかね」
 小さな棘を含ませた言葉に投げつけ合いながら、エミヤとクー・フーリンは宴席に素早く配膳して回った。

 目にも彩な大皿料理は酔客の中でも女性陣に受けが良い。アン&ボニーが黄色い声を上げた後、合流したスカサハとともに目にも止まらぬ早さで口に運び、合間に酒杯をあけるサイクルを回している。

「ああやって旨そうに食う顔見んのが好きだろお前」
「料理に携わる者なら誰しもそうだろ。まぁ私は料理人を名乗れるようなものではない端くれだがね」
 普段はニヒリズム全開で己に突っかかる男の和らいだ表情をランサーは横目に納めた。

「ちょうどいい。貴様、明日は朝から時間とれるか?」
「最早今朝だぞランサー」
「細けぇ奴だな。ああ今朝でいいわもう。で、どうなんだよ?」
「この夜宴にあたった分、残念なことに朝はシフトから外されていてね」
「つまり空いてるんだな」
 無言のエミヤにランサーはにんまりとした。
「じゃ明日お前んところに寄るわ」
「今非番と言ったつもりだが?」
「非番だから行くんだろうが」
「朝っぱらからか?」
 夜の誘いじみた科白にエミヤの声のトーンが大きくなる。
「馬鹿! 声を落とせ」
「! すまない」

 決まり悪げなエミヤに、ランサーは人の悪い笑みを浮かべた。
「貴様の期待を裏切って悪いが、こいつは夜這いでも死合でもないぜ」
「期待などしてない」

 若干ふて腐れたような気配を醸し出す赤い弓兵が、可愛い年下の男であるのをランサーは急に思い出した。カルデアのドン・ファンと呼ばれるエミヤも、クー・フーリンの前では一介の恋する男に戻るのだ。この秘密はきっとランサー以外の誰も知らない。クラス違いの自分達は薄々察しているようだが、あれらはどうせ自分なのでノーカンである。

 ニヤリと音がするような口を歪めた笑いから、ランサーは気持ちのよい男の笑顔に戻し、明るく返した。
「お前に見せたいものがあってな。悪ぃがオレにお前の時間を少しだけくれや」

 記憶の奥の奥で疼く何かにエミヤは蓋をして首肯する。エミヤは、基本的に特別な相手の要望は全て叶えたい口だ。否やはなかった。
 ランサーの唇が綻んだ気がしたが、エミヤは気づかない振りをした。答え合わせは明日にでもできるのだ。
 
 早朝、まだ食堂の朝当番が厨房に入る前の時間帯に、ランサーは忍んで来室した。部屋には一歩も踏み入れず、エミヤを外に誘い先を進んだ。突き当たった先は見慣れたシミュレーションルームだ。

「新所長には、いつかマスターを安全に連れて行くための事前確認と伝えてあるから安心しな」
 嘘も方便だとランサーは笑う。そんな日が来るかなど誰にもわからないからだ。
「本物にゃ叶わんが、お前になら見せてもいいと思ってな」

 連れて来られたのは、ラッパ水仙が一面に咲く野の風景だった。古代ではあってもランサーの育った当時のケルトより遥かに下った時代だろう。しかし、古くからヨーロッパに春の訪れを告げる水仙のことは知っていた。エミヤが人間であったころに生まれ育った日本では、桜の開花がそうであったように、人は日が長くなる季節を待ち望み、花によってそれを感じたがる。
 どんよりとした空の下で黄色い花弁が鮮やかに花開き、まだ冷たい風にそよいで野生ならではの芳香がふたりのもとに届く。

「私にこれを見せたかったと?」
「そう言ったろ。お前から貰ったモンに比べたらもの足りねぇかもしれんがな。ホワイトデーのお返しってやつだ」
「私が貴様に何を渡したというんだ?」

 ランサー相手にバレンタインの特別な遣り取りをした記憶はなかった。クー・フーリン達はセタンタを除き甘いものが得意ではないことを踏まえ、チョコレート菓子を渡すなど考えたこともなかったからだ。
「お前、それ本気で言ってんならオレを舐めてると受け取るが」
 少しだけ不愉快を乗せた声音に、エミヤの恋心が竦み上がる。多分これは諸々バレている。イベントの空気に浮わついて調子に乗りすぎた。

「なんだったか? お前があの日作ったイベント料理? 魔猪ロースのグリルチョコレートソースカカオニブがけ?」
 エミヤ渾身のイベントメニューをランサーが一言一句違わず覚えていることに動悸が早まる。
「魔猪はサクサクのロースが旨い。特に肉と脂の旨味が濃いのがいいんだが、野生獣はどうしても肉本来の癖ってのがでちまう。人によっちゃ臭いで食えんこともよくある話しだ。それがチョコレートの濃厚さとほろ苦さをぶつけることで獣臭を消す。さらにカカオニブの苦味とかりっとした食感がアクセントになって上手い具合に相殺するって寸法だ。全くよくできてたわ」
「煮炊きに乏しい古代人にもジビエの信念が通じるとは光栄の至りだな」
「へいへい。オレは旨いものがうまく食えりゃそれだけでいい口だがね。お前さんがたの食の追及ってやつはさっぱり理解できん」
「グルメの真髄など俺程度なんか一生かけてもたどり着けない境地だぞ。だからといって食べる側にそれを求めるような馬鹿は料理人ではない。先ほどの発言からすれば、君の食を楽しみ理解する心は十二分に深いと言っていい。むしろ誇ってくれ」

 ランサーは一瞬絶句し、ため息をついた。
「これはむしろオレがやっちまったな?」
「どうした? ランサー」
「いや、まあこっからが本題よ」
 仕切り直しとばかりランサーは意気込む。
「とにかくあんまり旨かったから、さすがのオレも追加を頼んだ」
 あ、とエミヤから声が漏れた。
「で、ようやくオレ一人だけがチョコレートソースだのカカオニブだの食ってたのが判明したってわけ」

 エミヤは沈黙する。否、沈黙でしか返せない。
 あの日、魔猪は塩水でもみ洗い血抜きをしっかりした後一晩ワインに漬け込んだものを使用した。ソースもそれにあわせて、煮詰めた赤ワインソースに隠し味の味噌を一加えしたものを食堂では提供したのだ。つまり、ランサーの言うとおり、エミヤはただひとりにチョコレートを食べさせたのだ。
「貴様がやたら回りくどい奴で、オレがとにかく面倒嫌いなのを差し引いても、駄々漏れなんだよアーチャー」

 槍兵の締まった鋼のような腕がエミヤの肉厚な肩を抱き寄せようとして絡まる。肩口から水仙の甘く透き通った香りが漂った。水仙の一群をふたりで通り抜けたときの残り香だと分かっていても、それはエミヤの脳を眩ませる。

「まぁなんだ。今日はこのくらいで勘弁してやるさ」
 パッと離れたランサーは先程の強引さなど欠片もない好青年の笑顔でエミヤを惑わした。
「望む春が来るのを好い相手と見たかっただけだ。ありがとよ」

 離れていく体を眺めるだけで指ひとつ動かせないエミヤに、ランサーは帰るかと促すと背を向けた。
「こんなもんでいいか? お返しとやらは?」
 ざくざくと進むランサーの背に手を伸ばし届く寸前で、エミヤは引っ込めた。だが。

「ああ。次は俺と桜を見に行かないか? ランサー」
 振り向くランサーを抱き締められるほどエミヤは自惚れられない。幾多の英霊達と共にあれるこの現界をいまだ夢のように感じ、だからこそ全力で享受し全力でマスターの力となるつもりでいる。自分のこれからなど知ったことではないが、これくらいの遊びは許されたと思っていいのだろうか。
「春の到来と初夏の息吹を君と見たい」
「ははっ! 貴様も言うようになったじゃねえかアーチャー!」
「目の前の誰かの悪い癖が移ったんだろ」
「オレのせいかよ! いいさそれでも! しらばっくれるお前より断然いいぜ」

 咲き誇る水仙よりも芳しい男が破顔した。花が開くように甘い香りがして、エミヤはランサーに酩酊する。さながら酒精に浸るように。
 水仙が消え、シミュレーションルームを出た後もランサーからは甘い香りがする。水仙の香りは抱いた女の体臭に似ていると宣った生臭坊主の逸話がよぎった。

 俺はまだ抱いていない。抱いていないが何度か夢の中で貪った彼の甘い香り、あれは水仙だったかもしれないと思う。
 確かめたい。確かめたくない。矛盾する感情を統合する前に、待ちくたびれたランサーから部屋に引摺りこまれるのをエミヤはまだ知らない。
 だが、水仙の香りに反応してランサーを想う懊悩を背負いこむカウントダウンはとうに始まっていた。