ウサギ
2025-03-14 00:17:38
3300文字
Public 怪文書
 

あなたを全て見たかった

『夫を味方にする方法』ノベル版、外伝を除く本編142話を全て読んだオタクの怪文書です。
チェシアレのことが好きです。大好きです。

もはやここのメインコンテンツと化している、ヤバい兄ことチェシアレ。自分でもドン引きなのだが、私はなんとこの男に半年近く狂い続けている。自分でも驚くべきことだが半年くらいこいつに踊り狂わされている。どうして。

気づけば半年も経ってしまったが、初めておとみか1話を読んだ時のことは今でも覚えている。
なんかこの兄キショいな〜(歓喜)
と思った。

チェシアレのことはこの時点で大好きだったのだが、ストーリーが思いのほか刺さらなかったので、この時は1話でリタイアしてしまった。
だが、その後ピッコマから再度おすすめされて読み直した。

その時のこともはっきりと覚えている。
あ〜、このヤバそうな兄がいる漫画か!
と思ったから。

キショくてヤバい兄のことしか覚えていなかった。それ以外のことは綺麗さっぱり忘れていたのに、チェシアレのことだけはちゃんと覚えていた。
彼がいなければわたしはこの漫画を読んでいないのだ。

もちろん、その先はイースケとルビの関係性を見守るために読んだ。普通に二人のことを応援していた。だが、15話で馬小屋に足を踏み入れたルビが明らかにチェシアレから鞭打たれていると思われるトラウマ的反応をした時、私は壊れた。

お兄ちゃんマジで最悪すぎて興奮するのですが私はどうしたら……

そう、私は性癖が終わっている。8歳の時に見た『明日のナージャ』で顔のいい男がとっ捕まって鞭打ちされているシーンで興奮した筋金入りの性癖終わり人せいへきおわりんちゅだ。

そういうわけで、私は1話と15話でチェシアレのことがめちゃくちゃ好きになりました。殺してください。


こんなふうに、私は半年かけて様子をおかしくしていった。
半年の間、本当にいろんなことがあった。

95話でチェシアレがルビにキスしたとき、私は電車の中で一人「こーーーーいつやりやがった!!!!最低!!!!最悪!!!!」とスタンディングオベーションした。最悪すぎて本当に嬉しかった。

背中の手術をした時、切開した痛みで唸りながら「私はチェシアレに鞭打たれたときのルビ……」と自分に言い聞かせた。89話で怖い顔して自分の手に鞭をぱしぱし打ちつけながらルビを見下ろすチェシアレが狂うほど好きだった。だから興奮しすぎて痛みを普通に忘れた。ロキソニンを軽く凌駕する鎮痛効果だった。

漫画版104話が更新された時、それまで罵倒一辺倒だった「チェシアレ」の検索結果にぽつりぽつりと彼への同情や脳を焼かれた人間たちの発言が乗るようになった。早く帰れ二度と顔を見せるな頼むから死んでくれ、と罵られているのを見るのも好きだったのだが(悪口を言われて世間から嫌われているほど嬉しかった、だって事実として最悪だし事実としてキショいから……)チェシアレのことが好きな人がいる事実はシンプルに嬉しかった。

頭がおかしくなってしまい4本ほど小説も書いた。夢小説、セックスしないと出られない部屋、ルビ×チェシ、謎の3Pというわけのわからんラインナップだ。狂っている。

うぇぶぼでたくさん構っていただいたのも嬉しかった。いただいたメッセージは定期的に読み返して微笑んでいる。うれしい。

数えきれないほどたくさんのことがあって、数えきれないほど面白い思い出ができて、この半年、本当に最高だった。

合間合間に読み進めていたノベル版も面白かった。小説という媒体に絶望し、書くことが出来なくなっていた私に「地の文でこんなに気色悪いチェシアレお兄ちゃんを浴びられるなんて、小説って……、活字ってすごい……!」と希望を与えてくれた。言っていることが本当に無茶苦茶だが、地の文に出てくるチェシアレの最悪さで字書きに戻れたのは純然たる事実だからしょうがない。我慢して読んでほしい。

そんなノベル版を、今日ついに読み終わった。
厳密に言えば外伝が残っているので全てを読みきったわけではないのだが、本編に相当する142話を全て読み切った。
チェシアレがどうしてルビに暴力を振るっていたのか、彼は何をしたかったのか。それが知りたくて、言葉の一つ一つに齧り付き、骨までしゃぶる勢いで読み込んだ。
時折り見せる妙に自信のない姿も、悲しそうな姿も、怒りとは違う何かに突き動かされた姿も、嬉しそうな姿も、全部見落としてなるものかという執念じみた気持ちで読んでいた。

一番ひどかったのは123話で、たった1話この話を読み切るだけで一時間も費やした。
この123話は、ルビのもう一人の兄にしてチェシアレの弟であるエンツォが出てくる回だった。本作におけるチェシアレは、ルビの一人称で描かれる物語の都合、いつでも彼女の目から見た兄の姿として描かれていた。
だがこの回では珍しく、ルビ以外の人の目から見た、エンツォの目にうつるチェシアレが描かれていた。だからかぶりつくようにして読んだ。一時間かけて。

もう一つ、ノベル版でどうしても見ておきたかったものがある。チェシアレの死に様だ。
特にこれといってネタバレを読んだわけではなかったのだが、なんとなく彼が最後には死ぬ人であると直感でわかっていた。だから、漫画の感想を放り投げている、私しかいない鍵壁打ちアカウントでも「あの兄は死ぬと思いますが……」とかなり早い段階でぼやいていた。
名前を検索にかけるようになってから、チェシアレが死ぬことを改めて知った。だが私は驚かなかった。だって死ぬとわかっていたから。意外でもなんでもなかった。

それでも、ここまでの熱量で好きになったキャラクターの死を看取るのはつらかった。シュレディンガーの兄などと言いながら、私が読まなければ彼は死ぬないと叫びまくったこともある。量子力学的思考実験をヤバい兄でやる女。
だが今日、私はついに兄を観測し状態を確定させたのだ。

最期の瞬間、チェシアレには笑っていてほしかった。自嘲でもいい、皮肉でも後悔でもいい、なんだってよかった。ただ笑っていてほしかった。
おそらくあまり幸せではなかったであろうその人生の幕引きを、どんな形でもいいから、笑いと共に迎えてほしかった。
イースケとの死闘を繰り広げ、全てを出し尽くして倒れ伏す時、願わくばその死の瞬間に網膜へ焼き付けるものが、最愛の妹の姿であってほしかった。

現実は無情だった。
彼の顛末は何一つ描かれていなかったのだ。というか死んだ場面すらなかった。イースケとの戦い自体が描かれていなかったから。

彼の死を確定させたのはたった一文だった。

夫がチェシアレを刺した剣を私に捧げた瞬間に感じた、果てしない開放感。

たったこれだけだ。これだけの言葉で、私の愛した男が死んだ。しかもイースケとルビが幸せな日々を送っている中で、まるでついでのように触れられて、あっけなくその死を語られた。
確かに無惨に死ぬところはあまり見たくない。後悔して絶望に飲まれる姿だって見たくない。だが、それが彼に用意された死なら私は黙って受け入れた。どんな最期だってよかった。

チェシアレは正直に言えば悪人だ。最低最悪の人間だ。だけど私は、愛と憎しみと絶望と後悔と未練と、いろんなものに縛られて間違い続けることしかできない彼のことがどうしようもなく好きだった。
いわばラスボス的立ち位置で、最後の障害として立ちはだかることになってしまった哀れで悲しい男のことがたまらなく好きだった。

見せ場なんてもらえないのはわかっている。わかっているからかっこよく散れなんて思わない。思っていない。だがせめて、死に際くらいは見せてもらえるのだと、そう信じて疑っていなかった。

きっとその死は、イースケの見せ場の中にあるのだろうと思っていた。愛する妻のために死闘を繰り広げるヒーローの活躍、その裏でチェシアレの最期がぽつりと語られるのだと。
最後に一花咲かせてくれなんてわがままは言わないし、願ったこともなかった。

だけど現実は、ただの一文で終わってしまった。あっけなく、全てが。

私はただ、チェシアレを看取りたかっただけなのに。