【マウモア】呆れるくらい幸せなこれからを

モア海2の世界観で半神半人の英雄の蟠りを呆気なく取っ払う無垢な勇者の話。映画ネタバレ独自解釈捏造要素有。

 心臓が鼓動を打ち鳴らすたび弾む嬉しさが全身を駆け巡り、日向のようなあたたかい喜びとなって体の主導権を奪い去る。
 言葉を置き去りにして考えるより先に足が軽快に砂を蹴って、剛柔を兼ね備えた筋肉ムキムキの屈強な体躯に飛びつく勢いそのまま抱き着いた。
 溢れ返る達成感を分かち合いたい。モアナの純粋な思いが彼女の嫋やかな波打つ髪に隠された背中に翼を生やし、細くしなやかなで引き締まった腕が抱き着いた相手の太く逞しい首を彩るレイと成る。
 瞼越しに見える太陽、鼻腔を擽る風と海の香りに頬ずりして満足したモアナがマウイの首に巻いていた腕を緩め白砂に足を付けた。睫毛が作っていた影が無くなった頃、何処か決まりが悪そうな顔で所なさげに大きな手を空に浮かせていた。

 「マウイ?」

 気遣いに満ちた声にハッとしたマウイが一度彼女を見つめ、やおら漂わせていた自身の手を見下ろし広い背中を微かに丸めた。
 心許ない灯火のような寂寞宿る揺らぎにモアナは大丈夫と微笑み掛け、凍え震えている灯火を彼より小さな手で風よけを作り包み込んだ。
 強張っていたマウイの手と指がゆるゆると大人と子供以上に違い過ぎるモアナの手を握り返し、重くなった空気を潮騒にかき消されるほど微かな息遣いで肺から追い出した。

 「俺は半神、半神半人なんだ──人間達と違う」

 モアナにか、それともマウイ自身にか。言い聞かせている言葉の先を急かす事無くモアナは、殆ど覆い隠されている手に少しばかり力を込めやんわりとぬくもりを移す。

 「人間社会に溶け込もうとすればするほど半神ゆえの異質さが際立った。俺は人間達と違うってな。そっから不必要に近付かないある一定の距離を取るようになった」
 「ある一定の距離?」
 「そうさ。俺と人間達、お互いのための境界線みたいなもんだ。物理的に近すぎる距離は……、余計な争いの温床になる」



 眉を落としたマウイの脳裏を過る忘れ難い苦々しい記憶。
 未練がましく疎外感に蓋をして人間社会に身を置き人間達に持て囃される日々をマウイは送っていた。マウイが成し遂げた数々の偉業を称え喜ぶ人間達の姿は、彼の暗く目を逸らしたい生い立ちを遠ざけ仮初の安寧を齎した。
 しかし、その仮初の安寧も長くは続かなかった。
 軽口を叩けない程、己自身に向けられる下心ありきの身体的接触。執拗に迫られ続けたマウイが苦手意識を持つのも然程時間は掛からなかった。人間達の欲深で打算的な行為に辟易して以来、マウイは極力相手からの身体的接触を避け続けてきた。



 「ごめんなさい。私、知らないで……
 「違う。それは違うんだモアナ」

 指の隙間から落ちる砂のように離れていくモアナの手をマウイが離さまいと掴み握り直した。
 そして、勢いに任せ遠ざかったぬくもりを引き寄せ抱きしめたい衝動を必死に宥め賺して何てことのないように振舞う。

 「お前はそのままでいい。今まで通りで問題ない気に病む事なんか、ない」

 不快に纏わりつく欲深で打算的な身体的接触とは程遠い、モアナの純真無垢で下心なぞ微塵にもないぬくもりがマウイが長年抱いていた固定概念を溶かすだけにとどまらず、彼自身に散々人間達の過剰な身体的接触に抱いていた忌避と嫌悪の感情を己自身の行為にも宿っているのではないかと突き付ける。
 テ・フィティの心を無事返し感極まって飛び込んできた少女を抱き留め抱きしめた、あの陽だまりが忘れられない。
 手を伸ばしてしまえば、忌み嫌っていた行為をする己自身に耐え切れなくなる。それがマウイにとって恐ろしくあり──。

 「そう? なら良かった」

 笑顔の花を咲かせ無邪気に抱き着くモアナに狼狽え再び所なさげに手をマウイは空に漂わせ、首に掛かるプルメリアの花よりも軽い重みが離れる前にとうとう引き締まった彼女の体を支える形で抱き締めてしまった。
 刹那、マウイの心を支配する絶望と後悔、それでも待ち望んでいた陽だまりを抱きしめる澱んだ歓喜が混ざり合った嘆き苦しみを物ともせずモアナは吹き飛ばした。

 「知らないかもしれないけど、あなたの腕ってとっても安心するのよ。力強くて優しくて繊細で」

 大好き。噓偽りのない明け透けなモアナの心に照らされたマウイは普段より近い鼻を掠める海と花の香りに顔を綻ばせ抱きしめる力を強めたのだった。