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やまだ
2025-03-13 23:43:43
3875文字
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刀剣乱舞
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長義の練習
「なんだ、また供は国広だったのか!」
と、玄関の方向から鶴丸国永の悔しげな声がする。
山姥切長義が何気なくそちらへ顔を向けたのは、たまたま近くを歩いていたからだ。短刀たちに頼まれて、軒先で干していた座布団を奥まで運ぶところだった。
「なああるじ殿、たまには俺を連れて行ってくれてもいいんじゃないか? 自分で言うのもなんだが、俺は見栄えがするぞ」
「何度も言ってるがな鶴丸、おまえは見栄えがよすぎるんだよ」
取次で鶴丸国永が腕を組んでぶうぶう言っている。その頭に自分が被っていた中折れ帽を載せながら、この屋敷の審神者は呆れ顔で上り框を越えるところだった。珍しく三揃えのスーツを着ているから、また講義にでも呼ばれたのだろう。
「聞いたか国広? あるじ殿はきみが俺より地味だとさ」
「言ってねえよ」
「あんたより目立ってたまるか」
老爺の声に重なって、低くぶっきらぼうな声がする。さりげなく審神者の足下に気を配っている男の金髪が、薄暗い屋内でもちらちらと光を弾いていた。彼も審神者に合わせてスーツ姿だ。
山姥切国広が、中折れ帽を具合良く被りなおした鶴丸国永を半目でうんざりと見やっている。
「いい加減に爺さんの気持ちも汲んでやれ」
「うん?」
「黙ってろ国広。余計なこと言うな」
渋い顔の主人が発した命を、山姥切国広は綺麗に無視した。
「爺さんはあんたに無表情のまま暗がりで何時間もじっとしてろと命令するのがしのびないんだ。毎回俺が選ばれるのは、それが俺の得意分野だからというだけに過ぎん」
ほおお、と頓狂ににやけた声で相槌を打つ鶴丸国永の顔を山姥切長義から伺えはしなかったが、想像はできた。そして審神者が中折れ帽の上から思いきり拳骨を落としたので、おそらくさほど外れてはいない。
「あるじ殿の照れ隠しは物騒すぎるな!」
「うるせえよ。じじいをからかって遊ぶんじゃねえや」
苦々しく吐き捨てる審神者の後ろに山姥切国広が続き、すっかり機嫌の良くなった鶴丸国永が彼の抱えていた鞄や花束をさっと引き受けてついて行く。
「しかし、国広にはあるじ殿もそういう話をするんだなあ。さすがは初期刀、というやつかい?」
山姥切国広の声が低いので、返事は山姥切長義の位置まではさすがに届かなかった。肯定したのか、否定したのか、山姥切長義にはわからない。
ただ、耳を澄ませてしまったせいか、あとに続く言葉だけははっきりと届く。
「俺は爺さんの刀だからな」
玄関に背を向け、座布団を抱え直すと、山姥切長義は見苦しくならない程度の大股で奥へ歩きだした。
すっかり普段の袴姿になった審神者が、干したての座布団を縁側に出して鶯丸と茶を飲んでいる。
「ご老台、少しいいかな」
山姥切長義の声に審神者だけでなく鶯丸も揃って振り返るのが少しおかしかった。彼は山姥切長義を見上げたまま湯呑みを傾け、次に少し首をななめにする。
「俺は外そうか?」
「いや、そこまでの話じゃない。休憩を邪魔してすまないね」
「どうした」
と言いながら膝を回した審神者に、ぽんと干し柿を放られる。ありがたく空いた手で受け取りつつ、山姥切長義は体を捻って脇に抱えていた書類入れを晒した。
「先日頼まれていた件の目処がついたようでね。すべてではないが、論文のコピーと参考資料の一部が届いたよ」
「おお、さすが監査官殿。話の通る早さが違うな」
かたじけない、と大仰な物言いで書類入れを受け取る様子が、どことなく玄関で見た鶴丸国永を彷彿とさせる。
同じ屋根の下で暮らしているのだ。人が刀に刀が人に、互いに影響を与えあって似通ってくるものがあるのかもしれない。
「なんだ、おまえの本業のほうの話か。学者先生」
「こんなもん、ちょっとした道楽さ。俺としちゃあこっちの格好が本業のつもりだぜ? 鶯丸」
鶯丸が書類入れを覗きこんでほんのり笑うのに、審神者がにやっと笑って返す。その砕けたやりとりを前に、山姥切長義は干し柿をひと齧りした。
鶯丸、鶴丸、国広、と審神者は刀それぞれを呼ぶ。
「監査官殿はまだ忙しいのか? 一服していけよ」
「ありがとう。ご相伴に預かろうかな」
山姥切長義はいまだ彼から銘で呼ばれたことがない。
関係が悪いつもりはなかった。こうして息抜きに誘われることも多々あるし、不便はないかとよく気にかけてもらい、そして刀としてあるべき場所へも適切に出陣できている。ただ、彼の口から山姥切長義と呼ばれたことがないだけだ。
鶯丸が引き寄せた座布団に座り、審神者の淹れた茶を飲む。この縁側はごく小さな庭に面しており、綻びつつある白梅の根元で水仙が芳香を漂わせていた。立春もとうに過ぎている。すぐに花見の時期が来るぞ、と、鶯丸が弾んだ声で呟いた。
「長義はうちで花見をするのは初めてだろう。凄いぞ。うちの馬鹿騒ぎ担当どもが一年で一番馬鹿になる日だ」
「
……
それは
……
さぞかし凄いのだろうね」
「毎年頭が痛てえよ」
「おまえは拳骨を落とす手も痛そうだな、毎年」
渋柿を食ったような面で茶を飲む審神者を見るに、どうやら本当に酷いようだ。思わず口元を引き攣らせてしまったが、すると審神者が慌てたように片手を振った。
「別に参加必須ってわけじゃねえからな。負担にはするなよ。酒だけかっぱらって屋根に登る馬鹿もいるし、普段通り過ごして飯食って寝る奴もいる」
「俺は長義と花見がしてみたいなあ」
鶯丸がのんびりと茶を啜る。
「桜の下で、おまえの刃紋を眺めたいもんだ」
「おや。お目が高いね」
この悠々とした古刀に、刀派も誕生の時代も異なる山姥切長義の知識があるとは思わなかった。
鶯丸は湯呑みを膝に置くと、片頬で笑う山姥切長義をからかうように首を傾げる。澄ました顔は得意げで、そして山姥切長義に対してどこか挑発的でもあった。
「もちろん俺の手柄じゃない。そっちのじいさまから聞いたのさ」
「
……
へえ」
審神者は茶を飲みながら資料に目を通すほうに忙しく、懐から取り出した老眼鏡をつけて俯きどおしだ。鶯丸にじいさま呼ばわりされてもひと睨みすらない。
その、綺麗に撫でつけてある白髪頭を、山姥切長義は振り向いた。
「君は、てっきり俺の刃紋どころか銘も知らないものとばかり思っていたな」
老眼鏡の隙間からじろっと見上げる目と視線が絡む。皮肉や嫌味の類のつもりはなかった。これは事実の指摘だ。なにしろ山姥切長義はこの老人から銘で呼ばれたことがない。
「政府預かりの奴を俺の好き勝手に呼べねえだろう。おまえはおまえの役目があってここにいて、立派に働いてるんだ。うちの連中とは立ち位置が違う」
鶯丸が額を押さえながらかぶりを振るのが見えた。
山姥切長義は縁側にそっと湯呑みを置き、立ち上がる。にっこり笑って見下ろす審神者は至極真剣な顔をしていた。真面目であれば何を言ってもいいとでも思っているのだろうか。
脳裏に蘇るのは先に玄関で聞いた写しの言葉だ。胸を張り、顎を上げ、堂々と審神者に付き従うあの背中だ。
「つまり君にとって、俺は君の組織に所属する刀ではないということか。随分だ。言ってくれるね。まさか刀剣男士に向かっておまえは不要だとぬかす審神者が存在するとは思わなかったよ」
「そういうことを言ってんじゃねえよ。わかってんだろうが」
「いやあ、今のはおまえが悪いぞ主」
なんでだよ、と鶯丸を睨む老爺に背を向けて、山姥切長義は勢いよく大股で歩きだす。踵から叩きつけるようにした一歩のせいでどすんと縁側に響いた足音は、随分無作法だった。
「おい。監査官!」
「審神者殿」
山姥切長義はわざと審神者をそう呼んだ。にこやかで慇懃無礼なまなざしを肩越しに向け、半日の休暇を宣言する。
「
……
なんのために」
「私用だよ」
どうやら山姥切長義は審神者を困惑させることに成功したらしい。あまり見たことのない顔でいる老人に、にこりと口元だけで笑いかける。鶯丸はすっかり知らぬ顔で、自分だけ新しい茶を淹れて蒸らそうとしていた。
「どうやらこちらの審神者殿は、何事も書面で通達せねば不安を感じるご様子だ。お望み通り、君がぐうの音も出せないような所からのお墨つきをいただいて来よう。俺がどういう身分でここにいるのかという件についてのね」
もちろん山姥切長義は請求した半日の休暇のうちに、時の政府のしかるべき部署で作らせた通達文をもぎ取って審神者の元へとんぼ帰りした。なんのことはない、押された判子の数と画数が多くはあるが、この山姥切長義が政府を離れて本丸預かりの山姥切長義となる旨をつらつら冗長に記しただけの紙だ。
なんとも表現しがたい渋面で文書に目を通した審神者の前で美しく座し、山姥切長義は彼へ向けて優雅な微笑みを浮かべたものだ。
「これで君にもご理解いただけたかな? ご老台」
審神者は山姥切長義の前でそれは大きな溜め息をつき、こめかみを揉み、そして最後にようやく頷いた。
「
……
春になったら桜の下で刃紋を見せてもらえるか、長義」
「もちろん構わない」
山姥切長義はにっこりと微笑みを深くした。
「君は俺の審神者なのだから。俺という刀について、君はもっと知識を深めるべきだ」
そうだな、と審神者はこみかみを揉み揉み頷いた。
「
……
本当にその通りだよ」
いやにくたびれて聞こえるその声を聞き流し、山姥切長義は庭先で泡のように咲く白梅を見上げて春を数えている。
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