【Δドラロナ】四十八時間キス我慢部屋

たちひさんへ❣️




……四十八時間、キス我慢しないと、出られない、部屋……
 壁に掲げられたレインボウの放射を背景にしてデカデカと書かれた文字を、ロナルドは口に出して読み上げた。当然、読めなかった訳では無い。ただ、書いてあることをどうしても口に出さなければきちんと理解できないような気がしたのだ。結果、その声は空気中に霧散しただけで、ロナルドにそれ以上は何も与えてはくれなかった。
 キスの経験はある。というか、つい最近経験したばかりだった。相手は、今隣にいる、吸血鬼対策課隊長のドラルクだ。ロナルドは恐る恐ると横目を向ける。だがドラルクは腕を組み、険しい表情で先程ロナルドが声を出して読み上げた文字を睨みつけているだけだった。
 これは恐らく吸血鬼の仕業に違いない。だとすると、この提示されている条件をクリアするか、もしくは別の脱出方法を見つけなければならない。きっとドラルクはその方法について考えているのだろう。その面持ちは真剣で、吸対隊長としてのものに見える。
 それが分かった途端、ロナルドは自分を恥じた。キスという文言に動揺して、しかも今から四十八時間もドラルクとキス出来ないなんて、などという緊張感に欠けた思考を過ぎらせていたからだ。こんなふざけた条件ではあるが、市井の人を捕らえ、悪質な方法で吸血を目論んでいるのは明白だ。何とかして犯人の吸血鬼を捕えなければ。
 しかしそうは分かっていても、つい先日初めてしたキスの記憶が蘇ってしまう。再び横目でドラルクを見ると、組んでいた腕を解き、その手を顎に添えて深く考え込んでいるようだった。ロナルドの視線には気がついておらず、その指が薄い唇を撫でるのを見て、ロナルドは知らず顔に熱集めてしまう。
 こんな状況なのに。そうは思っても、あの日ドラルクと見つめ合って、唇を重ねた記憶は今も鮮明に思い出せた。
 ほんの数秒の間、口と口をくっつけただけなのに、どうしてあんな風になってしまうんだろうと思う。心臓が飛び出しそうなほど跳ね、繋いだ手は汗でびしょびしょで恥ずかしかった。ドラルクの細い指がロナルドの顎を掬って、たったそれだけで身動きが取れなくなるのだ。あの時ロナルドは自分がどんな顔をしているのかは分からなかったけれど、ドラルクは少し笑って、いい? とひそひそ話みたいな小さな声で聞いてきた。ロナルドはちょっと尋常ではない状態だったので一回待って、と言ったらドラルクはいいよ、と言って、ロナルドの手を取り指を互い違いに絡めて握った。ドラルクの指がすりすりと甲を撫でてきて、それもダメ! と言いたかったが言えなかった。
 やがてロナルドは観念して目を閉じた。キスして欲しい、とは恥ずかし過ぎて言えなかったので、代わりに「ん」と唇を突き出した。するとドラルクのもう一方の手が、今度は腰に回ってきてぐっと顔同士の距離が近づいたのが気配でわかって、それで……それで……
——……ド君。ロナルド君?」
「はぅあっっ!!」
「うぉっ」
「なっ、なんだぜ!」
 現実のドラルクに声をかけられていることにようやく気がついて、ロナルドは慌てておかしな返事をした。危なかった。物思いに耽っていたことを悟られないよう、ロナルドは姿勢を正す。
「どうかした? どこか不調でも?」
「なんでもないぜ! ちょっとぼーっとしてた!」
 汗を飛ばしつつロナルドはぶんぶんと顔を横に振る。それにドラルクは訝しげな顔をしたが、ロナルドの方から「で、どうするんだ!」と話を脱出の方へと向けてやった。
「ああ、それなんだけどさ」
「う、うん」
「とりあえず今から三十分の間」
「うん」
「キスしようか」
「うん…………うん?」
「よし、じゃあ……
「待って!? えっ、どゆこと!?」
 ロナルドは、さり気なく腰を抱いて距離を詰めてきたドラルクの胸を押してやる。なに? と言いたげにドラルクは片眉を上げたが、それはロナルドの方の台詞だった。
「な、なんで!? えっ!? キ……ちゅ、ちゅーすんの!? しちゃったら、時間伸びちゃうって書いてあるじゃん!」
「ああ。思うに、カップルを入れてこの文言で意識させたり、実際我慢してるとキスしたくなるような何かトラップが発動させたりなんかしつつ長時間閉じ込めた末に、衰弱したところを吸血しようって事なんだろうね」
 きっちりと洞察力を発揮するドラルクから、少しづつ距離を取ってロナルドはうんうんと頷いて返した。
「そ、そうそう。だからしちゃダメ……
「四十八時間も我慢できるか」
「へ?」
「正確に言えば、君と最後にキスしたのは七日も前なんだぞ。既に一六八時間も我慢してるってのに、更にここからまる二日なんて、気が狂いかねん」
「も、もう大分おかしいこと言ってるけど、自覚ある!?」
「ほぼ徹夜で一週間も仕事させられて、ようやく帰ってロナルド君とチュッチュチュッチュしまくれると思ったら、こんな、こんな仕打ちがあってたまるか!」
「ひぇ」
 発言も勢いも大分おかしな方向へ向かっている。恐らく徹夜によるハイの状態らしい。なんて言うことだろう、こうなったドラルクは結構厄介だ。きっと血液錠剤も服用しているのだろう。虚弱なドラルクはよく血液錠剤をエネルギー源代わりにしていたが、徹夜の時はそれが倍量になる。そんな効果が有るのかどうかは兎も角として、やたらハイテンションになって、帰宅すると泥のように眠るというのがいつものパターンだ。
 そんなパターンまで崩されたドラルクは牙をむき出しにして壁に掲げられた文字を睨み付ける。
「こうなったら四十八時間も、四十八時間三十分も変わらん! だったら先にキスしまくっとくべきだろう!」
「あの真剣な顔でそんなこと考えてたのかよ! 俺のときめき返せよ!」
「? へぇ。なんかチラチラ見ているかと思ったら」
「!」
 思わぬ失言にロナルドは自分の口を慌てて塞ぐ。勢いに任せて余計なことを言ってしまった。色濃い隈のある目元がゆるりと細められ、楽しいものを見つけたと言わんばかりに金目を輝かせるドラルク。それに狼狽えながら大して広くない部屋でじりじりと後ずさると、あっという間にロナルドの背は壁に触れてしまった。
「ロナルド君」
「う、うう」
……どうしてもダメかね?」
 小さく首を傾げながら、ドラルクはロナルドの顔の横に手を置き、口を塞いでいるロナルドの手の甲を鼻先でつついてきた。そのこそばゆい感触に思わず肩を竦めると、ドラルクがまたふっと笑った。
 だって、ドラルクは疲れているのだ。ならば一刻も早くこの部屋を出て休ませたいと思う。だから、だから。
「じゃあいいや……んっ」
「!?」
 そんなロナルドの決意を他所に、ドラルクは何を思ったのか、唇をロナルドの手の甲に押し付けてきた。
「んんーっ!?」
「おや、これはカウントされないのか? 時間がリセットされないな……判定どうなっとるんだ」
 そういう問題では無い。というか、キスする場所で判定に差異があるなんて、そんな余計な情報を、今のドラルクに与えないで欲しい。案の定ドラルクはピンと来たという顔をして、口角を上げる。おまわりさんというには、余りにも悪い顔だった。
「んんんー! んんん!」
「予想だが、口以外のキスはノーカンなら遠慮はいらんな。そして私は、君の唇にキスするまで辞める気は無い」
「んん!?」
「こうなったら意地でも、というやつだ」
 つまり、ロナルドがキスを拒み続けると、ドラルクはロナルドの唇以外のあちこちにキスをし続ける。それは唇へのキスをロナルドが受け入れるまで続けられる。だがロナルドがキスを受け入れてしまったその瞬間、時間がリセットされてしまう、ということだ。
「後になればなるほど、キスした時、それまでの時間は無為になってしまうぞ。いや全然無為ではないんだが。むしろ、うむ。頗る、楽しい時間ではある」
「んーーっ!」
 そう言ってドラルクは再びロナルドの手の甲にリップ音を立てながらキスをした。手の甲に残る感触に目眩を覚えたロナルドは、壁に背をつけ、慌てて顔を背ける。しかしドラルクは諦めないどころか、背けたことで晒されたロナルドの耳朶に唇を寄せてきた。
「ひぅっ」
「おや、耳弱いんだね……覚えておこう」
 なんだ、覚えておくって! そう叫びたいが、今手を離してしまうとあっという間にドラルクはキスしてくるかもしれない。この部屋に入って間もなく三十分。この経過した時間を無駄にする訳にはいかないというのに。
「耳もこんなに赤くなるんだ。かわいいね」
「っ!」
 マントの下に入り込んだドラルクの手が怪しい手つきで背をなぞった。擽ったさに伴う妙な甘ったるい痺れにロナルドは飛び上がらんばかりに驚いた。なんだかこれは、とても、エッチな触り方な気がする。
……お願いだよロナルド君」
 ドラルクは仄暗い金の目を向け、ロナルドの首元に顔を埋めた。耳裏の傍に鼻先が押し付けられ、すぅっと軽く匂いを嗅がれたのが分かったが、ドラルクの背をまさぐる手のせいで力が入らない。いや、ドラルク程度、ほんの少しの力があれば突き飛ばしたって構わない訳だが。
 そんなに、したいのか?
「したい。一週間前にキスしてから、もう一度したくて、ずっと君のことで頭がいっぱいだった」
 徹夜で確実に頭がパァになっている。それなのにロナルドの気配のゆらめきから的確に読心して、ドラルクはそう耳元で囁いてきた。
「っ……
「おや」
 観念するしかない。ロナルドはゆっくりと口元を隠していた手を下ろした。
 もうさっさとドラルクにキスをさせて、何ならここで寝てもらうしかない。外がどうなっているのかは分からないが、もしかすると救出のチームが派遣される可能性もある。四十八時間というのは人間にとって相当に長い。ロナルドの方はともかくとして、ドラルクにとって飲まず食わずの時間は短いに越したことはない。
「いいの?」
……う、ん」
 これはドラルクのためだ。そう思いながらロナルドは目を閉じ、抵抗を止めた。先日のキスはすごくゆっくりしていた。くっつけては離れてをゆっくりゆっくり繰り返して、時々ドラルクの顔を見て、またキスをした。ぼんやりした頭で時計を見たらあっという間に時間が過ぎていたのを覚えている。
 けれど、今日は違った。目を閉じるのと殆ど同時にドラルクはキスをしてきて、細っこい腕でぎゅうっと抱き締められた。心臓が爆発物だったらこの衝撃でロナルドの体は粉々になっていたかもしれない。もしかして、それって少し畏怖いかも。
「っ、ま、んんっ……っ!」
 しかし当然ロナルドの体はそのままの形を保っている。押し付けられた唇がぱっと離れたかと思うと、角度を変えて再び重ねられた。待ってほしい、なんて言う隙が一秒だってありはしない。
 ドラルクの手で後ろ髪が項の辺りで掻き混ぜられ、こんな弱い力でも、何故か有無を言わせない強制力を感じてロナルドはほんの少し怖くなった。息継ぎも出来ず頭がぼんやりしてくる。そんな頭の片隅で壁にあった残時間をカウントしている時計を思い出したが、確認などする暇もない。
「は、んんっ……、んぁっ!?」
 今度はべろりと唇を舐められた。驚いて目を開けると、ドラルクと視線がかち合う。ふぅふぅと息を乱して肩を上下させ、数束落ちた前髪をかきあげながらネクタイを弛めてる姿に、ロナルドは雷が落ちたような衝撃を受けたが、やはりその身が黒焦げになったりすることは無い。
「ど、どらこ……じかん……
 黒焦げにはならなかったが、膝から力が抜けてしまった。ずるずるとへたり込むロナルドにドラルクはほんの少し目を見開いて、そしてまた笑った。
「だいじょーぶ。まだ十二分と十八秒しか経ってないよ」
 そう言ってドラルクはロナルドに跨るように床に両膝をついて、顔を上向かせると額をくっつけ、顔中にキスの雨を振らせてくる。
……四十八時間キスし続けろって言われるなら、余裕だったんだがな」
「っ、や、……んぅっ」

 そんな恐ろしいことを言ってのけたドラルクはきっかり三十分キスし続けた後に気絶し、そのまま四十八時間まるまる眠り続けた。
 部屋を出た後は再び一週間、怯えきったロナルドにキスを拒絶される事になる。





🌊WB