コタジ
2025-03-15 11:34:10
3782文字
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篩に掛ける

軍師後の六年生と土井半助の話その三。
伊作と土井先生

 秋の色彩に溢れる木々を縫うように、目的の場所へ向かう。
 そこは以前、顧問である新野洋一と偶然見つけた場所だった。目指す場所は同じだが、今通る道はどちらかというと獣道に近い。落石や天候、獣の類は無理だとしても、野盗などの人災は避けたかった。
 天鬼と呼ばれる軍師と対峙し、揃って帰還してから数日。善法寺伊作は足りなくなった薬草を取りに、裏々山へ来ていた。
 今日は下級生もいないので特に気配りをする頓着もせず、繁木をかき分け蔦の絡まる深山木を伝うなどして先へ先へと進んだ。
 人が通らない分、生えている茸や薬草は多い。先程通り過ぎた林には茸が密集しているようだった。
(きり丸に教えたら喜ぶかな)
 元気のなかった後輩の笑顔が思い浮かび、口が綻ぶ。伊作は忘れないよう、周囲の情景や地形を手持ちの冊子へ記録した。
 先日の一件から他の六年生達は鍛錬や勉学に励んでいる。いつも以上に。程々にしてほしいと言っても聞かない。そういう伊作も険しい山道をかき分け薬草探しをしているのだから、人のことは言えないだろう。
「ふぅ
 錦秋も終盤だ。気候はどちらかというと冬に近くなっている。歩を進めて半刻、すっかり温まっていた身体には丁度いい涼しさだった。
 一休みとばかりに巨樹の上で、竹筒から水を口に含みながら周囲を見渡す。いい天気である。気持ちの良い快晴を見上げて、伊作は眩しそうに眼を細めた。
 上空で鳶が飛んでいる鳴き声がする。
 声が響くだけで姿は見えない。
 ふとその時、伊作は何故か立花仙蔵を思い出した。
 仙蔵は何事も冷静沈着に対処が出来る、自慢の同輩だ。そんな仙蔵も、今回のことは思うところがあったのだろう。出掛け前に見た顔色は、あまり良いものではなかった。
……早く帰ろう」
 そうでないと、六年ろ組の七松小平太などもまた無理をして鍛錬を始めそうだ。
 安静にしているようにと何度も言い含めて来たが、今頃寝床は蛻の殻になっているに違いない。どうにか策を講じなければならないか。
 伊作は色々と考えを巡らせながら竹筒に栓をし、口元を拭った。
 ぴりと顔に痛みが奔る。
 あの時はドクタケの軍師であったひとに向かって投石し、易々と返された結果不運が重なり受けたものだった。腫れと痣で見た目は酷いが、打ち身なので傷の部類としてはさして重症ではない。
 他の者が同様の傷を負っていたら、間違い無くそんなことは言わないだろうに、己のことだからと伊作はさっさと思考を切り替えた。
 痛みに顔を少し顰めたが、構わず歩調を早めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 裏々山から学園に帰還し、その足で伊作は気になっていた仙蔵の部屋を訪ねた。因みに小平太の部屋はまだ確認していない。後で一応確認はするつもりだが、きっと鍛錬に飛び出しているだろうと伊作は半ば諦めている。
 部屋に近付くにつれ、何故か伊作の足が鈍った。聴き慣れた声に、無意識に止まる。
(仙蔵と、土井先生……?)
 微かに堪えるような、苦しげな声音が聴こえた。
「──私は、先生を亡き者と扱いましたから」
 瞬間、伊作の周囲の音が消えた。
 忘れていた呼吸が再開された時には脈拍が煩く鳴り響き、その音で気付かれるのではと焦った。
 もっと息を吸いたい身体をぐっと殺し、集中して音を拾う。
 それは仙蔵の、後悔の嘆きだった。
 聴いていくうちに、伊作はそれは違うと胸中で叫んだ。
 仙蔵は、恐らく潮江文次郎もだが。あんな決断をしたくはなかった筈だ。誰かが言い出さなければならなかった。
僕も、本当は薄々感じていた)
 このまま探しても、土井は見つからないのではないかと。
 怪我を負っていて身動きが取れないとしても、ひと月近くも何の音沙汰がないのはおかしい。土井ならば意識さえあれば何かしらの手段が取れる筈だ。
 あのタソガレドキの忍達や、土井を誰よりも知る山田伝蔵でさえ、見つけられずにいるのが答えではないか。
 意識が無い、もしくは何も出来ないような重症を負い、幾日も放置されれば人は耐えられない。
 流血が酷ければ。
 頭部や眼球を損傷すれば。
 四肢を断裂するような状態であれば。
 様々な合戦の場で手当てをして来た伊作は知っていた。
 人の命の灯火は、意外と簡単に消えてしまう。
 どれほど必死になろうとも、手から砂のように零れ落ちる。
 恩師を慕うものではなく、幾人もの治療にあたってきた者としての善法寺伊作が否定する。
 同室の食満留三郎が「明日こそは情報を掴むぞ伊作、気を落とすな」と笑いかけるのに、伊作は上手く笑い返せなかった。
 その翌日だった。文次郎が重い口を開いたのは。
(あれを言わせてしまったのは、僕もだよ、仙蔵)
 必死に土井を探し、伊作を気遣って明るく笑っていた留三郎達とは違う。
 ただの、口に出せずにいただけの卑怯者だ。
 今も同じように声も出せずに聞き耳を立てている自分が、伊作は情けなかった。
……土井先生には、もう気配で気付かれているかもしれないけど)
 これ以上、仲間に嫌な役目を押し付けるだけの不義理な者にはなりたくない。
 伊作は口を引締め、仙蔵の名を呼んだ。


 
 
 *
 
 
 
 
「仙蔵と話は出来ましたか?」
「やっぱり気付いていたか」
 仙蔵の部屋から十分に離れたところで、伊作が土井に尋ねた。
「そりゃあ、あんな珍しい気配がすれば目立ちますから」
 仙蔵は用心深い。
 同級生の部屋へ入る時でさえ鼠などを用いて気を逸らせてから入室したりする。
 その仙蔵が気を取り乱していたのだ。気付いていないという方が態とらしい。
「それにしても、凄い量の薬草だな。伊作」
「さっき薬草取りから帰って来たところなんです、自室と医務室に置いておく予定で、」
 あまりに多い伊作の荷物に、土井が半分持ってやりながら苦笑する。
「半分持つよ」
「あ、ありがとうございます
 先程床板に躓き、薬草を一面に広げたところだったので、伊作は恐縮しながらも手伝ってもらうことにした。
「このぐらいなんでもないさ。仙蔵にも伊作にも、他の六年達にも、いらん心配をかけて二度も来させたし」
「それは何度も聞きましたし、僕らの方が沢山御世話になっているじゃないですか」
「私は先生だから当たり前なんだが」
「当たり前ではないですよ」
 天鬼の件があってから、伊作は思い知った。
 絶対の味方だと、普段そんなことを意識もしないひとが目の前で知らぬ顔をしていた。
 あれから何事も命あっての物種だと、意識を改めた。
 忍は情報を齎すことが任務であり、生き抜くことは必要最低限であり最優先。
 死んでしまったら、それで仕舞いだ。
「先生、近いうちに鍛錬に付き合ってはくれませんか?」
「鍛錬?伊作がか?」
「おかしいですか」
「おかしくはないが、珍しいな」
 伊作の同室である食満留三郎や、潮江文次郎なら。いや、他の六年生ならなんの違和感もなかったろう。
 しかし伊作は違う。
 自分を鍛える事ならまだしも、人と合同で行う鍛錬には怪我が付きものだ。
 伊作は人を傷付けることを厭う。
 だから戦場で場違いに敵味方分け隔てなく手当を行ったりする。
「足りないんです。知識も実力も」
 伊作は人を傷付けたくない。
 忍としてそれは不可能に近いことだ。
 ならばどうすればいいかと伊作は考えた。
 ふっと脳裏に浮かんだのは竹藪で遭遇した天鬼であった土井と、闇夜に対峙した時のタソガレドキ忍組頭の雑渡昆奈門だった。
 この二人が怪我をする姿は、誰かを庇った時位しか想像がつかない。
 己が傷を負わない。
 それ程の余裕があるということ。
 つまりは相手に対し怪我を負わすも手心を加えるも本人の意思次第ということで。
(この方達のようになれれば)
 あの圧倒的な技量があれば。
 甘い思考に溺れるのではなく、甘っちょろい戯言を現実に出来る強さを身につける。そうすればそれは世迷言ではなくなるのだ。
(いつか、あなたを超えることが出来たら)
 人を傷付けずに忍として生きていけるかもしれない。
 周りに話せば荒唐無稽な話だと一笑に付すだろうが、伊作の中で漂っていた迷いが薄らいだ気がした。
……まぁ、伊作が望むなら全く問題ないが」
「ありがとうございます」
 何か言いたげな顔をしたが、土井は頷いた。
 心配の気配を感じ取った伊作は、立ち止まると土井に向き合い、薬草の入った籠を持ってくれている手を取った。
「土井先生」
「うん?」
「僕等は何度だって先生を助けに行きましたよ。きり丸達だって」
……
「それくらい、土井先生は僕等にとってかけがえのないひとなんです。迎えに行くのも何かあれば助けに行くのも当たり前ですから、もう謝ったりしないでください」
 勿論御礼も不要ですと伊作が悪戯っぽく笑った。
 土井が何か言う前に、礼をする。
「荷物、ありがとうございました」
 いつの間にか伊作の部屋へ着いていたことに、土井は仕方なさそうに頷いて薬草の詰まった籠を返した。



 
 

 続