くこ
2025-03-15 13:41:27
2752文字
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きっと いなくならないでね(王最)

きっと〜して、しないでね、って言い方、かわいくて、すき
なんでもない小話



いない。
どこを探しても、いない。
つい数秒前まで、確かに隣にいたはずなのに。心底どうでもいい話をぺらぺらと話しながら、歩いていたはずなのに。




休日、最原は、王馬と二人で都心に出向いていた。特別な用事があったわけではなく、食事と、買い物を済ます程度の外出だ。駅と駅とのあいだがそう遠くなかったので、散歩がてらに歩きながら、適当にウインドウショッピングをしていた。
特筆すべきものはない、ただの大通りだった。右側には車両が走り、遊歩道には人がまばらに、ちらほらと。高架の多いそこは、車通りも多く、人混みよりも雑音が気になった。とはいえ、二人並んでいれば、お互いの声が聞こえないほどではない。ほとんど王馬がしゃべっていたが、たまに最原も相槌を打った。

途中、少し、考え事をしていて、そのことについて王馬の意見も聞きたくなって、「ねえ、あのさ」と、王馬を振り返った。
そうしたら、隣を歩いていたはずの男の姿が、なかったのである。

悪戯だろうか。
最原の死角に入り、おどかそうとしているのかもしれない。もういい年だが、彼は、そういう小学生男子みたいなことを好む。やられても驚かない。

「王馬くん?」

しかし、名を呼べど、返事はない。おどかすつもりなら、このあたりで大声を上げているはずだ。ということは、違う。その線は消える。
左の曲がり角を見る。見慣れた姿は見つけられない。別の道に曲がったわけではない。
車道を見る。轢かれた? まさか。であれば、大騒ぎになっているはずだ。車は依然として、びゅんびゅんとスピードを出している。路肩に停められているような車も見えない。これも違う。

じり、足元で、靴と地面が擦れ合う。
春先とはいえ、風がまだ冷たいくらいなのに、額に汗が滲んだ。

UFOに攫われた、とか。突然の神隠し。ばかな、非現実的すぎる。
最原を置いて、先を歩いているのか。向かっていた駅の方向へ目を凝らすが、王馬らしき姿は見つけられない。さすがに、この一本道で、少し先を歩かれたところで、見失うということは無いだろう。この線も無い。

とにかく、落ち着いて、いつから姿を消していたのかを、思い出さなくてはならない。また、姿を消したことは、自主的か、そうでないか、も重要だ。
誘拐といったことは、ない……と、思う。秘密結社の総統、などという肩書きを隠さずにいるから、そういう危険があっても、おかしくはないと思うが、彼がそれに対し、何の防止策も講じていないとは考えられない。もちろん、世の中、どんなに準備していても防げない未曾有の事態というのはあるが、それがこの平和な散歩の時間に起きたとも考えにくい。

なのでやはり、王馬は、今ふたりで歩いてきた道のどこかにいるはずだ。
そうでなければ……

意を決して、踵を返す。
この道にはいない。次の路地にもいない。
どくどくと、心臓が脈打つ。探しても探しても、歩いても歩いても、見つからなかったら、どうしよう。先ほど非現実的であると却下したことが、実は本当に発生していて、どこかへ連れ去られてしまっていたら。あるいは、恨みを買った誰かに、どうにか、されてしまっていたとしたら。怖い。早く、顔が、見たい。存在を、確かめたい。




車道と逆側を丁寧に見ていくと、少し戻ったところに、細い小道があった。

…………なにしてるの」

脱力して、最原が問う。
自販機の前にしゃがんだ王馬が、そこにいた。いつもの視線上にいなかったので、あやうく見逃すところであった。
王馬は、膝に頬杖をついて、興味がなさそうに最原を見上げる。自販機の取り出し口に手を突っ込み、ジュース缶を握る。

「喉乾いちゃってさー。ちょうど、ぷぁんたが見えたから。これ、意外と売ってないんだよ?」
「なら、一言くらい声かけてくれてもいいだろ……

肝が冷えた、と、最原が文句を伝える。王馬が嬉しそうに笑った。へなへな、と、最原も王馬の隣にしゃがみ込む。自販機で買い物をしたいひとがいれば、大変な邪魔になるであろうが、幸い、辺鄙な小道なので、周囲に人影はない。
しかもイマドキ現金しか受け付けないから、財布出すのに時間かかっちゃった。王馬が不満そうに言い、ぷし、と音をさせながら、プルトップを上げる。目線を上にあげれば、たしかに、キャッシュレス決済ができそうな機器は、どこにも取り付けられていない。コストに見合う収入がないのであろう。

はあ、と、最原はもう一度ため息をついた。
いつか本当に、今日と同じように姿を消してしまう日が来るのではないか、と、考える。目の前の男は、それをやっても、まったく違和感がない。しゃがんだままの王馬を、しゃがんだ最原が見つめる。横顔で、その痛いほどの視線を受け止めながら、王馬が缶ジュースを飲む。

ひとくち、ふたくち、飲んだあとも、最原の視線が外れないので、さすがに王馬が振り向いた。にがわらい。王馬にしては、めずらしい顔だ。これでゆるして、と、口に含んだジュースを口移す。しゅわ、と、最原の舌の上で、炭酸が溶けた。冷たい。
表通りに最原が背を向けているから、通りすがりの人たちからは、よく目を凝らさなければ見えない……はずだ。そう信じて、最原は甘んじて受け入れる。キスは好きだ。王馬も人であると、わかるから。そして何より、気持ちがいい。

甘ったるい、べたべたする炭酸飲料と、お互いの唾液。ぢゅく、と、にぶい水音が耳に響く。カン、と、足元で甲高い音がして、王馬が買ったばかりのジュースを地面に置いたことを知る。彼の両手は、最原の顎に添えられていた。指が、耳の縁を優しく撫でる。ぞくん、と、背筋に快感が走った。もはや、パブロフの犬だ。条件反射で、刷り込まれている。
顔が離されたから、舌先から唾液の糸が引く。あ、と、音にならない声が出た。王馬が笑う。

「外だよ」
……うん……

王馬は、時に最原より最原のことを、よくわかっている。最原の望みを正確に汲み取り、ちゅ、と軽く口付ける。顔から手を離して、地面に置いていた缶ジュースを拾い上げ、一気に飲み干した。備え付けのゴミ箱に、がこん、とそれを捨てる。

「しっかたないなぁ! そういえばさ、お城みたいなホテルあったよね! あそこ行ってみよっか」
……えー」

たしかに、道中、爆笑しながら王馬が指を差していた建物があった。あれだけ馬鹿にしていたのに、そこへ行くのか。王馬の感性は、わからない。
ぐいと手を引かれ、立ち上がらせられる。少し足が痺れていた。

まあ、誘ってくれるうちは、いいか。
どのような場所でも、することは変わらない。手を繋いだまま、王馬の後ろを歩いた。