水樹
2025-03-14 20:30:00
5426文字
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お返しは、りんごあじ

ホワイトデーなスグアオ
支部にあるバレンタイン話と時系列はつながってますが、読んでなくても問題ないです

 無自覚の本命をもらって。想いが一緒だったことを確認できて。
 正直なところ、ここ最近の俺は浮かれきっていた。


 ノックの音が部屋に響く。コンコン、なんてかわいらしいもんじゃない。だんだんと大きく力強い音になっていくそれが周りの迷惑にならないうちにとベッドからおりて、ドアを開けた。

「なに、ねーちゃん」
「スグ、今日買い物に行くから荷物持ちしなさい」
「ええ……
「何? 何か用事でもあるの?」
……別にない、けど」

 今日は休日。部屋で予習復習をして、それからはのんびり過ごそうと思っていた。なので特に約束も用事もない。

「じゃあ何も問題ないじゃない」
……
「準備できたらエントランスに来なさい。荷物は最低限にしておくこと。いいわね?」
……わかった」

 あんまり待たせたらドガース丸のみだからね、と言い残して去っていく。買い物、荷物持ちと言っていたが大抵のものは購買で揃うはず。だとすると校外へ行くのだろう。学園から出ている定期便はそれほど本数が多くない。ちょっと急いだほうがいいかもしれないな。……まあ、キタカミのバスよりは断然多いけど。

……制服、じゃないほうがいいか」

 普段あまり用のない、備え付けのクローゼット。その扉を開けた。


……ふーん?」
「な、なに」
「何でもない。ほら行くよ」
…………

 頭の先から足の先までじろじろと無遠慮に、品定めでもするかのように眺める。なんか変かな。髪は一応おろしてるんだけど。すると薄手のロングコート、その裾をひらりと翻して歩き出す。追いついて隣を歩くと、視線が降ってきた。

……何?」
「別に。スグのくせに生意気って思っただけよ」
「何だべそれ」

 辿り着いたのは大きな――他と比べると規模は小さめって言ってたけど――デパートで。人がひっきりなしに行き交うその間を、慣れたように進むねーちゃんとは対象的に、俺はその背中を追うので必死だった。

「スグ遅い」
「や、ねーちゃんがはやすぎるだけだべ……

 ……ん?

「ねーちゃん」
「なに」
「なんかあっちから、甘い匂いさしない?」
……ああ。もうじきホワイトデーだからでしょ」

 ……ホワイトデー?
 ほ、わい、と、でー。
 …………ホワイトデー!?!?

……ちょっとスグ、まさかあんたお返し」
「わかってる! みなまで言わねえで!」
…………はあ。そんなことだろうと思った。おねーさまに感謝なさい?」
……なんで」
「今日は、そのホワイトデーの買い出しに来たのよ。いろいろ見てまわる予定だから、ついでに探すのを許可するわ」

 相変わらずの上から目線。だけど今回ばかりは感謝するほかない。
 だって、今の今まで忘れていたのだから。アオイと両想いになれたのが嬉しくて浮かれてて、頭からすっぽり抜け落ちていたんだから。
 ホワイトデーのお返しという、大事なことを。

「わやー……
「スグにとっては楽園みたいな場所じゃない? ここ」
「そっ、そんなこと……

 ……ちょっとは、ある、かも。
 ねーちゃんは別の店へと向かっていった。一人でゆっくり選ばせてもらえるのはありがたい。
 さて、どうしようか。
 マシュマロ、キャンディ、チョコレート。マカロンにキャラメル、クッキー。右を見ても左を見てもお菓子、お菓子、お菓子。これだけあればお返しなんて選び放題だ。
 だが選び放題だからこそ、迷ってしまう。
 定番はマシュマロだろうか。なにせホワイトデーと言うくらいだし。けどこっちのクッキーやマカロンも捨てがたい。ポケモンやボールがモチーフになっていて、見た目でも楽しめる。ああでも、キャラメルやチョコレートもうまそうだな……

「うーん……
「なにかお探しですか?」
「わぎゃあ!?」
「わ、すみません!」
「あ、い、いえ。俺のほうこそ……

 うう。驚いたとはいえ大げさに反応してしまって恥ずかしい。そんなこと気にもとめていないように、店員さんはにこりと笑った。

「もしかして、ホワイトデーのお返しですか?」
「えっ!? あ、は、はいっ」
「ふふ。たくさんあって迷ってしまいますよねー」
「そう、ですね……?」
「参考になるかは分かりませんけど、よければこちらをどうぞ」
「あ、りがとう、ございます」
「なにかあればお声がけくださいね」
「は、はい」

 渡されたのは二つ折りのペーパー。フライヤーというやつだろうか。その中には。

「わやー。お返しってそれぞれ意味さあったんだ……

 知らなかった。嫌いって意味のやつもある。わやじゃ、知らずに渡すところだった……。ええと。
 マシュマロとグミは、嫌い。……マシュマロって定番じゃないんだか? ホワイトデーって元々マシュマロデーって言ってたらしいってのが、記憶に薄ぼんやりあるんだけどな……? とりあえず候補からは外しておくとしよう。
 キャラメルは、一緒にいると安心する。……うん、これは候補に入れておきたいな。
 マカロンとカップケーキは、特別な人。……確かにアオイは、俺にとって特別だけど。……一応候補には入れておこう。
 チョコレートは、あなたと同じ気持ちです。……うーん……あのチョコ、元は友チョコのつもりだったらしいからそれ踏まえると避けるべきだろうか。それにチョコのお返しにチョコってどうなんだべ。

……あ」

 キャンディの意味は、好き。それに、俺とアオイの大事な思い出の一つには、りんごあめがある。……よし、決めた。

「ねーちゃん」
「スグ。遅かったわね……ってちょっと、あんたなんで手ぶらなのよ」
「あー……えっと……その。聞きたいことさ、あって」
「なによ」

 アオイは手作りのチョコレートをくれた。ホワイトデーのお返しは三倍返しが基本だと、いつだかねーちゃんが言っていた。

「りんごあめの作り方、わかる?」
…………………………は?」

 きみが特別好きなんですと、伝えたくなった。



「ほんっとバッカじゃないの? お返しに手作りのりんごあめってあんた……重すぎ」
……おもい」
「重いわよ。気持ちが」
「うっ……。け、けど」
「それに日持ちだってしないでしょ。アオイのことだから、他にもいろんな人に渡してるだろうし。その中にはお返し用意してる人だっているでしょ。あたしもその一人なんだから」
「う、うう……

 そう言われると何も言い返せない。だけど変更するわけにもいかない。これは、譲れない。

……せめて飴玉ぐらいにしときなさい」
……! ねーちゃん……!」

 スマホロトムでささっと作り方や材料、必要な道具を調べると、それをメモして渡してくれた。こういうときにさっと調べられるのは便利だよなあ。やっぱ欲しいな。

「ここ結構大きいし、探せば全部集まるんじゃない?」
「わかった。今から買ってくる!」
「ここで待っててあげるから、さっさとしなさいよね」
「うん。ありがと!」

 まずは砂糖と水。これらは万が一足りなくなったとしても、後から買い足せるから問題なし。味はりんご一択。これは送られてきたりんごがあるから、それを使えばいい。あと必要なのは――

「おかえり」
「ただいまー」
……スグあんた、作ることしか考えてなかったわけ?」
「え」
「ラッピングもなしにどうやって渡すのよ。まさかそのままアオイにあげる気?」
「あっ」
「はあ……。確かこっちにそういうの売ってるとこあったはずだから、そこ行くよ」
「う、うんっ」


 なんやかんやで無事に全部買えて、レシピも手元に用意した。
 ホワイトデーはもう明日だ。
 あとは、作るだけ。
 作るだけ、なんだけど。
 簡単な、はず、なんだけれど。

「わぎゃー!? あうう、ちょっと焦げちまった……
「あ、あれ? なんで固まらねんだ……?」
「固っ!? 今度は水少なすぎたんかな……?」
「?? 甘いけど、りんごの味しねえ……
「う゛っ……ま、まずい……
「わや、気泡入っちまった。ええと、こんなときは……
「あ、こら! つまみ食いするでね!」

 試行錯誤の四苦八苦。慣れないことをしてるのだから、当然と言えば当然のことだけど。
 そうこうしてるうちに買ってきた材料が底をつきかけ、時計の針が両方とも頂点を指し示す頃。

「でっ……できたっ……!」

 たった数個。だけど数個。きれいな球体にはできなかったけど、それでも一応形にはなった。
 丁寧に丁寧にひとつずつ包んで、袋に入れて。仕上げにリボンを結んだなら。
 お返しの、完成だ。

……にへへ。アオイ喜んでくれっかな……

 翌日、というより今日。ホワイトデー。誰よりも早く渡したくてアオイの部屋へと向かうとちょうど入るところだったみたいだ。驚かせたいのもあって、とっさにあめを隠す。

「アオイ、おはよう」
「わ、スグリ? おはよう。早いねー」
……あー、うん」
……もしかして、寝てない?」
「うっ……
「もう! ちゃんと寝なきゃだめだよ」

 私もあんまり人のこと言えないけどね、と笑うアオイの腕には、紙袋がぶらさがっていた。

「アオイ、それ……
「ああこれ? お返しにってもらったんだ」
「お、お返し」
「うん! ジム視察をトップに頼まれて、パルデアに行ってたの。そのときにね。それで今、帰ってきたところ」
「そ、う、なんだ……

 ちらりと見えたそれは、どう見ても安いものじゃなくて。手作りでもなくて。きれいに包まれていて。
 浮かれていた心が、ずっしりと重くなる。

「ところで」
「なっ、なに?」
「後ろに隠してるのって」
「!! あっ、や、こ、これはそのっ」
「えいっ」
「わぎゃあ!?」
……これ、って」
「う、うう……

 手作りになんてしなきゃよかった。形は歪だし、リボンもよれてるし。なんなら縦にしかならなかったし。まずくはないだろうけど、きっとうまくもない。アオイがもらったなによりも、どれよりも、それはみすぼらしい。

「あの、か、返して。違うの用意すっから」
「やだ」
「なんで」
「んー?」

 まるで宝物を扱うみたいに、胸に抱え込んで。それと同時に自分の胸がきゅう、と苦しくなる。

……だってスグリが、頑張って用意して……作ってくれたんでしょう? だから替えなんていらない。これがいい」
「アオイ……

 ……ん? あれ?

「な、なんで手作りって知って」
「ゼイユから聞いたから。何を、までは教えてくれなかったけどね」

 ねーちゃんんんんん…………!!
 喜べばいいのか憤ればいいのかわからず黙っていると、ふいに腕を引かれた。そしてそのままドアの向こうへ。
 アオイの、部屋へ。
 閉まる音が、どこか遠く聞こえた。

「え。あの、アオイ?」
「急に引っ張ってごめんね? 足音が聞こえてさ。……こんな時間に女子寮にいるとこ、見られないほうがいいかと思って」
「あ、りがとう……?」

 腕にぶら下げていた袋をカウンターへ置いたアオイは、いまだ俺に背を向けたまま。腕が動いているからなにかしているのだろうことはわかるけど、背に隠れてなにをしているのかまではわからない。
 が。
 見覚えしかないリボンが見えたときには、もう遅かった。

「!! アオイ待っ」
「んむっ!?」

 甘い。りんごの香り。やわい感触。目の前で揺れる、榛色。
 え。
 今、俺。
 アオイ、と。

「〜〜っ!?」
「〜〜っっ!?!?」

 二人で同時に、声にならない叫びをあげる。こんな、こんなはずじゃ。最初はもっと、ちゃんとしたかったのに。頭の中で考えていた理想のシチュエーションが、がらがらと音をたてて崩れ去る。

「アオイ、ごめ」
「なんで謝るの」
「えっ、それは、その」
「かっ、彼氏彼女なら! きっ、きき、きすくらい、するでしょ!」

 真っ赤な顔が眼前に迫る。アオイが喋るたび、あめがからころと小さく音をたてる。瞳にうつった俺も、真っ赤な顔をしていた。え、近。

「アオ……んぶっ!?」

 やわい感触の間に挟まれたかたい何か。アオイの口の中で音をたてていたそれが、幾分か小さくなったそれが、俺の口へと押し込まれた。

……!? …………!?!?」
……お返しの、お返し」
「えっ……なっ……!?」
「オーガポンお願い。スグリを連れてって」
「ぽに!」
「わぎゃっ!?」

 混乱した状態のままオーガポンに抱え上げられ、ドアの閉まる音でやっと我に返ることができた。

「おっ、おおお鬼さま! 俺自分で歩けっからおろして!」
「ぽに?」
「そ、それにどこに連れてくのかわかんねえべ!? だからおろして! 今! すぐに!!」
「ぼにお!」

 アオイの元へ戻るオーガポンの背中を見送ってから、その場にずるずるとしゃがみ込む。あめはすっかり、溶けてなくなっていた。

……わやじゃ、アオイのずるっこ……

 唇にはいまだに、感触が残っている。
 甘ったるいほどに甘すぎる、りんご味とともに。

……覚えてろ」

 絶対ぜったい、リベンジしてやる。
 お返しのお返しを、お返ししてやる。