【天さつ】気に食わない

かまってちゃんな大妖怪に振り回される少女の話。

授業終了のチャイムが鳴るまであともう少しが待ちきれないざわつきが教室のあちこちから聞こえる。
教科書片手にチョークで黒板に要点をカッカッと書いていく先生が生徒、とくに放課後なにして遊ぶかはしゃぎ始めている男子たちに向かって大きく咳払いをして注目を集めた。
「今日の授業はここまで」
瞬間、沸き立つ教室内をまだチャイムは鳴っていないと先生が時計を指差して諫める。
ワっと上がった声が収まったところで、爆発寸前の風船に数分程度の猶予が与えられたに過ぎない。そわそわしだすの生徒たちを横目に先生がノックをするように黒板を叩き僅かに口端を上げた。
「最後にやったとこは宿題とする」
宿題と聞き抗議の声が上がるのを見越して慣れた様子で先生の声がすかさず被せる。
「ちゃーんと授業を受けてれば簡単に解ける問題だぞー」
不承不承の輪唱を打ち消す授業終了のチャイムに日直当番がはきはきした号令をかければ、一様に習慣化されしみ込んだ動きと挨拶をスイッチが押されたロボットみたく生徒全員こなしていった。



家がお隣さんなら帰る道も仲良く一緒。チャイムが鳴るギリギリに宿題を出されぶつくさ文句を言うハジメに呆れた顔でさつきが窘める。
「先生だって言ってたじゃない。ちゃんと授業を受けてれば簡単に解けるって」
「それでもありゃないぜー」
「まっ。わたしはしっかりノートも取ってるし夕飯前のちょちょいのちょいよ」
ふふんと得意げに胸を張って豪語するさつきにハジメが半ば投げやりに「へいへい偉いこって」と言い残し、二人の前を歩きなんかいい感じの木の棒を上機嫌に振るう敬一郎のもとへ駆けて行った。
あからさまに逃げたハジメをジト目で追い、やれやれと溜息を吐いたさつきは──。

「先生の嘘吐きぃ~

頭を抱え学習机に突っ伏し恨み節を漏らしたのだった。
夕飯前に宿題をさっさと終わらせるつもりが想定外に行き詰ってしまい教科書とノートを交互に険しい顔で睨めっこ。ハジメに豪語した手前、夕飯前に終わらしたい意地がさつきの中に渦巻いているお陰で軽やかな身のこなしで机に飛び乗ってきた黒猫の気配に目を向けることなくぶっきらぼうに口を開いた。
「これ終わるまでちょっと待ってて」
「はっ。今日の夕飯は随分遅くなりそうだな」
馬鹿にした物言いにカチンと来ないわけもなく。青筋を立てたさつきが優雅に毛繕いをしている天の邪鬼を睨めば、待ってましたと云わんばかりにかち合ったオッドアイの目が三日月を描く。
「教えてやろうか」
助ける気なんて更々ない天の邪鬼の提案をさつきが抑揚のない声音で突っ撥ねるのは火を見るよりも明らかで。
「あんたの助けなんていらない」
一向に宿題が解けない自分の不甲斐なさに苛立ち、そんなときにちょっかいを出される憤りが宿った視線をまっさらなノートに落とした。天の邪鬼がいる側の手で頬杖をつき、鼻で溜息を吐いたり記憶を呼び起こすためこめかみをトントン人差し指で叩いたりして、とにかく宿題を解くべく意識をさつきは集中させた。
……
端から頼ることそのものが選択肢にないさつきの態度が気に食わないことこの上ない天の邪鬼がこのまま引き下がるなぞ毛頭なく、黒い尾をゆらり揺らめかせ超至近距離でさつきの顔を微かにムッとした面持ちで凝視した。
フスフスと鼻息が頬に当たろうとも鬱陶しげに軽く払うだけのさつきに天の邪鬼の口端が苦々しく歪み、一呼吸後スッと水色と黄色の目を細めた。
自分に意識が向けられていないのを逆手に取った天の邪鬼が湿って冷たい鼻先を小さく幼い唇に寄せザラついた舌の感触をさつきの唇に刻むように押し付ける。
極限まで天の邪鬼の妨害を意識しないのが仇となったさつきがワンテンポ遅れ椅子を倒す勢いで立ち上がった頃には時すでに遅し。
当てつけも兼ねた悪戯に成功した小憎らしい天の邪鬼が部屋から立ち去る姿に体を戦慄かせ抗議の声を上げた。無論、それを素直に聞く天の邪鬼ではない。変に紅潮した顔で恨みがましく見えなくなった黒猫の影を睨み、しっかりばっちり湿った鼻とザラついた舌の感触を覚えてしまった唇をさつきは指先でなぞるのだった。