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gib_fox
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rkrn雑と高
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半分
雑高の高と、利土の土が火縄銃の点検・分解する話
恋バナみたいなものです
⚠︎軍師映画後の時系列
『半分』
火薬委員の集まる火薬庫のそば、小さな長屋の中で行われる点検作業は先生方全員でやる。特に土井はその作業が好きだから、誰よりも黙々と熱心にやった。他の先生方が会議であったり、調査であったりと出かける合間、土井だけは特別にここに専念するよう言いつかっている。山田の計らいだろう。土井はありがたく厚意を受け取り、この一日だけは
勤
いそ
しんでいる。ただ、数が多くなりそうで少し身構えてはいた。
点検のあとは必要があれば分解から始まる。素人目には見えづらい目詰まりをきれいにするため、明るい昼間にやる。火薬委員にもいつか教えなくてはならない分解方法は、今のところ火薬委員長代理の久々知と、火器に詳しい立花、田村には教えているが、田村はまだ四年生で本格的に実践するのはおそらく来年からだ。一年生の虎若は特別に実家の計らいである程度の知識は得ているが、父親から「忍術学園でしっかり学ばせたい」とあらかじめ言われているので、そちらもやはり五年生になったら段階を踏むつもりである。あの照星に心酔しているのだから、そのうち自分たちよりはるかに上手に組立や分解を行ってしまえそうだが、根の素直なやさしい子だ。きっと土井の話も受け止めて、良い火縄使いになるだろう。
いろいろと考えているうちに手は進む。集中するたび昼の太陽が照りつけて汗をかく。水を飲もうと水筒を取り出し、視線をふと火縄銃から外した。
──一点の、うつくしい横顔が見えた。しかしそのうつくしさはひらりと体を翻して、しなやかに歩いていってしまう。顔面の美醜というわけではなく、土井が感じるうつくしさというのは、その忍びとしての所作だ。
(仙蔵か?)
訝
いぶか
しんだが、仙蔵のそれよりもっと完璧に気配の有無を使い分けている。おそらく成人した忍びで──ここら一帯の者ではないだろう。
忍術学園に客となれば、小松田が入門票をきちんと取るはずだ。彼が騒がないとなると今の御仁はきちんと正面から入ったのだろう。見慣れない身のこなしに、あんな人がいたかな、と土井は好奇心に惹かれ、空になった水筒に水を足すべく立ち上がった。
客の正体はすぐに知れた。自分より一つ年下のタソガレドキ忍軍、高坂陣内左衛門だ。
同じ軍の諸泉ではないことが珍しかった。いつも諸泉なら土井に突っかかってくる。なにかと自分に気に入らないところがあるのだ。
では高坂はどうだろう。年が近いが特にこれと言って話した記憶はない。
私服で着ている珍しい後ろ姿を眺めていると、高坂が振り返った。
「土井先生、どうしましたか」
ちゃんと正体はバレていた。土井は後ろ頭をかきながら「いやぁ」と誤魔化す。
「高坂くんが学園に用事なんて、珍しいなと思ってさ」
「ああ、近くを立ち寄ったので、保健委員の忍たまたちに挨拶をと思いまして」
「保健委員?」
そういえば、彼の所属する軍の組頭は保健委員と懇意にしている。六年の善法寺が戦場でその組頭の傷を癒したことがきっかけだ。自分が初めて受け持っていた一年生が、まさか六年生になって忍び界でもかなりの大物と知り合ってしまうなど、思いもしなかった。担任をしていたころから、タソガレドキの忍びの恐ろしさは聞いている。その恐ろしさが平然と保健室で茶を飲んでいく。そして部下がこうして挨拶に来る始末だ。子どもがなにと出会い、育っていくのか。可能性というのは、本当に未知である。
「私も水を汲みにいくところだよ」
「そうですか」
高坂は切れ長の目を大して動かさず、土井の横に並んで歩き出す。背の高さはやや高坂の方が大きいか、いや変わらぬか。話すこともわからないまま、二人は黙って連れ立った。
……
黙って、黙って、土井はどうしたものかと思案を続ける。平然とまえを見て歩くだけの高坂に、話題を振るべきなのか、それとも。わからないまま混乱した頭で、土井は気まずさばかりを積み重ねる。きっと相手はそんなこと、微塵も思っていないだろうが、どうも土井は人がいい。諸泉が毎回仕掛けてくる攻撃に律儀に応えるあたりも、その性格のせいなのだろう。
「あ、あの、高坂くんはさ」
「はい」
「保健委員とは、よくしゃべるの?」
「いえ、私は特に」
「話すのは雑渡さんだけなのかな」
「山本小頭もなにかと気にかけておりますね」
そこでまた、話が途切れた。土井は心中、冷や汗をかき続ける。
(年の近い人と話すことがなかったからなぁ)
それは、山田家に拾われてから今に至るまで、ずっとそうだった。利吉が唯一、近いと言えば近い。そうだった、利吉は感覚がわりと、土井の中でも元より近しく思えていたのかもしれない。
だからか、と土井はなんとなく自分を納得させた。その隙に視線を送られていることに、半歩気づくのが遅れる。
「あの」
高坂のためらいがちな口調が、うっすら耳に届いてあわてて我に帰った。
「すみません。なにを話したらいいか、こういうときわからなくて」
尊奈門なら、わかるのかもしれませんが。と謙遜する高坂に、土井は思わず諸泉との会話を思い出した。あれは果たして会話になり得ているのだろうか。勝負をするか、文房具を使われることに腹を立てているか、やられたときに悔しがっている顔つきを複雑な表情で見ることくらいだ。
「い、いや、私も実は、同じ年くらいの人と話す機会があんまりないんだよ。先生方は皆、目上の方ばかりだし」
「私もです」
実は、と付け足し、高坂は二度ほどまばたきをする。
「同じくらいの年の者はタソガレドキにも幾人かいますが、妻帯していたり子がいたりして
……
あとは、亡くなった者もいます」
「
……
いろいろと耳に痛い話だね」
隣のおばちゃんという強力な、見合い話を持ちかけてくる人物がいて、土井も時折結婚をちらつかせられて言い逃れをしている。かと思えば、戦場で鎧をつけて息絶えた者の笠を取り、自分と同じくらいの青年が苦痛のままに死んでいったであろう表情を見る。
妻帯、という言葉を聞いて、ふとした疑問を投げかけてみる。
「高坂くんも、縁談を持ち込まれたりする?」
その目つきが一瞬だけ鋭くなる。自分にはない鋭さだ。忍術学園は必ずしも、タソガレドキ城と友好的なわけではない。場合によっては些細な情報が命取りになる。土井は理解していて、あえて突っ込んだ話をした。諜報の類ではないという自己開示だ。
「私はたまにあって、全部断っているから
……
高坂くんも、そうなのかなって」
井戸はもうすぐだし、保健室もあの曲がり角を過ぎればまもなくだ。貴重な二人の時間は途絶えてしまう。
「ごめん、こんな混みいった話を聞いて」
忘れて。と言おうとして、高坂に止められる。
「なぜ、土井殿は全てお断りを?」
……
まだ丁寧に殿、とつくあたりぎこちなさは拭えていないが、高坂が少し心を開いた瞬間だ。土井はそこを狙って食いつこうとした。が、言っていいものかわからず、唸ってしまう。
「ええと
……
ね、その」
そうして土井はふと、火縄の道具を置き去りにしていたことに気づく。いくら学園内が安全とはいえ、子どもたちにも道具の置きっぱなしはいけないと注意している身だ。
「もし良かったら、保健委員に会ったあとこっちに寄らない? 今ちょうど火薬庫の近くで点検をしてて」
手間取りそうだから、それをやりながらでも。土井の提案に、高坂の表情は相変わらずの無の中に、少し鈍い色をさまよわせた。知ることに対し、迷いと恐れがあるような。土井はこういうとき、教師をやっている自分の観察眼にまた新たな磨きがかかったことを自認する。
高坂が、「わかりました」と一礼し、すぐに
踵
きびす
を返して歩いていった。
水筒の水は先ほどたっぷり入れて、自身の喉を潤してくれた。昼間の太陽の照りつけも、この水があれば乗り切れそうだ。今日点検する火縄銃は十丁ほどで、どれもほとんと見た目には変化のない形をしているが、手入れの怠り具合によっては中身がどうなっているかはわからない。
巣口を検分し、銃身を確かめる。一つ一つの銃を丁重に置き、持ち、構え、照準を当てた。そのうちに暑さが増して、頭巾を取る。それほど、集中していた。
一つは引金に不具合があった。一つはからくり部全体が埃っぽい、おそらく一番奥の方にしまわれていたせいだろう。
鋲
びょう
を打ち直すほどではないが、念のため点検した方が良さそうだ。土井は広げた風呂敷の上で、工具を取り出した。
そこに、黒く細長い影が差し込む。
「やはりきちんとされてますね、学園の備品は」
高坂が戻ってきてくれたようだ。内心、来るかどうかは賭けであったが、きちんと礼節を重んじて来てくれたことに謝辞を述べ、座る場所を目で探す。高坂は「失礼します」と言って、土井の横に座った。
「今、二台目ですか」
点検している台数のことだろう。土井は頷くと、三台目の火縄銃を高坂が手に取る。火薬は全て火薬庫へ入れ、自分の持つ玉薬も口薬も、懐に収めてある。それに、高坂の気配に殺意は見られない。彼は当たりまえのように手のうちに収めた火縄を、切れ長の目で鋭く見つめる。
「高坂くんは、狼隊だっけ」
「そうです。火薬は先生ほど詳しくはないと思いますが」
「いやいや、タソガレドキ忍軍の功績は凄まじいよ。その中で火薬に長けた部隊にいるとなると、雑渡さんも頼もしいんじゃないかな」
「
……
幼少期から、飛び道具には長けておりましたから」
謙遜の中に確実な自信を含ませる高坂に、土井は非常に好感を持てた。
高坂が見つけた不具合は、
雨中戦
うちゅうせん
を模して行われた訓練で使われた火縄銃の、
雨覆
あまおおい
の傷みであった。金属用のやすりを手に取り、慎重に事を進める。
しばらくの間沈黙が続くが、それは出会ったばかりの沈黙よりはるかに居心地がいい。土井は迷わず集中することができた。
そんな中で、高坂が口を開く。
「
……
私の場合は、育ったときから目上の方ばかりでした。父、母を始め、小頭や組頭も
……
尊奈門を鍛えるよう申しつかるまで、年下とでさえあまり接触がなかったように思います」
先ほどの話の続きか、と、土井は姿勢を正した。高坂の思い出話は一区切りし、息を吸う。
「今、組頭の補佐として働く以上、そういう馴れ合いとは切り離されたところで動いているような気がします。そうなると、私はタソガレドキ以外を知らずに育っていく」
「
……
なるほど」
「組頭はそれを憂慮しておりました。私としては別に
……
自分がどうであろうと構わないと思っていたのですが」
それは、山田がその昔、土井に言ったことと似ているような気がした。火縄の銃身を撫でながら、土井は思いに耽る。
──外の世界へ出てみるか。
そう言って、山田は土井に教師の道を教えた。忍たまたちという存在を教えた。利吉以外の子ども、利吉とはまた違う才能を秘めた瞳たち。土井は可能性の中にいる。光り輝く星の中に佇んで、導こうとしている。こんな自分ができるのか悩み苦しんだ日々もある。そして家へ帰ると、十二歳の利吉が食事の用意をして待っていて、忍たまたちより少し大きな、まっすぐな姿勢で素振りをしているのを見たりする。そこでまた、明日も頑張ろうと思えるのだ。ひたむきな少年の姿から青年になって土井を兄と慕う姿まで、全てが愛おしい年月だ。まさに自分には与えられた半助という名がぴったりで、幾たびも自分の殻が脱げていく。
高坂の場合はどうだろう。
タソガレドキに関わる違う世界、違う存在を受け入れ、見聞し、見極めていく。諸泉のようにあとから年長者が様子を見に来るわけでも、周りと友好(かどうかはわからないが、少なくとも忍たまたちにはよく覚えられている)な関係を築いていくのでもない。全く知らない世界に一人で飛び込むことが増えるのだろう。
それが組頭である、雑渡の望みなのか。
「縁談、という形でも、外へ出るきっかけとなればと思った、組頭の配慮なのかもしれません」
でも、と高坂が付け足した。
「それ以外にもしも私が、外界との繋がりを持てるのであれば、そっちの方がいいのかもしれないね、とも仰っていて」
ふむ、と土井は顎に手を当てて考える。風が吹き、二人の間に葉が
靡
なび
く。ざあざあと鳴る木々の擦れが、珍しく静かな忍術学園によく響いた。
「つまり
……
雑渡さんは、高坂くんの縁談がうまくいかないことも、あまり気にしてないってことかな」
「そう、だと思います。最近ではその話すら出さなくなってしまいました」
雑渡にとって、縁談はあくまで高坂のためを思う道具の一つでしかなかったということだろうか。
「むしろ、話を出したことを後悔もされておいででした」
高坂が、当時を懐かしむように目を細めた。
「組頭への忠義は変わらないけれど、それ以外の私の感情は組頭以外に向く。そのことが、あの方は意外と寂しくなられたのです」
そう言って彼は、四台目の火縄銃を置いた。気が付けば彼の手で、もう二台も銃が点検を終えている。磨かれた金属と、どことなくしなやかになったような気がする台木を見つめながら、私はふと気がついて、弾けるように彼に顔を向けた。
「もしかして私、
惚気
のろけ
られてる?」
そう聞けば、高坂がとうとうニヤリとした。今までの彼の、真剣に思い詰めた表情はなんであったのか。土井は額を抑えて顔を伏せる。
「そういう話が気兼ねなくできるのも、外界での楽しみではないのですか?」
……
どうやら、同じ年ごろの高坂は外の世界を知りたいと言いながらも、なかなかに理解している方だとわかった。土井もつられて笑い、利吉のことを思い浮かべる。
「私も話すべき?」
「土井殿のご随意に。しかし私の世の中の見聞を広めるという意味でも、興味はあります」
山田利吉殿、でしたか。と高坂が、おそらく雑渡に聞いたであろう名前すら出してきて翻弄する。「勘弁してよ
……
」と言いながら、狼狽える土井を高坂は半分申し訳なさそうにからかっていた。
「組頭といるうちに、私も少し、意地悪くなっているようです」
「今度雑渡さんに会ったら、どういう教育してるのかって言っておくよ」
──さてなにから話せばいいか、土井は
逡巡
しゅんじゅん
する。
実はまだ、利吉の気持ちを受け取るまでに至っていないんだと知ったら、驚愕されるだろうか。それとも、「あんまりではないですか」と言われるだろうか。どうしたらいいかわからぬ年下の気持ちに、絆されてはいけないと見栄を張っているのがバレてしまうだろうか。手を繋ぐどころか、彼の気持ちさえ扱いかねていて、けれど自分が縁談を断っているのも、利吉に傾きそうな思いがあるからというだけで。
土井の混乱は、話を切り出されていない高坂にもちろん伝わらず、ただ彼は首を傾げるだけだった。火縄銃の分解作業は、まだ半分も残っている。
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