ortensia
2025-03-10 01:58:27
4648文字
Public 傭リ
 

かべうちに投稿してたよーり

監獄長傭兵×囚人リッパー

 荘厳な佇まいでそびえる監獄。その館内でも、荘厳な規律によって管理されている。ここにいるのは囚人と監守のみ。
 その日もひとりの囚人が、この監獄にやって来た。監守達が僅かにざわつく。途方も無い年月をかけて、途方も無い人数の女を殺した。きっとここから出られない。
 その男はここに来る前から有名だった。
 指名手配され懸賞金がかけられた後捕まったわけだが、確保の現場がこの監獄の前だというのだから、戻って来たとも言える囚人に監守達が何事かと思うのも無理はない。現れた手配書の男に声をかけたのは、何を隠そうここの監獄長だ。自分の管理する監獄に収容されている囚人だけでなく、未だ首輪の嵌っていない未確保犯罪者にまで気にかけているとは、流石正義の名の下に監獄を預かっている長有る。問題の囚人は裁判の最中だが、弁論を自ら行なっているらしい。そのせいで収容所がここに成ったので、この場を選んだのが犯罪者自らで有るとも考えられた。そんな馬鹿な。
 監守として囚人に見せてはならない戸惑いを晒している部下達を宥める仕事を行えるのは、勿論その長殿である。一つの牢屋の前に屯っていた監守達がそこへの道を開ける。その中心を堂々と進む赤い革長靴の爪先は真っ直ぐ牢屋を目指すが、小柄とも言える監獄長が部下達の傍らを通り過ぎ様には、監守達も引き締まった顔を取り戻している。監獄長は、漸く仕事に戻った部下達には目もくれず、その代わり咎めもせず、部下を諌めるためではなくそのために足を運んだのだとポーズを取るために、牢の中へと声をかけた。
「ようこそ。」
 声が返る。
「何を仰りますか。そこは、お帰りと言ってくださいよ。」
 元々の持ち場がその近くにあった監守達は、我らが長に口答えをと熱り立たんとしたが、それより早く監獄長が言葉を放つ。
「君はやっと捕まった新人だと聞くが。」
 幾ら数多の罪に手を染めようと、収容経験が無いのなら、そりゃあここでは新人だろう。他の収容者と関わることも有るだろう。しかしいざこざは起こさせない。そのための監守でも有り、それを許す監獄長では無い。
 東の国での廓から、美女が婀娜っぽく白魚の指を伸ばすのも、確か赤い檻だった筈だ。ファムファタルとフールには、見える筈も無いが。
「わたしを捕まえたのがあなたでしょう?」
「私は捕まえたのではない。通報しただけだ。」
 監守は警官ではない。
 囚人は笑った。部屋の奥で優雅に腰かけ、足を組んでいる。牢の壁に華麗さが欠けていても、なんら問題としていないような仕草は、逆に不釣り合いだった。勿論、笑うところなどどこにもない。周りの監守達ばかりが緊張感を高める。そう言う意味ではこの囚人は充分問題で有る。
「あなたったら。それに拘っているのか、ちっとも会いに来てくれないものだから。こうしてわたしから会いに来たんですよ。」
 気にしなくて良いのに。そう言う囚人と、監獄長の会話はとても噛み合っているようには思えない。それでも監獄長は、難なく会話を続ける。
「私には君が会おうと思う程の魅力は無いよ。」
 囚人は声を上げて笑った。監獄長の表情は一度たりともぴくりとも動かない。
「わたしを見つけた。」
 囚人は返す。
 問題の囚人は、指名手配に懸賞金と、当局に出血大サービス血眼で捜されていたにも関わらず、なかなか見つからなかった。それは犯罪の手口に痕跡を残さないテクニックが高かったことも有るが、それだけでは無い。人物像が、余りにも平凡であった。背が高いという特徴は有るものの、それ以外に特筆すべき点が無い。二枚目な顔付きをしてはいるが、美形の特徴は特徴が無いことだとも言われる。男は髪の分け目一つをほんの僅かでもずらしてしまえば、別人に思えてしまう程、ひとたび大衆に紛れてしまえば分からないような人物だった。
 それを見つけ出したのが、ここにいる監獄長というわけだ。
 そんな監獄長は肩を竦めるばかりだ。
「大したことじゃない。私自身、余り特徴の有る人間では無い。」
「小さくてお可愛らしいですね。」
「君は見上げる程高いな。君には私が女性にでも見えているのか?担当を女性監守にしてほしいと言う話だったかな?」
 監獄長が核心を問おうとする。
「担当?」
 しかし囚人は、やはり笑うばかりだ。
「そんなもの無いでしょう?ルーティンを組んでいる筈です。全ての監守で、全ての囚人を順番に見回る。二度出会うのに、何ヶ月かかることか。」
 その通りだった。
 監獄長は、ふむと唸る。監獄で管理するのは人であり、管理されるのも人である。そして人には情がある。情とは、会う度に、思う度に積み上がって行くものだ。だから同じ監守と囚人が、何度も関わり合いに成ることは避けたい。
 監獄長は、腰に佩いた獲物に手を伸ばした。
 それを牢の檻に当てる。
 鞭だ。
「賢い君なら、躾と仕置きの違いが分かるな?」
 ごく軽い仕草で白手袋が鞭を振るうが、檻は反して大きな音を立てた。
 周りの監守達はそちらは向かない。監獄長がそれを取り出す時の暗黙の了解のようなものだった。その音を自らの職務への気を引き締める福音とすることしか許されない。監獄長の邪魔に成らないように、邪魔が入らないように務めるばかり。
 対して囚人は、部屋の奥で優美に腰掛けていた椅子を蹴り倒すように柵に近寄った。革で打たれた金属は、振動で揺れているように見える。怯えの無い獣と勇敢な猛獣使いには、見えなくも無い。
「わたしにあなたの痛みを、それで教えてくれる?」
「痛くないよ。これは。少し音が響くだけ。」
 少しなものか。
「それでわたしを叩く?」
「人や生き物に、そんな酷いことしない。」
 猫背に屈んだ囚人の白く長い指がが揺れごと柵を握り込むが、監獄長の管理は正義の名の下徹底されている。犯罪者だからと虐げられたり不当な扱いをされるようなことは許されない。犯罪者に対してならば、犯罪を犯しても犯罪には成らないなど、そんなことはない。許さぬ者がここの長である。
「ここに来たならば、それを覚えてもらう。」
「それが躾ですね。」
 そういうことだ。監獄長は黙って大きく頷いた。赤い制帽の、黒い鍔が上下にゆっくりと揺れる。黒い鞭は檻から離れ、白い手袋にその刃先を収められてしまっていた。
「良く分かったな。」
 その白い手袋だけが伸びて来た。柵ごと白い裸の指を包んだ。布越しに感じる小男の温度が思ったより高くなくて、これを熱くさせるにはどうしたら良いかと、囚人は考えた。中には赤くて熱い血潮が流れている筈なのに、監獄長は纏う制服ばかりが赤い。
「破ったら……?」
 しかし見上げる双眼の強さは、鞭で打たれるより激しい衝撃を、心臓に直接与えるように褒美を齎した。これが、これが欲しい。囚人は思った。鞭よりもこれが欲しいと。
 囚人の問い掛けに、監獄長は黙っていた。分かるだろう?と。そして白手袋は離れて行く。嗚呼と嘆く余裕も無い。仕置きだ。
「ただ、そうだな。」
 監獄長は鞭をすっかり腰に佩き直してしまった。
「仕置きが終わっても、仕置きの場合には褒美は無い。」
「そんな……
 囚人は柵を握る指に力を込めた。ならばどうすれば。
「躾直す。だから君は覚え直せば良い。」
 言いながら監獄長は、囚人が力を入れたせいで余計に白く成った指を、順につついた。
「それは全てあなたがしてくれるのでしょう……?」
 監獄長は呆れた目で囚人を見上げると、溜め息をついた。呆れられた囚人はしかしそれどころではない。その吐息が指にかかって、全身を震わす始末だ。
 そんなわけない。周りの監守が揃って胸中で述べる。
「ここはストックホルムじゃないんでな。」
 幻滅した、と言うよりは、監獄長としての主な仕事で有る書類捌きに対してげんなりした。本当なら収容者達の見回りをしたいところなのだ。
「君が言ったんだろう。担当なんてもの無い。」
 監獄長の言葉に、囚人は落胆せざるを得ない。そしてその落胆は同時に、彼に計画の発案を提出する。
 脱獄計画だ。
 たった一度の鞭打ちを鳴らして、さっさと踵を返してしまった小さな背中を恨めしくも可愛らしいと見詰める囚人の頭の中では、見た目ではそうと見えない犯罪者の思惑が踊っている。
 この男、途方も無い年月をかけて途方も無い人数の女を殺したが、女の数に比べてその年月は短過ぎる程だった。
 計画の正確さと素早さは、その懸賞金が危険値を分かりやすく示していた。
 そして、その囚人が脱獄し、牢を出て向かった先は。
……ようこそ。」
「何を仰りますか。そこは、お帰りと言ってくださいよ。」
 おまえのもとに戻って来た。戻って来たも何も、囚人と監獄長が会ったのは、まだ三度だ。
 しかし、同じ囚人と同じ監守の関わり合いを最小限に努めているこの監獄では、それは多い方であった。
「監獄長室には、初めて入ったろ。」
 脱獄囚に不法侵入された監獄長にしては平静で恙無く返答する。割れた窓も、閉じた扉も、部屋の外は大騒ぎである。
「お招き頂き有難く思います。」
「招いては無いな。」
 君には君に当てがった牢で収容されててほしい。監獄長の監獄長としての切なる思いは、犯罪者には通じない。
「脱獄者はデッドオアアライブなんだよなぁ。」
 つまり捕縛に生死を問わない。
「おまえが殺してくれますか。」
「まあこの状況だからな。」
 交渉とも呼べない会話は至って簡潔かつ冷静だ。
「大人しくしていれば、犯罪者であろうと不当にせずに、平等に扱っていたものを。」
 決まり文句のようにそう言う監獄長に、その平等に耐えられないからここ迄来たのだと囚人は思う。
 鞭打たれても良い、寧ろそれが良い。冷たい牢屋より熱いものが欲しい。
 けれどもし貰えるならば。
「君を生き物で無くす。」
 熱い眼差しだ。嗚呼これが欲しかった。
 そう言うと腰の鞭を素早く引き抜き、荘厳な書類机を鞭で打った。その時ばかりはその福音が銃声に聞こえた。机の上から書類が雪崩れた。
 そしてその鞭をまた腰に佩き直すかと思いきや、囚人に差し出した。思わず両の手で受け取ってしまうが、わけが分からない。
「君は今から私の物置きだ。」
 監獄長室では外している帽子の下は、身長も相俟って子供っぽく見えた。
「おまえ、変なヤツだなぁ。」
 片眉を上げる監獄長に思わず問う。
「ここはストックホルムでは無いのでは?」
「そう、ここは監獄。」
 顎の下を白手袋を外した指が弾いて来る。背が届かないからだ。
「私こそが監獄の長なんだよ。」
 監守達の長、監守長では無い。彼は監獄長である。
 腕を組む仕草が、逆に幼い。
「おまえ、もうおれから逃げられないぞ。」
 囚人は牢の場所が変わっただけであった。しかしここには確かな熱が有る。
 監獄長はぐっと伸びをすると、制服を整え、白手袋を嵌め直し、外していた帽子を被り、囚人に預けていた鞭を腰に佩いた。
 監獄長の見た目の完成だ。
「躾が分かるか?」
「ここに居ます。」
 そういうことだ。監獄長は黙って大きく頷いた。赤い制帽の、黒い鍔が上下にゆっくりと揺れる。
 扉から出て行く小さくて可愛らしい背を見送った。
 やがて外の喧騒は収まった。
 生き物で無くされた囚人の熱い鼓動だけが、何故か収まらない。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。