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2025-03-13 12:52:57
3439文字
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【現パロ利土井】燕/鍵
カスタムお題メーカーより
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今の生を受け、いわゆる前世の記憶というものを思い出したのは、利吉たちの前に男がひとり落ちて来たことがきっかけだった。
家族でキャンプへ出かけた十二歳の頃、父が運転していた車のすぐ前に、崖上から転落してきた満身創痍の男がいた。彼は見るからに訳ありで、当然すぐに警察や救急と常識的な発想をした利吉と違い、両親は何か思うところがある様子でキャンプを中止し彼を家に連れ帰った。おそらく、ふたりとも元々前世の記憶があったのだろう。
案の定警察にも救急にも連絡しないで欲しいと言ってきた青年を看病し、代わりに勉強を教えて貰いながら利吉も少しずつ、あの氷ノ山で共にカニを獲ったりキャッチ手裏剣をしたりという記憶を思い出したのだ。
あれから七年、半助は東京で教師となり、利吉は大学入学と同時に上京した。半助に前世の記憶があるのかは、いまだに分からない。
大学生になり、ひとり暮らしのために上京して一番良かったと思うのは、空いている時間にすぐ彼の家へ行ける事だ。中高一貫校で日本史を教えている半助の帰宅はいつも夜の七時を回っていて、利吉が授業の後にアルバイトとして家庭教師や飲食店で働いてから寄ると一緒に夕飯を食べられたりするのが素直に嬉しかった。
雨で濡れるアスファルトが、車のヘッドライトに照らされて光る。タイヤが跳ね上げる雨水を避けながら、利吉の手には広げた折り畳み傘とエコバッグがあった。今夜一緒にご飯でもという誘いのメッセージに、半助は家で良いならと返事をくれた。利吉は大学が春期休業中で、半助も卒業式を終え春休みに入った頃を見計らったのだが、短い春休み中で入学式を間近にした教師は利吉の想像以上に忙しいようだ。
だが、忙しいにも関わらず利吉の為に時間を取ってくれるのが嬉しい。昔から
……
それこそ、五百年以上前から彼は優しいし、利吉に甘いのだ。
半助が暮らすアパートは独身者用八畳の1LDKだった。利吉の住む十畳のアパートより狭いが、狭い方が落ち着くというのが部屋の主の主張で、殆ど寝に帰るだけだからねと笑っている。そのわりには酷い散らかりようですよと、時々来るきり丸が嘆いていた。
きり丸は現在中等部の一年生で、今世でも半助が担任するクラスの教え子となっている。父親を早くに亡くしたらしいが母親は健在らしく、利吉はそれだけでほっとした。もちろん片親というだけでも大変だとは思うので、本人にそんなことは言えない。因みに彼も前世の記憶を持っているらしく、今世でも金勘定に煩い
……
逞しい子どもである。
雨脚が強くなってきた。半助の住むアパートにたどり着くと、折り畳み傘を畳んで軽く水を払ってエントランスに入る。着きました、とメッセージを送ればすぐに既読がついた。こんなに早く既読が付くのは珍しくて画面を見ていると、暫くして新たなメッセージがポップアップされた。遅れるから少し待っていて、という端的な文字。絵文字もスタンプも無いのはいつものことなので、利吉はスプリングコートにスマートフォンをしまう。あの人傘を持って出かけただろうか、と急に心配になった。前世も今世も、大雑把なのだ。
チチチ、という声がして利吉は頭上を見上げる。エントランスのガラス扉の前で燕が一羽行ったり来たりしているのが見えた。もう空はすっかり暗くなってきているというのに、雨宿りをしたいのか、それとも巣を作る場所を探しているのかもしれない。家に燕が巣を作るのは縁起が良いと昔から
……
それこそ、利吉が氷ノ山にいたあの頃から言われており、春になると毎年のように軒下に巣を作っていた事を思い出した。卵を産んで雛を育て巣立っていくまでを人と過ごすのだ。卵を狙う蛇が近づかないように毎朝巣を確認しに行った頃の事が思い出された。そういえば、あの年は半助も一緒に燕の巣立ちを見送ったのでは無かっただろうか。
燕の巣立ちと共に、半助は父に連れられて忍術学園へと行った。毎年、この小さな鳥を見ると思い出す光景だった。
この都会では巣を作って子育てをするのもままならないのではないか、と思う。アパートやビル、店舗の軒先でチチチと鳴く鳥が追い払われるところを見たのは一度や二度では無い。糞を落とす鳥が嫌われるのは致し方ない事かもしれないが、少し不憫に思えた。
エントランスは静かだった。燕は諦めて行ってしまったらしい。車が雨水を跳ね上げて走る音に、どこかから小さく聞こえるテレビかラジオの音が混じる。昔と違って平和そのもので、春の匂いも昔とまるで異なる。ここには土のにおいも、草木のにおいもほとんど無いから、時々無性に恋しくなって近所の公園へ出かけるのは自分が田舎者だからだろうか。いや、そんなはずは無い。誰しも少しは自然のにおいが恋しくなるはずだ。きっと、そうに違いない。
「利吉くん! ごめん、待たせたよね」
突然声を掛けられ、利吉は思わずびくりと肩を震わせた。ボリュームのある髪もジャージの肩も濡らした半助がエントランスに入って来たのだ。まったく足音がしなかった。まるで、あの頃の〝土井先生〟のように。
「あ
……
えっと、早く閉めた方が良いですよ。さっき燕が入りたそうにしていたから」
動揺を隠すようにそう告げると、半助は慌ててガラス扉を閉めて上を見上げる。同じように隣に並んで見上げると、街灯に小さな鳥の影があった。やはり、扉が開く隙を伺っているのかもしれない。
「近所のスーパーにも燕の巣があるんだよ」
「えっ、糞とか大変じゃないんですか?」
「それが、そこの店長さんが燕の巣を段ボールで囲んであげていてね、糞が落ちて来ないようにしてるんだ。毎年そこに巣を作るらしくて、縁起物だからってスーパーのお客さんも見守っているらしい」
「へえ
……
今でもやっぱり燕が巣を作るのって縁起物なんですね」
「利吉くんが燕の卵が蛇に取られないように見張っていたのを思い出すよ」
懐かしいね、と半助が笑う。昔の事でしょうと慌てて言うと、半助の前髪から雨粒が滴っていることに気づいた。月極駐車場から傘も差さずに来た事が分かり、利吉は慌てて肩にかけていたバッグからハンカチを取り出して手渡した。
「ごめんね、せっかく綺麗なハンカチなのに」
「あなたに風邪を引かれるよりずっと良いですよ。今度洗って返してくださいね」
また次に会うための口実にもなる、とはさすがに言わない。教師である半助と、大学生の利吉。ただ昔世話をした家の息子が、兄と慕って懐いているだけの関係
――
それが、今世の彼らだった。利吉は今世の方がずっと半助の傍にいられる口実を探している。
私たち、昔は心を寄せ合う恋仲だったのですよ、と言ったところで前世の記憶など持ち合わせていない彼にしてみれば不審以外の何物でも無いのだから。
「待たせちゃった上に申し訳ない」
眉尻を下げて彼は笑う。その笑い方も、昔とまるで変わらない。
――
ああ、やっぱり好きだ。今世でも、このひとが好きだ。
「忙しそうですね。入学式の準備ですか?」
半助と共にエレベーターに乗り込む。築年数と比例して古いエレベーターは、動き出す直前にガタンと大きな音がするので少し苦手だ。そもそも、利吉はエレベーターがあまり好きでは無い。満員電車も出来れば避けたい。人と人との距離が近すぎて心がざわざわとするのは、おそらく前世の生業によるものに違いないと思っている。
「それもあるんだけど、ちょっと他に用事があって
……
せっかくだから、はいこれ」
エレベーターが三階に着くと、半助はジャージのポケットから小さな銀色の鍵をひとつ取り出し、利吉に手渡した。見ればどこにでもありそうなテンプルキー。意味が分からず首を傾げると、半助はまた眉尻を下げて笑う。
「君にあげる。いつでも来られるように」
どこの鍵かわかるだろう。半助の試すような言葉に、利吉はじわりと顔が熱くなるのを感じる。なんだか、すべて、心の中身までまるごと見透かされていたような気がして、いっそ悔しいほどだ。だから、利吉は持っていたエコバッグをずいっと半助に押し付けた。
「持っていてください
……
私が、玄関開けるので」
やっぱり全部気づいているんじゃないのか。全部、思い出したんじゃないのか。聞きたい事はたくさんあって、気持ちがはやって落ち着かない。
ぴかぴかと輝く新品の鍵は、半助の部屋の鍵穴に引っかかりなく吸い込まれた。
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